第37話 「あはははは。おまえ何やねん。」
〇神 千里
「あはははは。おまえ何やねん。」
「そういう朝霧さんこそ。」
クリスマスイヴ。
今日は本当はオフなんだが…
て言うか、クリスマスイヴがオフでも、事務所に来ない奴はいない。
って言うほど、ビートランドのクリスマスイヴは、高原さんの意向で特別だ。
全社員にアルコールが振る舞われ、あ、未成年にはケーキだが。
朝からアルコールを摂取しては、大御所のライヴ映像が流れる9階のシアターに入り浸ったり、スタジオに入ってるバンドにセッションを頼んで割り込んだりする輩で一日中賑やかだ。
ま…結局は、遊んでいい日ってわけだ。
俺はと言うと。
マサシとタモツがセッションに出向いて、アズはシアターで映像を見てるのかと思いきや爆睡中で。
どこで遊んでやろうと思ってると…朝霧さんに捕まった。
「千里とこういうの、初めてやな。」
「そうっすね。」
俺と朝霧さんは、TOYSのプライベートルームでギターセッションをしている。
世界のDeep Redのマノンとギターセッションなんて、恐れ多くて飲んでなきゃ出来ねー。
ぶっちゃけ…
すごく刺激的だ!!
「は~…久しぶりに燃えた~。」
朝霧さんがそう言って、ギターを立てかけた。
俺と朝霧さんが弾いてたのは、アズのギターだ。
やってる間にあいつが帰って来たら、この夢のようなセッションを譲ってやろうと思ってたのに。
まだ寝てやがんのか。
「ナッキー何してんねやろ。上行ってみよ。」
そう言われて、俺は朝霧さんとエレベーターに乗る。
「でな、あん時はナッキーが…」
こんなに酔っ払った朝霧さんは…初めてだ。
貴重な話を耳に、ニヤけ過ぎないように気を付ける。
最上階について、会長室に行くと…
「あれ?来てへんのかな。」
高原さんは不在だった。
「珍しいなー。あいつが来てないとか。」
「……」
クリスマスイヴだしな。
一緒に暮らしてる『さくら』さんと、二人で過ごしたり…って、あってもいいよな。
高原さんは、いつも事務所で何かをしてる。
だけど、こうやって朝霧さんみたいに俺とギターセッションしたり…なんて事はない。
新人のスタジオを見に行ったり、レコーディングの進行状況をチェックしたり…
それらは、あくまでも「ついで」とか「息抜き」で。
書類に囲まれて難しい顔をしてる姿の方を、よく見る。
『さくら』さんと暮らしてるのは…朝霧さんにも言ってないって聞いたし。
クリスマスだから…なんてのは言わずにおいた。
「下りてみるか。」
「ナオトさんは?」
「あいつ、こんな日やのに、三階でクリニック開いてんねん。」
「へー、俺行ってみようかな。」
「やめとけやめとけ。自分の好きなように弾いて、自慢してるだけやで?」
「それも興味深いっすけど…」
そんな会話をしながら二階に降りると、ロビーでメンバーの男達から何かもらってる知花の姿が見えた。
…誕生日だしな。
「千里、子作り計画とかあるんか?」
「…なんすか、いきなり。」
「いやー、知花のデビュー前に作っとかんと、タイミング逃すんやないかな。」
「デビューの前に、あいつらのホールオーディションはまだなんすか?」
「年明けたら動く思うで。」
子作り計画…
正直な所…子供は嫌いだ。
泣くし、よだれまみれだし、うるさいし…
「俺はなー、もう三、四人欲しかってん。」
「あははは。奥さん大変ですね。」
笑いながらエスカレーターを降りると、知花と…聖子が俺らに気付いた。
「早速もらってんな。」
プレゼントを指差して言うと。
「なんや、プレゼント交換か?」
隣にいる朝霧さんが、俺の肩にもたれて言った。
「こいつ、今日誕生日なんっすよ。」
「はー、そりゃ、おめでとう。いくつんなった?」
「17です。」
「わっけーぇ。で、千里からのプレゼントは?」
「用意してないんだから、余計なこと言わないで下さいよ。」
「何っ、誕生日いうたら大イベントやんかー。プレゼント用意せんて、なんやねん!!」
朝霧さんに、首を絞められる。
「子供じゃあるまいし、いいじゃないっすか。」
負けじと俺も絞め返すと。
「あっ、ひどいなー、最愛の妻の誕生日にー。」
聖子にそう言われた。
…誕生日に何もしないと、酷いのか?
