episode 8

「と言うわけで郊外の森_ブルーフォレストに来たわけなんだけど、早速魔物狩りをやっていこうか!」


 いつものレイスのテンションではなく先ほど武器庫で見せてくれた作った人格でレイスはそう言う。


 「と言うわけでって、何がかなー?っていうか、そのテンションで話すの嫌じゃないのか?」

 「嫌よ」

 「じゃあ何で?」

 「キットの士気しきを上げる為に決まってるじゃない」

 「はぁ、なるほど」


 俺とレイスはセレクトリアの街の東西南北の各場所に存在する、郊外と街内を繋ぐ門を出てこの森に来た。東門から出た俺は目の前に広がる広大な大地と青々とした草原に目をやられていた。吹き抜ける風は優しく、そして悠久の空は海の様に青い色をしていた。旅立ちの門出にはぴったりなシチュエーションだ。


 「まずはその辺にいる弱い魔物を狩っていきましょ?」

 「弱い魔物って・・・弱い者いじめみたいだな・・・・・・」

 「じゃあ、強い魔獣とか行ってみる?」

 「それは流石さすがに死ぬ・・・・・・」

 「そうだ、スライムとかいないのか?」

 「スライム?」

 「あれ?知らない?そうだな、言葉で説明すると、液体状の魔物で少し固形物みたいなやつかな」 

 「もしかして・・・・・・ジェルライムの事を言ってるの?」

 「あーうん、名前は違うけど多分それ!その位の方が今の俺にはちょうどいいかなって・・・ってあれ?」

 

 ジェルライムと言われるこちらの世界のスライム的立場の魔物の名前を口にした時からレイスの体が震えていることに気づいた。その様子は恐怖と言うよりかは、気持ち悪いことを思い出した時のような身震いだった。


 「二度とその魔物の名前を口にしないで・・・」

 「何かあったのか?」

 「何あったて生易なまやさしいものじゃない・・・あの魔物は斬っても斬っても分裂して増えて、挙句の果てには・・・・・・これ以上は言いたくない」

 「・・・わ、分かったから、怒りの矛先ほこさきを俺に向けるのはやめてくれ・・・・・・」


 レイスの反応と途中までで言いかけた話から察するに液体状=アダルト的な事につながる気がした(絵描き特有の想像力と俺の居た世界の薄い本の話)。


 「ごめん、取り乱した。と、とにかくそう言うことだから、アレと戦うなんて冗談でも言わないでね」

 「約束する、二度と言わない」


 レイスとの二度目の約束?はこうして交わされた。


 「ここからは魔物のテリトリー内だから、剣を取って」

 「分かった」


 俺は肩に装備していた剣を抜いた。ここに来るときレイスには腰に装備した方が効率的と言われたが俺は今日はあくまで修練、そんな簡単に敵も姿を現さないと思い、肩に装備した。レイスが言うには、剣士は近接戦闘を主に行うため効率スピードが重要なのだそうだ。それゆえ、剣を抜く動作一つとっても命取りになることがあるとレイスは言った。あらかじめ剣を持った状態からの戦闘ならどちらでも良いのだが、いきなり戦闘になった時は咄嗟とっさの判断と瞬発力が鍵になり、そのどちらかが欠けていても《死》を招くことになる。

 そのため、肩からだけの動作よりも、腰から手前に引くと同時にができる、腰への装備を進めてきたのだ。


 「まずはそこら辺にいる魔物を狩っていきましょ」

 「分かった」


 俺はレイスの後を追うように魔物の居る領域へと足を踏み入れた。


 「結構広いんだな」

 「当たり前でしょ?森なんだから」

 「そうだけど、開けた場所がってことかな?」


 林を少し進んだ先は大きな広場のような場所が広がっていた。小さな花や芝生の様な草木がしげるそこはまるで《聖域》のようだった。ここにいれば、あらゆる脅威きょういから守られるような気がした。


 「ここは狩場にはもってこいの場所なのよ」

 「・・・そうなのか」


 (聖域論は一瞬で崩された・・・)


 「道具屋に《誘いの粉塵》っていう物があるんだけど、それを使うと魔物を呼び寄せることが出来るの、だからそれなりに腕の立つ剣士はわざと自分に振りかけて、魔物を呼び寄せて、敵を倒す人もいるわ」

