第30話 「あー、神来てくれたー。」
〇神 千里
「あー、神来てくれたー。」
プライベートルームに入ると、ヨレヨレになったアズが俺に抱きついた。
「…いい匂いがする…」
「バカか。離れろ。」
アズを押し除けて、ソファーに倒れ込んでるタモツに。
「おい、あれからどうなった。」
声をかけると…
「…どうもこうも…俺って才能ないんだよ…」
タモツは覇気のない声。
「才能はなくたって、努力すればどうにでもなる。」
「…なるかよ…」
「……」
「才能があるおまえには、分かんねーよ…俺の気持ちなんて…」
何を言っても無駄だと思った俺は、アズに。
「マサシは?」
問いかけた。
するとアズは、首をすくめて。
「ゼブラさんに絞られてる。」
溜息交じりに言った。
「…Deep Redの面々が俺達にここまで手を掛けてくれてるのに、うだうだ言ってんじゃねーよ。」
俺がそう言うと、それまでソファーにいたタモツが起き上がって。
「何なんだよ…俺は…ただ、どこかでライヴが出来て、みんなで楽しくやってられるなら…それで良かったんだ。」
低い声で言った。
「なのに…デビューした途端、ああしろこうしろって…俺、全然楽しくねーよ。」
「タモツ。」
「おまえはいいよな!!誰からも認められてて!!」
タモツの剣幕に、アズも黙ってしまった。
「金持ちの息子で、欲しい物は何でも手に入って、才能はあるし…本当は俺らなんて要らねーんだろ!?足手まといだって思ってんだろ!?」
「……」
「俺は、別にDeep Redになりたいわけじゃない。」
「……」
「TOYSとして…楽しくやってられりゃ…良かったんだ…」
タモツはそう言うと、プライベートルームから出て行った。
…足手まとい。
そんな事、思うわけねーじゃんかよ…
欲しい物は何でも手に入る?
入るかよ…
「…神。」
アズが遠慮がちに声をかけた。
「タモツもマサシも、必死なんだよ。だけどさ…朝霧さん達の望むレベルが高過ぎるんだと思う。」
「…だろーな…世界のDeep Redだもんな。」
「違うよ。神の実力に合うぐらいになれって、ハッキリ言われた。」
「……」
「今のままじゃ、神が持ち腐れてるって。」
それを聞いた俺は、ミキサールームへ向かった。
勢いよくドアを開けると、椅子に座ったまま眠ってる朝霧さんがいた。
「…朝霧さん。」
俺が声をかけると。
「ああ…なんや、千里か。」
朝霧さんは眠そうな顔で身体を起こした。
「…うちのメンバーに…随分な事を…」
怒りに声が震えてしまった。
だが…朝霧さんは冷静で。
「随分な事か?俺らはプロやで?楽しけりゃええとかいう気分でやられたら、困る。」
今まで見た事のないような…目で言われた。
「……」
「おまえ、このままでええんか?おまえの目指すところは、こーんな低い所なんか?」
「それは…」
バサ、と音を立てて、朝霧さんが譜面をミキサーの上に投げた。
「プロになったら、夢なんかは自分だけのもんちゃうんや。」
「……」
「期待に応えろや。」
俺には…何も言えなかった。
確かに、俺達は向かってる先が…バラバラだった。
本気で音楽が好きで、プロと言う立ち位置に純粋に向かっていようとしたのは…アズだったかもしれない。
俺は不純な動機で音楽に夢を持ち、上手くいってここまで来て。
好きなようにやってるだけなのに…才能と言われた。
…期待に…応える器が…
俺には、ない。
「千里。」
朝霧さんに圧倒されて、少し落ち込んだ。
プライベートルームにも帰る気にならなくて、ロビーの椅子に座ったままボンヤリしてると…
「…高原さん…」
レコーディングでアメリカに行っていた高原さんが、どこから見ても元気な様子で歩いて来た。
「何だ?暗い顔して。マノンに絞られてんのか?」
「…そんなもんです。」
「自信家のおまえが珍しいな。」
高原さんはインフォメーションで渡された書類らしき物をパラパラとめくりながら、俺の隣に座った。
「…高原さんは…メンバーとケンカした事ってありますか?」
らしくない事聞いてるなー…とは思ったが、こんな事、誰にも聞けない。
