5、忠犬シロナ

 かくして本来三か月かかるカリキュラムをゴールデンウイーク含めた十日そこそこで済ませるという超圧縮スケジュールでこなし、桃山の希望と晴明の根回しで晴れて実技の一次試験に挑戦することとなった。

 東京から遥か南に浮かぶ伊護那島いごなとう。その玄関口となる港に隣接する形で建てられた大型ショッピングモール、その巨大駐車場。深夜に近い時刻でクルマはほとんど停められていない。

「おい、晴明。俺は何を斬ればいい?」

 最初から臨戦態勢の桃山は髪も刀身もピンクに輝いていた。

「そんなに慌てないでよ、桃山くん。君は夜に抜刀すると本当に目立つよね」

「うるせえな。いいから始めさせろ」

「伊吹くんが先に合格したからって焦ることないよ」

「あ、あいつは関係ねーし!」

「そうかい。僕はずいぶんと親しくなっていた印象だけどな」

朱姫しゅきの距離感がおかしいだけだ。俺はなんとも思ってねえ!」

 ふーん、と疑うように晴明は目を細める。

「まぁ、標的が現れたら嫌でも戦わざるをえないからね。相手は伊護那島を騒がせている刀狩りと呼ばれる人斬りなんだ。気を抜かずに行こう」

「……ただの一次試験で、いきなり連続殺人犯と戦わせるのか? 警察はなにやってんだよ!」

 桃山は、ぎょっとする。

 普段ニュースを滅多に見ない桃山でも知っているほど、伊護那島では連日のように刀狩りの被害が報道されていた。

「この島じゃ警察は役に立たないからね。目には目を、刃には刃をってことで二次試験の合格者から有志が集まった自警団が実質的な島の安全を守護する。そこの仕事を分けてもらう形で、君の一次試験としました! 僕ってば優秀」

「実質いきなり二次試験じゃねえか!」

「君は刀化現象を発症した時点で原典開帳の兆しを見せた。つまり二次の受験資格を得ているんだよ。その上で今日までの修行を経て、実力的には申し分ない。だから特例で僕が許可したんだ。試験は一回で済ませたいだろう?」

「そこまでの権限があるのかよ」

「こう見えて僕は島の偉い人だよ。お金払ってだって僕の指導を受けたい学生だっているくらいだ。だから、君には一発合格してもらわないと」

 晴明は合格を微塵も疑っていない笑顔を浮かべる。

 そんな風に期待された経験のない桃山は気恥ずかしさを誤魔化すように、日本刀を水平に構える。

原典開帳げんてんかいちょう──」

 己に秘められた力を開放する真言を口にする。

 刀化現象のさらに先、心の具象化の次の段階。刀身の帯びるピンクの輝きが強まり、炎のように夜に広がっていく。それは桃山の前で人型(ひとがた)の形を成す。

「第一の家来シロナ、ここに!」

 威勢のいい声とともに炎は、白い美少女となって恭(うやうや)しくかしずく。

 白く輝くような長い髪、頭の上にぴょこりと尖った犬耳、お尻にはモフモフの尻尾。一見すれば犬のコスプレをした可愛らしい少女にしか見えない。だが彼女の正体は桃山の日本刀から出現した式神だった。

「ご主人様、敵はいずこに! 見事首を討ちとってご覧にいれます!」

 目をキラキラさせてヤル気満々の犬っ娘が、尻尾をぶんぶん振るう。

「お前の尻尾は巨大なほうきか! 邪魔なんだよ!」

「喜びを隠しきれず申し訳ございません! ええぃ、私の尻尾よ鎮まれ!」

 抱き枕みたいに大きな尻尾を胸に抱えこみながらシロナは真面目に押さえつけようとする。あまりにも必死な態度は見ていて、微笑ましすら感じた。

「ご主人様、少々お待ちください。きっともう少しなので!」

「君たちは仲良しだねぇ」と晴明は保護者のような慈愛に満ちた視線を送る。

「ハッ。陰険陰陽師め、なぜここに⁉ 今すぐ失せろ!」

 シロナの尻尾のふりふりは一転して、逆立つように尖った。

 もう何度も顔は合わせているのにシロナは一向に晴明への警戒を緩めない。

「まぁシロナくんの可愛い姿を見られたところで、敵さんのご到着だよ」

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