 「それってかなり、リスクが大きいんじゃ・・・?」

 「それはまぁ、ハイリスクハイリターンよ。強いモノが引き寄せられたら死ぬかもしれないけど、珍しい魔物が呼び寄せられたら、それはもうこっちの勝ちね」

 「珍しい魔物って?」

 「・・・・・・言いたくなけど、一度だけ、一度だけ 言う。メタルジェルライムよ」


 この時、俺はという単語を聞いただけで全てを察した。多分や恐らくではなく、絶対にそれは経験値 素材モンスターだろうと。某RPGで知らない人はいないほどのモンスターで一匹倒しだけで確実にレベルが上がる。しかし、倒すのは容易ではなく、ダメージが入らないことが多々あり、入ったとして一桁しか食らわせられない、そして逃げる。といった、特徴を持つモンスターにそれはよく似ていると俺は思った。 


 「倒すと何かいいことがあるのか?」

 「使った武器が壊れる」

 「はっ?」


 予想外の答えに俺は唖然あぜんとする。


 「壊れるの?大量の経験値がもらえるんじゃなくて?」

 「文字通り粉々にね、キットが今持ってる剣で斬った場合の話だけど。それと経験値?もしかして、スキルポイントの事?」

 「スキルポイント?」

 「この世界は敵を倒した際に《ラスト・エンコード》と呼ばれる現象が発生するの、《死に逝く魂の舞》と呼ぶ人もいるけど。その現象により魔物からオーラの様に出現した魂がとどめを刺した者の体に宿る」

 「体にそんなものを宿して大丈夫なのか?」

 「平気よ。だって、そうやって私たち剣士は強くなってきたんだから。強くなれば、剣も壊れなくなるわ」

 「強くなる?」

 「どうやって言ったらいいかな・・・?えーと、こういうのを確か____は《レベルアップ》って言ってたんだけど。分かる?」


 レイスの口から予想だにもしなかった単語が語られた。この単語は俺達の生きる日本のゲームの中でよく使われる言葉で異世界セレクトリアで生きる彼女には決して知りえない言葉だ。それにスライムや経験値と言った単語を口にした時も、完全に分からないという素振りをレイスは見せなかった。単に言葉の雰囲気が似てるから分かったのだと推測すればそれだけの話なのだが、どうもそんな感じはしなかった。それに、


 ________ 【____】て誰だ_______?


 俺は言いようのない、何かを頭の中で発していた。


 「なんとなく・・・分かる」

 「伝わったんなら良かった。さ、魔物退治をしましょ?」

 「う、うん」


 俺は整理がつかない思考のまま剣を強く握りしめた。切り忘れた爪が手のひらを刺す。


 「キット 前!」


 レイスの声に視線を向けると、そこにはおおかみの様な見た目を魔物がいた。


 グルルルルッ


 雄たけびを上げる一歩手間と言ったところだろうか、殺気がひしひしと伝わってくる。魔物からしたら、俺達は森を荒らす、悪なのだと思った。それでも負けるわけにはいかない。剣士としての人生がかかってるんだ。そして、約束があるんだ。


 「あの魔物は足が速いわ。まずは私がお手本を見せるから見てて」


 レイスは俺へ振り返りそう言った。


 「はぁぁぁぁっーーーー!」


 クラウチングスタートの時の様な姿勢を取ったレイスは腰から抜いた剣を狼へ向けた。そして、狙いを定めるようにして右足で地面を強くった。

 レイスが力を込めた場所には靴の跡が土を抉る様に残されていた。


 サッ!


 一瞬の出来事だった。

 風の様に駆けた少女は音を切り裂いた。

 到底視認できないスピードで行われた行為を俺は数秒後に理解した。

 視線の先には白髪をなびかせた少女とかつて狼だったモノが緋色の液体にひたっていた。剣先に伝う、赤い水滴を薙ぎ払うと髪に飛び散り、白を赤く染める。


 「レイス・・・・・・?」


 俺はそんな少女レイスが泣いているように見えて____声をかけた。


 「今のは剣技っていうの。その中でも比較的 低級な技で_突進突刺 《チェイス》て呼ばれてる」

 「チェイス、追撃か」

 「相手が逃げた時とか、隙ができたときに使うと効果絶大の技」

 「なるほど」

 「キットでも少し練習すればすぐに使えるようになると思う」

 「だから、見せてくれたのか。ありがとう」

 「どういたしまして」


 会話はごく普通なものだったけど、俺には目に見えて気がかりなことがあった。


 (レイスの言葉に感情が入ってない)