「ケンカ?ケンカはないな。」
「…ですよね…Deep Redって、本当……」
「……」
言葉が出なくなった。
別に俺はタモツが言ったように、Deep Redになりたいわけじゃないけど…憧れはある。
メンバー間の…絆のような物。
…俺達には、ない物。
「ケンカはしないけど、音楽に対するぶつかり合いは何度もあったぜ?」
高原さんの言葉に、うつむいてた顔を上げる。
「違う人間が集まってるんだ。意見の相違なんて、普通だろ?」
「そりゃあ…そうですけど…」
だが、俺達のそれと…高原さん達のではレベルが違う。
俺達は、音楽に対する熱意…根本的な所から違い過ぎるんだ。
「…追い込み過ぎたか?」
「……え?」
高原さんが俺を見てる事に気付いて横を向くと。
高原さんは、膝に肘をついて…指を組みながら。
「どうしても、ここから世界に羽ばたくミュージシャンを出したい…俺にとっては、千里…おまえがそうであって欲しい。」
「……」
とても…光栄な話だが…でも、それと同時に…
タモツとマサシではダメだと言われてる気がした。
「その想いが強すぎて、メンバーを潰しかねないな。悪かった。」
高原さんは膝をポンと叩いて立ち上がると。
「刺激になる話かどうか分からないが、近々新人のバンドを見るつもりだ。」
笑顔で言った。
「新人?ここに所属してるんですか?」
「いや、マノンとナオトの息子や、俺の姪がバンドを組んでてね。」
「…サラブレッド集団ですね。」
確かに…それは刺激になるかもしれない。
俺達にはライバルがいない。
「ああ…姪は瞳と従姉妹なんだが…来週からここにバイトに来る。」
瞳の名前を出されると、少し眉間に力が入った。
これ以上何も聞かれませんように…
「ここでバイトって、どんな事するんですか?」
そんなのがあったなんて知ってたら、俺だって学生の間にバイトしたかったぜ。
「広報の雑用が主だな。」
…なるほど。
俺には向いてないな。
「後は…あっ…と…」
高原さんが手にした書類が、床に落ちた。
俺はそれを数枚拾って………
ん…?
「ああ、悪い。」
「…これ、バイトの名簿ですか?」
「ああ。5人来るが、一週間持つのが何人いるかな。」
「……」
「じゃあな。」
手を上げて歩いて行く高原さんを、会釈して見送る。
…名簿に…
名前があったぞ?
桐生院知花!!
* * *
「おまえ、うちの事務所でバイトするって?」
帰ってすぐ知花に問い詰めると。
「言ったじゃない。」
知花は…まだ少し不機嫌そうな顔。
…俺としては、同意の上のセックスだ。と思うが。
今朝の剣幕を思うと、完全にそうだったとも言い切れない。
「バイトするとは聞いたけど、うちの事務所とは聞いてないぜ?」
「そうだっけ?」
「ばれないようにしろよ。」
「当り前じゃない。」
あー…職場で知花に会う事があると思うと…
なんつーか…
俺が普通の顔してらんねー気がする。
俺は…
こいつに惚れてる。
こいつの声に…惚れて。
そして…こいつ自身にも…惚れた。
いつからだ?
…ま、そんなのどうでもいい。
うちの事務所は、男が多い。
…デニーさんみたいに、すぐ声をかける奴もいる。
そうなると…
嫌だ。
と思う俺がいる。
これが俗に言う、ヤキモチ。なのだろうか。
だが…目の届く範囲にいるのは、安心材料かもしれない。
…安心?
何のことだ?
自分で自分の感情がよく分からないな…。
だいたい、広報の雑用だっつってたし…そしたら会う事なんてねーよな。
…広報室に用があるとしたら…
…って、何で俺が会いに行く設定で考えてる?
『瞳です。帰ったら、お電話ください。10時までは事務所にいます。』
留守電のボタンを押すと、瞳からのメッセージ。
…そう言えば、何か相談があるとか言ってたっけな…
「…彼女?」
背後から、知花の…嫌味たっぷりな声。
「そうだけど?」
違うけど、流れでそう答えた。
「……」
「何だよ。」
「彼女がいるのに、あたしと結婚したの?」
…ん?何だ?この展開。
「悪いかよ。」
「わ…悪いわよ!!何考えてんの!?」
…は?
