episode 9

 団長_セリカ=グランシストから、副団長_レシウル=ロイの傍付き剣士認可の為の提案を出された日から、二日経った。

 俺はいつもより早くベッドから出た。

 すると、同じタイミングで扉をノックする音が聞こえ、返答をした。部屋に入ってきたレイスは以前と同様、パジャマ姿だった。

 

 「いよいよ今日だね?」

 「そうだな」


 そう、今日は俺の傍付き剣士としての資格が問われる大事な日なのだ。


 「剣には慣れた?」

 「一応」

 「確認なんだけど、ディセルは《ケンジュウ》使いだから」

 「了解」

 「練習した成果が出せればいいんだけど」

 「そうだな」

 「キット、もしかして怒ってる?」

 「別に怒って何て____怒ってるよ!」

 「えっ!?」


 俺の怒声にレイスが驚く。


 「私、何か悪いことした?」

 「いーやしてない」

 「じゃあ何で・・・?」

 「俺の右腕をこんな風にしたあの竜とそこに行かざるを得なくした、団長様にだよ」

 「右腕は竜が悪いけど、あそこに行こうって言いだしたのは私だし・・・」


 レイスの言っていることは正しい。正しい____けど、少なくとも団長には非があるのではないかと思った。理由はどうであれ、剣の特訓をしなくてはならなくなったのは、セリカが副団長の傍付きを認めてくれなかったからだ。もし、仮にあの場で二つ返事に話が進んでいれば、剣の練習もゆっくりと時間をかけて出来たかもしれない。それなのに、こともあろうか、いきなり副団長レイス並みの剣士と戦えと提案された。もちろん、命と命のやり取りではないのだが。


 俺の思うことは後二つある。

 まず一つは、対戦までの期限だ。二日と言う短い期間で剣の技を習得し身に覚えさせないといけないという、今まで剣すら持ったことのない俺への無理強い。(セリカは俺が剣を持ったことがない事は知らない)

 そしてもう一つは、対戦相手だ。どうあがいても今剣を持ったものがそこそこ修練をしたものに勝てることはまずない。それを踏まえて話すと、何故なぜ、レイスと同じくらいの剣士を俺に当てたんだ?相手が強いことは百歩譲って許すとして、銃はあり得ないと思った。

 剣と銃。まるで正反対の武器同士を戦わせることに果たして、力量を見抜く箇所はあるのだろうか?

 この二つが今俺が思っている、一番の不安要素だった。


 「怒ってほしいのか?」

 「い、いやっ怒られるのは嫌かな・・・・・・」

 「冗談だよ。さ、そんな事より修練上に急ごう。レイスも支度したくがあるだろ?」


 俺は軽く冗談を言ったもりだったのだがレイスには真に受け止められてしまったらしい。


 「そうだね。着替えてくるね」

 「あぁ」


 部屋を出るレイスに軽く返事をした後、俺は机に向かった。


 「しばらく描いてなかったな」


 というのも、ここに来て最初に【with】を描いた、次の日から剣の修練が始まり、その日に右腕を負傷。といった悲劇に見舞われ、約三日間、レイスの献身的な治療を受けていたため、絵を描く時間が無かったのだ。少しでも、液タブに向かおうとする素振りを見せれば、レイスの冷たい視線が俺を凍らせ足を止めさせる。こんな状況下で描こうものなら、剣を使っての警告もあり得ない話ではない。

 先程もそうだが、レイスの目を盗んで半覚醒状態の体を無理やり起こし、ベッドから出たのだが、狙ったのか狙ってないのかはさだかではないが扉をノックされ行動に制約がかけられた。