 「じゃ、じゃぁ次は俺の番だな」

 「うん、やってみて」


 レイスがやって見せたことをなぞる様に行う。力の入れ方はいまいちわからなかったけど、それでも様にはなってるつもりだ。握った剣を自身の手足の一部の様に認識させる。閉じた瞳で右腕、そして右手を想像しその先を創造する。例えるなら翼を持たない人間が翼を羽ばたかせるようなものだった。


 「来た」


 レイスが冷静な口調でその時を知らせる。


 「分かった」


 俺はその言葉に落ち着いて答える。

 息を深く吸い、そしてゆっくりと吐いた。


 吹き抜ける風に背中を押されるように前へ駆けた。

 徐々に速度を増す足は風に乗り始め、攻撃の姿勢へと変わる。


 (____行くぞ)


 「はぁぁぁぁーーーー!」


 スピードが絶頂に達した時、俺はタイミングを見計らって地面をもう一段階蹴った。


 体が少し、宙に浮く。 

 そのままの勢いで剣をさらに前へ突き出す。


 「いっけぇぇぇぇーーーー!」


 右手が千切れそうになるほど突き出した腕は獣の中心をとらえ、放たれた矢のごとく突き抜けた。


 「・・・やったのか?」


 何が起こったのか分からなかった。先程までの精気は失われ、いつもの平常心が俺を取り囲んでいた。もしかしたら、今のは俺の想像で本来はかすめも出来てはいないのではないかと思った。

 だけど、そんな考えを否定するように俺の頬には、生ぬるくゆっくりとしたたるモノがついていた。


 「キット、顔」

 「うん?」


 気が付けば、返事をした俺の顔をレイスがハンカチでいていた。白く、そして繊細な手のひらが一枚の布越しに動く。その行為に使われているそれが薄い素材で作られていたため、彼女の温度が伝わる。


 「血、ついてた」


 レイスが行動の意味を伝えるために見せた、ハンカチは彼女の髪の様に赤く染まっていた。


 「ありがとう」


 そんな姿を見ていると「ありがとう」とその一言しか言えなかった。


 「別にお礼なんて」


 俺はそう言ったレイスを一瞥いちべつした後、彼女に休憩の提案を出した。疲れていたこともあったが何より、レイスの事が気になったからだ。あの、魔物を斬った時から変わった少女の素振りと態度の違いに俺は気づいていた。

 レイスから帰ってきた返答は「もう少し、練習してから」だった。

 俺はその意思を尊重し、剣を振ることを続けた。


 それから俺達はしばらく剣の練習をした後、近くにあった巨木のみきで休憩を取ることにした。


「そろそろ、休憩しないか?」

「そうだね」


 今度は俺の意見に賛同してくれた。


 なぜだろう、たかが休憩の意見に賛同してくれただけなのにこの嬉しさには寂しさがあった____。



 俺とレイスは数十メートル先にある、巨木へと歩みを進めていた。一通りやるべきことが終わった達成感からか、俺は油断していた。仮にもここは、郊外の外れ。魔物も出る、それに何より近くに家はなく、人もいない。

 そんなことをこの油断は霧をかける様に忘れさせていた。

 

 ____その、霧が晴れたころには遅かった。


 グルガァァアアアァァァアアアアアァアアッ!!


 衝撃音にも似た怒号が大地と鼓膜を裂こうとする。

 風圧が押し寄せ、立っているだけで精一杯だった。

 両腕で顔を隠し、かすかにできた隙間から辺りを見回す。


 「!?」


 視界に入ったのは巨大な翼だった。

 一度、その翼を羽ばたかせるだけで木々の葉が飛ばされ、緑の雨を降らす。

 風が起きた後のわずかな時間を狙って俺はその正体を見た。


 「竜・・・?」


 地面に四つの手足を根付かせ、時折、地響きを立てる。そして、薙ぎ払われた尻尾が土煙を起こす。一言で言い表すなら_黒竜と言うべきだろう。

 見たことのない《竜》という存在に目を奪われていた。しかし、今はそんな時ではないことぐらい分かっていた。この状況を何とかしないと____

 

 (何をすればいいんだ____?)


 「はっ!」


 竜は俺ではなく、白い髪の少女だけを見ていた。いや、白い少女にしか興味を持っていないのか?


