第13話 珍しく、オフなのに家に居ると…
〇神 千里
珍しく、オフなのに家に居ると…じーさんが新聞を片手に俺の前に座って。
「仕事は楽しいか。」
新聞に目を落として言った。
「ああ。」
ソファーに深く沈み込んだまま、無気力に答える。
…そうだ。
マンションの件、話しとかなきゃな。
「じーさん。」
「なんだ。」
「俺、マンション買った。」
「ああ…聞いた。」
「聞いた?誰に。」
「野々村。」
「…野々村さんか。」
野々村さんは、じーさんの秘書で…あ、元秘書で。
まるで調査員のように、あれこれ調べては、じーさんに報告する。
今までもそうだったのに…迂闊だった。
「婚約中だそうだな。」
…だよな。
野々村さんなら、それも簡単に調べるよな。
自分の浅はかさに目を細めたが、別にバレてマズイ話じゃない。
「言わなくて悪かったよ。」
「いつ婚約した?」
「ちゃんとそういうのをしたわけじゃないけど、結婚したいと思ってる相手がいる。」
「……」
じーさんは新聞を折りたたむと。
「幸太の嫁はハーバード大学を卒業した才女。千幸の嫁は高階宝石の一人娘。幸介と千秋はまだ独身。三男四男を差し置いて、おまえが先に結婚したいと思える女性とは、どんな人だ?」
出た。
順序良くとか。
出来のいい嫁を貰えってか。
その点知花は問題ない。はず。
「華道の家の娘だよ。」
「どこで知り合った?」
「…俺がナンパした。」
「いくつだ。」
「今年16。」
「…高校生か。」
「何も問題はない。」
「……」
じーさんは額に手を当てると。
「…千里。」
何か言いたそうに、手で膝を叩いたが…
「あいつしかいないんだ。」
俺が先に言った。
「俺がこれからも頑張って行くためには…あいつしかいないんだ。」
「……」
「あいつと居たら、誰にでも優しくしたくなる。こんな俺でも、誰かに優しく出来るんだって、そう思えるんだ。」
…おい、俺。
何言ってる?
自分で言っておいて、こっばずかしくなってると。
「…千里がそこまで言う女性に、是非会ってみたいもんだ。」
じーさんは首を傾げて。
「近い内に、うちで料理でもしてもらおうか。」
口元は笑ってるが…全然笑ってない目で、そう言った。
…知花。
頼む。
料理の出来る女だと言ってくれ…!!
〇高原 瞳
「はーい、OKでーす。」
「お疲れ様でした。」
今日は…雑誌の取材と撮影。
デビューにはまだ…遠いかもしれないけど。
あたしは、ライヴを続けて知名度を上げてる。
インディーズレーベルからCDも出した。
ママの歌で。
ちゃんとデビューする時には、ママが新曲を作ってくれるって言った。
今の所、それがあたしの楽しみであり、励みでもある。
頑張って…千里を見返してやる!!
瞳、さすがだな。って…惚れさせるんだから!!
「瞳。」
取材が終わって待ち合わせのカフェに行くと、ママが手を振ってくれた。
「…あの子は?」
グレイスがいないと思って問いかけると。
ママは首をすくめて。
「いい加減、名前ぐらい呼びなさい?あなたの妹なのよ?」
溜息まじりに言った。
…今も…ママがあの子を産んだなんて信じたくない。
あの子に罪はないとしても…あたしは、どうしても受け入れたくない。
「ジェフが実家に連れて行ってるのよ。」
「そっか。良かった。」
「…瞳…」
「ママの言いたい事は分かるけど…じゃあ、なんでママはパパに言わなかったの?」
今まで、ずっと我慢してた。
だけど、今日は言う気になった。
「…何の事?」
「あの子を産んだって、パパに言わなかったんでしょ?パパ、知らなかったよ?」
「あなたが言うと思ったから。」
「嘘。ママは、今もパパの事好きなんでしょ。だから、ジェフとの間に子供を作ったなんて、言いたくなかったのよね。」
「違うわ。」
「何が違うのよ。ママは全然素直じゃない。だからパパも、ママと結婚しなかっ」
パシン
ママの右手が、あたしの頬を打った。
ぶたれた反動で右を向いたまま、あたしは顔を元に戻さなかった。
…酷い事言った。
自分で、そう思って…ママの顔を見れないと思ったから…
「…そうね…」
あたしが顔を戻さないままでいると…ママが小さな声で言った。
「…ママは…素直じゃないから…パパとは結ばれなかった。」
「……」
…バツが悪くて…ママの顔が見れない。
「だけど、瞳。これだけは…信じてちょうだい。」
「……何。」
顔を上げないまま返事をすると。
「ママとパパは…愛し合ってた。愛し合って…あなたが出来た。」
ママは…少し、涙声だった。
「だけど、パパには結婚願望がなかったから…ママから身を引いたの。」
「…どうして…強引に結婚しなかったの?」
ゆっくり、顔を上げると。
