第29話 今日は…初めてのバンド練習参加。
〇早乙女千寿
今日は…初めてのバンド練習参加。
先日のミーティングの時、新たにもらった音源を聴いて…猛練習をした。
…バイトは、先延ばし。
とりあえず、まずは…このバンドのみんなに追い付きたい。
それにしても…
聴けば聴くほど圧倒された。
キーボードだと思ってた七…聖子(ちゃん…呼び捨てにまだ慣れない)のベース…
本当、すごい。
あの世界のDeep Redのフロントマン、高原夏希の姪と知って、後光が射して見えた気がした。
朝霧光史(呼び捨てろと言われても、いまだに頭に中ではフルネーム呼び捨てにしてしまう)とは幼馴染らしく、いつも二人でスタジオに入るとも言っていた。
…その成果なのか、二人のタイミングは恐ろしいほどピッタリで…
キメのカッコ良さには、何度も鳥肌が立った。
朝霧光史に関しては…溜息が出るほど感動した。
ドラムをしてるって噂は聞いてたけど…
まさかここまで?って思うほど、気持ちのいいドラミング。
僕の望んでいたそれに、ピッタリだ。
そして、そのDeep Redのキーボーディスト島沢尚斗の息子で…僕のイトコにあたる…まこ…(ちゃん)
可愛い顔をしてて…癒し系だな…と思ったけど…
音源のキーボードからは、そんなイメージはない。
優しいと思えば攻撃的になったり…
特に、ギターの速弾きと絡むソロは圧巻だった。
…それと…
悔しいけど…
上手い。
二階堂 陸。
僕には出来ない事が出来る…。
さすがは天才と言われるだけあって、何でも出来るのか…って、どうしようもない苛立ちもあるけど…
いや、僕にだって出来ないはずはない。
それに、追い付きたいと思わせてくれる。
そして何より…
音作りが。
僕の好みだ。
…一緒にやりたくないって思ったけど…
もしかしたら、織への想いが中途半端じゃなかった事…
約束の、夢を叶える事…
それをやり遂げるためには、最善の道なのかもしれない。
それに…
プロデビュー出来るかも…って思わせる一番の要因は…
知花…ちゃん。
どうしても、彼女が歌ってるように思えないけど…
音域の広さ。
恐ろしく外れない音程。
そして…あの圧巻のシャウト。
高校二年生で…完璧過ぎるボーカリスト。
「……」
初めての…スタジオ入り。
土曜日の昼間が『音楽屋』で、火曜日の夜が『ナッツ』
今日は、音楽屋のスタジオだ。
いつも試し弾きにだけ来てた音楽屋。
この奥にスタジオがある事さえ知らなかった。
緊張しながらCスタジオに入ると…
「おう。早いな。」
「…あ…まだ…一人?」
朝霧光史、一人だけ。
「ああ。俺、セッティングに時間かかるし。前が入ってなかったから、早めに入れてもらった。」
…なるほど。
シンバルの位置や、ツインペダルのセット…ドラマーって、大変そうだ。
「陸が楽しみにしてたぜ?」
チューナーで音を合わせてると、ふいに……光史…から、そう言われた。
「…え?」
「センがどんなギター弾くのか、楽しみだっつってた。」
「……」
すごく…さらりと、『セン』と呼ばれた事と…
二…陸……が、僕のギターを楽しみにしてる…って事に…
すごく。
すごく、驚いた。
僕同様、あいつも…一緒にやるなんて…って。
思ってるはずだと…
「プロ志向なのは、みんな同じだぜ?」
まるで僕の心を読んだのか。
朝霧光史は、そう言って笑った。
〇七生聖子
あたしは今…頭を抱えたいほど…落ち込んでいる。
今日はスタジオなんだけどね…
そして…今、目の前には…
大好きな知花がいるんだけどね…
知花が、何の前触れもなく…うちに来た。
いつもは電話してから来るのに…今日は、突然来た。
幸い、今日は誰もいない。
一人で、スタジオ入りの時間まで、ベースの手入れでもしようって思ってた。
そこへ…知花が来た。
…赤毛で。
本当は、気付いてた。
知花の髪の毛が…赤毛だって事。
あれは…いつだったかな。
少し疎遠になってた頃。
あたしは、自分から距離を置いたクセに、知花があたしの事を嫌いになってやしないか…気になった。
それで、一度…インターナショナルスクールに出向いた。
電車で二時間、それからバスで30分。
知花、こんな遠い所にいるんだ…って思った。
学校の中に入ったわけじゃない。
そばにある丘の上から、ずっとグラウンドを眺めてた。
外人が多く通ってるって聞いてたから…知花の黒髪は目立つと思ってたんだもん。
だけど…知花はなかなか見つからなかった。
休みなのかな…って思ってたけど…あたしは、その中に…知花を見付けた。
あの、いつもかけてる似合わないメガネはなく。
あたしの知ってる、黒い髪の毛でもない…知花。
あの時…なんで?って思った。
この学校では、わざとそうしてるの?って。
