1-3

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 遺跡の一帯を揺るがす地震と地鳴り。茶色の水たまりが足元で激しく揺れ、キッカは近くの壊れかけた石塀につかまりました。

「何だ……!?」

 幸い、揺れはすぐに収まりました。キャンプの荷物に覆いかぶさって、守るようにしていた兵士が辺りを見回します。崩れた土の塀や遺跡の残骸が散らばる中、ただ1人、スーだけは鎌槍を支えに立ってしました。

「うわああああ!」

 広がる静寂をかき消すように、男性の叫び声が聞こえました。同時に地面の中を大きなものが通るような振動と音。耐え切れず地面に手をついたキッカが目を凝らすと、100メートル先に太い体をくねらせる長い何かが見えました。

「誰か、誰かぁっ!」

 白い空に向かって立つ、泥水にまみれた肉色の巨体。その先に、探索隊の男性。捕まった探索隊の男性が手をのばして助けを求めますが、大きな巨体が空を仰いで無理やり飲みこもうとします。

「まさかあれ、原生生物……!?」

「あの人、さっき薪を取りに行った人、ですよね……!」

 兵士が引きつった顔でキッカに頷きました。かけつけたキッカ、スー、兵士の目の前で、助けを求める男性の体が、頭が、みるみる間に飲みこまれていきます。

 さっきの地中からの振動は、この大きなミミズのようなその生き物が原因でした。

 飲みこむ口に歯は無いようですが、太い木のような体を蛇のように高く持ち上げています。これに叩き潰されたら、ひとたまりもありません。

「ど、どうしよう……。」

 訓練で実際に原生生物と戦ったことがあるキッカも、こんなに大きな生き物は見たことがありません。ついに人ひとりを飲みこんでしまった大ミミズの鳴き声を聞いて、足がすくみます。次はお前だ、そう言っているようにも聞こえます。

 「どうしようったって……!」

 隣で剣を構える兵士も同じように怯えていました。キッカは、今回の探索隊は多くが初心者であることを思い出して目頭が熱くなるのを感じました。

 熟練の探索隊である騎士は遺跡の奥へと行ったため、地鳴りに気付いていたとしても、ここまで戻ってくるのには時間がかかります。

 逃げ出すにも、この一帯は沼地と瓦礫ばかりでむやみに走れば足を取られてしまいます。

 それに怖くても、キッカは飲みこまれた男性を置いて逃げるなんて考えにはなれませんでした。

 「た、助けなきゃ……!」

 そう言ってキッカが武器を取るのと同時に、左後ろから、かけ足の音が聞こえました。

 「スーさん!」

 紺の長い髪を揺らしてスーが大ミミズに近づきます。

 気付いた大ミミズは頭を高く持ち上げて迎撃の姿勢に入りました。

 どう、と地面にミミズの頭が落ちる寸前、スーが横にまわり込み、大ミミズの胴に鎌槍の鎌を突き刺します。そのまま体重をかけて一気に振りきる。

 ブチッと破れる音と共に勢いよく中の液体が流れ出てきます。

 「キッカ!」

 茶色の地面が肉色に染まる中、スーが大ミミズの体内から飲みこまれた探索隊の男性の腕を掴んで助け出しました。そのままこちらに投げ、声に反応したキッカが受け止めます。

 「げほ、ぉえ……っ。」

 勢いで男性は飲みこんでいた泥や液体を吐き出します。飲みこまれて間もなかったために無事のようでした。

 キッカが顔をあげると、脳裏で先ほどの風景がよみがえります。

 “ワタシが武器を、構えたら、この距離分、離れなさい。”

 目の前のスーの手には武器。

 さっきよりも大きく振る構え。

 男性はキッカの腕の中で朦朧としています。

 「伏せて!」

 キッカが鎌槍の間合いから追い出すように地面に男性を押し倒し、スーの赤い鎌槍が原生生物の体に食い込みました。

 キッカの左肩を冷たい風が撫で、すぐ横の地面を抉る。それでも刃の勢いは止まりません。

 「おい、こっちだ!」

 見ると、騎士の男性がキャンプに戻ってきていました。他にも数人の隊員がミミズの注意を引くために動いています。

 騎士はすぐさまキッカが支えていた男性を担ぎます。それを確認したスーが風のように鎌槍を振るい、大ミミズにとどめを刺しました。


 ――その後、キャンプには次々と探索隊の隊員が戻ってきました。13人全員の生存が確認できて安心したのもつかの間、もちろん遺跡の探索は打ち切りとなり、探索隊は徒歩で近くのスミ村へと向かうことになりました。

