第11話 「……」
〇高原 瞳
「……」
「……」
あたしは…今、人生で初めて…って言うぐらい…
ちょっと、変な緊張感を味わってる。
会長室のドアを開けたら、中にはお父さんがいるもんだとばかり思ってたのに。
あたしと目が合ったまま、それをそらさないのは…
黒くて長い髪の毛。
黒くて力のある、大きな目。
スマートな動物を連想したけど、それの名前が分からない。
「…もしかして、瞳さん?」
意外な事に、名前を呼ばれた。
「…え…ええ…」
「あたし、
「…姪?」
「そう。あたしの父親、高原夏希の弟なの。」
「……」
あたしって…
父さんの兄弟とか、全然知らない。
あたしが瞬きを繰り返してると。
「あれ…もしかして、何も聞いてない?」
その…七生聖子は、ソファーから立ち上がってあたしに近付いた。
…お…大きい…
あたしも163cmって…女では小さくない方だと思うけど…
七生聖子…軽く170はあるわ。
「あたし達、イトコって事だよね?」
目の前に来た七生聖子は、そう言って…笑顔になった。
…イトコ…
自分にそういう存在がいるなんて、ちょっと…意外なのと、ビックリなのと…少しの…違和感。
妹が生まれた時も…そうだった。
あたしは、ママを独り占め出来なくなった事に苛立った。
今度は…お父さんを独り占め出来ないって…思っちゃうのかな…
「伯父貴、いつも瞳さんの事自慢してる。」
ふいに、七生聖子が言った言葉が、あたしの目を見開かせた。
「…え?」
「うちの瞳が、うちの娘が、って、もーすごい自慢話ばっかり。」
「……」
そ…そんなの…
あたし…お父さんに自慢される所なんて…ないのに…
「あたし、15歳。今、桜花の中等部の三年なの。」
じ…15!?
あたしがあからさまに驚いた顔をしたからか、七生聖子は大笑いをして。
「瞳さん、顔に出過ぎ!!」
あたしの肩を叩いた。
う…い…痛い…。
〇高原夏希
「…どうした?」
最上階の部屋に戻ると、そこには瞳だけじゃなく…姪の聖子もいた。
七生聖子。
俺の弟、
「久しぶりだな。」
「うん。」
「今日は?」
二人の前に座って、聖子に問いかけると。
「んー…父さんの事で、ちょっと…」
「……」
陽世里は…去年倒れて、そのまま眠った状態だ。
良くも悪くもならない。
「…あたし、いない方がいい?」
瞳が立ち上がろうとしたが、聖子が。
「ううん、いい。いて。」
…仲良くなったのか?
俺が二人を見比べていると。
「伯父貴、ひどいな。あたしの存在話してないなんて。」
聖子が思い出したようにそう言って、ぷう、と頬を膨らませた。
「ああ…そう言えば話してなかったな。おまえのイトコの聖子。」
「もう自己紹介済みよ。」
「ははっ、悪い悪い。」
今思えば…瞳を桜花に入れる手もあったな…と、今更ながらに思った。
それなら、もっと近くだったのに。
「あたしの父親、今、寝たきりなんだよね。」
聖子が、瞳に説明した。
「寝たきり?」
「植物人間状態。」
「……」
「それでさ…母さんは家に連れて帰りたいみたいなんだけど…伯父貴、どう思う?」
聖子は上目使いで俺を見た。
「上の三人はなんて?」
聖子には、すでに成人している兄弟がいる。
「んー…お姉ちゃんはずっと海外だから…お母さんに任せるって…兄貴達は母さんの負担が増えるからって、あまりいい顔しない。」
「…そうか…」
確かに、頼子ちゃんの負担が増える。
俺だって、サカエさんがいてくれるからこそ…こうやって仕事が出来るが…
「…確かに負担は増えるかもしれないが…」
俺は背もたれに寄りかかって、天井を見上げる。
そこには何もないが…上を向きたくなった。
「…一緒にいたい気持ちを尊重したらどうだ?」
俺がそうつぶやくと。
「…そっか…そうだよね。あたしだって…病院で父さんに会うより、毎朝おはようって言える方がいいもんな…」
聖子は納得したように、そう言った。
「ただ、陽世里の病状をしっかり先生と相談して、家で介護が出来る状態を整えてからじゃないと無理だぞ。」
「うん。」
「後で頼子ちゃんに電話しておく。」
「…ありがと。」
上の三人と年が離れている分…甘やかされて育っててもいいはずの聖子は、随分と大人びている。
聖子より二つ年上の瞳が、聖子の隣では随分幼く感じられた。
「…上に三人もいるって、すごい。」
ふいに瞳がそう言って。
「瞳さん、一人っ子だっけ。」
聖子がそう返すと。
「うん。一人っ子。」
…おい。
俺が瞳を見ると。
何よ。
グレイスを妹と思ってやれ。
嫌よ。
あの子に罪はないぞ。
知らない。
そんな、言葉が出て来ていると思えるアイコンタクトをかわした。
〇高原 瞳
今日…あたしは、ちょっと勝負をかけている。
千里に…プロポーズ…したい。
そりゃあ、あたしはまだ17よ。
だけど、結婚できる歳よ。
千里だって、19歳。
若くたって、愛があれば…!!