だけど…お茶会で桐生院に行っても、知花はいつも変なメガネと黒髪。
自然と…そうしてなきゃいけない何かがあるんだ…って理解した。
そして…その知花を見て…
あたしは、ますます恋心を募らせて。
ますます…落ち込んだ。
女を好きになるなんて。
って。
…だけど今日落ち込んでるのは…
知花が、メガネをしてなかった事でも…赤毛で来た事でもない。
知花は…
「あたし…結婚してるの。」
とんでもない事を言った。
しかも…
偽装結婚…
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…
偽装でも、結婚は結婚よ…
勇気を出して打ち明けてくれた知花を励まして、今は…辞書を開いてバンド名を考えてる。
素の知花がここにいる事…嬉しいけど…
結婚…
もう、本当…落ち込む…
どうしようもないのに…
あー…
〇早乙女千寿
「えっ、おまえ…何それ。」
スタジオに…陸…と、まこち…まこが来て。
いきなり、陸に詰め寄られた。
「…えっ?何って…」
「ギブソンのレスポール!!しかもランディ・ローズカスタムじゃねーか!!」
「……」
その様子に圧倒されて、僕は無言のまま…陸を見た。
「ちょちょちょっと貸してくれーー!!」
「あ…ああ…」
陸にギターを貸すと…
「うほっ!!なんだこりゃ!!すげーな!!」
「……」
弾いた途端、すごい声を上げたけど…
僕的には…
初めて触る少しクセがあって使いにくいはずのギターを…さらりと弾いてる陸の方が…すごいと思った。
「何だよ~…おまえ、形から入ってんのかよ。」
そう言いながら、ギターを返してもらった。
そう言う陸のギターは、オフホワイトのストラト。
…イメージ通りだ。
なんて言うか…
緊張してたのは、僕一人なのかな?
みんな、何でもないようにセッティングしてる。
「…女の子達、いつも遅いの?」
誰にともなく問いかけると。
「いや、聖子はいつも早いんだけど…珍しいな。」
光史が時計を見て言った。
「知花は家の事とかあって、途中から来たりする事もあるけど、今日は最初から来るって言ってたのにな。」
陸がピックをくわえたままそう言ってると…
「遅くなってごめーん。」
聖子が、スタジオのドアを開けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
聖子の後を見て。
僕達男四人は…キョトンとして、無言になった。
聖子の後にいたのは…赤毛の女の子。
何となく、知花に似てるけど…髪の毛だけじゃなくて…何となく、目も違う気が…
「…知花だよね?」
まこがそう問いかけると。
「わけあって公表できなかったけど、知花…ハーフなの。」
知花の代わりに、聖子が答えた。
「色んな事情があって、本当の自分を隠さなきゃいけなかったの。許してやって。」
…本当の自分…
その言葉に、僕は少し…知花に同情した。
僕だって、ずっと…隠し続けて来た。
家族に黙って…家族を騙して…
「…桐生院のお嬢さんだもんな。難しい事もあるさ。」
誰にともなくつぶやくと、隣にいた陸が少し唇を尖らせたように。
「これからは何でも言ってくれよ。俺らじゃ頼りになんないかもしれないけどさ…」
そう言った。
それから…
「よし。やるぜ。」
みんなの準備が整った所で、光史が言った。
「セン、いきなり完璧にやんなくていいぜ。ついて来れる所だけで。」
陸がエフェクターを踏みながら言ったけど。
「存分にやらせてもらうよ。」
僕は、挑戦的に言った。
光史のカウントから…僕のバンド人生の第一音が…始まった。
ああ………
気持ちいい。
初めて味わう快感。
陸のソロになって、僕はおとなしくコードを……
と思ったけど。
陸のパート、ハモる形で弾き始めると。
光史が笑顔になった。
陸は眉間にしわを寄せて僕を見たけど…それはすぐに笑顔になった。
存分にやらせてもらう。
遠慮はしないよ。
ここから…始まるんだ。
…始めるんだ。
僕の…夢。
「……」
「……」
一曲終わって、いつもそうなのかどうかは分からないけど…
みんなは無言で顔を見合わせた。
気持ち良かった。
鳥肌が止まらない。
何か…率直な気持ちを口にした方がいいのかな…って悩んでると。
ふいに、陸が僕に手を差し出して言った。
「…ようこそ我がバンドへ。セン。」
〇神 千里
夕べ…知花を抱いた。
肉体的にも精神的にも、かなり疲れてたが…
癒された。
あまり期待してなかった体も…まあ、意外と良かったし。
何より…声が。
途中で背中に回された手が、俺の欲を満たしてくれた。
が。
あいつ…今朝はカツラも着けずにバンドの練習に行きやがった。
…ったく…
あんなに自由になっていいのか?
