第4話 周子がさくらに会いに来て一週間後。
〇高原夏希
周子がさくらに会いに来て、一週間後。
その日はやって来た。
「……」
「……」
「……」
「…何か言えば。」
俺は…目の前の瞳に、無言で瞬きを繰り返した。
なぜかと言うと。
「…今向こうでは、そういうのが流行ってるのか?」
空港に迎えに来て、周子にもらった瞳の写真を頼りに、待ち合わせ場所で待っていると。
俺の目の前に立ちはだかった…一人の女の子。
どぎついアイメイク。
左斜め上で結ばれた髪の毛は、所々にメッシュが入っていて。
ショッキングピンクのタンクトップに、下着が見えるんじゃないか?っていうぐらい短い迷彩柄のタイトスカート。
下品にガムを食べながら、それをプウと膨らませる。
その姿は…
「…可愛くない。」
俺がポツリとそう言うと。
「何様よ。」
瞳は斜に構えて俺を睨んだ。
「ほら。これが瞳だってもらった写真。」
手に持っていた写真を見せると。
「ダサっ。」
瞳はそれを見て、眉をしかめた。
「こっちの方が十分可愛い。そのメイクはどうした?オカルト映画に出て来そうだ。」
俺が真顔で言うと。
「それが14年ぶりに会う娘に言う言葉?」
なるほど…。
周子の手に負えなくなるわけだ。
誰も信用してないって目をしてる。
…そういう年頃なんだろうが…
「可愛いって言って欲しければ、そのメイクはやめる事だな。」
「別にあんたに褒められなくたっていい。」
「あんたなんて言うな。ちゃんとお父さんって呼べ。」
「よく言うわ。ほったらかしてたクセに。」
「その父親の所へ来るって言ったのは誰だ。」
「あの家を出るための手段よ。」
「手段には使われてやる。だが最低限のルールは守れ。」
「…最低限のルールって…?」
俺に向かって対等に言葉を出せる人間も少ない。
瞳のテンポの良さに、俺は少しばかり笑いが出そうになっていた。
「週末は一緒に食事をする事。そして、ちゃんと『お父さん』って呼ぶ事。」
「…なんで『パパ』じゃダメなの。」
「年頃の女と歩いてて『パパ』なんて呼ばれたら、俺はすぐにゴシップ誌に載っちまうからな。」
本当に。
意に反して…俺は遊び人と思われているらしい。
あちこちに女を囲って、産ませた子供は数知れず…
いったい誰がそんな噂を流してるんだか…
「…それ、面白い。」
「面白くなんかあるもんか。」
「じゃ、こんな恰好のあたしとこうしてたら、すぐ載っちゃう?」
そう言って、瞳は腕を組んできた。
「…こんなメイクじゃない時にして欲しい。」
「何よ。お気に入りなのに。」
「何度も言うが、可愛くない。」
「うるさい。おっさんに可愛いって言われるの、ゾッとするからいい。」
「おっさんじゃない。お父さんって呼べ。」
「いちいち命令しないでよ、おっさん。」
口ゲンカのようでありながら…どこか楽しんでしまっている俺がいる。
14年ぶりに会う、娘。
緊張していたが…それもなくなった。
寮で上手くやっていけるのか、不安もあるが。
信じるしかない。
だが。
この、好奇心と反抗期が盛大にやって来ている瞳に…
その願いは届かないのであった。
* * *
「あはは。なんや、頭痛そうやな。」
事務所の部屋で、マノンが笑った。
何に笑ったかと言うと…
「瞳ちゃん、このままだと退寮させられるんじゃ?」
ナオトがニヤニヤしながら言った。
寮で上手くやってくれるといいが…と淡い期待を寄せていた瞳は…
門限は守らない。
無断外泊をする。
寮に男を連れ込む。
そんなわけで…
俺は、この一ヶ月で三度も学校に呼び出された。
しかし、嬉しい事もあった。
何の変化があったのか…変なメイクをしなくなった。
おまけに、あれだけ『おっさん』と呼んでいた俺の事も、素直に『お父さん』と呼び始めた。
…いったい何があったんだ?
