第43話 「…幸せそうで何より。」

 〇七生聖子


「…幸せそうで何より。」


 すごく…すごくすごくすごーく心配してたんだけど。

 電話もしにくくて…我慢して。

 バイトも来るかな…って心配しながら事務所に行くと…

 知花は…超幸せそうな顔でバイトに来た。


 …左手の薬指に、指輪をして。



「聖子…ありがと。」


「え?」


「指輪のサイズ、千里が…聖子から聞いたって。」


「……」


「ピッタリ。」


「…それはー…良かった。」



 …ちょっと。

 ちょっと、神さん。

 それ、何よ。

 あたし、知花の指輪のサイズなんて、教えてないわよね…‼︎



「…瞳さんの件は、ちゃんと解決した?」


 あまりに幸せそうな知花を見て、腹が立ったわけじゃないんだけど…

 瞳さんの名前なんて出したら、また知花が落ち込むかもしれないって分かってたんだけど…

 聞きたくなった。

 どうしても。


 どーしても…!!


「あ…うん…一緒に居ても何もなかったって…」


「はあ?何それ。男って都合良過ぎ。そんなの信用できないわよね。」


 あたしがプンプンして言うと。


「…うん…でも、もっと俺を信用しろって。」


 知花は…少し頬を赤らめて言った。


「……信用しろ?」


「…うん…それと…もっと自信持て…って。」


「……」


 確かに…知花は自分に自信を持ってない。

 あたしから見たら、知花の独特なふわっとした可愛い雰囲気とか…

 そのふわっとした知花が、マイクを持つと豹変しちゃう、あのギャップとか…

 とにかく…誰をも圧倒させる歌声とか…

 いじりたくなるほどの照れ屋だったりとか…

 鈍感な所もあるけど、人への気遣いとか…

 もう、愛しい所だらけで…


 そんな知花が、自分に自信を持ってないなんて。

 あたしが、自信を持たせたい!!って…

 今まで、ずっと思ってた。


 けど…


 やっぱ、こういう役目って…

 男。

 なんだな…

 って、ちょっと今思い知らされて…へこみそうだ。



「あ、見て見て、これ。」


 あたしは沈みそうな気持ちを払拭させるために、掲示板に貼ってあるお知らせを指差した。


「何?」


「アメリカの事務所、大きくするんだって。それに伴って、ここからあっちへ移籍するアーティストを選ぶみたい。」


「…ふうん…」


 あれ?知花、そっけないな。

 シンガーになるのが夢って言ったら…やっぱ…


「やっぱりロックはアメリカよ。でもって、すんごい広い野外でライブよね。」


「…そうだね。」


 あたしは夢見ている。

 知花が、大勢の前で歌って…高く評価される事。


「あーあ、早く8月になんないかなあ。」


 そのためにも、早くデビューして…知花の…そして、あたしの夢を叶えたい。


「うん。あ、そういえば東さんから電話あった?」


 あたしの沈みかけた気持ちが、少し上がりかけてたのに…知花が嫌な事を思い出させた。


「…あった。」


 東 圭司。

 TOYSのギタリスト。

 変人と呼ばれるあいつに…なぜか好かれてるあたし。

 とにかく…しつこい。



「いい人じゃない。」


「同業者はイヤなのよ。」


「千里と同じようなこと言ってる。」


「何度も言うけど、あたしは自分から好きになった人じゃないとイヤ。」


「好みのタイプってのは、どういうのなの?」


 …あんたよ。

 とは言えないから…


「背が高くて優しくて頭が良くて音楽関係の仕事をしてない人。」


 って言った。


 あたしの答えに知花は。


「ね、聖子ってそういうことってあった?」


 あたしの顔を覗き込んだ。

 …ああ…あんた、そんな顔して見つめないでよ…


「…何。そういうことって。」


「男の子とつきあったりとか…あたしは聞いたことないけど。」


「悪かったわね、ないわよ。」


「もったいないなあ、あれだけモテてるのに。」


「いいの。あたしのことは。」


 どれだけモテても。

 …一番好きな人に想われなきゃ…意味なんて、ない。


 * * *


 退学になった知花は、朝からフルでバイト。

 知花がいなくなった学校生活は、あたしにとっては拷問のようだった。


 神さんが瞳さんとの事…ちゃんとしてくれてたら…

 知花は学校を辞めずに済んだのに…なんて。

 つい、神さんのせいにしてしまう。



 そして、知花が色々暴露したせいで、学校の目があたしと…まこちゃんにも向いてしまった。


 ひえー。

 なんて思ったけど…

 うちは、七生なわけで。

 学校にも、たくさん寄付してるわけで。


 そして、ビートランドの会長は伯父貴なわけで。

 バイトの件は、誤魔化してくれた。


 バンドの件は…


『才能のある生徒がいる事を、むしろ誇りにするべきです』


 って…伯父貴が言ってくれた。


 デビューも決まってるって事で、何とか…今はまだ表沙汰にしないって事で、退学はまぬがれてる。

 …あたしも退学になりたかったよ…



