むしょくのにーちゃん、とーちゃん

 昼食時、息子と会話をするために、俺は息子の部屋まで足を運んだ。


 息子の部屋は二階の角、日当たりは悪く、常に薄暗い。


 俺は部屋に足を運んで扉をノックする。


 返事がなかったのでそっと扉を開けて部屋を見た。やはり息子は部屋にはいないらしい。リビングにもいないかったから外出しているのだろう。


 そういえば妻が友達が来ただとか言っていたかもしれない。


 一緒に遊びに行ったのだろう。


 無断で部屋に入ったことに罪悪感を感じたから、すぐに部屋から出ようと扉の方を振り返る。そこには大きなホワイトボードが立てかけてあった。


 もちろんその存在は知っていた。そのホワイトボードには今息子が陥っている状況についての説明が書かれていた。


 俺はそれを見て今まで自分が何もできていない不甲斐なさに、また少しだけ気を静めていた。息子を助けてやりたいが、医者の話にもあった通り、時間が解決するのを待つことしかできないのだろうか。


 俺は息子の部屋のクローゼットが少しだけ開いていることに気が付いた。


 閉め忘れかと思い、閉めるために近づいた。


 だがこの部屋のクローゼットが使われていないことを思い出した。息子の部屋から一緒に棚などを別の部屋に移したはずだ。それも息子が記憶を失い始める前のはずだが。


 つまり息子はこのクローゼットが使われていないことを知っているはずだ。


 それなのになぜこのクローゼットは開いているのだろうか。


 その疑問を解決するために、クローゼットの扉を閉めるのではなく、開いてみた。


 そこに広がっていた光景を俺は生涯忘れることはないだろう。


 そこにあったそれを見た瞬間、息子が何を考えているのか、なんとなく理解できた気がした。だからこそ俺の瞳には涙があふれた。


 確かに俺は息子を助けることはできないのかもしれない。


 この大きな問題を解決できるのは時間だけなのかもしれない。


 だがそれは息子の記憶障害の話だ。


 それを見た時に思った。このまま記憶をずっと失っていって、近い将来時を刻めない自分に嫌気がさし、息子は生きる目的を失うのではないかと。


 だがこれが目的になる。そしてこれを目的にするのが俺のできる手助けだと俺には感じられた。


 偶然にも俺にはこういった物に詳しい友人がいる。


 すぐに自室まで携帯を取りに戻り、俺は友人に一本の電話をかけた。


「・・・お前か?」


「あぁ。どうかしたのか?」


「息子についてなんだが、とりあえずこれを見てみてくれないか?」


 俺はすぐにそれを写真に撮って、友人に送ってやった。


 電話口の友人は急に静かになり、それが何かを考えている時間だということはすぐに理解できた。


「そうか、これを例の息子さんが?」


「そうだ。知らなかったがいつの間にこんなものを」


「・・・なるほど、少し話があるからすぐに家に来てくれ。今日が休日でよかったよ」


 迷う必要ない、俺はすぐに友人の自宅へと足を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る