アドレセンス ブレイズ
羽場 楽人
プロローグ
1、刀化現象
青春とは
透明なガラスの壁越しに全身真っ白な男がそう語りかける。
見た目は二十代後半の優男。静寂をまとい典雅な顔立ちに微笑を絶やさない。肌は白く背の高い細身。だが老人のような長い白髪を背中に流す。白いロングコートの下にシンプルな白い服を上下に着ている。飾り気のない白い靴。手首には赤い紐飾りが巻かれている。
「最初に自己紹介をしておこう。はじめまして、僕の名前は
男はあくまで友好的な態度で接してくる。ガラス越しでなければ握手まで求めてくるだろう。
「──ここはどこだよ。おれはどれだけ寝ていた?」
ガラスの反対側、少年は顔いっぱいに不満を浮かべる。
目が覚めると、無機質で真っ白な空間の中央に置かれた椅子の上に座らされていた。しかも身動きがとれないほど厳重に拘束されている。一方的に自由を奪われれば、非協力的な態度も仕方ない。ましてや彼のようなルールに不従順ならなおさらだ。
時間感覚を奪うような空間の白さが眩しく、妙な疲弊感をあたえてくる。
「君が連れてこられたのは
男は、反対側で拘束された少年に語りかける。
「
「そう思うなら今すぐおれを自由にして家に帰してもらえる? じいちゃんばあちゃんが恋しいんだよ」
「家族想いは良いことだ。僕の家族はとうの昔に死んでしまってね。個人的には希望を叶えてあげたいが、国の法律で決められたことだ。従ってもらう」
晴明は表情こそ穏やかだが、有無を言わせぬ態度で接してくる。
「若年性特定先鋭反応を有する青少年の安全育成保護法、か。うざってぇ」
桃山はうんざりした声で答える。
二十世紀の終わり、刀化現象を発症する少年少女は増加の一途をたどっていた。それにともなう本人や周囲への影響、および二次的な被害に国家的に対応するための法律が、若年性特定先鋭反応を有する青少年の安全育成法である。
幼少期より年一回の採血検査が義務付けられ、一定の数値に達した者は年齢を問わず伊護那島に送られる。その目的は青少年の健全な育成、および自他の安全確保と二次被害の抑制を行うための保護政策だ。
「よく勉強している。最近の子どもは自分たちに関わる法律の正式名称すら言えないことが多いからね」
「ガキの頃から毎年検査されてたんだ。おれは注射が大嫌いなんだよ」
思い出しても腹が立つ。そして、この状況そのものが気に入らない。
「刀化現象を発症した全員が君くらい自覚的であれば、そもそもこんな法律も島もいらないんだけどね。だけど現実は違う。どれだけ将来性があっても幼く未熟な子ども達は力を利己的に使い、すぐに騒ぎ、暴れたがる。そして罪なき人々が犠牲に遭う。だから国を挙げて保護管理下におく必要がある」
「危ないガキを島に隔離、の間違いだろう」
「桃山君、捉え方の問題だよ。刀化現象は思春期特有の流行り病みたいなものさ。恥ずかしがることも気に病むこともない。重度の中二病みたいなものだ。若い頃は、誰もが心の内に尖ったものを抱えている。その危うくも美しい心が刃の形となって現れたに過ぎない。いわば刃は君自身だ。扱い方を間違えれば他人も自分も傷つける諸刃の剣さ」
掴み所のない男の達観した口振りに思わず反発して「おれは日本刀だから片刃だけどな」と言い返した。
「どちらにしろ刃だ。銃刀法違反と同じさ。伊護那島以外で刀化現象にともなう刃を出した時点で処罰の対象となる。君がはじめて日本刀を出してから、僕らの対応は迅速だっただろう。国家はそれくらいの即時対応さ」
桃山は後頭部にくらった衝撃を思い出して、表情を曇らせる。
漫画みたいな出来事だった。あまりに理不尽な難癖をつけるいじめっ子連中を見過ごせず忠告に入った。だがこちらを遠ざけようとする馬鹿みたいな屁理屈を聞いているうちに、段々イライラしてきた。気づけば感情の高ぶりに合わせたように桃山の手には日本刀が握られていた。いじめっ子連中は尻尾を巻いて逃げ出したが、突然現れた日本刀の消し方もわからず路地裏で右往左往していると白い制服で統一した武装隊員が突如駆けつけた。
彼らはこちらの言い分を聞かず、一方的に押さえつけてくる。咄嗟に桃山は日本刀を振るってしまう。即座に発砲されると、桃山は生まれて初めて日本刀を握ったにも関わらず応戦。ゴム弾の軌道を目視でき、身体の反応速度が異常に向上していた。だが、背後から回りこんだ隊員に後頭部を銃底で殴られ失神、今にいたる。
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