ママは涙をぬぐう事なく…泣いてた。
…胸が…痛くなった。
「…パパは…自由でいてこそ…だと思ったの。」
「…まあ…今も独身だしね…」
あたしがそう言うと、ママは一度涙を拭いて顔を上げて。
「…パパには、ママと別れた後に、好きな人が出来たのよ。」
意外な事を言った。
「…え?」
「その人と、結婚したいって。」
「……」
「だけど…ママが酷い事を言って…パパとその人は別れてしまったの。」
ママ…
あたしには、全然信じられなかった。
ママが…誰かに酷い事言うなんて…
「…悔しかったの。結婚願望なんてないって言ってたのに…って。でもね、祝福する気持ちになれたのよ…すごく…その相手がいい子でね…」
「…ママ…会った事あるの?」
「ええ。」
「恋敵なのに…?」
「…そうね…だけど、とても…本当にいい子で…なのにママは…心が醜くて…」
「……」
「パパと…その子の幸せを…奪ってしまったの…」
ママはそれきり…何も言わなくなった。
あたしは席を立つと、ママの腕を持って立ち上がらせて。
ママの背中を摩りながら、店を出た。
「…ママ。」
「…ん?」
「話してくれて、ありがと。」
ママに抱きついて言う。
「パパとその人が結ばれなかったのは、ママのせいじゃないよ…」
「…ママのせいよ。」
「ううん。誰かの幸せが、誰かのせいで壊れるなんて、絶対ない。」
「……」
「ないよ。もしそうだとしたら、そんなの愛じゃないもん。」
あたしの言葉に、ママは小さく笑って。
「瞳…」
あたしの髪の毛を撫でながら…少しだけ泣いた。
〇森崎さくら
「さくら、行って来るよ。」
……そう言って…
声のきれいな人間が…あたしの頭を撫でた。
あたしは…『さくら』で…
世話をしてくれている人が…『サカエさん』で…
この、声のきれいな人間は…
…高原夏希。
『なっちゃん』だ…。
「さくらさん、少しマッサージしますね。」
あたしは…もう何年も、寝たきりだ。
…なぜかな…頭のどこかで…何かを拒否しようとする自分がいて…
それは、何か一つの事じゃなくて…
色んな事…だったりする…
忘れちゃいけない…って思う事と…
忘れたい…って思う事と…
騙されちゃダメ…って思う事も…ある…
騙される…?
誰に?
「腕の力はどうかしら?少しは入る?」
……
サカエさんにそう言われて。
あたしは…腕に力を入れようとしたけど…
…こういうのって…
前にもあった気がする…
…そうだ。
あたし…しっかりして…あたし…
この、サカエさんは…あたしの…
敵…かもしれない。
いつからか、あたしは少しずつだけど…
自分で手足を動かせるようになっていた。
だけど…それを、マッサージと称して…
サカエさんが触るたび…力が…抜ける。
「さくらさん、あなたはこのままでいる方が幸せなんですよ。」
サカエさんは…そう言って、あたしの体を操る。
どうして?
どうしてあたしは…
寝たきりの状態が幸せなの?
声も出せない…
なっちゃんの…『愛してるよ』にも…答えられない…
…あたしも…愛してる…って…
言いたいのに…
言えない。
「さあ、目を閉じて…」
そう言って、サカエさんがあたしのまぶたに触れる。
あたしは…目を閉じるフリをして、サカエさんの掌で半分目を開けたまま。
『その時』をやり過ごした。
その時…
あたしは…何か…
眠るような…暗示にかけられるんだ。
…もう、騙されない。
〇神 千里
「…だよな。」
「……」
「…おい、神。」
「……」
「神ってば。」
「…あ?何だって?」
「聞いてなかったのかよ…」
つい、考え事をしていて…マサシが必死で何か言っていたらしいが、完全にスルーしまってた。
そんな俺を、アズはニヤニヤしながら。
「恋わずらい?」
自分の頬を両手で押さえて言った。
アズの言葉に、マサシとタモツは。
「神が相手をフヌケにさせるなら分かるけど…神が恋わずらいって、ちょっと想像つかないなあ。」
顔を見合わせて言って。
「バカか。」
俺は、三人に冷たく言った。
何が恋わずらいだ。
そうじゃなくて…
俺は結婚に向けての第一難関に…まさに立ち向かおうとしている。
じーさんに、知花を家に連れて来いと言われた。
品定めかよ…
まあ…今まで付き合った女を連れて行くなんて事より、ダントツに安心ではあるけど…
…あいつ、料理出来るかな。
何となくだが、お嬢様は料理が出来ねーイメージだ。
付き合い始めて一ヶ月。
じーさんに会わせるには…まだ情報が少ない気がする。
何とか誤魔化して、先延ばしにするしかない。
「あ、わりい。俺、上がるわ。」
「え?」
時計を見て立ち上がる。
別にミーティングっつっても、俺とアズはあまり関係なさそうだ。