「そりゃあ、男ができたんちゃうかな。」
薄々そう感じていた俺だが、マノンに断言されて…少しショックを受けた。
男…
まあ、寮に連れ込んでるぐらいだから…そこまでしたくなるような男なんだろうが…
瞳を退寮に追い込むような男とは、正直交際なんぞさせるわけにはいかない。
「あ、それより今回のオーディション、なかなかいいのがいるぜ。」
ナオトが資料を手に笑った。
「どんな?」
椅子に深く座って問いかけると。
「高校生バンドだけど、見た目がいい。あと、ボーカルがインパクト強いな。」
「へえ…」
今まで、この事務所に入りたいとオーディションを受けにきたアーティストは数知れず。
だが、その審査を通る者は…数少ない。
ま、俺とナオトとマノンの好みや気まぐれで決まってしまうもんなんだが。
「ナオトがそこまで言うて、珍しいなあ。テープ聴けるん?」
マノンが俺の気持ちを代弁してくれた。
俺は無言で二人のやりとりを聞く。
「ああ、あるぜ。」
ナオトが封筒に入っていたカセットテープを取り出して、デッキにセットした。
「ほお…ええ音出すなあ。」
イントロのギターは…確かに高校生にしては上手い。
マノンが腕組みをして聴き入る。
そして…
「…………いい声してるな。」
久しぶりに…胸を熱くする声を聞いた気がした。
「そうだろ。」
ナオトは嬉しそうに口元を緩めると。
「二週間後のホールオーディションに来いって連絡しようぜ。」
俺に資料を渡した。
バンド名、TOYS…
久しぶりに、俺の胸を震わせたボーカリストは…
神 千里。
若干17歳。
〇
「まずスタジオにお邪魔してみよう。」
TOYSのテープを聴いたナッキーがそう言うて、俺とナッキーとナオトは、TOYSが入っているスタジオに向かった。
「全員17歳か。若いな。」
「俺らも17の時にはやってたじゃないか。」
「俺がナッキーとナオトにスカウトされたんは、15ん時やなー。」
そんな思い出話をしながら、仮にも「世界のDeep Red」て呼ばれた俺らは、ちっさいスタジオの入り口に立った。
「…懐かしい感じやな。」
ナッキーらはミツグんちの倉庫で練習してたらしいが、俺は大阪におる時は、こんな感じのちっさいスタジオやった。
15の俺から見たらおっさんに思えた20代後半のメンバーと、狭い部屋ん中で汗だらけんなったもんや…
入り口のドアを開けると、受付があって。
金色の長髪を後ろで括った男が、たばこを吸いながらこっちを見た。
「らっしゃー…い………え…?」
活動休止して10年経って、もはや俺らはただの40過ぎのおっさん集団やのに、今も気付いてもらえるんや?
ナオトと顔を見合わせて首をすくめた。
「ディ…」
受付の男は、俺らを指差して、それから壁を指差した。
…ああ、なんや。
ポスター貼ってあるんや。
「うっわー、懐かしいなコレ。マノン、どこのホストだよ。」
「ナオトかて、このビラビラのシャツおかしいやんな。」
「ナッキー…変わんねーな…整形成功だな。」
「全くな。」
「えっ、ナッキー整形してたん?」
「嘘だよ。こいつが自分をいじる奴に思えるか?」
「一番無頓着やのにカッコええって、悔しいなあ。」
ポスターを見ながら、そんなどうでもええ会話をしとると。
「す…すいません…サ、サ…サイン…もらっても…?」
受付の金髪は、どっから出してきたんか…色紙とマジックを差し出した。
「いいよ。その代わり、スタジオ見学させてもらっていいかな。」
ナオト…その営業スマイル、ええなあ。
受付の男は何回も握手して、ついでに写真も一緒に撮って。
「こんなおっさん達相手に、そんなに喜んでもらうと恐縮だな。」
ナオトの営業スマイルは続く…
「おおおおっさんだなんて!!Deep Redは常に僕達バンドマンの憧れです!!」
なんちゅう緊張ぶりや…
兄ちゃん、おもろいで。
「それは嬉しいなあ。じゃ、たまにはDeep Redも流してくれると嬉しい。」
