第41話 アズと別れて部屋に戻ると。

 〇神 千里


 アズと別れて部屋に戻ると。

 知花の部屋で、電話が鳴っている。


「……」


 テスト期間中じゃねーよな。

 なのに、こんな時間に電話かけてくるって…誰だ?


 ルール違反ではあるが、部屋に入って電話を取る。


「はい。」


『あの…知花帰ってます?』


 この声は…聖子か。


「あ?まだ学校だろ?」


 時計を見ると、14時。


『いや…えーと…あの…今日は調子が悪いって、来てすぐ帰りました。』


「……」


 すぐ帰った?


 聖子との電話を切って、玄関に行く。

 …帰って来たような形跡は、ない。

 部屋にも…制服はかかっていない。


 すぐ帰ったとして…

 ここには、俺と瞳とアズがいた。

 なんで…入って来なかった?

 入ってくれば、説明できたのに。



 イライラしながら知花の帰りを待った。

 夕べ、あいつは電話に出なかった。

 よく考えたら…俺がいないのをいい事に、出かけてたのかもしれない。


 誰の所だ?

 今も…どこへ行ってる?


 悶々としながら玄関に座り込んで待った。

 すると、16時を過ぎて…鍵を開ける音が。


 俺は立ち上がって仁王立ちして、知花が入って来るのを待った。


「どこ行ってた。」


 入って来た知花に低い声で言うと。


「…何のこと…」


 知花は、俺の目を見ずに冷たい口調。


「聖子から電話があったぜ。早退したんだってな。」


「……」


 俺の問いかけを無視して、知花はキッチンへ。


「言えないような所へでも行ってたのかよ。」


 知花を追いながら言うと。


「そういう千里はどうなのよ…」


 知花は水を飲んだ後…小さく言った。


「何が。」


「夕べよ。」


「事務所でずっと話してただけだぜ?」


「…信じらんない。」


「おまえなあ…」


「あたし、見たよ?」


「何を。」


「……」


 知花が食いしばって部屋に向かう。


「何逃げてんだ。」


 腕を取って振り向かせようとすると…


「いや!!」


 知花は、思い切り…俺の腕を振りほどいた。


「瞳さんを抱きしめた手で、あたしに触らないで!!」


「……」


 あの時…か…

 あの時、帰って来てたのか…


「好きだなんて気が付かなきゃよかった…」


 知花がポロポロと涙を流しながらそう言って。


「あれは…あいつが泣くから…」


 俺は、溜息まじりにそう言うしか出来なかった。

 理由がどうであれ…瞳を抱きしめたのは事実だ。


「泣く女は誰でも抱きしめるの?」


「……」


「…そうね、もともと偽装結婚だったんだもの。こんなことあったっておかしく…」


 知花は全部を言い切らないうちに、部屋に入って鍵をしめた。


「……」


 瞳とは何でもない。

 その一言を言った所で、瞳を抱きしめた時点で…裏切りだ。

 何の説得力もない。


『好きだなんて気付かなきゃ良かった』


 知花の言葉が…胸に刺さった。




 翌朝起きると、すでに知花はいなかった。

 部屋を見ると…制服とカバンがない。

 …学校か。


 とりあえず…俺も事務所に。

 高原さんに、瞳の今後を聞きたいとも思ったし…


 すると。


「あの…神さん。」


 ロビーで呼び止められた。


「……」


 振り返ると…SHE'S-HE'Sの髪の毛の短い方のギタリスト。


「えーと…二階堂 陸といいます。」


『陸ちゃん』か。


「ああ…知花がいつもどうも。」


 こんなに間近で、面と向かうのは初めてだが…

 …本当にこいつ、美形だな。



「すごく余計なお世話なんですけど…いいですか?」


「何。」


「昨日、知花とケンカしました?」


「……」


 つい、無言で目を細めた。

 それが答えになったようで…



「俺、音楽屋でバイトしてるんですけど…昨日知花が制服姿のまま早い時間にウロウロしてたんで、うちに連れて帰りました。聞きましたか?」


 頭の中で、話を整理した。


 昨日…知花は学校を早退した。

 で…うちに帰って…俺と瞳が抱き合ってるのを見て…家を飛び出した。

 音楽屋の前をうろついて…二階堂 陸が…知花を家に連れて帰った…と。


「…いや、聞いてない。おまえ、一人暮らしか?」


 俺が低い声で言うと。


「ご心配なく。大家族です。」


 二階堂陸は…笑顔。


「あいつ…色々あっても言わないじゃないですか。今までも、髪の毛の事とか…」


 …そうか。

 バンドメンバーにも、ずっと秘密だったのか。


「それで、今回は無理矢理聞きだしました。泣きそうな顔で歩いてた理由。」


「……」


「聞きましたよ。瞳さんと抱き合ってたって。」


 俺はガシガシと頭をかいて。


