第21話 俺と知花の結婚が…決まった。

 〇神 千里


 俺と知花の結婚が…決まった。


 親父さんがうちを訪問して数日後、いきなり『結納の事なんだが…』と…電話があった。


 …結納?

 ぶっちゃけ、そんなもの…忘れてた。

 幸太と千幸がやったのは知ってる。

 やらなきゃいけねー?とは思ったが…残念ながら、両家とも…そういう仕来りをはしょってしまえ。と言っていいような家柄じゃない。



「本来きちんとするのが筋なのだとは思うのですが、ご存知の通り…うちの両親も多忙で帰国出来そうにありませんし、略式結納といった形で、食事でもどうでしょう。」


 苦肉の策として、そう言ってみると…


『なるほど…確かに。』


「こちらの都合ばかりを言ってしまって、申し訳ないのですが。」


『いや、実は私も…娘がまだ高校生な事もあって、あまり大袈裟にはしたくないと思っていたんだよ。』


 意外と…あっさり快諾された。


 そんなわけで、今日、じーさんの屋敷で会食が開催される…んだが。

 朝から篠田も佐々木も、そして野々村さんまでが、そわそわしてる。



「…落ち着けよ。」


「ですが坊ちゃま…」


「まだ八時だぜ?」


「あと三時間半しかございません。」


「……」


 最初はホテルで…という話も出たが、なにせ…俺の立場や知花が高校生というのもあって、バレちゃまずい。って事と…

 政界を引退したものの、じーさんのスケジュールがなかなか空いてないって事で、うちの屋敷での会食となった。



 そわそわする屋敷のみんなを余所に、俺はのんびりと風呂に入り…


「坊ちゃま、やはりネクタイはこちらを…いいえ、やはりこちらを…」


 篠田のお節介にウンザリしながらも、着替えを済ませ。


「いらっしゃいました!!」


 佐々木が玄関前で叫んだのを聞いて…ソファーから立ち上がって、出迎えに向かった。

 そこにはすでに、いつの間にか帰っていたじーさんと野々村が立っていた。


「いつの間に…」


「千里、失礼のないようにな。」


「……」


 じーさんにそう言われて、少し気を引き締めた。


 ここまで来たんだ。

 失敗は許されない。


 知花。

 おまえもしっかり頼むぜ。

 家族を…騙しきれよ。


 そう願いながら、車から桐生院家の面々が降りてくるのを待ってると…


「本日は、私の都合と、千里の立場でこのような形の会食となり、大変失礼いたしました。」


 じーさんが、知花の親父さんに挨拶をして。


「いいえ、うちの娘も高校生ですので、こちらとしてはありがたい限りです。」


 親父さんがそう答える。

 俺は…


「……」


 車から降りて来た知花を見て…絶句した。


「…こんにちは。」


「…おう。」


「…おかしい?」


「…馬子にも衣装っつー感じだな。」


「もうっ…」


 知花は…着物を着ていた。

 白から薄い桃色のグラデーションに、桜の花模様。

 髪の毛も…赤毛を結い上げている。


 知花の生い立ちと赤毛に関しては、親父さんがじーさん直々に話をしたらしく。

 じーさんから、篠田達にも話が回った。

 話を知って、今日が初めて赤毛の…本当の知花を見る事になった面々は…


「…とても、お綺麗ですよ。」


 特に篠田は…なぜか感極まった風で、小声で俺の後でつぶやいた。


 …まあ、綺麗だな。

 うん。

 ほんと…アレだよ…

 馬子にも衣装だな…。

 あ、さっき言ったか…。



「か…神さんっ…きょきょ今日も…カッコいいですっ…!!」


 双子を代表して、誓がそう言ってくれて。


「ありがとう。」


 大サービスでニッコリ笑う。


「おまえは言ってくんねーの?」


 小声で知花にそう言うと。

 知花は、それまであまり合わせなかった視線を、少しだけ俺に向けて。


「…後で。」


 小さくそう言った。



 それから、いつもはパーティーフロアとして使われる広間での会食が始まった。

 庭に面したその広間は、俺でも滅多に入る事はない。

