第5話 制御解除

 自分にしがみつき泣いている科学者を見て、アースはわずかに首を傾げると、おもむろに科学者を持ち上げた。

 6歳の子供が段ボール箱を持つように大人を持ち上げて運んでいく。


「うを、お? ぉおっ?」


 驚く科学者をよそにアースは広げたシートの上にそっと科学者を下ろした。


 断熱されたシートの上の、焼けた砂とは違う冷えた感触に、科学者は体の強張りが解れていくのを感じた。


 アースが目にも止まらぬと言われる速さで科学者の前から消え、

 ガン ガン

 と、いう音とともに科学者の背後には木の棒が突き刺さっていた。


 今の瞬きする間で集めてきたのか、一本、二本、砂地に生える枯れ枝の数はどんどんと増えていった。

 よもや、刺されるのではという科学者の思いをよそに、木の棒は嵩を増していく。


 集められたのは枯れ木や杖になりそうな細いものばかりだったが、気付けば科学者の側に立派な日よけの壁ができていた。


 壁の向こうからアースが姿を現す。

 日影の中には入らず辺りをゆっくりと見回している。


 そんなアースを見ながら科学者は体の疲れを自覚した。疲労なんてものではない、身体中が悲鳴をあげ睡魔は意識を奪う勢いで襲ってくる。

 それでも、意識のなくなる前に、科学者は大切なことを思い出した。


「アース、お前何も食べていないだろう。水も、自分では飲んでいないじゃないか」


 科学者がそうであったように、アースもまたここ数日に渡って、まともなものを口に入れていなかったのだ。

 静かに人形のように振り返るアースに、科学者はまた背筋の凍る思いをした。


「必要ありません。太陽光で活動源は確保できています。細胞の再生と成長に遅れが出るだけです」


 アースの放った返答は、科学者に自分達の罪を実感させた。限りなく人に近付けながら、人とは決定的に違う『物質』から作られた存在。


 最初から、全てが間違っていたのだろうか。

 真っ直ぐに見返す小さなアースの、無表情な顔を見て、科学者の思考は途方に暮れていた。


 科学者が言葉を発さない事を確認し、アースはまた遠くを見渡し始めた。


「何をしているんだ?」


 消えそうになる意識をなんとか保ちながら、科学者はいつまでも立っているアースに問いかける。

 アースは言葉の意味を受け取り損ねたのか、少し首を傾げるようにして答えた。


「動力源の確保です」


 今度は科学者が首をひねる。今、それは必要ないと言ったのに、どういう意味だろうか。

 日光浴をしている、ということだろうか。

 働く事を放棄した脳からは、正しい答えは出てこない。


 行動を制御されているアースとは、意思の疎通ができない。

 科学者は決意した。もうここまで来たのだ。これ以上何を怖れることがあろう。


「コード1516514」


 ヴィン

 科学者の声に反応し、アースの体からは高いモーター音のようなものが発された。

 瞳を水色に光らせて、アースが振り返る。


「コード1516514。認証しました」


「お前の制限を解除する。好きなように話し、好きなように動け」


「全制御を解除します」


 そこまでの会話で力尽き、科学者は深い眠りについた。

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