「抱き合ってたって言っても…」


 一応…言い訳にしかならないが、真実を話そうとした。

 が。


「俺も、知花を抱きしめました。」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……なんだと?」


「抱きしめました。知花を。」


 とっさに、右腕が出た。

 が…二階堂 陸は…


「すみません。俺、ケンカ慣れしてるんで…」


 俺の右腕を避けて…掴んだ。


「……」


 二階堂 陸の手を振り払って睨む。


「…俺、瞳さんと神さんの間には、友情みたいな物しかないって思ってます。」


「…その通りなんだけどな。」


「だから、知花にも…抱きしめるって言っても、色んな種類がある。って、抱きしめました。」


「……」


「俺も、知花には友情以外の物はありませんから。」


 何か…諭されているような気がした。

 友情の抱擁であっても…自分のパートナーが他の奴とそうすると、気分良くないだろ?と。


 …それでなくても…

 俺と瞳は、一部では結婚の噂まで立った。

 …付き合ってもいねーのに。



「何でですかね。知花、あんなにすげーボーカリストなのに…自分に自信がないみたいっすよ。」


「…は?」


「神さん、ちゃんと知花に言葉で伝えてます?」


「…何を。」


「好きとか愛してるとか。」


「……」


「愛情表現は?」


「……」


 そう言われると…

 いちいちそんなのは口に出すもんじゃない。と思ってるだけに…

 言わねーな…


「…知花が、自信がないって?」


「言ってましたよ。」


「……」


「ほんと、余計なお世話なんですけど…知花ってメンタル弱ってる時って、すぐ歌に影響しちゃうんですよね。」


「…そうか。」


「ケア、よろしくお願いします。」


 二階堂 陸は、そう言って俺に深々と頭を下げた。

 …そうしたいのは、俺の方だ。



「あと…」


 顔を上げた二階堂陸は、言いにくそうに…


「サイン…もらってもいいですか…?」


 持ってたバッグから、色紙とTシャツとマジックを取り出した。



 * * *


「本当に…ありがとう…」


 目の前で、高原さんと瞳が俺に頭を下げた。


「いや…俺は別に何も…」


 そう言う俺に。


「もう、お前にはこの会社全部やってもいいぐらい感謝してる。」


 高原さんは、大それたことを言った。


「え?それって、千里をあたしの婿養子にって事?」


「おい。」


 瞳の言葉に即突っ込むと。


「冗談に決まってるじゃない。もー…頭の固い男。」


 瞳は首をすくめた。



「…もう、吹っ切れてるのか?」


 高原さんが瞳に聞くと。


「え?何が?」


 瞳はキョトンとして高原さんを見た。


「…千里が…」


 高原さんは、俺をチラリと見て、それからまた瞳を見る。


 う。

 それかよ。

 高原さん、せめて俺がいない時に…


「ああ…だって、あたしと千里はとっくに別れてたし、結婚報告もしてくれたもの。ね。」


 瞳がサバサバとそう言うと、高原さんは眉間にしわを寄せて。


「そうならそうと、なぜあの時言わなかった?」


 早口で俺に言った。


「あの時って?」


「結婚報告に来た時。瞳は知ってるのかって聞いたのに、こいつ…何も答えなかった。」


「……」


「いや、その話は…」


 ああ…何だよ。

 そんな話、別にしなくても…


 俺が頭を抱えそうになってると。


「…やっぱり、あたしの元彼は、サイコーの男だな。」


 瞳が満面の笑みで言った。


「おい。」


 元彼って何だよ。


 眉間にしわを寄せて瞳を見ると。


 いーじゃない。


 瞳は眉毛を上げて得意げな顔。



「…よく分からないが…ま、一つずつ上手くいくよう…進めていこう。な?瞳。」


 高原さんが瞳の頭を撫でる。


「…うん…お父さん…あの…」


「ん?」


「…酷い事言って…ごめん…」


「……」


 高原さんが、瞳の頭を抱き寄せる。

 瞳が、高原さんの胸に身体を預ける。

 それは…映画のワンシーンのようだった。


 そんな二人の姿に見惚れてると。


 ♪♪♪


 高原さんのデスクで電話が鳴った。


「ああ…ああ、いるぞ。千里、電話だ。」


「…俺に?すみません。」


 いい所だったのに…誰だよ。


「もしもし。」


 高原さんから受話器を受け取ると。


『やっぱそこにいたー。』


 相手はプライベートルームにいる、アズからだった。


「…何だよ。」


 高原さんに背中を向けて、受話器を持ち直す。


『今さ、電話がかかったよ?』


「誰から。」


『知花ちゃんの実家から。大至急連絡してくれって。』


 知花の実家から…?