「千里。」
事務所のロビーで千里を見付けて駆け寄った。
「ああ…久しぶりだな。」
相変わらず、そっけない。
だけど、あたしはそのそっけなさも好きだったりする。
誰にでも愛想振りまくような…
「あっ、瞳ちゃん。久しぶりー。」
…東 圭司は嫌い。
いつも千里にベッタリ。
「千里、話があるの。」
千里の腕を取ってそう言うと。
「昼間っから、いいなあ。」
うるさい、東 圭司。
「恋人同士に昼も夜も関係ないわ。」
「うは~、羨ましい。」
あたしと東 圭司のやり取りを、千里は目を細めて眺めてたけど。
「…おまえ、いい加減俺と付き合ってる風に言うのやめろよ。」
小さな声で言った。
「……え?」
「高原さんにも誤解されたままだし…正直困る。」
「……」
あたしと千里…
付き合ってるんじゃ…なかったっけ?
あたしがキョトンとした顔で千里を見ると。
「なんだよ。」
千里は不機嫌そうにあたしを見た。
「…あたしと離れても平気って…」
「あ?」
「お父さんに、あたしと離れても平気って…言ったんでしょ?」
「ああ…別に俺、おまえの男じゃないから平気だし。」
「……」
頭の上に、石が落ちて来た。
そういう表現って、どうなの。って思ってたけど…
本当にあるんだ…
「…あたしの事、好きじゃない…?」
「好きだけど、恋人のそういうのとは違う。」
「…じゃあ、まだ望みはある?」
「おまえとは、そういう関係になりたくない。」
「……」
くじけそうになった。
だけど…
だけど、ここでくじけないのが、あたし。
「じゃあ、どんな関係ならいいのよ。あたし、友達なんてイヤ。」
千里の腕をぐっと引き寄せて、少し抱きついた。
ここはロビー。
人に見られたら、噂になる。
それが…あたしの計算!!
「あ?別におまえとダチになる気もねーよ。てか、腕離せ。」
千里は小さな声だけど、本当に嫌そうだ。
「友達以下って事!?ひどい…あたし、こんなに千里の事…」
「おまえとは、ライバルになりてーんだよ。」
「……」
千里の一言が。
あたしの動きを止めた。
「…ライバル…?」
「ああ。」
「…シンガーとして…?」
「そうだ。だから早くデビューしろ。」
「……」
あたしは…腕を掴んだまま…千里を見つめた。
色仕掛けとかじゃない。
本気で…見つめた。
すると、千里もそれに応えて…強い目で見つめ返してくれた。
…やっぱり…あたしが好きになった男は…違う。
恋人になりたくない。
友達になる気もない。
ライバルになりたい。
…シンガーとして。
「…受けて立つわ。」
あたしは千里の腕から離れて。
「だけど…あたしは千里の事、好きだから。」
「……」
「諦めないから。」
そう言って、千里の前から走り去った。
…悔しくないって言ったら…嘘になる。
千里の声…千里の強い目…
あたしは、本当に…千里が好き。
無愛想なクセに、すごく優しいのも知ってる。
あたしの事…彼女じゃないって、言えばいいのに…
きっと、千里はあたしに同情して言わないんだ。
「…バカみたい…」
エレベーターに乗ると、涙が出て来た。
…悔しいから…
お父さんには、恋人ってままにしとこ…。
〇神 千里
「何々ー?神、最近イライラしてるなあ。」
アズが俺の肩に寄りかかって言った。
「もしかして、瞳ちゃんがアメリカに行っちゃったから?」
俺がいくら否定しても…アズは瞳が俺の女だと信じて疑わない。
そのアズの小さな言葉を…聞き逃さないのが高原さんだ。
「連絡は取ってるのか?」
エレベーターで偶然乗り合わせて、聞かれた。
「…昨日、電話がありました。」
実際本当だから言うしかない。
「卒業の話か。」
「はい。」
どうやら…瞳はこっちのアメリカンスクールを休学して渡米するはずだったが、どうせなら早く卒業したいから、と…
向こうに転校してすぐ、飛び級試験を受けて卒業した。
…そんなに頭が良かったなんて、知らなかったな。
遊び人のイメージしかなかったから、少し見直した。
「あいつ、俺より先に千里に電話しやがって…」
「……」
高原さんの言葉に、俺は苦笑いするしかない。
「で、何にイライラしてるんだ?」
エレベーターが二階について、俺は高原さんとエスカレーターでロビーに降りる。
「…大した事じゃないです。」
そう。
大した事じゃない。
祖父が政界を引退して、家に居る。
それが…鬱陶しいだけだ。
する事がなくなって暇なのか、やたらと俺に干渉する。
…生まれて初めて、家を出たいと思った。
そこそこに売れて来たし、先月二十歳にもなった。
思い切ってマンションでも買うかな…
そうすれば、「我が家」が出来る。
俺の…帰る場所。
目下、祖父の家がそうだが…
あそこは俺が生まれた場所じゃない上に、やたらと大きいせいか…落ち着かない。
元々兄弟の多い家庭に生まれた俺は…『家族』という物に憧れがある。
それは、人数が多ければいいってもんじゃない。
ちゃんと、家の中心に人が集まって。
何も話さなくても…ただ、そこに『家族』がいる。
…まだまだ先、遠い夢だ。
そもそも俺には、高原さん同様…結婚願望がない。
「明日はオフだろ。しっかり休め。」
「…はい。」
「いつもみたいにスタジオに籠るなよ?」
「……」
高原さんには、全部バレてる。
俺は首をすくめながら、事務所を出て…
いつもなら。
いつもなら…そのまま真っ直ぐ祖父の家に帰るのに。
何か、予感がしたのか…建設中から気になっていた、マンションを目指して歩いた。
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