3、問題は座学の方だった

 結論から言えば、晴明はるあきら桃山とうざんの相性は最高だった。

 理想的な師弟関係と呼んでいい。

 桃山は基本反抗的な態度だが、裏を返せば自分の意見をしっかり持っているともいえる。最初は文句を言いながらも、晴明の言う通りにすれば着実に刀化現象のコントロールが上達した。彼の言葉の正しさを認めて以後は素直に従った。しかも自分なりの工夫を積極的に試しては晴明のフィードバックを受けることで、その成長速度は通常の発症者に比べて格段に速かった。

 晴明も短気な桃山を受け入れる懐の深さを持ちつつ、必要かつ的確なアドバイスを過不足なくあたえることで桃山の成長を一層促した。

 こうして刀化現象の実技訓練については滞りなく進んでいった。

 問題なのは座学の方である。

「頼むよ、桃山くん。合格点をとってくれないと彼女みたいに再履修になるよ」

 伊護那島にきた若者が最初に入る研修施設。その一室で晴明は教壇に立ちながら困ったような笑みを浮かべる。彼が向き合う生徒はふたり。

 桃山ともうひとり、自分の答案用紙を投げ捨て机につっ伏す女子高生だった。

「だって、マジわかんないし~~。勉強なんて嫌い」

 明るい声で弱音をこぼす少女の名は、伊吹いぶき朱姫しゅき

 派手な金色に染めた波打つ長い髪をふたつに束ねて降ろす。小麦色の肌をやたらと露出する制服の着崩しは、大きな胸の谷間や健康的なふとももを惜しげもなく晒す。もともと目鼻立ちのはっきりした顔にしっかりと化粧することで彼女の美しい相貌そうぼうは必要以上に目を引いた。

「ねぇ、桃っちもそう思うでしょう」

 桃山の学ランを遠慮なく引っ張りながら、朱姫は嘆く。

「つーか会ってまだ半日なのに慣れ慣れしんだよ、伊吹」

 桃山は面倒くさそうに本日何度目かの注意をする。

 初対面でいきなり距離感の近すぎる女子に桃山は面食らっていた。名乗る程度の挨拶に対して、彼女は物理的に近い上に一方的に話しまくるのであった。他の席はいくらでも空いているのに、わざわざ桃山の隣の席に座ってくる。

「えー友達なんだから別にいいじゃん。てか、伊吹じゃなくて朱姫でいいよ。桃っち」

「友達になった覚えはない。あと、変な呼び名をつけんな」

「桃っちなら超かわいいじゃん。名前は難しいし。なんだっけ、ひゃく、しろ、ももやま?」

「ほぼ全滅! おれの名前は百城ももしろ桃山とうざんだ! あと話す時にいちいち近い! そのでっかい乳が当たる!」

「桃っちセクハラ! 最低! 大きいんだからしょうがないじゃん!」

 騒ぎながら、朱姫はむしろ誇示するように胸を張る。

 立派に盛り上がった双丘は思春期男子ならずとも大変目に毒である。柔らかな危険物が無防備かつ無造作に扱われるさまは天国と地獄。朱姫が動くたびにゆさりと揺れる。

「あーもう、もう少し慎み深くなれってんだよ!」

「でぃー・えぬ・えーのせいなんだもん。家族みんな大きいんだから、どうしようもないじゃん!」

「そんな自己申告いらねえよ! 変なトラブルに巻き込まれないように、もう少し自覚を持てって話だ。後で不快な思いをするのは自分だぞ」

 桃山は朱姫を見ないように説教する。

「……そんなマジに注意されると思わなかった。あはは、ごめんねぇ」

 面を食らった朱姫はすそそと胸元を隠すように身を引いた。

「うん。なんか変な誤解をよくされるんだよね。困った困った」

「そりゃお前みたいな女にグイグイ来られたら、男は勘違いするだろう」

 向き直った桃山は不愛想に言い放つ。

「……桃っちも勘違いした?」

 桃山を上目遣いに見つめてくる朱姫。

「するか! 人の名前もろくに呼べない馬鹿女は俺の好みじゃない」

「じゃあ安心だ。桃っち、これからも仲良くしてね!」

「なんでそうなる! 人の話を聞いてんのか!」

「じゃあ桃っちじゃなくて、ももも?」

「友達前提かよ⁉ そっちじゃねえ!」

 キョトンとした朱姫は「え……友達じゃなくて、いきなり恋人がいいの? もう贅沢者だな。ちょっと大胆でびっくりだよ」とほんのり赤らめた頬を手で包むように押さえた。

「違ぇよ! お前みたいなビッチと一緒にすんな!」

 桃山は思わず大きな声をあげた。

「ひど! ビッチじゃないし! まだ彼氏だっていたことないし! そっちこそヤンキーじゃん!」

「あぁ? どこがヤンキーなんだよ」

「なんか友達少なそうだし、睨むと恐いし。口も悪いじゃん。ま、まぁちょっとだけ優しいところも、あるかもしれないけどさ」

 最後の方は声が小さくなり、ごにょごにょとよく聞き取れなかった。言い返そうとする桃山の言葉を遮ったのは、晴明だった。

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