 知花からは、すごく謝られたけど…

 あたしとまこちゃんは、退学にならなかった事の方が…申し訳ない気がした。

 知花だって…

 結婚してる事と、赤毛の事…

 よく考えたら、どうにでもなったかもしれないのに。



「聖子。」


 学校が終わって、事務所に向かってると…声をかけられた。

 振り向くと…神さん。


 …気が付いたら、呼び捨てされるようになってた。

 何よ気安く…って思ったけど、まあ…知花の旦那だし…いっか。



「バイトか?練習か?」


「バイトです。」


 神さんは自転車にまたがったまま、あたしの隣に並ぶと。


「おまえに、頼みがあんだけど。」


 周りを見渡して、声のトーンを落として言った。


「…何ですか…」


 頼み…?


「…俺に、知花の指輪のサイズを教えたって事にしといてくれよ。」


「あ!!」


 そうだよ!!


「それ、聞こうと思ってた!!」


「…知花から何か聞いたか?」


「聞きましたよ!!あたし、危うく知らないって言うとこだったんだから!!」


 あたしの言葉に、神さんは首をすくめて。


「言うとこだった、って事は、言わずにおいてくれたんだな?サンキュ。」


 小さく笑った。


「なんで?」


「あ?」


「なんで、あたしにサイズ聞いたって?」


 あたしの問いかけに、神さんは自転車から降りて。


「…別に、話の流れで。」


「…指輪、ピッタリだったけど、調べて?」


「いや…勘。」


「…勘?」


「ああ。」


「……」


 お…恐ろしい。

 結婚指輪を勘で買うなんて…


「…勘で当てたって言った方が、知花は喜ぶんじゃ?」


 あたしがそう言うと。


「なんか、そういうのバレたくないっつーか。」


 神さんは少し嫌そうな顔をした。


「…バレたくない?」


 なんでだろ。

 知花の事好きなら、知花が喜ぶ事したいって思うはずだよね?

 神さん…本当に知花の事好きなの!?



「とにかく、俺にサイズを教えた事にしとけよ?」


「…えー…どうしようかなー…」


 何となく意地悪がしたくなってそう言うと。


「…ただで…とは言わない。」


 神さんは、意外な事を言った。


「…何か、いい物でも?」


「知花とおそろいのバッグチャーム。」


「…え?」


「もらったんだけど、俺はこんなに可愛いやつなんて要らねーから。」


 神さんはそう言うと、ポケットから…


「わ…きれい…」


 チェーンに、小さな地球や星がぶら下がってるチャームを取り出した。


「って…これ、ちょっと高価じゃない…?」


 持たされたそれ…見た目の割に重い。


「宝石屋をしてる兄貴にもらった物だから。」


「えー、お祝いにもらった物を?」


「祝いじゃなくて、オマケだから別にいい。知花にも、兄貴からオマケを二つもらったから一つを聖子にやれって言っておく。」


 何だか…よく分からないけど。

 そのチャームがあまりにも気に入ってしまったあたしは…


「分かりました。内緒にしときます。」


 神さんの目を見て言った。

 知花とお揃いって…嬉しいし。


「契約成立。」


 神さんはそう言って、あたしの手からチャームを取ると。


「これは後日、知花からもらえ。」


 そう言って…

 その三日後、あたしは知花から。


「これ、千里がお兄さんにもらったみたいなんだけど、可愛すぎるから要らないってくれたの。お揃いでどこかにつけよう?」


 そう言って、神さんに見せられたチャームをもらったんだけど…


「…イニシャル?」


 神さんに見せられた時にはなかった、Sが…地球の隣に。


「あたしも、Cって付いてるの。」


 知花はそう言って、自分のチャームを見せた。


「…お兄さんにもらったなら、どちらもCだろうにね。」


 あたしがそれを手にしながら言うと。


「これだけは千里が後付けしてくれたみたい。」


 知花は満面の笑み。


「後付け?」


「うん。千里…ああ見えて、聖子の事、すごく信頼してくれてるみたい。バンドメンバーとしてだけじゃなくて、学校辞めても親友でいてもらえよ?って笑ってた。」


「……」


 そんなの…

 そんなの、当たり前じゃない!!


 って思う反面…

 あたしが知花を好きな事、見透かされてるのかと思って…ドキドキした。



「…どこに着ける?」


 あたしがチャームを手にして問いかけると。


「お財布に着けようかなって思ったんだけど、金具が引っかかっちゃいそうなのよね。」


「なるほど…じゃ、色違いで買ったバッグはどう?」


「あ、いいかも。じゃあ、あのバッグ毎日使おうっと。」


「あたしもそうする。」



 …神さん。

 悔しいけど…

 ほんっと…悔しいけど。

 あんたを、知花の旦那として、認めるわ。



 でも、泣かしたりしたら…承知しないから。

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