1-2

 六歳になり、近くの小学校に入学した僕は、とても衝撃を受けた。

 学校というところには、たくさんの子どもと大人がいた。一つの部屋に何十人も集まって勉強をしたり、だだっ広い運動場で走り回ったり。

 何より、時夫さんたちと離れて過ごすというのは、心細くて、みんなが仲良くなっていく輪にもうまく入れなくて、早く家に帰りたくて仕方なかった。けど、メソメソしながら帰ると時夫さんに怒られるのだった。

「早く友達つくってこいや」

「僕、お家にいたいよ。友達つくるってわからないもん」

 時夫さんの横に座って、べそをかく僕の頭を、時夫さんの大きな手が痛いくらいわしゃわしゃと撫でた。そして、僕の顔を上げさせた。

「友達ってのはな、俺とお前みたいなもんだよ」

 よくわからず、時夫さんを見つめた。時夫さんは僕の目を真っ直ぐ見ていた。

「俺と秀樹も友達だし、笑美と俺も友達。お前と秀樹も、お前と笑美も友達」

「時夫さんと、秀さんと、笑美さんは、僕の友達なの?」

「そうさ」

 『友達』を理解できず難しい顔をしている僕に、時夫さんはにやりと笑う。

「喋って、お互いがお互いのことを好きになったら、それが友達なのさ」

「ふうん……」

 僕は、じっと考えて言った。

「僕は、時夫さんのことが好きなの?」

「えっ、直人は俺のことが好きじゃない……のか!?」

 時夫さんは目を剥いて、呆然と固まった。まるで、魂が抜けたみたいで、僕は慌てて付け足したんだ。

「好き、ってどんなの?」

 僕は、好きがどういう感情かわかっていなかった。だって、僕が知っている三人の大人が、好きという言葉を使っているのをあまり聞いたことがなかったし、笑美さんのハンバーグは美味しいから好きだけど、時夫さんは食べ物じゃないし、なんて考えていた。

「あー、なんだ。そういうことか」

 時夫さんの時が動き出して、安堵あんどした表情を見せた。

「簡単さ。もっと喋りたいとか、一緒にいたいとか、離れていてもその人を思うことが、好きってことだ」

 なるほど。好きという言葉が、僕の中にすとんと入ってきた気がした。

「じゃあ、僕は、時夫さんと、秀さんと、笑美さんのことが、好きだよ」

 学校にいる間、三人のことが、ずっと頭の中にあった。早く会いたくて、この家に帰ってきたくて仕方なかった。

「僕は、この家も好き」

 畳はくすんでいて、壁が黄色くて、なんとなく薄暗いけど、とてもあたたかいこの家が好きだ。

「そうか」

 時夫さんは、優しく笑った。

「時夫さんと、秀さんと、笑美さんも、僕を好き?」

「当ったり前だろ!」

 間髪入れず、時夫さんは答えた。

「だから俺たちは友達なんだっ」

 時夫さんの耳は赤くなっていた。なんだか、とても嬉しい気持ちになった。

「秀さんと、笑美さんも友達だよね?」

 ふと、二人の姿が浮かんで、僕は時夫さんに尋ねた。

「あれはな、夫婦っていうんだ。前は、カップルっていうのだったんだけど、結婚して、夫婦になった」

「けっこん? ふうふ? かっぷる?」

 また新しい言葉が出てきて、混乱する。

「秀樹は笑美のことを誰よりも一番好きで、笑美も秀樹のことをそう思っていて、じゃあ、これからもずっと一緒に生きていこう、って約束するのが結婚さ」

「ふうん。じゃあ、僕と時夫さんはこれからもずっと一緒だから、ふうふだね?」

「馬鹿言えいっ」

「いたい」

 僕はげんこつをくらい、頭を押さえて訴えた。

「なんでげんこつするの」

「直人が馬鹿だからだ」

「なんで」

「結婚っていうのは、男と女の約束に限るんだよ」

「そんなのさっき言ってなかったもん」

「うるさい」

 時夫さんはふいっとそっぽを向いて言う。

「まあ、お前にもそのうちわかるさ」

 僕はその時、理不尽に殴られたことに納得いかなかった。けど、いつの間にか涙は引っ込んでいた。


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