 「レイスッ!避けろっ!」


 俺のかけ声を皮切りに黒龍は再びあの怒号を叫び、走り出した。一歩一歩が天災に匹敵するほどの揺れとそれに伴って起こる、地面の割れは俺の足元にまで届き得た。俺の足じゃ、彼女レイスの場所まで間に合わない。


 「キット・・・?」


 レイスは突然の出来事に一つ一つの整理がつかず、感情が無に等しくなっていた。それでも、俺の声に反応した彼女の瞳からは涙が出て頬を伝っていた。


 「____別に私はここで____いなくなっても」


 残りの命がたとえ二年だったとしても、それがここで死んでいい理由にはならない。


 「ふざけるなっ!お前は忘れたのか?____俺との【約束】を」

 「忘れてないっ!忘れてなんかない____忘れたくない」

 「だったら、出来る限り生きる方法を見つけろ!」


 俺の中から、今まで感じたことのない感情が湧き出る。イラストが上手くいかなかった時の悔しい感情・アイデアが思いつかなかった時のむなしい感情、そのどれにも当たらない未知の感情。


 そう、きっとこれは____人の為にある感情なのだと想った。



 「でも、もう逃げ場何て____」


 (このまま、レイスが食い殺されるところを見ることになるのか?)


 最悪な未来を想像してしまう。


 (仕方がなかったと、自分を言いくるめて生きていくのか?いや____お前はその日が来たら、死ぬんだったな)


 自分に問われる。


 (違う____そうじゃない!)


 「俺は・・・俺は・・・・・・」


 足場が悪いこの状況下で俺は剣の感覚を再確認するように強く握った。

 震える右手が照準を乱す。

 それでもやらないと____。


 (狙うのは____眼球)


 「____行くぞ」


 呼吸をしていたのかは分からない、けれど瞳は瞬き一つせず前の脅威黒竜を見据えていた。


 剣技 突進突刺 《チェイス》


 直線を星の流れの様に駆けた。

 風を裂き、音を裂いたそれは、ただ一つの目的を貫いた。


 ガアアアァァアァァァアアアアアアアアッ!!


 眼球に無数の欠陥が走り、血が爆散する。

 返り血は滝の様に俺へと降り注いだ。

 視界が赤く染まる。


 だが、黒竜は止まらなかった。

 次の行動に出ようとするそれを俺は必死に止めようと抵抗した。

 剣は竜の眼球に突き刺さり、取れない。それでも何かしないと____。無我夢中で竜に拳を当てた。しかし、その抵抗は鋼の様に硬い鱗の前では意味がなかった。それどころか、目障めざわりだと言わんばかりに、竜の左手の爪が俺の右腕を切り裂いた。内側から燃える様な熱さと痛みが押し寄せる。


 ____守れなかった。


 心の中で俺はそう言った。


 そして、意識が薄れた。


 眠る様に目を瞑る俺は浅い意識の中で声を聞いた。


 「____天使権限 解放 《エンジェル・リーズン》」


 辺り一面が光の海になり、俺の意識は完全にシャットダウンされた。

_____________________________________


 きめ細やかな木目と無数に分かれた枝から生える葉の数々が日差しを分散させ影を作る。


 ____きて___おき____て________起きて


 「・・・う、ん・・・?____はっ!」


 目を覚ますとそこは先ほどまでいた、森の広場だった。背中に伝わるゴツゴツとした感触。振り返ってみると、そこには木の幹があり端が見当たらなかった。視界に収まりきらない程のそれに巨木だと気づいた。


 「やっと、起きた」


 目の前には天使がいた。


 「君は・・・天使?」

 「また言ってる」


 この会話を俺は知っている。あの日の記憶の追体験の様な。


 「レイス・・・俺は一体?・・・そうだ!あの竜は?____痛ッ」


 激痛が走った。


 「まだ動かしちゃだめ!竜は空に飛んで行ったよ」


 レイスが俺の行動を止め、竜のその後を簡潔に話した。


 「これは?」


 気づけば右腕には白い布が巻かれ、内側から赤い血がにじみ出していた。


 「レイスがやってくれたのか?」

 「うん」

 「ありがとう・・・ってその格好!?」


 レイスは俺の腕を巻くために着ていた自分のシャツの右袖を破いていた。あらわになった白い腕は剣を使っているにもかかわらず、無駄な筋肉一つ付いておらず、か細く整った曲線を描いていた。