俺の誕生日、知花は何もしなかったぞ?
…いや…
晩飯が豪華だったか…。
「しゃーねーなー。知花。」
「え?」
俺は知花の顎を持つと。
「誕生日、おめでと。」
頬にキスをした。
唇にしたい気はあったが…さすがに人が多い。
「きゃーっ!!もっとしてーっ!!」
叫ぶ聖子の隣で、知花は真っ赤になって頬を押さえる。
…ちくしょー…
おまえ、やっぱ可愛いじゃねーか…
「あはは、なんで聖子が興奮してんねん。」
朝霧さんが手を叩いて笑う。
「じゃー、続きは夜なー。」
俺はそう言って、朝霧さんの腕を引いてエスカレーターに乗った。
「なんや、もう終わりか?ええんか?」
「続きは夜にしますから。」
「ははっ。ま、それが正解やな。で?どこ行く?」
「スタジオ行っていいっすか?」
「スタジオ?ええで。マサシとタモツんとこか?」
ロビーのスタジオ表に書いてあった…Cスタの『SAYS』
最近気になってるバンド。
ギターボーカルと、ベースとドラムの3ピースバンド。
ドラムの…浅香京介。
俺と同じ歳。
あいつの叩く姿を…生で見てみたい。
「おー、ちょっとええか?」
俺一人だと、たぶんスタジオなんて入れてくれない。
そう思ったから…助かった。
朝霧さんの存在は、ここにいるアーティストなら誰だって一目も二目も置いてる。
朝霧さんがCスタのドアを開けてそう言うと、SAYSの面々は目を大きく開けて驚いて。
「あっ…朝霧さん…お疲れ様です!!」
ギターボーカルの男が、深々とお辞儀をした。
「今日、ちゃんと練習してるて偉いなあ。遊んでええ日やで?」
「いえ…俺らはその…まだまだ遊ぶなんて余裕がないもんで…」
「そっかー?あ、見てってええか?」
朝霧さんが椅子を出しながら言うと。
「えっ……」
三人は絶句して顔を見合わせて。
「…二人…で?」
俺の顔を見た。
「ああ。」
「……」
「え?俺だけならええけど、千里はダメって感じか?」
「いえ…まあ…どうぞ…」
かなり渋られたが、何とか見学させてもらえる事に。
このSAYSは…三ヶ月前にデビューしたバンド。
3ピースながら力強いサウンドで、男に人気がある。
ギターボーカルと、ベースは…普通に上手いんだが。
ドラムが…
ズバ抜けて、上手い。
TOYSは…朝霧さんにハッキリと『俺達のやりたいようにやらせて欲しい』を伝えて。
苦笑いしながらも『好きなだけやれや』と…朝霧さんは言ってくれた。
そんなわけで、タモツとマサシが絞られながら作った音源はお蔵入り。
今、俺達は…存分に楽しくやらせてもらっている。
路線が変わったと言われても関係ない。
俺達は俺達のやりたい事をやるだけだ。
…うめぇな…浅香京介…
これだけ叩きながら、コーラスも完璧だ。
この浅香京介と、知花のバンドのドラマー…朝霧光史。
二人ともタイプは違うが、俺の中ではすでにビートランドで1,2を争う上手さだと確信してる。
…大御所を差し置いて、きっともっと上に行ける奴らだ。
タモツにここまでの事は望んでないが、ただ…刺激されてくれねーかな…とは思う。
やりたい事が出来てるという事に、胡坐をかいて欲しくはない。
そこで一時間、見学させてもらって。
「ありがとなー。」
朝霧さんがそう言ってスタジオを出て、俺も、軽く会釈して外に出ようとすると…
「おい。」
呼び止められた。
「……」
無言で振り返ると。
「…朝霧さん使って…偵察かよ。」
今まさに心の中で褒め称えてた浅香京介が、チラチラと俺を見ながら言った。
俺に言ってんのか?