おまえ、何で怒ってんだよ。
「うっせーな。おまえ、俺と結婚したかったんだろーが。それでいいじゃねぇか。」
「よくないわよ!!彼女…知ってるの!?」
「知るわけねぇだろ。」
「じゃ、あたしと結婚してて…彼女ともつきあってるってわけ?」
「まあ、そうなるよな。」
いや、付き合ってねーけど。
「どうして、彼女と結婚しなかったの?」
「あ?」
付き合ってねーからだよ。
とは思っても、知花のこの剣幕が面白くて…このまま様子を見る事にした。
「だって、彼女がいるんなら、彼女と結婚すれば良かったのに…」
「彼女イコール結婚ってのは、ちょっと違うね。」
「ど…」
俺の言葉に知花は絶句。
ま、俺も本当に瞳が俺の女なら、おまえとは結婚してねーよ。
俺は…そこそこに腐ってはいるが、完全には腐ってない。
つもりだ。
「だけど。」
俺が部屋に入りかけても、知花は後をついて来て続けた。
「あたしたち、一応夫婦なんだよ?これじゃ、彼女…不倫ってことになっちゃうじゃない。それに、知らないままだなんて…千里がしてることって詐欺だよ?」
おまえ…なんでここまでムキになる?
「そうとも言うな。」
「ひどいよ…そんなの…」
「あー…めんどくせぇな。おまえ、俺と結婚したかったっつったじゃねぇか。俺も、おまえと結婚したかった。それでいいだろ。」
「…え?」
「それに…」
「…何よ。」
「期待してなかったけど、思ったよりいい体してるしな。いやだとか言いな…いってぇな!!」
俺が服を脱ぎながら言うと、知花はクッションを投げつけて来た。
「…とにかく。彼女がいるって知ってたら、あたしは結婚なんてしてなかった。」
「ほんとかよ。」
ふっ。
知花。
おまえ…気付いてねーのか?
「本当よ?だって、これじゃ二股じゃない。」
「二股が気に入らねぇのかよ。」
「そりゃ、気分よくないわよ……」
ようやく気付いたのか…
知花は『しまった』みたいな顔をしてる。
「ほ~…」
俺は知花に近付くと。
「よっぽど俺に惚れてるとみた。」
顎を持ち上げた。
「ばっばか言わないで。言葉のあやよ。彼女のこと、もっと考えてあげてよね。」
「考えてるさ、おまえが気にしなくても。」
「…どういうふうに?」
「別に、話す必要ないだろ?」
キスをしようとすると。
「やっ…」
拒まれたけど。
「何がいやなんだよ。夕べは、あんなに悦んでたくせに。」
「ばか!!」
知花は俺を突き飛ばして、洗面所に行った。
…もうこれは…確定だな。
「おまえ、俺に惚れてるだろ。」
俺が真顔で言うと。
「…何の根拠があって、そんなこと言ってんの?」
知花は顔だけ振り返って言った。
「必要以上にムキになってっから。」
「……」
ほら。
認めろよ。
おまえは…俺に惚れてんだよ。
「もし…あたしがこんな状態がいやだって言ったらどうする?」
「あ?」
「…彼女と別れてって言ったら?」
「おまえは?俺があいつと別れないって言ったらどうする?」
「わかんない…」
「俺もわかんねえな。」
そもそも…
瞳とは何もないし。
別れる別れないもない。
「でも…」
「?」
「彼女を抱いた手で、あたしを抱かないで…」
「……」
認めた。
俺の中では、そうなった。
「いっ今のなし。忘れて。」
知花は慌てた風にそう言って、俺の横を通り過ぎようとしたが。
「わかった。」
俺は知花の腕を取ると。
「…え?」
「おまえだけなら、いいんだな?」
真顔でそう言って。
「な…ちょちょっと待っ…」
知花を…強く抱きしめた。
「ちさ…」
「黙れ。」
「や…」
「大丈夫だから。」
「……」
「大丈夫だ。」
…何が大丈夫なのか…俺にも分からなかったが。
そう言いたくなった。
「あ…」
今日は、俺のベッドに連れ込んだ。
「…知花…」
耳元で名前を呼ぶと…知花はそっと、俺の背中に手を回した。
…何だよ…
俺ら…
夫婦じゃねーか…。
知花を抱いてると…
今日の落ち込んだ俺は…何だったんだ…って思えた。
あー…
癒される…
マジで。
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