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 真昼の草原を横に見ながら、荷馬車が4台進んでいきます。

 そよそよと心地の良い風を感じながら、ヴィオラスタンの遺跡探索隊が向かうのはシアナ町の西、アンバー第一遺跡。凹凸の地面に雨水が溜まってできたその遺跡は、更に西から吹く湿度の高い風で年中乾くことを知らない茶色の沼地です。

「草原が綺麗ですよ、スーさん。」

 荷馬車の後ろ側で、キッカが風に揺れる広い草原を指します。

 しかし返事はありません。これで6回目。キッカは町を出てから今までの20分間、ずっとこれを繰り返していました。

 探索のパートナーであるスーは、遠目には紺の長髪が似合うスレンダーな女性です。

 実際は、他の探索隊の男性たちよりも頭1つ分背が高く、服装といえば黒い目隠しに喪服。防具は腰に盾を付けるくらい。極めつけの赤い鎌槍がいかにも人を近づけさせまいとしていたために、キッカもどう話しかけていいのかわからなかったのです。

 キッカの努力も虚しく、スーは「興味が無い」と言わんばかりに荷馬車が通ってきた道を眺めています。

 ガラガラと荷馬車が音を立てて揺れます。

「お嬢ちゃん、無駄だよ。その人いつもそうだから。」

 7回目の声をかけようとしたキッカを、同じ荷馬車に乗る騎士が止めました。

 尖った兜と同じ、銀の鎧を付けた騎士の男性が言うには、このスーと呼ばれる人物はどの遺跡探索でも誰とも話さず、ただもくもくと作業をするだけなのだとか。

この遺跡探索隊の作業というのは、指定された場所で価値のある文明の残りを探したり、その途中に襲ってきた狂暴な原生生物の退治をしたり、というものです。

 公国ヴィオラスタンが目を付けた遺跡の数々は、ほとんどが人の手を離れた自然の中にあります。長い歴史の中で、人と同じように原生生物も狂暴化を含めて独自に進化を遂げました。今ではキッカたちのように訓練された人でなければ退治することはできません。国の害となる「狂暴な生物の退治」と利益になり得る「遺跡の調査」、2つの目的のために遺跡探索隊はあるのです。

「誰もが友好的な人間ではないさ。無理に関わらない方がいい。」

 騎士がそういいましたが、キッカはどうにも腑に落ちないようでした。


 そうこうしているうちに、荷馬車は分かれ道に着きました。

 学者の号令で探索隊が馬車から降ります。

「町で説明した通り、ここからは方角が違うため、我々は徒歩で遺跡へと向かう。ここから西へ10分ほどだが、緊張感をもって続くように。」

 隊は全員で13人、学者と騎士の男性を先頭に2列で進みます。

 キッカとスーは女性であるから、と真ん中に配置されました。

「さっきから気にくわねぇ。」

 ふ、とキッカの後ろから若い男性が二人で愚痴を言っているのが聞こえました。

「何が女性だよ、無駄にでかくて、その辺の原生生物よりよっぽど気味が悪い。」

「あの騎士の男、変な気でもあるんじゃねーの。あの女じゃ逆に襲われそうだけどな。」

「ははは、あり得る。」

 声こそ小さくしているようでしたが、キッカはすぐに、後ろの2人がスーのことを悪く言っているのだと気付きました。

 顔を見上げてもスーは目隠しをしているので表情は見えません。

 それでもキッカはなんとなく「悲しいと思っているかもしれない」と感じて、なんだか胸の中がぎゅっと締め付けられるような気がしました。


 しばらくして、アンバー第一遺跡に到着した探索隊はそれぞれの作業を始めました。

 遺跡の東西南北に分かれて人工物を探す者たち、怪我をした時に治療するためのキャンプ場を準備する者たち。そのうち1人は火をおこすための薪を取りに行きました。

 キッカは初めての探索なので、このキャンプ場の近くで原生生物が出てこないか、見張りをしています。学者は辺りの地図の穴を埋めるために騎士と遺跡の奥へと行ってしまいました。

「……きっか。」

 静かな沼地で遠くから金づちやつるはしを使う音が聞こえます。今のところは、狂暴な生物も見当たらず作業は順調のようです。

 外の空気に少し慣れ、気が緩んでいたキッカは思わぬ声に驚きました。

「スーさんですか?今の……って、え!?」

 振り向くと2メートルほど離れたところで、スーがキッカに向けて鎌槍を向けていました。思わずキッカも腰に引っかけてある銀色の定規を抜きます。

「ななな、なんなんですか!?」

「……忘れないで。」

 彼女の声は見た目とは不釣り合いなくらい、涼やかでよく通るものでした。

「ワタシが武器を、構えたら、この距離分、離れなさい。」

 誰とも話さないんじゃないのか、いきなり武器を向けて何のつもりか。そんなことを考えているうちに、スーは鎌槍を下ろしてしまいました。

 冷ややかな風がキッカの30センチ前を薙いでいきます。

 背を向ける彼女にキッカが声をかけようとした、その時。

 遺跡中にとびきり大きな地鳴りが響き渡りました。

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