「千里。」
考え事をしながら歩いてると、事務所のロビーで声をかけられた。
「久しぶりね。」
振り向くと、朝から元気ハツラツとした瞳がいた。
「…いつ?」
最近、前よりもずっと朝に弱くなった気がする俺は、瞳のショッキングピンクのTシャツに目を細めた。
…目が痛い。
「夕べ。電話したのよ?」
あー…そう言えば今朝聞いた留守電に、篠田からメッセージ入ってたな…
「じーさんの屋敷は出たんだ。」
「え?一人暮らししてるの?」
「いや…急用なら、ここへかけろ。」
俺はそう言って、インフォメーションにあるメモ用紙をもらって番号を書いて瞳に渡した。
こいつは俺にとって…ライバルであり、稀少な女友達と言える。
「ふーん…マンションでも買ったの?」
「ああ。」
「えっ!?本当に!?」
「ああ。」
「え~遊びに行きた~い!!」
「ダメ。」
「なんでよー!!」
「叫ぶな。」
瞳とそんな会話をしながらエスカレーターに乗る。
「ねえ、今夜飲みに行かない?」
「行かない…っつーか、行けねー。やる事たっぷりあるし…」
「そっか…色々話したい事とか…相談したい事があるんだけどな…」
少し、瞳の声のトーンが変わった。
『相談したい事』の所が、特に。
「…今なら聞く。」
エレベーターの前でボタンを押してそう言うと。
「…こんな所じゃ話したくない。」
瞳は唇を尖らせて言った。
「そう言えば、おまえなんでバラードばっか歌ってんの。」
アズが持って来た瞳の新作は、バラードのみだった。
俺的には、キャッチーなサビを弾んだように歌うポップスとか…
意外とハードロックもイケる気がするが。
「…なんて言うか…強く勧められて。」
「誰に。」
「んー…まあ、向こうの人。」
「高原さんはなんて?」
「勉強だと思って…って。」
瞳が話を濁したから、その話題はそこで終わった。
エレベーターに乗り込んですぐ。
「…ねえ、千里…」
瞳が、らしくない弱った声で言った。
「あ?」
「あたし…千里の彼女って事にしといてもらっていいかな…」
「なんで。」
「結局父さんには本当の事言ってないの。」
「…だと思った…」
ああ…めんどくせーな…
俺は髪の毛をかきあげながら、溜息をつく。
「て事は、高原さんは、今も俺がおまえの男だと思ってるって事だよな?」
「…うん。」
「頼むから、違うって言ってくれ。」
「…どうして?彼女出来たの?」
「………ああ。」
「……」
瞳が、息を飲んだ。
じっと見つめられて…俺は目を逸らした。
「…どんな子?」
うつむいた瞳から、小さな声が聞こえた。
「…別に、普通の女だよ。」
「…音楽やってない子?」
「…やってないと思ってたけど、やってた。」
「……バカ。」
「…そうだな。」
瞳とは付き合わない。
音楽やってる女とは付き合いたくないから。
俺は、瞳にそう言ったのに…
「…悔しいから、父さんには何も言わない。」
「えっ。」
瞳はエレベーターから降りると。
「バカ。千里のバカ。バーカ。」
振り向いて俺に舌を出して。
「…大嫌い…に…なれたらいいのに…」
ドアが閉まる寸前…そう言った。
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