第25話 「ねえ、光史。」

 〇朝霧光史


「ねえ、光史。」


 今日は、聖子とスタジオナッツ。


 聖子は授業が三時間。

 俺も今日は午前中だけだったから、少し早めに帰って、一緒に家を出た。

 俺と聖子の家は、真向いだ。



「あ?」


 ペダルをセットしてると、聖子が重い声で言った。


「最近…知花可愛くなったと思わない?」


「……」


 聖子に言われて、頭の中で知花を思い返す。

 初めて会った時は…まあ、ギャップに驚いた。

 あまり似合わないメガネ。

 ふわっとした印象。

 だが、歌うと…ぶっ飛んだ。


 最近の知花…


「…相変わらず、ふわっとしてるぐらいじゃねーか?」


 シンバルの高さを調整しながら答えると。


「…なんか、可愛くなったよ…何かあったのかな…」


 聖子は、ズズーンって音がしそうなほど、落ち込んだ様子で言った。


「男でも出来たのかって聞いたらどうだ?」


「やだよ…そんなの。」


 聖子は…知花の事が好きだ。

 それを打ち明けられたのは…聖子が中等部の二年になったばかりの頃だったか。


「あたし…おかしいのかな。『ある女の子』の事が気になって気になって…」


 部活に明け暮れて真っ黒になっていた聖子が、俺の部屋で膝を抱えて言った。


「…別におかしくないと思うけど。」


「そっかな…だって…たぶんこれって…恋だよ…」


 聖子は絶望的な顔だった。

 そんな聖子を見て、俺は…


「俺が好きになるのは、昔からずっと男だぜ?」


 さらっと。

 告白した。


「………はっ?」


 顔を上げた聖子は、すぐには声を出さなかった。

 ビックリしたのと同時に…少し安心したのかもしれない。


「今は…親友だと思ってる奴の事が好きでさ。」


「……」


「冬休みに入ってすぐ告白して、フラれた。」


「…告白…」


 聖子は唖然として俺を見た。


 そりゃそうか。

 男が男に告白なんてな…



「なんて…告白したの?」


 聖子はゴクンと生唾を飲み込むような顔で、俺を見つめる。


「普通だよ。俺、おまえの事好きだ。って。」


「…そしたら、相手の人は?」


「最初は、冗談だろって笑ってたけど…俺、昔から男ばっか好きになるって言ったら…マジな顔して…」


「……」


「好きな女がいるから、応えられない。って言われた。」


「…そっか…」


 聖子の深い溜息は…もはや、その女の子への想いの深さとも取れた。



 中等部の途中で転校してきた二階堂陸に…俺は、一目惚れした。

 茶色い髪の毛。

 ハーフだけあって、日本人離れした風貌は、誰の目にも留まった。

 隣の席に座った陸に、見惚れたのを覚えている。


 IQが高いとかで、編入試験も満点。

 スポーツも出来る。

 隣の席ということで、すぐに仲良くなったし…陸の明るい性格に…ますます俺は惹かれた。


 今思い出しても、溜息が出る。


 冬休み。

 初日で課題をやっつけよーぜ。って…陸の家に行った。

 そこで…何となく、気持ちが抑えられなくなった。

 今まで…そんな事はなかったのに。



「…陸。」


「んあー?」


「…好きだ。」


 テキストに答えを書き入れてた陸の手が止まった。

 そして、しばらくそのままだった。


「…俺、陸の事…好きだ。」


 もう一度…そう言うと。


「……俺も、光史の事好きだぜ?」


 顔を上げた陸は…少し強張った笑顔。


「…友人としての好意とかじゃなくて…」


「……」


「…昔から、男しか好きにならない。」


「……」


 それから…しばらく陸は無言だった。

 ああ…俺は親友を失くすんだろうか。

 バカだった。

 なんだって…今までみたいに抑えられなかったんだ?