流れとるBGMを聴いて、ナオトが人差し指をくるくる回しながら言うた。
「たまったま、たまにだなんてー!!いやっ、いつもは流してるんです!!今日はその…若いバイトが…」
「あはは。いいよいいよ。色んな音楽聴いて勉強した方がいい。」
「ははははいっ!!はい!!勉強します!!」
入って来た時とは別人やな。
面倒臭そうな顔で、体斜めにして座ってたのに、今や立ち上がってどっかの軍隊か思うような姿勢やん。
「上がらせてもらうよ。」
ナッキーがホワイトボードを見て言うた。
なるほど。
TOYSの部屋番号は…2階のCスタ。
「はい!!ごゆっくり!!たっぷりとご覧ください!!」
盛大な見送りに笑いながら、ナオトが階段を上がる。
それに続いてナッキーが。
俺は最後に、狭い階段の両壁に貼ってあるポスターやらチラシやらを見ながら上がった。
〇島沢尚斗
スタジオの前に立って、中からかすかに漏れる音を聴いた。
ドアの160cmぐらいの位置に、丸いガラスが埋め込んだ小窓あって中が見える。
俺がそこを覗くと…
うん。
若くて、イキがいい。
「…ふっ。」
ナッキーが小さく笑ったもんだから、振り返って顔を見ると。
「俺らも、こんな感じだったのかな。」
ナッキーは腕組みしたまま、くっくと笑った。
「俺らはもっと、ガツガツしてたんやないかな?」
「ガツガツしてたかな?」
「してたやん。ライヴしてテープ売って、って。こいつら、ライヴもそんなしてへんやんな。」
確かに資料にはライヴ経験3回と書いてあった。
ライヴでしか得られないグルーヴ感。
そういう物を活かすためにも、場数は大事だ。
「…歌わないのかな?ボーカルは不在か?」
ナッキーが小窓からスタジオを覗いた。
さっきから聴こえてくるのは、ギターソロばかり。
一旦音が止まったところで…
コンコン
ナッキーが小窓を叩いた。
そして一人のメンバーがドアを開けて…
「……えっ……えっ?ええっ!?」
俺達三人を見て、目を白黒させた。
「ディ…Deep Red!?」
一人が叫ぶと、他のメンバーもこっちを見て。
えっ、何で?えっ、マジで?なんて口々に言っている。
「見学させてもらっていいかな?」
ナッキーがそう言うと。
「やだね。」
意外な即答が聞こえた。
「おっおい!!神!!」
「何で俺らを見に来たのか知らねーけど、連絡もなくいきなり来て聴かせろっつったって、こっちにも都合はあるんだ。ちゃんとした物を聴きたけりゃ、筋通せよ。」
ほお…
17歳。
世界のDeep Redに、よく言えたもんだな。
俺とマノンは顔を見合わせて首をすくめた。
するとナッキーが。
「それは失礼したね。だけどオーディションに申し込んで来たからには、いつどういった状況で俺達が聴きに来てもいいんじゃないか?」
ガキ相手にそれは…と思わせるような、挑戦的な口調で言った。
「…オーディション?」
神くんとやらがメンバーを見渡すと。
「あ、俺が出した。」
ギターを手にした、ヒョロッとした若者が笑顔で言った。
「…何勝手な事してんだ。」
「だって、試してみたいじゃん。」
「だから、それを勝手にするなっつってんだ。」
「だって言ったら、神、反対するだろ?」
「当たり前だ。」
「だから内緒で出したんだよ。」
「……」
どうも…察するに。
このバンドのリーダーは、ボーカルの神くん。
そして、ギターの東くんは…能天気。
ベースとドラムの二人は、ついてここまで来た。って感じかな。
神くんは無愛想だが、東くんはニコニコしたまま…この状況を分かっているのかどうか。
「今すぐ、ちゃんとした物を聴きたいわけじゃない。」
そんな空気の中、ナッキーが言った。
「どんな状況でも対応できる力量を知りたいだけだ。」
さあ。
どうする?神くん。
そう言わんばかりの、笑顔のナッキー。
「……」
神くんはしばらく無言だったが。