 政界や外国からの客人を招いてパーティーをする時は、俺はだいたいアズの家に避難している。


 食事は意外と楽しく進んで…その後、未成年以外はワインを…俺は失敗しちゃ困るから、コーヒーを。

 知花は紅茶で双子はジュース。

 篠田が走り回って選んで来たらしい、チーズやハム、珍しい菓子やケーキが並べられた。


 …胸焼けがしそうだぜ。



 いつもより…饒舌なじーさんに驚いた。

 珍しく俺の事を自慢なんかして…少し居心地が悪かった。

 じーさんと、知花の親父さんとばーさんが三人で盛り上がって。

 キョロキョロしてる双子を篠田が連れ出して、何をしてるのかと思えば…TOYSのビデオを見せたり、グッズを分け与えてたりしてた。


 俺は…



「庭でも歩くか?」


 知花に、声をかける。


「…うん。」


 知花がゆっくりと立ち上がるのを見て、自然と手を差し出した。

 本当に…他意無く自然に。

 すると、知花はそれを一瞬ためらって…俺を見た。


 何してんだ。


 だって…


 早く手を出せ。


 …みんな見てるよ。


 見てねーって。


 そんなアイコンタクト(妄想)をしながら…も、知花は手を出さない。

 結婚するんだぜ?俺達。


 俺はすかさず知花の腰に手を添える…も、帯が邪魔だな…

 それでも知花は赤くなって変な顔。



「…自然にしろよ。」


 耳元で言うと。


「…は…早く外に出よ…きゃ!!」


 自分の足に躓いた知花が、俺の腕の中へ。


「……」


 知花から、ふわりと…いい香りがした。

 今まで、色んな女とアレコレあったが…こんな風に、香りに気付いたり気になったりした事がない。


「ごっごめんなさい!!」


 俺がいい気分になってるのに…大声の知花。


「ほら、危ないから手を。」


「……」


 無理矢理知花の手を取って、庭に出る。



「…バカだな。俺ら結婚する間柄って事になってんだから、もっと恋人同士らしくしろよ。」


 庭に出た途端、低い声の俺。


「だ…だって…優しい千里の方が、違和感あり過ぎて…」


「そこかよ。」


 しばらく無言で庭を歩いた。

 知花は、天に指を向けてる天使みたいなオブジェを見ながら。


「…説得してくれて、ありがとう。」


 小さく言った。

 …なぜか今日は、いつもに増していい声に聴こえる…



「別に。自分のためだしな。」


「…ふふっ。」


「…んだよ…」


 ふいに笑った知花を睨むと。


「…ここ、何かついてる。」


 知花は…俺の頬に、ゆっくりと触れた。


「……」


「取れた。」


「……」



 おい。

 これは偽装だぞ。

 知花は…

 俺の幸せの…

 オマケだぞ。


 オマケ相手に…

 何こんなにドキドキしてんだ…


 俺。



「…で?後で何を言ってくれるつもりだった?」


 来た時の言葉を思い出してそう言うと。


「……」


 知花は相変わらず…可愛いなちくしょー…って思わせる上目使いで俺を見て。


「父さんがね、『神くん、かなり頑張って猫かぶってくれてるけど、本当は口悪いんだろう?』って。バレてるよ?」


 俺の努力を嘲笑った。


 * * *


「それでは失礼いたします。」


 パタン。



 玄関のドアが閉まって。

 俺と知花は…顔を見合わせた。



「…やっとだな。」


「…うん。」


 マンションの引き渡しが終わった。

 いよいよ…ここが俺達の城になる。


 …俺、の。

 俺の城になる。



「共同生活を始めるにあたって、色々決め事をしよーぜ。」


「あ、賛成。」



 まだ何も入ってない部屋は、やたらと声が響く。

 今の所、俺の好きな声ナンバーワンの知花の声が、いい具合に響いて…心地良かった。


「まず、お互いのプライバシーに関与しない。」


「うん。」


「それと…電話は俺のとおまえの、別々に付けよう。」


「うん。」


「もちろん、相手の電話に出るのはタブー。」