 俺が後悔し始めてると。


「…俺さ…織の事が好きなんだ。」


 陸は、俺の目を見て言った。


「…え?」


「織だよ。あいつ以外の女、好きになった事がない。」


「……」


 織…二階堂 織。


 それは…陸の双子の姉。


「だから、おまえの気持ちには応えられない。」


 そう言って、陸はまたテキストに答えを書き始めた。


「…そっか…」


 それから…何かトラブルでもあったのか。

 織が血相変えて部屋に入って来て…俺は、帰宅を余儀なくされた。


 冬休みと言う事もあって、陸に会う事はなかったが…

 毎日…告白の後悔と、嫌われてしまったんじゃないかという不安に押しつぶされそうになっていると。

 大晦日の夜、陸から電話があった。


『あ、光史?初詣行かねー?』


 …行かないわけがない。

 心の中で、飛び跳ねて喜んた。


 あれ以来、陸とは…以前よりもつるむ事が増えた。

 それまで遊びで組んでたバンドを抜けて、ちゃんとバンドを組もうって二人で曲を作ったりもした。


 普通、あんな告白されたら…引かれると思ったけど…

 陸は、今も俺の親友でいてくれてる。

 だから…俺も。

 この関係は壊したくない。



「あのさ…光史。」


 アンプのスイッチを入れながら、聖子が言う。


「まだ、陸ちゃんの事、好き?」


 好きな男に告白したとは言ったが、相手が陸だとは言わなかった。

 聖子も…『ある女の子』が気になって仕方ないとは言ったが…相手が知花だとは言わなかった。


 だけど、それは…あの初顔合わせのスタジオの後で。

 お互い、気付いた。


 相手を見る、目。で。



「まあ…好きっちゃー好きだけど、あの頃と違って親友としての好きの方が大きいな。」


 スネアの張りを確かめながら答えると。


「そっか…あたしは…毎日自分の気持ちを抑えるのに必死で…そこまで行けないや…」


 また、ズズーンって感じでうずくまった。


「…ま、もし知花に男が出来てたとしたら…その時は、ちゃんと祝福してやれよ?」


 俺は…陸が絶対実らない恋をしているから。

 たぶん…こんな事が言えるんだ。

 これがもし、陸が織以外の女に本気になってたら…

 俺も聖子みたいに落ち込むのかもしれないな…



「…自信はないけど…頑張る…でももしそうだったら…すごくいい男であって欲しいな…」


 聖子のつぶやきに笑ってしまった。


「ま、その気持ちは分かる。」


「光史だけだよ…あたしの気持ち、分かってくれるの…」


 聖子は、ゆっくり立ち上がってそう言った。



「あ、そう言えばさ。」


「あ?」


「知花が、スカウトしたって。ギタリスト。」


「え?」


 ギタリストがもう一人欲しいと言い張った陸でさえ、誰も見付けてないのに。

 ふわっとしてて人見知りなはずの知花は、意外と行動力がある。


 あいつはほんと…耳もいいし、人の手元もよく見てる。

 練習の最中に知花が視線を上に向けると、何かズレてんのか?って気になってしまう俺がいる。


 とにかく音感がいい。

 それは、まこにも同じ事が言える。

 二人が目を見合わせてる所なんて見ると…アイコンタクトなんてしなくていいから、ちゃんと意見しろよ。って言いたくなる。


 …二人の耳の良さは、ある意味俺達には脅威だからな…

 無言のダメ出しは結構堪える。



「音楽屋で見つけて声かけたんだって。」


「陸の時と同じパターンか…ま、知花の目にかなったなら、間違いねーだろーな。」


「でしょ。光史と陸ちゃんと同じ歳だって言ってたよ?」


「へえ…何て奴?」


「早乙女千寿。」


「……」


 早乙女…千寿?


 あの…

 織と恋に落ちて…妊娠させて…陸にボコられた…?


 あの…早乙女千寿か…?



「あ、シールド忘れた~…仕方ない…借りて来よう…」


 聖子がバタバタとスタジオを出て行って。


「もー!!デニーさんのエロさって、気持ち悪過ぎ!!」


 何かに怒りながら帰って来ても。

 俺は…この話を陸が知ったら…と。

 そればかりが気になって。



「もー!!光史!!やる気あんのーー!?」


 それからの練習。

 聖子にダメ出しされまくった。



 〇二階堂 陸


「よ。」


 門を出ると、光史がいた。


「おう…何だよ。」


 今日は、朝から同じカリキュラムだけど…

 こんな風に待ち伏せされた事なんて、一度もない。


「こんなとこで待ち伏せるなら、入りゃ良かったのに。」


 笑いながら言うと。


「今来たとこだから。」


 光史はクールに笑った。



 …四年前…告白された。

 まあ…面食らったけど、双子の姉しか好きになれねー俺も、さほど変わんねーよな。って思うと…なんて事なかった。


 光史の気持ちには応えられないけど、俺は光史を親友として大事に想ってる。

 それが伝わってるからなのか…光史も、あれ以来好きとは言わない。


 それにしても…もったいない。

 光史は、男としてすげー魅力的な奴なのに。

 何で、俺なんかを?