 学者の話によると、今回出現した大ミミズはこの辺りではめったに見かけない希少種の原生生物のようでした。

 今回のアンバー第一遺跡は凸凹の地形と沼以外には特に目立った特徴のない遺跡で、昔から素人の探索隊が担当することが多いです。そのせいか、探索結果にも甘いものが多く、近年これを問題視した公国は情報に漏れが無いか、確認を含めた探索を行うことを義務付けたそうです。今回の探索で学者と騎士の男性が遺跡奥へと向かったのも、このためでした。

 

 西の山に太陽が沈み始める頃、遺跡から北東に進んだ一団は目的地に到着しました。

 遺跡からこの村までの間、学者以外、ただの1人も声を出した者はいませんでした。ようやく村にたどり着いたというのに、全員が静まり返っています。

 代表である学者が点呼を取ります。

 遺跡へ向かう時とは違い、探索隊の全員が静かに声に従います。中には、もうとっくに村の門をくぐったというのに剣の持ち手から握る手を離せない隊員もいました。いつまたさっきの大ミミズような大型の原生生物に出会うかわからない、と不安で仕方ないのです。その隊員だけではなく、ほとんどの人間が緊張した顔でこの場に立ち尽くしていました。

「知っていると思うが、夕方以降は原生生物の活動が活発になる。」

 隊員たちの顔が青くなります。

「安全のため、今日はこの村に一泊する。明け方にシアナ町へ向かう農家の荷馬車を借りて帰ることになるだろう。詳細はまた追って連絡する。」

 学者が騎士と確認しながら、今後の予定を簡単に伝えていきます。

「今日は予定外の原生生物の出現もあったため、心身ともに疲れているだろう。よく休んで、明日に備えてほしい。それでは明日朝まで解散。」

 その一言で、その場にいた隊員の半数が腰を落としました。

「何だ何だ、このくらいで腰が抜けたか?」

 騎士の男性が呆れたように言います。

 宿に向かう者、地面に倒れこんで寝ている者、探索隊同士で支え合いながら立ち上がる者。それぞれの顔から、ようやく緊張が抜けたようです。

「初めての探索だった者も多かったしな。お嬢ちゃんも、よく頑張ったな。」

 キッカは自分が地面に座り込んでいるのに気付いて慌てて立ち上がります。

 騎士の男性が笑いながらキッカの頭をぽんぽんと撫でます。

「この人から、あんたが助けてくれたんだって聞いたよ。ありがとう。」

 騎士の横から、泥だらけの探索隊の男性が頭を下げました。キッカは一瞬で、あの大ミミズの中に飲みこまれた男性だ、と思い出しました。

「い、いえ。私じゃなくて、本当はスーさんで……。」

「あの大女が?」

 彼女の姿を探しますが、姿が見当たりません。

 騎士もキッカが男性をかばって突き飛ばした辺りからしか知らないようでした。

「礼は明日、集合した時にでも言えばいいさ。」

 騎士がスーに礼を言いたそうな男性を小脇に抱えます。

「それよりお前は今から病院で検査だ。2人のおかげで助かったとはいえ、あんな生き物の中に居たんだからな。何を飲みこんだかわからん。」

 抱えられた男性は大ミミズを思い出したのか、一気に顔を青くしました。

 「それじゃあ、今日はゆっくり休めよ。」

 「また明日。」

 病院へ向かう2人を見送って、キッカも村の奥へと足を進めます。

 太陽ももう山に沈みきる頃で、赤い光がキッカを照らします。反対側の空からは紫と群青が迫っていました。

 スミ村はヴィオラスタンの国の中でも、あまり雲が無い地域です。西から定期的に風が吹くため、雨も多いですが晴れも同じくらい多く、天気がはっきりしています。

 歩きながら耕した土の匂いを嗅ぎ、消えかかる光に照らされた田畑を眺めていると、キッカの緊張もほぐれて、どっと疲れが出てきました。

 スーとの出会いに、初めての遺跡、見たこともない大きさの原生生物との闘い。予想外の出来事の連続に、キッカの口から小さな笑いがこぼれました。

 不安や迷いもあれば、無事に1日を終えられる安心感と達成感もあります。

 キッカの胸は、晴れやかでした。

「きっと、これが公国ヴィオラスタンの探索隊で、私が選んだことなんだよね。」

 シアナ町でキッカが聞いた重たい言葉が、頭をよぎります。

「ヴィオラスタンの遺跡探索隊。」

 覚悟を決めるように、ぎゅっと拳を握って、キッカは宿へと向かいます。



第1話「はじめての遺跡探索」おわり

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ヴィオラスタンの遺跡探索隊 みにゃも @minyamo357

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