「うん。」


「帰る時には電話する。」


「…え?どうして?」


 それまで『うん』しか言ってなかった知花が、キョトンとした。


「…冷えた飯は食いたくねーから。」


「…晩御飯、帰って食べるの?」


「まだ外食はハードル高いんだよなー。」


「あ…そっか…」


 知花は妙に納得。


 …本当は、外食も平気なぐらいになった。

 今なら、いつ高原さんに誘われてもいいぐらいだ。


 だが…

 21時まで帰れないとか、そういう制限がなくなる代わり…知花は、いつも一人になる。

 一人で飯を食うのは…寂しい。


 …俺の幸せに付き合わせるんだ。

 オマケではあっても、知花に寂しい想いはさせたくない。


 …あくまでも、付き合わせるから…そう思ってるだけだ。



「あと、もし他の部屋の奴にバレそうになったら…兄妹って事に。」


「うん。」


「俺は家の事はできねーから、任せていいか?」


「…任せてもらっていいの?」


「嫌じゃなければ。」


「…嫌だって言ったら、どうするつもりなの?」


「ハウスキーパー頼む。」


「……」


 俺の即答に、知花は目を細めて。


「…千里って、デートであまりお金使わなかったから、倹約家なんだなあって思ってたのに…使い方が派手そう…」


 笑いを我慢したような顔で。


「家の事は任せてもらえると嬉しいかも。その代わり…」


「その代わり、何だよ。」


「ご飯、残さないでね?」


 俺の顔を覗き込んで、そう言った。


 …おまえ…

 可愛いじゃねーか……!!


 くそっ。

 知花が可愛いと…なぜか腹が立つ。

 俺は、無愛想に知花に背中を向けながら。


「…おまえ、引っ越しいつ。」


 低い声で言った。


「25日にしようかなって。」


「一日で済むのか?」


「大きな荷物はないし…家電製品が届くのが26日でしょ?その日からここで暮らせたらいいなあと思って。」


「……」


「…何?」


 無言になった俺に、知花が問いかける。

 こいつ…ほんっとに家を出たいんだな…

 ま…俺もそうだけど。



「俺、年末にかけて少し仕事が立て込むから、一人になる事が多いかもだぜ?」


 俺が知花を振り返ってそう言うと。

 知花は…少し不思議そうな顔をしてた。


 …しまった。

 俺達は…


 偽装結婚だっつーの…!!



 * * *


「では…これを提出されたら…お二人はご夫婦と言う事で…」


 また、篠田が感極まった声で言った。


 どうした?篠田。

 最近、涙腺弱いんじゃねーか?



 今日は、知花の誕生日。

 クリスマスイヴ。

 待てないのか。と、じーさんに言われたが、待てない。と言い張って…婚姻届を書いている。


 じーさんの屋敷には、知花と、親父さん。

 そして、じーさんと、篠田と野々村さんが集まっている。

 知花が未成年って事で、親の承諾が必要だし。

 結婚自体が極秘って事で、保証人も篠田と野々村さんに頼んだ。


 二人は大役過ぎるって言ったが…

 偽装だぜ?


 …とは言えないが。

 お願いします。と頭を下げた。


 この、俺が。



「知花様、お誕生日おめでとうございます。」


 帰ると言った知花と親父さんを引き留めて、四人で晩飯を食った後。

 篠田が小ぶりなケーキを持って登場すると、野々村さんが部屋の照明を薄暗くした。


「えっ…あ…ありがとうございます。」


 座ってた知花は、立ち上がって嬉しそうな顔。


 ふっ。

 ケーキって。

 嬉しかねーよな、知花。


 と、俺が思ってると。


「こちら、最近女性に大人気の『コナン』というお店でオーダーしてまいりました。」


 篠田がそう説明して、知花の前にケーキを置いた。

 ケーキには、16という文字のキャンドル。


「えっ!!コナンで!?嬉しい~!!篠田さん、ありがとうございます!!」


 えっ。

 意に反して、知花の跳びあがりそうなほどの喜び様…

 なんだ?

