ヴィオラスタンの遺跡探索隊

みにゃも

1話「はじめての遺跡探索」

1-1

 白い空に青い雲――いいえ、もちろん昔は逆でした。

 もうずいぶん前のことで、誰も何故そうなったのかは覚えていません。

 この国の空にはいつからか青白く厚い雲が立ち込め、今ではその切れ間切れ間に澄んだ群青が、日の光がさすついでに見えるだけです。

「――公国ヴィオラスタンの遺跡探索隊。」

 宿舎の自部屋で、一人の少女は頭の中でそう繰り返しました。彼女が数日前に聞いた、最近の中では一番重みのある言葉だったからです。

 ここは公国ヴィオラスタンの南東、シアナ町。近隣には多くの遺跡が点在しています。中でも更に南東にある”ルイントタス”と呼ばれる大きな亀の形をした遺跡は、その姿故に国内外で有名です。

 この地が公の領地になる前から、この近くでは謎の建物の跡や人工物が発見されており、その中には国の発展に貢献できるものも多くありました。それに目を付けたヴィオラスタン公が効率の良さを考え研究者を住まわせるために作らせたのがこの町です。

 少女は一か月前からこの町でその遺跡群を調べる“探索隊”になるため、特別な訓練を受けていました。

「今日からようやく、遺跡に行ける。」

 じわじわと実感がわいてきて、いつもと同じように茶色の髪を後ろでひとつまとめにする手にも力が入ります。

 彼女の名前はキッカ。先日、すべての課程を修了して遺跡探索隊になったばかりです。

「初めは、掲示板で配属先を見に行くんだっけ。」

 キッカは身支度をして、線の柄が入った白いマントをはためかせて部屋を出ます。


 白い朝日が窓からさして、長い廊下をキラキラと照らします。

 キッカは掲示板がある部屋に着きました。

 他にも同じように配属先を見に来た隊員たちが何人かいました。多くは男性で、厳つい鎧や禍々しい武器を背負っています。

 キッカの武器は腰に下げたステンレス製の定規です。これは彼女にとって、お守りのようなもので、怖いものや嫌なものと対峙するときに触れると少しだけ強くなったような気になれました。

「行き先はアンバー第一遺跡。沼が多いところ……。」

「へぇ、お嬢さん探索隊になれたの?」

 剣士や弓使いの間を抜けて、宿舎を出ようとするキッカに後ろから声がかけられました。

「誰でもなれるだろ、一か月のスクーリングだけなんだから。」

「その先が問題。お嬢さんみたいなか弱い(・・・)女の子が、はたして何日続けられるかな。」

 下世話な笑い声をあげるのは、キッカが探索隊の志望者として訓練を受けている時から何度もキッカを馬鹿にしてきた若い剣士たちでした。

「そんなのあんたたちに関係ないじゃない。」

 キッカは定規を握ってそうつぶやきます。

「私だって、ヴィオラスタンの探索隊だもん。」


 朝日が空の真上に来る少し前、午前11時頃。

 シアナ町の西門に10数人くらいの人だかりができていました。薄い鎧をつけた騎士や、長いブーツを履いた鞭使いなどが、中央にいる学者風の男性の声を聞いています。彼らは全員、公国ヴィオラスタンに認められた遺跡探索隊です。

 その中に、少し緊張したキッカの姿もありました。

「――以上が、今日我々が訪れるアンバー第一遺跡の地域説明だ。事前に知らせた通り、更に西にある湿地の影響で大変沼が多い。足を取られないように。移動には丘の向こうのスミ村へ向かう荷馬車に4名ずつ乗っていく。」

 遺跡探索隊には公国から、移動用の馬や専用の馬車が支給されています。しかし今日キッカが配属された探索隊の班は初心者が多く、貴重な乗り物を駄目にしてしまう可能性があるので使用許可が下りないのです。任務が最近入隊した隊員向けの簡単なものなので、扱いも雑というわけでありました。

「遺跡には50分ほどで着く。その間に今から指定する今回のパートナーと。ある程度の連携が図れるよう打ち合わせをしておくといいだろう。」

 今日の探索隊は学者風の男性を除いて12人。ほとんどが男性ですが、キッカ以外にもう1人、女性らしい人がいました。

「――アルフレンとベン、セタレスとゼノーシュ、キッカとスー、以上だ。各自、移動の準備にかかれ。10分後に出発する。」

「スーさんって……。」

 それぞれが名前を言って握手を交わし、準備を始めます。荷馬車の主と挨拶をする人、荷物をパートナーと協力して乗せる人。

 穏やかな昼の空気を感じながらキッカはなぜか動かず、1点だけを見つめていました。学者風の男性の説明を聞きながら「たぶん、そうなるだろう」と感じていた人物。昼間の地面に深い影を落とす、黒い喪服に赤い鎌槍を持つ死神。

 その人物こそ、今回のキッカのパートナーであるスーという女性でした。

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