「昨日さ。」


 並んで歩いてると、光史が話し始めた。


「聖子に聞いた。」


「…早乙女の事か…」


「陸も聞いたのか。」


「ああ…知花から。」


「…大丈夫なのか?」



 光史は…俺が織を好きな事も。

 早乙女に腹を立てて殴った事も。

 全部知ってる。



「…織に、あいつがギター弾いてるの、知ってたのかって聞いたら…知ってた。」


 足元を見ながら、小さく言う。


「俺は…一緒にやるのなんかヤダね。って言ったんだけどさ…織のやつ、一緒にやって欲しい…なんてさ。」


「早乙女がギターって…ちょっとイメージないな。暗くてヒョロッとしてるって印象しか残ってない。」


「10歳の時から弾いてるらしい。」


「……」


 光史が無言で俺を見る。


「…何だよ。その視線は。」


「いや…あいつのが上手かったら、おまえキレるのかなと思って。」


「……」


「ふっ。陸って、分かり易いな。」


 光史は空を見上げて、くっくと笑った。



「…光史は…どう思う?」


 相変わらず、足元を見たままの俺。


「あ?何を。」


「知花がスカウトしたんだ。たぶん…間違いはないと思う。」


 真顔で言うと、光史は。


「俺も知花に選ばれた人間だしな。って意味も含めてか?」


 前髪をかきあげながら言った。


「まあ、それは否定しない。それも含めて…知花の耳は確かだと思うだけに…」


「早乙女もホンモノで、知花は俺達の音に合うと思ったからって事か。」


「…俺の好き嫌いで言ってる場合じゃねーよな…って思ったり…」


 最後の方は、一緒に溜息も出てしまった。



 今も俺は…織が妊娠したと知った日の事を思い出すと…その辺の物を壊してしまいたくなる。

 いくら、産まれて来た甥っ子の『海』が可愛くて仕方なくても…

 どうして…

 どうして、織に若くして辛い道を…と。


 織が幸せだと言い張っても。

 俺は…どうしても許せない。



「…あのさ。」


 ふいに、光史が俺の肩に手をかけた。


「…何。」


「俺達、早乙女の事、そんなに知らねーじゃん?」


「…ああ。」


「でも、考えてみれば…おまえの分身とも言える織が好きになった男だぜ?」


「……」


 ズキズキズキズキ…

 光史…おまえ、さらっと…俺の傷をえぐってるぜ…?



「おまえの抱いてる好き嫌いって、たぶんヤキモチだよな。」


「…え?」


 やっと、足元から視線が上がった。


「だって、自分が叶わないのに…あいつは織との思いを成就してたわけだから。」


「……」


「ま、あいつも結局は…叶わぬ恋ってやつになったわけだけどさ。」


 光史の言葉に…沙耶さや万里まりの話を思い出した。



 俺がボコボコに殴った翌日…早乙女は、うちに来た。

 そして…母さんを前に、織に会わせてくれと。


 その時…母さんは『指を切れ』と言ったらしい。

 この世界では、言葉だけなんて信じられない。と。

 だけど…早乙女は指を切らず、髪の毛を切った。

 自分には、指が必要だから…と。


 あの時…漠然と。

 次期茶道家元の道を選ぶために、指が必要だと言ったのかと思ってた。

 どっちにしても、早乙女は織を捨てた。

 そう思った。


 だけど…万里が言った。


『お嬢さんの方から、世界が違うからと手紙を書いたそうです』


 …世界が違う…?


『彼には、夢を追って欲しいから…と』


 …夢…



 本当なら、俺が二階堂を継がなきゃならねーのに。

 織は…自分が継ぐと言い張った。

 俺には…夢を追え、と。

 夢なんて…叶うかどうかも分かんねーのに…


 織は、俺同様…早乙女にも、夢を追って欲しくて…別れを告げたって事になる。

 そして、それは…家元として、じゃなく。

 もしかしたら…ギタリストを夢としていた事を、織が知っていたから…か。



「…俺、バカだな。」


 空を見上げる。


 織が…自分の人生を懸けて、俺に夢を追えと言ってくれたのに。

 つまらないヤキモチで…嫌だとか言ってる場合じゃねーよな…


「今頃気付いたのかよ。天才。」


 光史は…憎らしいぐらい爽やかな笑顔。


「…そんな事言ってたら、次の試験のヤマ張んねーぞ。」


 俺が目を細めて、そう言うと。


「あっ、嘘。嘘です。」


 光史はペコペコと頭を下げた。


「ははっ。調子いい奴。」



 光史。

 おまえがいてくれて、良かったよ。

 あの日…告白されてビックリしたけど…

 あれで、俺も自分の秘密を話せて…良かった。


 おまえが親友で…

 ほんっと…良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る