リズム隊がしっかり話し合ってくれ。
「待てよ、神。」
「じゃあなー。」
背後にマサシの声を受けながら、俺はそのままプライベートルームを出た。
今日は…知花に会う日だ。
めったに日の目を見ない俺の車は、じーさんからのプレゼント。
まだ数えるほどしか乗ってなかったが、知花と出会ってからは…毎週乗る事になった。
実の所…あまり運転には自信がなかったが。
『酔いやすい』と言うあいつのための安全運転。
…おかげで運転が上手くなった気がする。
「こんにちは。」
いつもの公園の近くで、知花を拾う。
…うん。
今日もいい声だ。
「おまえ、料理できる?」
車を発進させてすぐ、知花に問いかけた。
「…料理?」
「そ。」
「どんなの?」
「どんなのって…一般的にだよ。」
「作るのは好きだけど。」
よし。
いいぞ。
「じゃあさ、サバの味噌煮と肉じゃが作ってくれよ。」
俺は偏食家だから、料理には詳しくない。
とりあえず、じーさんの好きな物を言ってみる。
「…どこで?」
「じーさんち。」
「…おじいさん?」
「ああ。俺も今ほとんどそこに住んでんだ。」
そう言えば…そんな事も話してなかったな。
「…ね。」
「あ?」
「兄弟とか、いる?」
珍しく、知花が質問して来た。
「何だよ、急に。」
「だって、千里はあたしのこといろいろ聞いてたけど…あたし、千里のこと何も教えてもらってないんだもん。」
「おまえが聞かねえからだろ。」
「…だから、兄弟は?」
「俺、五人兄弟の末っ子。」
「末っ子!?」
知花の大声に、少し肩を揺らした。
…末っ子が、そんなに驚く事か?
「何だよ。んな、驚くことじゃねえだろ?」
「だって…一人っ子かな…なんて思ってたから…」
「なんで。」
「…なんとなく。」
ま、仕方ない。
俺は昔からそう思われる事が多かったし…
もしかしたら、マサシとタモツは今も勝手にそう思っているかもしれない。
それから、車を停めてまで兄貴達の説明をした。
知花がメモり始めたからだ。
メモんのかよ…って笑いが出そうになったが。
そんな、バカ真面目な所も…可愛いと思えた。
…よし。
今日じーさんに会わせよう。
なぜか…突然そう思えた。
お互いの情報なんか、どうでもいい。
自分の直感を信じよう。
* * *
「どれにしよう…」
知花を連れて、じーさんの屋敷の裏にある花屋に。
…と、言うのも。
知花の作った晩飯を平らげた後、じーさんが。
『どんな生け方でも花でもいい。あなたの好きなように生けてください』
知花に、花を生けて欲しい、と。
確かに、華道の家の娘だっつって紹介はしたし…知花も花を生けるのが趣味だとは言ったが。
じーさんが、そんな事を頼むとは思わなかった。
うちには色んな来客がある。
だから、玄関に飾る花は、いつも。
何とかって有名なコーディネーターがやってるって聞いたけど。
「…これじゃ地味過ぎるかな…」
「……」
さっきから、独り言をつぶやきまくってる知花を眺める。
店員と相談しながら、優しい手付きで花を手にしては…正面から見て、側面から、そして…裏側も見んのかよ。
花なんて、名前を聞かれても…たぶん三つ四つぐらいしか答えられないであろう俺には、どれでも適当に買って、ササッと挿せばいーだろ。って感じだが。
…まあ、あの玄関に飾る花だ。
こいつが慎重にならざるを得ないのも頷ける。
それから知花は。
選ぶのに30分以上かかった花を、5分で生けた。
時計の針が21時を過ぎてる事に気付いた俺が、さっさと知花を家の近くにまで車で送って、じーさんの屋敷に帰り着くと…
「…何だよ、二人揃って。」
じーさんと篠田が、並んで知花の生けた花の前にいた。
「坊ちゃん、このお花のテーマを聞かれましたか?」
「は?」
テーマ?
生け花にテーマなんて、あんのかよ。
「知らね。あいつ、俺が車を取りに行ってる間に生け終えてたし。」
「家族…だそうですよ。」
「…へー…」
じーさんは、ずっと無言のまま花を眺めて。
やがて…小さく笑ってうつむいた。
そして。
「おまえが、自分の家族の事を話すなんて、珍しいな。」
「え。」
「気に入った。捨てられないよう、大事にしろ。」
「は?」
じーさんは、珍しく満足気な笑顔でそう言うと、階段を上がって行った。
「…篠田が色々余計な事を…」
篠田を睨みながら言うと。
「私はご家族の話なんて、しておりませんよ。」
篠田は花に視線を向けたまま。
「私からも申し上げます。捨てられないよう、お大事になさって下さい。」
真剣な声で言った。
なんで俺が…!!
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