 「あれ?____手の動きが思うようにいかない」


 それはちょっとした、気づきだった。はたから見たら、何の変化もない事だった。それでも俺には分かった。


 「あの時の傷が影響しているのか・・・?」


 黒竜に付けられた傷は浅くはなく、俺の腕を抉っていた。気を失う程の痛みと出血がそれを物語っていた。


 「・・・時期、治るよな?」


 フラグは立てたくない。けれど、そう言わないと俺は自身を保てなかった。そして、何よりレイスとの約束があるのだから。

 これ以上、事実を突き詰めたくない俺はそっと液タブの電源を落とし部屋を後にした。


_____________________________________


 「またこの感じか・・・」

 「そろそろ、慣れてもいいと思うけど?」

 「そう言われても、「そろそろ」と言う程、俺はここに来てないからな・・・あの日はそのまま帰ったし、今日試合の日までずっと治療してたわけだし」

 「そうだった・・・・・・」


 アウェイな空気をひしひしと感じながら、俺とレイスは修練上へと向かった。通路を歩いているときに気づいたのだが、今日はやけに騒がしかった。普段のここを知らないから言えたことではないが、それでも感じるところがあった。すれ違う剣士たちが横目に俺を見て通り過ぎて行く。


 「あれがディセルの対戦相手?」

 「見た感じ弱そうだけど。どうせ、どこかの偉い貴族様を親に持った、コネ入団に違いないわ。そうでないと、副団長の傍付き剣士の資格試験すら受けられないもの」


 (完全に敵視されている)


 この完全不利な状況を俺はどうすることもできず、ただ目的地へと歩く。


 「うわっ!?何だこれ?」


 修練上に着いた時、俺の目には予想外の景色が広がっていた。

 戦場を囲むように供えられた、観戦場所は無数の人で埋まり、剣士以外の人間も集まっていた。まるで、野球観戦の様なこの場に俺は思わず後ずさる。


 (ここで戦うより、傍付き剣士を諦めることの方がよっぽどましだ・・・・・・)


 「なぁ、レイス。俺、時間まで少し風に当たっておきたいから、外に一旦出るよ」

 「え、今から?」

 「う、うん。集中力を高めたいし、それに緊張を解きたいから」

 「なら、私も」

 「あー、大丈夫。俺ひとりで行けるから!」

 「分かった。でも、時間までには戻ってきてね?」

 「うん」


 俺はその場しのぎの嘘でこの危機状況から脱しようとした。


 (なんでこんなことになってるんだ!?)


 それが一番の疑問だった。セリカは二日後にディセルと戦ってもらうと言った趣旨の話を俺とレイスにしたが、もしかしたらその情報がどこからか漏れたのかもしれないと思ってしまう。その説はある意味 信憑性しんぴょうせいがあった。何故なら、あの日を境に俺はもちろんのことレイスも家から一歩も出ていないのだから。いくら、外で噂になっているとしても家の中までわざわざ言いに来る者はいないだろう。それを考えると、この説は余計に事実のように感じた。

 だがしかし、噂になったところでそこまで盛り上がる事なのだろうか?傍付き剣士候補と純白の剣姫リリィ・ソードダンスの一剣士の戦いにそこまでの話題要素はないと思った。確か、ディセルはレイスともに_二人の黒 《ローゼン・ミッドナイト》という通り名で有名だった。もしかしたら、そのころの話が今になって浮上しファンを集めたのか?

 いろいろと考えているうちに俺は通路を抜け一階の場所に着ていた。そこには誰の姿もなく、放課後の教室の様な静かさがあった。


 「こういう雰囲気、久々に味わったな」


 一人、学生の時の記憶が蘇る。ろくに通ってもいなかったがそれでもこの感じは懐かしく思えた。教室に入ると大抵は移動教室で誰もおらず、一人、席について静寂を感じていた記憶。


