第10話 「はーい、視線こっちにください。」

 〇神 千里


「はーい、視線こっちにください。」


 フラッシュに目を細めると。


「あー…もう一枚、お願いします。」


 カメラマンは、苦笑いをした。



 俺達TOYSがデビューして一年が過ぎた。

 全員が19歳になって、夢みたいな話だが…この一年で出したシングルとアルバムは、自分達の想像以上に売れた。


 オーディションに受かり、ビートランドと契約して、最初の半年はバンドメンバーにはかなりハードな特訓期間だった。


 高三の夏休み。

 ずっと出さなかった進路希望表を片手に、担任が家まで来て。


「去年から言い続けてますが、どうお考えですか?」


 祖父に言った。


「千里、どうするつもりだ?」


 そう聞いた祖父に…


「…もうすぐ、プロデビューするから、進学も就職もしない。」


 そう言うと。


「プロデビューは就職じゃないのか?」


 祖父は、そう言って笑った。



 そして、その二週間後。


「おまえら、デビューだ。」


 高原さんが…ニコリともせず、静かに言った。



 …正直それまでの俺は…焦っていた。

 二十歳までに夢を叶えたかった。

 不純な動機で描いた夢でも。


 それが、18にして叶えられて。

 俺は…満足するつもりはないが…



「もー、デビューなんて、マジ死んでもいい。」


 タモツとマサシは、デビュー自体に満足して、今後の危機感も持ち合わせていない気がする。



「おー、やってるな。」


 音楽雑誌の取材中、高原さんがスタジオに入って来た。


「あっ…高原さん…!!お疲れ様です!!」


 突然、背筋の伸びる二人に首をすくめた。

 アズは…いつもと変わらず、のほほんとその光景を眺めている。



「千里、あとで部屋に来てくれ。」


 高原さんにそう言われて、俺は…


「…え?部屋…?」


 聞き返した。


「一番上の、俺の部屋だよ。」


「あ…はい。」


「それと、おまえら気ぃ抜くなよ。続けてシングル出すからな。」


 デビューしてすぐにアルバムを出させてもらって、シングルも二枚出した。

 なのに、またシングルを続けて出させてくれる…!?

 その夢みたいな話に、俺は浮足立ちそうになっ…て、引き締めた。


 売れるかどうか。

 そして、売れ続けるかどうか。

 俺達の力が、全力で試されている。



「覚悟して頑張ります。」


 高原さんの目を見て言うと。


「…ふっ。おまえは真面目な奴だな。」


 高原さんは、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「……」


 憧れの人に、そんな事をされて…俺はつい、赤くなったのだと思う。


「うわー、神の顔がおかしくなってるー。」


 アズがニヤニヤしながらそんな事を言って。


「るさい!!」


 俺は、高原さんの前だと言うのに、アズの額を張り倒した。





「座れ。」


 初めて…高原さんの部屋に入らせてもらった。


 会長室。

 緊張しながらも、言われた通り…高そうなソファーに座る。


「…今まで、こういう話をおまえとはした事がなかったが…」


 高原さんは俺の前に座ると。


「瞳とは、どうなってるんだ?」


 指を組んで、少し前のめりになって言った。


「…え?」


 すぐには理解が出来なかった。


 瞳とはどうなってる…か?

 どうって…


 別に俺と瞳は付き合ってない。

 瞳は、好きだ好きだ言うけど、あいつのそれは…寂しさを紛らわせるための物にしか聞こえない。

 実際、俺はあいつに好きとか言った事は一度もないし…体の関係も、もちろんない。


 キスは一度…スタジオで強引にされたけど…あれで、あのスタジオには出入り禁止なったんだよな。

 くそっ…思い出すと腹が立つ。

 あのスタジオ、マイクが好きだったのに。



「瞳から聞いた。千里に影響受けて、シンガーになりたくなったそうだ。」


「…は?」


 お…おいおい。

 違うだろ。

 瞳は…高原さんに憧れて…


「知らなかったが…オーディション受ける前は、ボイトレもしてくれてたそうだな。おかげでしっかり声が出てた。」


「…いえ…そんなに大した事は…」


 …おい。

 全てにおいて、話がおかしいぞ。

 高原さんは、TOYSのスタジオを見に来た時からずっと…俺と瞳が付き合ってるって思ったままって事か?