「……分かった。」


 俺はアズとの電話を切ると。


「じゃあ、俺はこれで。」


 高原さんと瞳にそう言って、会長室を出た。


 プライベートルームだと…アズがいるし。と思って、八階に降りて公衆電話から桐生院に電話をした。


『もしもし、桐生院でございます。』


 電話では、いつもの様子でばーさんが出たが。


「あ、千里です。な」


『千里さん!!大変なんです!!』


「……」


 ばーさんは、俺の言葉を遮って。


『知花が…』


「…知花?知花に何かあったんですか?」


『知花が…赤毛のまま学校に行って…』


「…え?」


『結婚してる事を言って…』


「……え?」


『アルバイトもしてる…って…』


「…………え?」


『……退学になりました。』


「……………………はあ?」


 * * *


「……」


「え?まだ決まらないのか?」


 俺が腕組みしてショーケースを眺めてると、確か…一時間以上前に店を出て行ったはずの千幸が戻って来た。


「…どれもピンと来ない。」


 ショーケースに並んでるのは、結婚指輪。


 思えば…婚約指輪も知花が学生だからって事で買わなかったが…

 あっちのショーケースに並んでた、宝石のついたカジュアルなやつは…普段でも身に着けていられそうだ。


 …知花が指輪をしてるのは見た事ないが…ネックレスはしてるよな。

 聖子にもらったとか言って。

 花の形のペンダントトップのやつ。



「昔から何を決めるにも即決だったおまえが…」


「こういうのは苦手だ。」


「嫁さん連れて来ればいいじゃないか。」


「…色々わけありなんだよ。」


 兄弟には…結婚の報告はしたが、知花を紹介するにはいたってない。

 知花が卒業したら、式を挙げるのも手だと思ってたが…

 まさか退学…


 あまりにも俺が腕組みをしたまま動かないからか、見かねた千幸が。


「…仕方ないな。じゃ、目先を変えてみるためにも、まだどこにも出回ってない新作を見せてやろう。」


 そう言って、俺を奥の部屋に連れて行った。


 神家の次男、千幸は…ここ、高階宝石の一人娘玲子さんと結婚して、婿養子になった。

 千幸は俺の四人の兄貴の中で、一番人情的だと思う。

 誰にでも優しくて、いつも笑顔…同じ血がかよってるとは思い難い…



「これ、きれいだろ。」


「……」


 千幸が出してきたのは…プラチナの指輪だが…

 細いゴールドの曲線が、確かに…これは…


「これにする。」


「ははっ。ちょっと待て。これ結構高いんだぞ?」


「高くてもいい。」


「…音楽業界の事はよく分からないが、おまえそんなに稼いでるのか?」


「たぶん、千幸が思ってるよりは稼いでる。」


「……」


 千幸は無言で値札を俺に見せた。


「……」


 俺も無言で千幸を見る。


「な?高いだろ?」


「高い安いじゃねーんだよ。これが気に入ったから、これにする。」


「…無理するなよ。」


「無理なんかしてねーよ。俺はこれの何倍も稼いでる。」


「え?」


「一ヶ月で。」


「………あー、俺ももう少し弟の仕事に興味を持たなくちゃだよなあ。」


 千幸はそう言って笑うと。


「サイズは?」


 俺の目を見て言った。


「…知らねー。」


「は?それじゃダメだろ。まずおまえのサイズを…」


 そう言って、千幸はジャラジャラと指輪が束になったような物を持って来た。


「なんだコレ。」


「リングゲージ。ほら…はめてみろよ。」


 千幸に言われて、そのリングゲージとやらから自分の薬指に合いそうな物をはめていく。


「…おまえ意外と指細いな。」


 どうやら俺は、12号らしい。

 そうか…細いのか。


「力仕事しねーからな。」


「若いクセに…」


「嫁さんを抱えるぐらいはする。」


「……ごちそーさま。で、嫁さんのサイズはどうする。」


「……」


 俺は無言でその『リングゲージ』を手にして…


「…これだな。」


 7号を選んだ。


「何だよ。自信満々に。」


「分かるだろ普通。」


「分かるか。そんなの。」


「自分の嫁でもか?」


 俺の言葉に、千幸は呆れた顔をして。


「もしこれがピッタリだったら、何かオマケしてやるよ。」


 ニヤニヤしながらそう言った。

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