 「____あの頃はいろんな意味で死んでたからな」

 「あの頃って?」

 「現実世界に生きていた俺の学生時代だよ」

 「ふぅん、現実世界_ね」

 「そう、現実世界____」


 遅かった。

 それよりも、俺が油断しすぎていた。

 取り返しはつかない、そして何より____言い換えはできない。


 「あなたを見ててなんか違うなーとは思ってたけど、まさか_転移者エミュレーターだったとはね」


 声の主は今日の対戦相手_ディセルだった。このアウェイな場所フィールドと人の多さに加算する形でさらなる不安要素が追加された。

 異世界人だということがばれたかもしれないということだ。恐らく、九割はばれてしまっている。そこから、残りの一割を嘘と偽りで補っていくしかない。 


 「転移者エミュレーター?」

 「そ、この世界に昔から使われてる言葉」


 エミュレーター_他にもエミュレート・エミュレータなど微妙に違う言い方があるもののそのほとんどが同じ意味を持つ。簡単に言ってしまえば、《模倣》だ。装置やソフトウェア、システムなどの挙動を模倣し、代用として用いることができるソフトウェアの事を指す言葉に、俺は一体そのどれに当てはめられてしまったのだろう考える。仮に《模倣》と言う部分だけを切り取って、解釈するとすれば、この世界セレクトリアの人間ではない=異世界人。つまり、宇宙人とでも言うのが正しいのだろうか?それに近い存在の俺がこの世界の人々と何ら変わらない容姿をしていることこそが《肉体のエミュレート》_《そして生きている者》だから。語尾を伸ばして、エミュレーターなのではないかと解釈した。


 「俺がそれだと?」

 「さっき、あなたが言ったことが本当ならね。十中八九、あの言い方に嘘は感じなかったけど」

 「俺がそれだったら、何か問題でも?」

 「いいえ ないわ。あなた一人でこの世界をどうにかできるるようにも見えないからね」

 「それは良かったな。少なくとも俺はそんなことの為にここに来たわけじゃないからな。仮の話だが」

 「でも、一つだけ伝えておくべきことがあるわ」

 「なんだ?」

 「転移者エミュレーターの中には未知数な知能と情報、特技を持つ者がまれに転移してくることがあるとこのセレクトリアにある書物に記されているわ。時に戦争を引き起こし、ついたを勝利に導くことがあると____。そんな者に魅入られた国は結果的には勝利の余韻よいんに浸れるけど、それはあまりに長く、次の敵に気づかない程の呪いの様な余韻」


 まるで転移者エミュレーターはこの世界に害しかなさないと言いたげなディセルの語りように俺はしびれを切らし、口を挟む形で話を切った。


 「何が言いたいんだ?」

 「そんな怖い顔しなくてもいいのに。今の言い方は悪かったって思ってるからさ。でも、あと少しだけ話させて?」

 「時間は大丈夫なのか?」

 「それはキット あなたにも言えたこと。大丈夫、まだ少し時間はあるから」

 「なら、別に」


 俺の返事が否定的なものではないことを察し、ディセルは先程の話の続きを始めた。


 「それでその余韻に浸った国と戦争に負けた国を見比べた者がいたらしいの。負けた国は_絶望。そして、もう片方の国を_失意と表現したそうよ」

 「普通、勝利した国は歓喜じゃないのか?」

 「それは違うわ。だって、余韻に浸りすぎて回りが見えなくなって、他の攻め込んできた国に崩壊させられたんだから」

 「・・・・・・」


 結果的に二つの国を落としただけの結末に俺は転移者エミュレーターの存在自体が間違いではないかと思ってしまった。ディセルの話が本当だとしたら、国を壊すのは現時点で存在している転移者エミュレーター=キットとなってしまう。しかし、俺には国を動かす程の力もなく、軍事的な知識もない。そう考えるだけで気持ちが楽になった。だが、気がかりだったのは情報と知識の後に続いた、単語_特技だった。これは戦闘的なものを指すのか、それとは関係のない全ての物を指すのか。どちらにせよ、俺にはそれを証明する術を持ち合わせていなかった。


 「書物の最後にはこう記されたいたわ」


 ____時に人を魅了し、時に絶望させ、最後には全てを終わらせる。その様はまるで_【悪魔】の様だと____


 「俺がその悪魔だって言いたいのか?」

 「いいえ、別にそんなことは思ってないわ。でも、そう思うってことはやっぱり転移者エミュレーターなのかしら」

 「すでに心理戦で戦ってるのか?」

 「そんなことはしない。私はちゃんと、正々堂々と戦いたいもの」

 「根は剣士で安心したよ」

 「そういうこと。じゃあそろそろ時間みたいだから。手合わせよろしく」


 遊びを楽しむ様な余裕のある表情と声に俺は苛立ちを覚えていた。


 「何が正々堂々だ。これは紛れもなく心理戦じゃないか」


 俺は吐き捨てるように言った。


 「あ、そうだ。さっきの話、で本の中の話だから」


 振り返って、ディセルはそう言った。

 神出鬼没で何を考えているか分からない。それでもって優雅に歩く彼女が一瞬_【黒い蝶々】に見えた気がした。


 

 



 

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