 あれから一年以上だぜ?


 て言うか、瞳…結構外人の男と遊んでるよな。

 そいつと付き合ってんのかと思ってたのに…



「瞳をデビューさせようと思う。」


 高原さんの言葉に、ごちゃごちゃ考え過ぎて下を向いてしまってた顔を上げる。


「ただ…瞳は日本では難しいと思うんだ。」


「…と言うのは?」


「日本語の歌が下手だ。」


「……」


 笑いそうになって、我慢した。

 確かにあいつは、アメリカ生まれのアメリカ育ちで…話してても急に英語になったり、英語訛りの日本語になったりする。


「英語で歌えばいいんじゃないですか?」


「日本で英語の歌が売れるのは、まだ何年も先だと思う。」


「…なるほど…」


「幸い、アメリカの事務所も新人を欲しがってるし…瞳をあっちでデビューさせたいんだが…」


「……」


 いきなりアメリカデビューか。

 羨ましい。

 ま、俺らもそのうち世界に…


「瞳と離れても、大丈夫か?」


 相変わらず、高原さんは真顔。

 俺はその言葉に目を丸くして、瞬きをした。


 瞳と離れても大丈夫か?

 …いや、全然…大丈夫なんすけど…



「大丈夫です。」


 俺は、瞳とは関係ないし。

 そう思って言ったんだが…


「そうか…良かった。ありがとう。」


 そう言って、俺の手を握った高原さんは…


 どういう意味に、受け取ったんだろう。



 〇高原 瞳


「…アメリカ?」


「ああ。」


 学校まで迎えに来てくれたお父さんは、ホテルのレストランで甘い物をオーダーしてくれた。


 あたしがそれを一口食べた所で…言われた。


「おまえのデビューは、アメリカがいい。」


 アメリカ…デビュー…


「…あたし、デビューするの?」


「したいんじゃないのか?」


「したいけど…」


 アメリカ…?

 アメリカって…


「…じゃ、あたし…ママの所へ帰らなきゃいけないの?」


 あたしがスプーンを置いて沈んだ顔をすると。


「寮のある学校へ入る事も出来るだろ。」


 お父さんは、コーヒーを飲みながら言った。


「…って…それって、学校続けろって事?」


「卒業はしろ。」


「……」


 そうだった。

 お父さんって、見た目に反して真面目。

 見た目は本当…ワイルドなオジサンなんだけど…

 頭の悪い奴は嫌いだ。って、しょっちゅう言ってる。



「…こっちにいたい…日本じゃデビューできないの?」


「おまえの歌の事を思うと、アメリカだな。」


「……」


「あっちで、周子の歌でデビューさせたい。」


「…お父さん…」


 それは…すごく嬉しい気がした。

 あたしが…ママの歌でデビューするなんて…!!


「…でも…」


 あたしが核心を言い渋ってると…


「…千里は、離れても大丈夫だって言ってたぞ。」


 お父さんが、思いもよらない事を言った。


「…え?」


「千里。おまえと離れても大丈夫だ、って。」


「……」


 千里…そんな事言ってたの…?


 あたしがずっと好きって言うのに、千里は全然なびかない。

 わざとクラスメイトといちゃいちゃしてるのを見せたりしても…千里は知らん顔。

 キスだって…前にあたしから無理矢理しただけ。

 迫ってもかわされるし…

 あたしなんて、眼中にないんだ…って、いつも落ち込むのに…


 あたしと離れても、大丈夫…

 そんな事、言ってくれたなんて…!!