 「また取り揃えればいいし。心配しないでいいよ」

 「そうなのか?」

 「うん」


 相変わらずレイスの言葉には感情があまり入っていなかったけど、むしろそっちの方がレイス_白髪の少女の本来の姿なのだと思った。


 「今日はありがとう」


 傷の手当、そして剣の練習に付き合ってくれたことを含め俺はもう一度、気持ちを伝えた。


 「お礼を言われることなんて、してない」

 「そんなことないさ。だって、今こうして俺も少しは剣を使える様になったんだし」

 「使えるようになることにお礼なんて・・・・・・」 

 「・・・それはどうして?」

 「私がもし、剣を使えなかったら、生きていた命もあったかもしれない____」


 この言葉を俺は生涯忘れることはないだろう。

 そのくらい、彼女レイスの言葉には説得力があった。以前話してくれた、呪いに操られた少女も結果的には誰かに殺されていたかもしれない。それでも、もしレイスが剣士を_剣を持っていなかったらそのような場面に直面することもなかったのではないかと俺は思ってしまう。結局最後はディセルが終わらせる形で終局したのだが、それでも____レイスに剣は似合わない、と思ってしまう俺がいた。


 「それは、どうして?」


 質問というものは時に非情だ。聞き手は疑問を問い、話してはそれに答えるだけ。こんな簡単な法則で作られた、行為は簡単で使いやすく誰でもできる。だけど、その内容は時に難しく話しての心を抉る。

 俺は今、年下の少女の心の傷を抉ってしまった。


 「私ね、・・・いち・・・・・・ど・・・・・・一度____【人を殺したんだ】」


 眠りの様な安らぎを与えるこの気候と自然の柔らかさが少女の気持ちを動かしたかどうかは分からない。けれど、その言葉を言い終えた瞬間に辺りの風が一斉に静まり、時間が止まったような静寂が姿を現す。まるで、役目を終えた様に____。二人で残されたこの空間に俺は言葉と言う針を下ろし、時間ときの歩みを進めた。


 「俺は絵描きで仮にも君の傍付き剣士。だから、その傍付き剣士の役割の一つでもある補佐サポートをさせてほしい。たとえそれが心だったとしても____」

 「____どうしてそこまでしてくれるの?キットはただ私を描きたいだけでしょ?」

 「君を描きたい気持ちに嘘はない。だけど、それ以上に気づいたんだ」

 「何に?」

 「君が____大切だってことに」

 「どうして、そんなことが分かるの?」

 「利き手さ」

 「利き手?」

 「俺はイラストレーターになるためにずっと頑張ってきた、もちろんこれからも。だけど、その中でも一番気を付けないといけないことがあるんだ。それが利き手」

 「どういうこと?」


 いまいち意味が掴めていないレイスに俺は絵描きの根底から話すことにした。


 「絵描きにとって重要なことは何だと思う?」

 「上手さ?」

 「それもあるけど、それじゃないんだ」

 「・・・じゃあ何?」

 「描くための手段さ」

 「描くための手段?」

 「うん。絵描きは紙とペン、そして利き手が無きゃダメなんだ。だからさ、俺は基本、利き手を自分の為にしか使わないんだ」

 「自分の為?」

 「うん。あっちにいた時は生活に必要な動作にしか使わなかったんだ。だけど、さっきレイスが黒竜に襲われそうになった時、俺は剣を持たずに戦っただろ?」

 「あれは、自殺行為だと思う。だって、もし致命的な傷を負ったら私の回復魔法でも追いつかないもの」

 「それを言われると、言い返せないな・・・。だからさ、そんな俺が他人ひとの為にこの右手を使ったんだ。たぶん、それが答えだと思う」

 「そうなんだ」


 小さくつぶやかれた言葉は何かに救われた様で何か背負っていた物が少し軽くなったような声色をしていた。全てが伝わらなくてもいい、それでもこの気持ちの断片だけでも理解してもらえたなら俺はそれだけで良かった。


 その後、俺達は誰も邪魔をしないこの空間で話をした。彼女が歩んできたこれまでの人生、後悔を押し殺してきた事への気持ち。その時を生きたレイスの話を俺は一つ一つ辿る様に聞いた。話している時の彼女はとても落ち着いていて、命の時間を忘れているようだった。その様子に俺はとても自分勝手で残酷なことを思ってしまった。


 ____この時間が終わらなければいいのに。戦い何て、人に任せて、【その時】まで二人で生きよう____と。


 告げることも許されない思いを俺は抱いたまま木にもたれかけた。


 「ねぇ、キット 今のこの情景を絵にしたら何て題名を付けるの?」


 優しい顔で少女は聞いた。


 「____【戦端せんたんの休息】かな」

 「____いい題名だね」


 風に吹かれた葉が時折、視界をさえぎる。


 「今日はもう帰ろうか?」


 時間はまだ、昼を少し過ぎたくらいだったけど、これは恐らく俺の傷を思っての事だろう。だから、返事は決まっていた。


 ____うん、帰ろう


 突然の突風に目尻にあった水滴が乾かされた。


 


 

 

 

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