 そんなに有名な店なのか?…じゃなくて。

 知花…おまえ、意外と…ガキっぽいんだな…



「いや~…あははは…そんなに喜んでもらえると、買って来た甲斐があります。」


 篠田の、喜びを噛みしめるような顔。

 …ちょっと悔しい気がする…



「あっ…すみません…はしゃいじゃって…」


 知花が恐縮な顔で座ると。


「珍しいな。知花がそんなに喜ぶなんて。」


 親父さんが、クスクス笑いながら言った。


「ごめんなさい…本当はケーキ大好きで…コナンって、噂のお店だから気になってたし…」


 知花が首をすくめてそう言うと。


「…そうか…」


 親父さんは…少し寂しそうな顔になった。



「ところで千里。」


 ふいに、じーさんが俺に言った。


「…なんでしょう。」


 知花の親父さんがいる時は、まだ猫をかぶってる俺。

 もうバレてるのに。

 じーさんへの丁寧な言葉に、篠田と野々村さんは満足気だ。

 いつも『もう少し正しい言葉をお使いください』って、うるさい二人。



「結婚指輪は、千幸の所に頼んだのか?」


「……」


 結婚…指輪。


 …しまった…

 忘れてた…!!


 …て言うか…

 要るのか?



「…俺も彼女も表立ってつけられないので、時期が来るまで吟味して選ぼうという事になってます。」


 俺が、苦し紛れにそう言うと。


「ああ…それもそうか。」


 じーさんは、すぐに納得した。


 …ラッキー…



 それから…当たり前のように、じーさんと親父さんが飲み始めた。


 いいのか?

 今夜はクリスマスイヴだぜ?

 親父さん、帰って双子と一緒にパーティーしなくていいのか?


 そんな事を気にしながら、俺はじーさんから知花を部屋に招かないのか。と挑戦的に言われ…

 言われるがまま、知花を部屋に入れた。



「…何もない…」


「物持たねーからな。」


 確かカンナにも言われたな。


 そんなに何もねーか?

 みんな、部屋にどれだけ物があるんだ?

 どんな物置いてんだよ。

 アズの部屋も、あるのはギターとアンプだけだぜ?


 …ま、女はあれか…

 ぬいぐるみだの、雑誌だの…



「まだ引っ越してないよね?」


 知花が部屋を見渡しながら言った。


「ああ。でも、その辺の物と…クローゼットの服を運ぶぐらいかな。」


「…明日で終わっちゃいそうね。」


「間違いねーな。」



 庭のオブジェにイルミネーション。

 警備の佐々木が一人で頑張った。と、篠田が言っていた。

 警備はどうした。警備は。



「…お父さんね…」


 庭を見てると、知花は俺の隣に並んで。


「あたしは甘い物は苦手だって思ってたの。」


 視線を外に向けたまま言った。


「…なんで。」


「麗と誓のお母さんがね…あの子達が小さい頃、甘い物を与えたくなかったみたいで…それで、あたしにも我慢しろって。」



 別に、こんな情報要らねーんだけどな…

 そう思いながらも、俺は知花が『俺の好きな声』で喋る内容を、しっかりと拾った。



「だから…お父さんが甘い物を買って帰っても、要らないって言っちゃって…悪い事したな…」


「……」


 さっきの、親父さんの寂しそうな顔を思い出した。

 今、知花も俺の隣で同じような顔をしている。


「…俺は甘い物禁止なんて言わねーから、好きなだけ食えば。」


 窓の外を見たまま、知花の頭に手を置いてそう言うと。


「…コナンのケーキ、美味しかった…」


 知花は、小さく笑った。


 確かに。

 少しだけ分けてもらって食ったが…

 一口目で『あまっ!!』と思ったものの…

 それ以降、麻痺したのか?

 甘味より、うま味の方が印象付いた。



「……」


 別に、いやらしい気持ちとかじゃなく。

 純粋に…そうしたくなった。

 知花の頭を抱き寄せて、俺の胸に押し当てた。


「なっ…何す…」


「誕生日、おめでと。」


「……」


「あのマンションでは、何の我慢も要らねーよ。好きなもん食って、好きなテレビ見て、泣いたり笑ったりしていいんだ。」


「……」


「俺ら、そのために結婚すんだろ?」



 知花がそれを、どう解釈したかは分からない。

 だが…俺の胸元から…


「…うん…ありがと…」


 少し涙声で…知花がそう言った。


 その声も…やっぱり…



 めちゃくちゃ、俺の好みだった…。

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