「…学校、変わりたくないから、休学って形じゃダメかな…」


「留年してまで、卒業する根性があるのか?」


「頑張る。」


「……」


 お父さんの目を見て、言った。


 うん…頑張る。

 頑張る…けど…


「…ねえ、お父さん。」


「ん?」


 あたしは、スプーンを手にして、アイスクリームをすくうと。


「…あたし、千里と結婚してもいい?」


 早口にそう言って、それを口にした。



 〇高原夏希


「あたし、千里と結婚してもいい?」


 目の前の瞳にそう言われて、俺は一瞬…頭の中が真っ白になった。


「……」


「…ダメ?」


「…おまえはまだ17だぞ?」


「結婚できる年齢よね。」


「……」


 …結婚。


 なぜか、その言葉を重く感じた。



「…そんなに急いでしなくていい事じゃないか?」


「どうしてよ。」


 俺の言葉に、瞳は頬を膨らませた。


「おまえも千里も、まだまだ今からだ。結婚よりも、まずシンガーとして認められるようになれ。」


 少し声が低くなったかもしれない。

 ふいに、周子には結婚願望はないものの、出産願望があったのを思い出した。


「…おまえ、まさかとは思うけど、妊娠するような事…」


 心配して言っただけだが、失言だと後悔した。


 まさに…

 瞳が生まれた事を知らなかった俺には、何を言っても無駄なぐらい説得力がない。



「え?何?」


 幸い、俺の言葉が聞き取れてなかったらしい瞳が。

 さくらんぼを口にしながら首を傾げた。


「いや、何でもない。」


「…せめて結婚出来たら、離れても安心なんだけどな…」


「不安なのか?千里と上手くいってないのか?」


「んー…普通。」


「普通って何だよ。」


「…ねえ、お父さん。」


「あ?」


「…お父さんは、どうして…ママと結婚しなかったの?」


「……」


 いつか。

 いつか…聞かれるんだろうか。

 そう思っていたが…


「…周子からは何も?」


「聞いてない。」


「そうか…」


「言いたくないなら、別にいいよ。」


「……」


「ママだって、言いたくないから言わなかったんだろうしね。」


 俺としては…周子の口から、話しておいて欲しかった。

 俺の身勝手で、瞳が寂しい想いをしなくてはならなかった事実。


 …いや…

 それは俺の勝手だな。

 さすがに、周子も娘にそんな事は話したくないはずだ。



「…結婚願望がないんだ。」


 コーヒーを飲んでそう言うと。


「…一度も結婚してないの?」


 瞳は眉間にしわを寄せた。


「してない。」


「…てっきり、結婚と離婚を繰り返してるのかと思った。」


「失礼な奴だな。」


「だって、お父さんって見た目遊び人だもん。」


 つい、小さく笑った。


 俺達は親子だが…俺と瞳がこうして一緒に時間を持つ事になるとは思っていなかった。

 だから、お互いの事もイメージで固めすぎている。

 こんな話も…話す事はないはずだった。

 必要ないと思っていたから。


 だけど…これからは…瞳が知りたいと思う事には、極力答えよう。

 それが、誠意なのかもしれない。



「とにかく…アメリカでもすぐにデビュー出来るわけじゃないんだから、当面は歌に集中しろ。」


 俺がそう言うと、瞳は少し唇を尖らせたが。


「千里は…集中してるぞ。音楽に対しての熱意は満点だ。」


「……分かった。絶対…デビューしてみせる。」


 瞳は背筋を伸ばして。


「見てなさいよ。」


 周子に似た笑顔を見せた。



 〇神 千里


「千里。」


 事務所を出た所で声をかけられて、振り向くと…高原さん。

 個人練でスタジオに三時間入っていた俺は、少し疲れて猫背気味だった背筋を伸ばした。


「お疲れ様です。」


「TOYSはオフじゃなかったのか?」


「個人練を。」


「感心だが、休みの日は休め。オンとオフは大事だぞ。」


「…はい。」


 オンとオフ…

 確かに俺は、それが下手だ。

 四六時中音楽に関わっていたいと思うし、休みたくない。

 何か…音楽以外に趣味でもあれば違うんだろうが…

 残念な事に、俺にとっては音楽が趣味であり仕事だ。



「せっかくの休みもこんな感じなのか?いつ瞳と会ってるんだ?」


 そう聞かれて…つい、俺はマヌケな顔をしたのだと思う。


「ああ…悪いな。立ち入った事を聞いて。」


「あ…いえ…」


 瞳といつ会うか…?

 あいつとは…確か、二週間以上会ってないよな…

 最後に会ったのは…いつだ?

 あいつが男連れてるのを見た時か?

 だとしたら…会った。と言うより、見かけた。だな。



「飯行けるか?」


「えっ?」


「すぐそこに、美味い和食の店がある。」


「……」


 困った。

 俺は、すごく困った。


 なぜなら…

 俺は、誰もが驚くほどの…

 偏食家だ。



「あ…あの…今日は体調が良くなくて、食べるのはちょっと…」


 苦し紛れにそう言うと。


「そうか…じゃ、別の日にするか。」


 それも困る!!


