第5話 俺の名前は、神 千里。
〇
俺の名前は、神 千里。
17歳。
五人兄弟の末っ子。
長男
貿易商の親父の跡を継ぐべく、そっち系(ざっくり)の仕事をしてる。
次男の
高階宝石に婿入りして、着々と店舗を増やしている。
三男の
デザイナーになりたくて、そっち系(ざっくり)の学校に行ってる。
四男の
IQ200の天才で、とっくに飛び級で大学に入って、博士号も取っている。
そして…五男は俺。
…高校生。
俺が15の時に両親がイタリアに移住する決意をして、家を売り払った。
ついて来ないかと言われたが、その時すでに『ロックバンド』という楽しい遊びを知ってしまってた俺は、その誘いを断った。
ま…両親っつってもな…
親父は仕事人間で、全然家で会う事もなかったし。
母親も…親父のサポートで出かける事が多く、すれ違ってばかり。
…けどさ。
家を売り払うってどうだよ。
本当に俺を連れて行く気はあったのか?
…年中反抗期みたいだった俺を、連れて行く気になんかならねーよな。
そんなわけで、俺は今、祖父の家で暮らしている。
通産大臣の祖父もまた、多忙極まりないが。
家に帰って来るだけ、まだマシだ。
夢や希望に満ち溢れた四人の兄貴たちに、イラついた。
俺だけ、何もなかったからだ。
何もない。
何もなかったが…俺は四人の兄貴たちより『見た目』が良かった。
そのおかげで、小さな頃から女にはチヤホヤされている。
いい思いもたくさんした。
だが…そんな気持ち良さは…その場限りだ。
兄貴たちに負けたくない。
そんな気持ちが強く根付いた頃…
幼馴染と言ってもいい、
「俺さー、ギター始めたんだよねー。」
その時俺は、教室の机に頬杖をついて。
こいつ、何言ってんだ?と思った。
中学一年の5月だった。
「ねーねー神。一緒にバンドやろうよー。」
アズにそう言われて、悪い気はしなかった。
何かで目立ちたかったからだ。
もしかしたら、手取り早く兄貴たちよりも有名になれるかもしれない。
そんな気もした。ような気がする。
そうして、俺とアズ。
そして、アズがどこからか連れて来たタモツというドラマーと、マサシというキーボーディスト。
まずは…この四人でバンドを始めた。
ベースがいない分、そこはマサシがキーボードでカバーしたり。
時には俺がベースを弾いたりもした。
俺は早く有名になりたくて、ライヴを提案したが。
ライヴは金がかかるだの、人前に出るのはまだ早いだの…
ケチで気の小さい奴らにウンザリした。
そうは言っても、自分でやる気のあるメンバーを探すほどの情熱もない俺は。
16になるまで、ライヴ経験もないままTOYSを続けて来た。
いよいよライヴをって話が出て。
そこでやっと、テツオというベーシストが入ったが…
俺と性格が合わなくて、脱退したり再加入したりの繰り返し。
何とかライヴは三回やった。
ライヴ自体は気持ち良かったし、またやりてー。と思えた。
が…
17になった今年。
「もうおまえ要らね。絶対戻ってくんな。」
俺がテツオにそう言って、マサシをベーシストにコンバート。
それから一週間後に…やって来たんだ…。
Deep Redの三人が。
その姿がスタジオに入って来た時…
俺は正直…
足が震えた。
だって、アイツらだぜ?
世界の…
世界のDeep Redの三人だぜ?
鍵盤奏者の
ギタリストの
そして…そんなメンバーを従えて、世界中に名前を知らしめて。
まだまだ現役でやれるはずなのに、若手を育てたいって、活動を休止。
日本に音楽事務所を創った…
誰にも…言った事はないが…
ボーカリストとしてだけじゃなく…
人間として。
俺が唯一、憧れ、尊敬する人物だ。
Deep RedのCDは、もちろん全部揃えてる。
ライヴ映像も、何度も見た。
そんな憧れの人が…目の前に…
なぜだ⁉︎
なぜここにいる⁉︎
夢じゃないか⁉︎
俺は興奮した。
だが…
ちっぽけなプライドが、勝った。
「見学させてもらっていいかな?」
憧れの高原夏希にそう言われたのに。
俺は…
「やだね。」
即答した。
嫌に決まってる!!
テツオが抜けて、マサシがベースに転向したばっかで。
何回も同じフレーズを練習するも、マサシはなかなか上手くならない。
そんなのを聴かせたくない!!
「それは失礼したね。だけどオーディションに申し込んで来たからには、いつどういった状況で俺達が聴きに来てもいいんじゃないか?」
「…オーディション?」
俺が眉間にしわを寄せると。
「あ、俺が出した。」
アズが笑顔で言った。
…また、おまえかよ!!
いつも勝手な事しやがって!!
こうなったら仕方ない。
「…マサシ、ベース貸せ。」
俺はマサシからベースを奪って。
マサシには、元々の鍵盤に戻らせた。
「行くぜ。」
俺がそう言うと、ドラムのタモツがハンパなく緊張しまくった顔でカウントを取った。
…そんな硬くなんなよ…
俺だって…足が震えてんだぜ!!
がむしゃらだった。
今までで一番緊張したし、声も張った。
今の俺を出し切るんだ。
認めてもらうんだ。
そんな気持ちが強かったと思う。
何とか一曲やり終えると。
三人はパチパチと拍手をして…スタジオを出ようとした。
えっ!?
