7、才はあれど、成長途中か

 ふたりが駐車場を駆ける。左右から挟み込むように青鬼へ接近。シロナの両手の爪が戦意に応じて、大振りのナイフのように鋭くなる。一番槍を飾るようにシロナが先に切りかかった。

 長身の青鬼は腕の骨だけで受け止める。爪と骨の硬度は拮抗した。ダメージはない。シロナは、警戒をさらに強める。見た目以上に危険な敵だ。

「失せろ、犬コロ。刃を持てないお前には用などない!」

 骸骨が叫ぶ。青鬼は乱暴に腕を払い、シロナも合わせて距離を置く。

「うちの愛犬になにしやがる!」

 隙をついて桃山が日本刀を振るう。我流な力任せの斬撃だが、その威力には目を見張るものがあった。

 連携と呼ぶにはつたない。なにせ桃山もシロナも前に出たがる気性だ。相方の攻撃に敵が気をとられる隙に、すかさず攻撃をねじ込む。

 青鬼は気だるそうな動作で物干し竿を軽々と舞わす。

 初動の穏やかさは一転、飛燕のごとき鋭い斬撃として伸びてくる。

 若さを燃え滾らせるような桃色の光と冴えた月光のような鋭い鬼火が衝突。

 桃山は敵の速さに驚く。

 青鬼は剣の重さにわらう。

 ふたりの闘気が火花を散らすように二色の光が闇に瞬く。

「やっと、面白い侍を見つけた」

 古風な言い回しで青鬼は不気味に喜ぶ。

「ご主人様、離れて!」

 シロナの声に桃山は我に返り、後方に飛び退く。

 痺れる自分の手に、たった一合で力量差を自覚してしまう。負けん気の強い桃山だからこそ敏感だった。敵は明らかに、格上だ。

「おい、晴明。どこが勝てる相手だって?」と桃山はぼやく。

 青鬼は静かに歩いてくる。

 物干し竿を地面スレスレに持ちながら、決して切っ先がアスファルトに接することはしない。そして全身にまとう青い炎は興奮するように燃え盛る。

「怖気づいたか桃色の少年」

「変な名前で呼ぶな! 俺は百城 桃山だ!」

「お前の名、刃が折れなければ覚えておこう」

 青鬼は期待という名の挑発を、桃山の頭の上に投げかける。

「──ア?」

 当然、桃山が大人しくしているはずもない。

 渾身の一刀を青鬼は軽くいなす。

 そこから続け様に斬撃を重ねていく。

 青鬼は素早く桃山の攻撃をすべて受け流す。その一撃一撃の重さを確かめるようにあえて攻めには転じない。二色の残光が絶え間なく瞬き、シロナがつけいる隙はどこにもない。無理に飛びこめば桃山の集中を損ねてしまう。

「付け焼き刃の連携よりは楽しめそうだな」

 青鬼のまとう炎の猛りは刃を交えるごとに落ち着いていく。奇怪な異形に反して、剣技の精妙さは目を奪われるほど美しい。かなりの腕前であり、長すぎる日本刀を一切の淀みなく扱えるのも納得だ。

 桃山は必殺に等しい斬撃を幾度となく振るい、消耗していた。当たれば倒せる。気迫と体力に依った凄まじい攻撃は、繰り出されるたびに威力が落ちていく。はじめての実戦からくる無意識の緊張は普段より遥かに疲れやすくした。

「才はあれど、成長途中か。あの陰陽師は急ぎすぎたな」

 青鬼はついに受け止め、片手の力だけで桃山の身体を押し返す。

 桃山は肩で激しく息をしていた。

「お前が、刀狩りをする理由はなんだ?」

 息を整えながら桃山は問い、シロナがすかさずとなりに寄り添う。

「我々は刃を持たされた。だから戦う。そして、私は強い侍と戦いたい」

 機械的な冷たい返答は人間味を欠く。個人的な欲望は到底理解できるものではない。

「だからって刃を折る必要はない!」

「折ったのではない。負けた者の刃が勝手に折れただけだ」

 青鬼の言葉に悪意や罪の意識は微塵もない。

「ふざけやがって! お前の都合で人生を傷つけられてたまるか」

「根っからの正義漢だな」と青鬼は冷笑し、なおも語りかける。

「だが刀化現象を発症した者だけではないだろう。世界は元々そういうものだ。脆い方が悪い。弱い方が悪い。負けた方が、悪い」

 青鬼は月に誇示するように長い日本刀である物干し竿を掲げた。

「ご主人様。この鬼を野に放っておくわけにはいません」

 シロナは険しい表情で耳打ちする。

「当然だ。もう一度ふたりでいくぞ!」

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