2、乱暴だなぁ
「以前から君には特に変わった兆候が出ていた。そして刀化現象が発症した今、精密検査に協力してもらえるかな」
ガキの頃から数値は高めと言われて、いつ発症してもおかしくないと脅されていた。昔から桃山には死ぬほど不快でストレスだった。
「ハッ。自分のことくらい自分で、わかるさ!」
背後で拘束された手から刀身がピンクの光を帯びた日本刀が顕現。
同じく桃山の髪の色も蛍光ピンクに光りはじめる。
椅子に括りつけられたベルトを切断、椅子から腰をあげた。
「無茶はよしたまえ。こちらからでなければ君は外に出られない」
「出口がなければ、創るだけだ!」
切っ先を躊躇なくガラスの壁に突き立てると、蜘蛛の巣状のヒビが走る。
「──僕の壁を破る刃が現れるか。頼もしいな」
晴明は静かな顔にわずかな驚きを浮かべた。
桃山はすかさず蹴りをお見舞いし、ガラスの壁を完全に粉砕した。
ガラスの雨を降らせた桃山は反対側へ雪崩れこむ。
不思議なことにガラスの破片は晴明を避けるように散らばり、彼を傷つけることはなかった。「乱暴だなぁ」と言いながら晴明は実に愉快そうだった。
「どうだ! 怪我したくなければ大人しくしていろ」
日本刀で晴明を脅迫しながら、桃山は奥の扉を迷わず目指す。
だがドアノブはピクリとも動かず開くことはない。
「おい、ドアを開けろ!」
「本当にいいのかい。後悔しても知らないよ?」
「いいから早くしろ!」
晴明は床を
部屋だと思っていた空間はすべて長方形の白い紙である護符だった。
狐にでもつままれたみたいに桃山は驚愕する。
膨大な羽虫の群れのように蠢く護符は晴明の周囲に集まっていく。
部屋の外に広がっていたのは見知った通学路の景色だった。
夜だと気づかないほどライトで眩しく照らされ、油断なく銃口を構えた白色の武装隊員にぐるりと取り囲まれている。
晴明の説明には少しだけ嘘が混ざっていた。
桃山がいじめっ子に怒って、まだ二時間も経っていないのだった。
先ほどまで自分を囲んでいた部屋を構成していた護符は、空中で蛇のようにざぁーと音を立てて束ねられ、晴明の背後でうねっている。
「対象を再確保。法に則り、正式に伊護那島への護送に移ろうか」
晴明が告げ、護符が牙をむくように桃山へ殺到する。
桃山は日本刀を振るうが、護符の奔流を斬ることができない。白い蛇に呑み込まれたみたいに、そのまま路上に倒され押さえつけられていた。
どれだけ暴れようとも全身に張りついた護符を破ることはできない。桃山の体にピタリと張りつき、張り子にように固められていく。
「はい、君は路上で刃を出した。法律違反だ。これでもう言い逃れできないよ」
「この野郎、騙したな!」
「僕はきちんと警告したじゃないか。若い子は確認もなく考えなしに行動して、取り返しのつかないことをしたがる。それは勇気ではなく、ただの愚行だよ」
晴明は白いコートの裾を翻し、興味を失ったように離れていこうとする。
刀身が放つピンクの光まで見えなくなるほど十重二十重に重なり、護符はもうすぐ桃山の顔まで覆いつくそうとしていた。このまま口が塞がれたら呼吸もできなくなる。
無数の紙がまとわりつく恐怖に包まれながら、桃山は必死に抵抗した。
「──ッ、この! 離せ!」
武器が使えず、身動きもとれない。もう間もなく声さえ奪われる。
ここで無駄に騒ぐより、大人しく従うのが賢い選択だろう。
だが、百城桃山は聞き分けのいい子どもではない。
自分の限界を尽くすまでは諦めない。
その不屈の意気に応えるように桃山の握る日本刀が激しく鳴動する。
刀身が帯びるピンクの輝きは激しさを増し、燃える炎と化して外に解き放たれていく。ピンクの炎が押さつけた護符を焼き払い、桃山はゆっくりと立ち上がる。
「──僕の結界を自力で破ったか。そうでなくては」
晴明は再び桃山と向き直った。手首に巻いた赤い紐がかすかに震えている。
「さぁ……お
刀身が放つピンクの炎は狼にも似た
「彼の式神はさしずめ忠犬といったところか」
晴明は涼しい表情で、自分が見込んだ少年の才能の発露を観察する。
日本刀から発せられるピンク色の炎が形づくる犬の頭は大口を開けて、まだ残っていた白蛇のような護符の束に襲いかかる。噛みついた箇所から炎が燃え移り、護符が焼かれていく。胴体を食いちぎるように護符の束は無残に散った。
ピンクに燃える犬の
「強い力だね。だけど刀化現象したばかりなのに、
晴明は眉ひとつ動かさない。言葉通り、猛犬の牙は届かなかった。力尽きた桃山の手から日本刀が落ちる。先走る式神に桃山の力は吸い上げられていた。ピンクの輝きは失われ、燃え盛っていた炎が形つくる犬の顔は悔しそうに闇に溶けて消えていく。
ふらつく桃山が倒れる前に、晴明が優しく抱きとめた。
「伊護那島に来なよ。君に力の使い方を教えてあげる。そして、君はおとぎの国の王様になってくれ」
「訳わかんないこと言うんじゃ、ねえよ──」
精一杯の捨て台詞を吐いて、桃山の意識は途切れた。
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