「…マサシ、ベース貸せ。」
「…えっ?」
「おまえ、まだサビまで弾けねーだろ。鍵盤でコード弾け。」
低い声で支持を出し始めた。
て事は…聴かせてくれるわけだ。
俺達は邪魔にならないようにスタジオの隅に固まって、それを眺めた。
しかしまあ…
楽しそうな東くん。
機嫌の悪そうな神くん。
ドラムは緊張のあまり顔が真っ白だし、鍵盤へのコンバートを言い渡されたベーシストは泣きそうだ。
「行くぜ。」
神くんが相変わらず機嫌の悪そうな声でそう言うと、ドラムがカウントを取った。
そして…
〇高原夏希
「……」
「……」
「……」
正直…俺は度胆を抜かれた。
神 千里。
俺に『やだね』と言った度胸は買うとする。
その生意気さも、どっちかと言うと嫌いじゃない。
だが、ベーシストに対する態度はあまり好ましくなかった。
自分が弾きながら歌った方がマシ。
そんな言い方だよな。
その時点で、少し評価が下がっていたが…
なんのなんの…
神 千里。
さっき外で聴いていたギターソロのベースライン。
あの音よりも、ずっと的確に音をハッキリと弾いて…力強い。
そして…
「ほー…」
隣でナオトが目を丸くした。
テープで聴いたのよりもずっと、しゃがれたインパクトのある声。
腕組みをしたマノンは、ギターの手元を見ている。
…うん。
上手いな。
近年、逸材に出会えていない。
…まだ雑だが、育ててみたい。
それに…ボーカルとギター。
この二人には…華がある。
一曲終わって帰ろうとすると。
「せっかく来たんだ。最後まで聴いてけよ。」
神 千里が無愛想に言った。
…本当にこいつは…
俺達に遠慮がないのはいいとして、目上に対する態度が最悪だ。
俺は小さく笑いながら神千里に近寄ると。
「もう十分だ。貴重な時間を邪魔して悪かったな。」
低い声で言った。
「…もう十分かよ。」
「十分だな。」
「……」
「君の力はよく分かった。だが、言葉使いや態度がいただけない。」
「何だそれ。」
「俺の事務所から発信するアーティストは、世界規模だ。」
「……」
「上手ければいいと思うな。俺が望んでるのは、技術だけじゃない。音楽から滲み出るそのバンドのカラーや、メンバーの人間性も、だ。」
俺が話すのを、神千里は目を逸らさずに聞いている。
「それと…高音が少しフラットするのは、腹筋がまだまだ弱いからだ。」
俺は神くんの腹筋に手を当てて。
「もっとここを鍛えろ。のどを痛める前に、体を作れ。」
ポンポンと叩いた。
「……」
「ホールでのオーディションは、一か月後。楽しみにしてる。」
そう言ってスタジオを出る。
今度は、神 千里は何も言わなかった。
「いやー、おもろかったな。」
マノンが満足そうにそう言った。
恐らく、新人発掘で上がここまで動く事務所もないだろう。
だが俺達は自分達の目で見て耳で聴いて、育てたいと思う人材を発掘したい。
…TOYSか。
磨けるだろうか。
しかし、神千里の歌はもっと聴いてみたい。
階段を下りると、受付の前に…
「…瞳?」
「え?あ…」
なぜか、瞳がいた。
「何やってんだおまえ…こんな所で。」
平日の夕方。
ここは学校から近いわけじゃない。
「へー、瞳ちゃん、大きくなったねえ。」
「周子さんに似て美人やん。」
ナオトとマノンがそう言って瞳に近付くと…
「瞳。」
背後から、声がした。
振り返ると…神千里。
え?
二人の顔を交互に見る。
「来るなっつっただろ。」
「だって…」
俺が眉間にしわを寄せると。
瞳は意を決したように俺を見据えて。
「…お父さん。」
その言葉に、神千里が俺と瞳を見比べた。
「この人、あたしの彼氏。神千里。」
「彼氏…?」
「お父さん…?」
小さなスタジオの、狭いロビーで。
俺は、一人娘の彼氏に出会ってしまった。
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