帰んのかよ!!
「せっかく来たんだ。最後まで聴いてけよ。」
つい、無愛想に言ってしまう。
もう今更、にこやかになんてできねーし!!
「もう十分だ。貴重な時間を邪魔して悪かったな。」
俺の態度が不快だったのか、高原夏希は低い声だった。
「君の力はよく分かった。だが、言葉使いや態度がいただけない。」
「何だそれ。」
「俺の事務所から発信するアーティストは、世界規模だ。」
「……」
「上手ければいいと思うな。俺が望んでるのは、技術だけじゃない。音楽から滲み出るそのバンドのカラーや、メンバーの人間性も、だ。」
あー…やべーな…
俺、これって完璧嫌われてるよな…
尊敬する人に…
あー…最悪だ…
言葉を失くしてしまってると。
「それと…高音が少しフラットするのは、腹筋がまだまだ弱いからだ。」
高原夏希が、俺の腹筋を触った。
「もっとここを鍛えろ。のどを痛める前に、体を作れ。」
「……」
あ…れ?
なんか、ちょっと…いい事教えてくれたような…?
俺、高音フラットしてたのか?
自分じゃ気付かねーし…メンバーはみんな自分の事に必死だから、そんなの誰にも言われた事ねーし…
「あと、ドラムはもっとリズムキープしっかりしろ。ギターはもう少し音量のバランス考えて。鍵盤の君は…」
高原夏希はメンバー一人一人に助言をくれて。
マサシには。
「君は、突然のコンバートなのに立派に弾いてたな。鍵盤の経験あるのか?」
マサシだけ褒め言葉か!?
有頂天になったマサシは、コクコクと頷くものの、言葉を出す事ができなかった。
くそー!!
俺のおかげだからな!?
「ホールでのオーディションは、一ヶ月後。楽しみにしてる。」
そう言って、三人はスタジオを出て行った。
その後の俺達は、少し放心状態だったが…
「一ヶ月後…ホールでオーディションって事は…俺ら、一次は通ったって事じゃん。」
アズが、ふわふわしたような声で言った。
「マジで!?おい!!マジかよ!!うわー!!俺、リズムキープ頑張る!!」
タモツが立ち上がって大声でそう言って、マサシは。
「俺…やっぱキーボードしてーな…」
苦笑いしながら言った。
「まあ…俺がベース弾きながら歌ってもいいんだけどな…」
ダメだ。
クールな顔ができない。
つい優しく言ってしまうと、案の定、みんなは丸い目で俺を見た。
「…何見てる。」
みんなを見てそう言うと…あ…やべ。
約束を、思い出した。
先月、このスタジオの隣にある雑貨屋で知り合った女に、ボイトレを頼まれた。
ボーカリストになりたいんだけど、と。
二つ年下。
美人。
帰国子女。
まあ、引き受けるよな。
だが今日は、もっとバンドの練習をしたかった。
なんなら一人で腹筋もしたい気分だ。
俺は待ち合わせ場所にしてる雑貨屋に向かおうと、階段を下りた。
すると、そこにはまだDeep Redの三人がいて。
…帰国子女が囲まれている。
…なんでここにいんだよ…
受付のデニーさん(ニックネーム)がうるさいから、来るなっつったのに…
「
俺が声をかけると、その場にいたDeep Redも振り返った。
「来るなっつっただろ。」
「だって…」
俺が階段を降り切って、瞳を外に連れ出そうとすると。
「…お父さん。」
瞳が、俺の背後に向かって言った。
…お父さん?
俺は、振り返って…Deep Redを見る。
親父だと?
誰が…瞳の親父だ?
「この人、あたしの彼氏。神千里。」
瞳が俺の腕を取って…
「彼氏…?」
高原夏希が、眉間にしわを寄せた。
「お父さん…?」
俺は、瞳と高原夏希を交互に見て。
本当に、最悪なパターンだ。
と、心の中で嘆いた。
つーか……彼氏?
俺は腕に絡みついてる瞳を見て、少しだけ眉間にしわを寄せた。
おまえ、勝手に俺の女になんなよ。
会うのだって三回目じゃねーかよ。
て言うか…
お父さんて…
俺は目の前で額に手を当ててうなだれてる、Deep Redの高原夏希を見た。
「…瞳。」
高原夏希の低い声。
「…何よ。」
「寮に連れ込んでる男か?」
「…そうよ。悪い?」
…おい。
おいおい。
寮に連れ込んでる男って何だよ。
だいたい、おまえ寮暮らしかよ。
そんな事さえ知らねーのに、なんで…
俺が瞳の顔を見ると。
瞳は目を細めて俺を見た。
…何のアイコンタクトだよ。
知らねーよ。
「…とりあえず、離れろ。」
そう言われて、瞳の腕を離そうとすると…
「イヤよ。」
瞳が、俺の腕から離れない。
面倒な事は嫌いだ。
…離せよ。
やだ。離れない。
いいから離せ。
いーやーだ。
無言で瞳と体の引き合いをしてると。
「…神くん。頼むから、遊びでだけは付き合わないでくれ。」
高原夏希が、俺の肩に手を掛けて言った。
「…別に俺は…」
俺がそう言いかけると。
「遊びなんかじゃないわよ!!あたし達、ちゃんと好き合って恋人同士になってるんだから!!」
瞳の大声が、狭いロビーに響いて。
受付のデニーさんが、Deep Redのナッキーに娘がいて、TOYSの神と付き合ってる。って誰かに電話してた。
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