「あ、いえ…あの、俺はお茶を飲むだけでいいんで、高原さん何か食べて下さい。」


「そうか?なら…カフェでいいか?」


 ホッ。


「はい。すいません。」


 そうして、俺は高原さんについて、近くのカフェに行った。

 そしてそこで…



「なんでこんな話を…って思うかもしれないが…」


 高原さんは、話し始めた。



「俺の母親は、高原の愛人でね。」


「……」


 いきなりの話に、俺は瞬きを我慢するしかななかった。


「15の時、母が死んで、高原家の養子に迎えられた。」


 …その話は…知っていた。

 音楽人のゴシップを取り上げる雑誌に載っていた。

 高原夏希を崇拝する者には、有名な話だ。



「だからなのか…結婚に憧れがなくてね。」


 …なるほど。


「瞳の母親とも、恋愛をして一緒に暮らしたが…籍は入れなかった。」


「…瞳が生まれたのって…」


「別れてからだよ。」


「…失礼ですが、責任を取ろうって考えは…」


「瞳が生まれたって知った時、俺には違う女性がいてね。」


「……」


「結婚願望なんてなかったのに…その女性とは、結婚するつもりだったんだ。」


 つもり…だった。って事は…出来なかったんだな。

 高原さんの目は、少し寂しそうだった。


「だが…瞳の事は自分の娘として大事に思うし、父親と名乗っていいなら何でもする気でいた。」


「でも…瞳がこっちに来ても、一緒には暮らしてないんすよね?寮に入れて…」


「ああ…瞳から何か聞いたか?」


「…いえ、特には。」


 瞳は寂しいと言っていた。

 あの頃は、な。

 でも、それも言わなくなった。

 たぶん、高原さんの愛が分かるからだと思う。

 週末一緒に過ごしたり、デビューの事も。



「…これは、ナオトもマノンも知らない事だが…」


「…そんな大事な話、俺が聞いていいんすか?」


「おまえには話しておきたい。」


「……」


 何となくプレッシャーだが…聞く事にした。


「…なんすか…」


「…その、結婚したいと思っていた…さくら…その女性の名前な?」


「はい…」


「さくらは…俺がこっちに事務所を作って、アメリカから日本に引っ越す直前に事故に遭って…」


「……」


「今も…ほぼ寝たきり状態なんだ。」


「…え?」


 寝たきり状態…


「その人と…一緒に暮らしてるんですか?」


「ああ。マンションとは違う、別の家でね。」


「…その人、高原さんの仕事中は?」


「住み込みで介護をしてくれる人がいるんだ。」


「……」


 それは…衝撃的な話だった。

 世界のDeep Redのフロントマン。

 俺が尊敬してやまない高原夏希が…



「…その方を…ずっと愛して…?」


「当然。」


「……」



 …俺の勝手なイメージでは。

 高原さんには世界のあちこちに女がいて、全員を大事にして…

 みんなを平等に愛するがゆえ、結婚という決断は頭にない。

 …そうだとカッコ良過ぎるぜ…なんて思ってた。


 だが…寝たきりの女性と暮らしている…て言うか…

 ずっと…

 その女性一人を愛し続けてるなんて…



「…その事、瞳は?」


「いつか話せる日が来たら…と思う。」


「……」


「瞳の母親が言うには…瞳は小さな頃、さくらのファンだったらしい。」


「ファン?」


「さくらは、アメリカで歌ってたんだ。まだベビーカーに乗った瞳は、さくらの歌を聴くとゴキゲンで…って母親が言っていたよ。」


「……」


「できれば…さくらを俺の事務所のソロシンガー第一号にしたかったんだが…」


 高原さんが第一号にしたいと思うシンガー。

 …欲目もあるのかもしれないが、それでも有望だったんだろうと思える。



「…残念だ。」


 そう言って少しだけうつむいた高原さんは。

 俺が知ってる高原夏希とは違って見えた。


 一人の男で。

 ずっと一人の女を愛していて。

 だけど…それは報われない愛で…



「…いつか、その人がまた歌える日が来るといいっすね…」


 俺は、小さな声で…

 そう言う事しか出来なかった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る