まあ…俺か。
「…偵察?」
首を傾げてそう言うと。
「…言っ…ておくけど、おまえらなんか…俺達のライバルじゃねーからな…っ。」
相変わらず、浅香京介は俺を見たり…足元を見たり。
「……」
ライバル…
ライバルなんて思った事は、一度もないんだが。
少なくとも…こいつらは意識はしてくれてるわけだ。
「…当たり前だ。俺は、おまえらの『先輩』だからな。」
鼻で笑いながらそう言うと。
「てめ…」
浅香京介が椅子から立ち上がって、俺に向かって来ようとしたが…
「いって!!」
ドラムセットに引っ掛かって、転んだ。
「お…おい!!京介!!」
「大丈夫か!?」
「……じゃあなー。」
スタジオでの剣幕を背に、俺はドアを閉めた。
「何や。つっかかられたんか?」
先で待っててくれた朝霧さんが、スタジオを振り返りながら言った。
「いえ、同じ歳なのにイキがいいなと思って。」
「あー、あいつらはなー。血の気多そうやもんなー。」
朝霧さんはそう言って俺の肩に手を掛けて。
「なあ、シアターの一番後ろで飲まへん?」
断らせへんで。って感じの口調でそう言った。
結局、夕方には事務所に出て来た高原さんも交えて…
気が付いたら、Deep RedとTOYSと、後はどこかのバンドの誰々…的な感じで宴が始まって。
「おら、もっと飲めよ!!」
そう言って…シャンパンを俺の頭にかけたのは…浅香京介だった…気がする。
「何しやがる!!」
そう言って、俺がケーキを奴の顔にぶつけると…
「仲いいなあ。二人とも。」
そう言ってアズが笑って…
アズも餌食になった。
とにかく、野郎ばかりでの酒の場は…荒れた。
高原さんは珍しくテンションが高くて。
「よし。一曲歌う。」
と…Deep Redの名曲『Thanks for loving me』を弾き語りして。
「何で俺が寝てる間に~!!」
と…転寝から目覚めた朝霧さんに言われて。
アンコールで…『All about loving you』を…
それだけで、一気に贅沢な宴になった。
本当なら、フルバンドで聴きたいな~なんてアズが恐れ多い事を言って。
金取っていいならやるぜ?って、ゼブラさんに笑われた。
俺なら払うけど。
シャワーを浴びる頃には、酔いも醒めて。
なぜか事務所の入り口で鼻を赤くして待ってた浅香京介に。
「…悪かった。」
謝られて。
「何の事を謝られてるのか分からない。」
そう言うと。
「…じゃ、また明日…」
何か分からないが…そう言われた。
で…帰ってみると…
「…おまえの誕生日って、ハデだよな。」
「…クリスマスに便乗してるから。」
リビングに…所狭しと並ぶ品々…
「これ、なんだ?」
「銀燭セット、おじいさまから。」
「げ。趣味わりぃ…これは?」
「ベッドカバー、お義母さまから。」
「…うちの身内は…あ、これ桐生院のばーさんからだろ。」
この帯は…そうだな。
「え?どうして、わかったの?」
「なんだかんだ言って、ばーさんはおまえのこと、一番よく知ってっからな。」
「……」
知花は…今もたぶん…自分は愛されてないと思ってるかもしれない。
だが…あの家に行くたび、ばーさんは俺に言う。
『知花をよろしくお願いします』と。
「はー…疲れた。」
ソファーに座って、溜息をついた。
ほんと…今日は一日よく遊んだ。
「お風呂入ったら?」
「事務所でシャワー浴びた。頭っからシャンパンかぶったりしたし。」
「何したのよ。」
知花がクスクスと笑う。
…そう言えば、昼間の続きをしなきゃな…
「…さて、寝るとするか。」
「おやすみ。」
…おいおい。
俺を一人でベッドに行かせる気か?
「…知花、来いよ。」
立ち上がってそう言うと。
「え?」
知花は丸い目。
「昼間の続き。」
「……」
「ほら。」
真っ赤になったままの知花に手を差し出す。
「で…でも、ここ…散らかしたまま…」
「明日でいーから。」
「……」
無言でのばして来た知花の手を握って立たせると。
「えっ…」
そのまま、知花を抱き上げた。
「ちょっ…」
「誕生日、おめでとう。」
「……あ…ありがと…」
抱き上げたまま、軽くキスをして…そのまま俺の部屋に。
「…今日から毎晩、ここで一緒に寝ようぜ。」
知花をベッドに降ろしてそう言うと。
「…毎晩…」
知花は少し困ったような顔をした。
「…毎晩やるとは言ってない。」
「……そ…そんな事…聞いてない…」
「ほんとか?困った顔してたぜ?」
首筋にキスしながら言うと。
「…困ってなんか…」
知花は小さくそう言いながら…俺の背中に手を回して。
「…夫婦みたい…」
…そうだっつーの。
と言いたくなるような事を言った。
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