4、デコ小刀

「はーいラブコメはそこまでにしてもらえるかな。まだ休憩時間じゃないよ」

 黙って静観していた晴明がさすがに呆れたように注意する。このまま放っておいたら漫才のような会話が延々と続きそうだった。

「でもつっちー、難しいことばっかりで頭に入ってこないよぉ」

 ナチュラルに土御門晴明をつっちーと呼んだ少女の大胆さに晴明は思わず苦笑する。

「誰でも合格できるテストだよ。それにこの一次試験を合格しなければ、いつまでも研修施設から出られないし自由行動の許可も下りないよ」

 晴明は諭すように臨時で引き受けた少女に語りかける。同じ内容をちょうど桃山に行うにあたって、彼女の補習も兼ねて同席させることになった。

「えーそれ困る! 遊びにいけないとか退屈すぎるんですけど!」

「君はどうにも集中力に難ありのようだね。では、気分転換をしようか」

 晴明は教壇を降りて、ふたりの席の間に立つ。

「伊吹くん。試しに君の刀化現象を見せてもらえるかな。実技試験をクリアしているなら桃山くんより上手でしょう」

「いいよ。はい!」

 朱姫が手のひらに意識を集中させると光が弾ける。次の瞬間には小さな刃物が握られていた。ラインストーンをふんだんに散りばめられて全体がキラキラと光るデコ小刀こがたな。彼女の明るい性格がそのまま反映された装飾である。

「ほんとうに人によって形や大きさが違うんだな」

 桃山はしげしげとデコ小刀を観察する。

「どう、超かわいくない」

「お前の爪と同じくらい眩しいな」

 ネイルアートを施された朱姫の爪先とデコ小刀がキラキラと輝く。

「刃の形は人それぞれ。心の形が違うようにね」

 晴明の悟り切った言い草に「心の形なんて見たことねえよ」と桃山はすかさず噛みつく。

「この島にいる子ども達の心は見える。繊細で脆く、危険で美しい」

「つっちー、刀オタクなの? キモーい」と朱姫は無邪気に笑う。

 晴明は聞き流して、再び教壇に上がる。

「取り扱いには十分に注意しなければならない。自分の意思で刀の出し入れが可能な最低限の技術、そして正しく使う知識と心構えを学ぶ必要がある。その両方を満たすと一次試験をクリア、君達は晴れて自由通学の許可が降ります。この研修施設を出て、割り当てられた住居での生活および指定された学校に通うことになる」と事務的に説明した。

「要は伊護那島で学生として過ごせるってことだろう」

 桃山は相槌を打つ。

「基本的に一次は刀化現象による暴走はしませんという証明だからね。大半の子は一次だけ合格して、島を出るまでまったりとマイペースに学生生活を送っているよ。それ以降の試験は実質的には任意だし」

「わたし、一次試験だけでいいや」と朱姫は即座に表明する。

「一次を合格したら、次はどんな試験なんだ?」

原典開帳げんてんかいちょうと呼ばれる異能を使えることが、二次試験の合格条件だ」

「まだ、先があるのか?」

「ああ。そして桃山くんは既に原典開帳に一部成功している」

「──あの日本刀から現れた炎の犬か」

 すぐ直感した桃山。その反応に晴明は満足げにうなずく。

「なーんか、つっちーは他の先生と違うよね。桃っちに本気で教えている感じ」

 桃山は視線をとなりの朱姫に移す。

 興味なさそうに晴明の言葉を聞く少女の横顔には退屈がにじみ出ている。

「僕の修行は大変だよ。桃山くんだって毎日ヘトヘトになっているんだから」

「ハッ! あれくらい余裕だし」と桃山は強がる。

「汗かくと化粧崩れるし、運動は疲れるし嫌―い」

 朱姫は自分のデコ小刀を手から消した。

「それで構わないさ。無闇に振り回すよりずっといい。ルールを破れば、対処しなければならないからね。あるいは、刀化現象を自力で制御できない状態に陥ればこの研修施設に戻るようになる」

 晴明はニコリと手本のような笑みをつくる。

「……刀化現象は、心の病気か?」

 桃山は真剣な眼差しで問う。

「病気とは違う。だけど心に不調をきたせば身体にも影響が現れる。死ぬこともありえる。心を軽んじてはいけない」

 晴明の言葉は常に場を支配するような不思議な力があった。ただ空気を伝わるだけの音が感情に働きかける。そこには抗いがたい魔性が潜む。

「空気重いってば! シリアスすぎ! 桃っちも超マジ顔になっているし!」

 明るい声でわずかに重くなった空気を簡単にぶち破る朱姫の陽気さに、桃山と晴明は顔を見合わせ噴き出した。

「君はその方がいい。子どもらしく遊んで、楽しい時間を過ごせばいい」

 笑顔を保ちながら晴明は教壇の下で手首に巻かれた赤い紐飾りがまだかすかに震えるのを気づかないふりをしていた。

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