episode 7

 人にはそれぞれ過去がある。その過去を積み重ねて今がある。

 だけど、レイスの過去は複雑で俺には何をどう受け止めればいいのか分からなかった。まず、最初に引っかかたのは彼女の年齢についてだ。俺には14歳と教えてくれたが話の初めにその情報はいつわりだということを彼女自身が語った。レイス自身は気づいてはいなかったがこの話には疑問が残ることが多々ある。

 その全てをレイスに聞きたいが今は全てを聞いていられるほど余裕じかんはなかった。

 だから、俺が今一番聞いておかないといけないと思ったことを白髪の君に聞くことにした。


 「レイスは今、幸せなのか?」


 こんなこくな質問をした俺は非情だ。


 「それは今の話を踏まえて?それとも____」


 レイスの答えは俺の聞き方次第で変わるらしい。


 「えーと、今の話を踏まえてかな?」

 「それなら、簡単。____幸せじゃない」


 出た言葉はそれだけだった。気まずい雰囲気と沈黙が続く。

 俺はこの空気を変えようと、話の話題を考えた。と、言ってもさっきまでの話を聞いた後に楽しい話なんかしたら余計に変な空気になるのではないかと俺は自問自答に見舞われる。


 「でも、それ以上には幸せだよ」


 ひとりつぶやくように言ったレイスの言葉に俺は思わず「えっ」と発した。そして、レイスの顔がほんのりと赤くなるのを俺は見た。その意味を俺は知りたかったがこれ以上聞くと何も話してくれない気がしたので今はまだ不明のままでいようと心に誓った。


_____________________________________


 俺は一階の通路からいける修練上へと足を運んだ。大きな円を描くように造られた修練上はレイス曰く、単に剣の修練をするだけでなく、剣術の祭典にも使われることもあるそうだ。砂地の地面に風が吹くと砂ぼこりが発生し、戦うものの視界をさえぎる感じは本当の戦場そのものだ。その中心で剣戟けんげきをまじ合わせている二人の少女がいた。一人は金色の髪をしたポニーテールの少女、もう一人はショートカットを少し長めにした、黒髪の少女が互いの剣をぶつけていた。修練上に鳴り響く、金属音。実際に聞くのはこれが初めてだろう。


 「今日は使えそうにないな。別の所で練習しよ?」

 「あ、うん。でも、こんなに広いのにどうして?」

 「見た目は広いけど、戦っている者からしたら結構、せまいものなのよ。現に彼女たちは修練上のはしから端まで駆け抜けているでしょ?」


 確かにレイスの言っていることは正しかった。剣と剣の鍔迫つばぜいが起こった後、その反動で二人とも両端りょうたんの壁へ、弾かれ、そしてまた走り出し次の攻撃態勢へと入っていた。

 今、あの中に入れば巻き込まれる、と確信した俺はレイスの提案を素直に受け入れることにした。


 「でも、行く当てはあるのか?」

 「あるのはあるんだけど・・・実戦に近い場所かな」

 「実戦?」

 「そう。分かりやすく言うと、実際に敵と戦てみるってこと」

 「それってつまり、郊外に出るってこと?」

 「うん」

 「魔物とかいるんだよな・・・」

 「大丈夫 比較的弱い魔物がいる場所を知ってるから」

 「そう言うことなのかな・・・・・・?」


 レイスに連れられ向かったのは、純白の剣姫リリィ・ソードダンスが所有する武器庫だった。中には剣はもちろんのことながら、盾や鎧と言った金属を加工した武具が無数に保有されていた。整理がきちんとされているそれらはどれも満遍まんべんなくみがかれており、今作られた物の様だった。その中でも俺はひときわ目を引く、剣を手に取った。


 「装飾そうしょくが凄いな」


 さやから抜かずとも手に持った時の感覚と絶妙な重厚感、そして異彩を放つ12枚の羽根をしたつばの部分の作り込みに俺は魅了されていた。 だが、こんな代物しろものをたかが練習に使ったとなればただでは済まないと思いそっと元の場所に戻した。


 「これなんかどう?」


 レイスに渡されたの剣先が長くもなく短くもない、普通ノーマルな物だった。しかし、実際に剣を持ってみると、その重たさに一振りするのがやっとだった。さらに追い打ちをかけるように、振った後の隙が大きく露呈ろていしてしまっていた。これだと、ディセルと剣をまじえる前に今からいく郊外で魔物に殺されてしまうだろうと俺は思った。


 「剣のリーチはちょうどいいんだけど、重さが課題かな・・・?」

 「一応、一番軽い剣を渡したんだけど・・・」

 「・・・・・・そうなんだ」

 「右手は使うのに筋力は無いんだね・・・」

 「それを言われると言い返せなくなるから、やめて・・・」

 「うん、ごめん。言いえる、使っているペンが軽すぎるだけだよね」

 「傷口をえぐらないで・・・・・・それだと俺はペンしか持てないように感じるから____」

 「別にそんなつもりで言ったわけじゃないよ?ただ、引きこもってイラストばっかり描いてるって感じだから、ペンしか持ってないのかなって?」

 「大体、当たってるけど、レイスに言われると流石さすがに傷つく・・・・・・」


 レイスは別に悪気があって言ったわけではないのだろうがそれはそれで思うところがある。むしろ、悪気があって言ってくれた方が俺的には受け入れやすい。


 「なら何て言ったらいいの?」

 「別にそこまで言い方にこだわりはないよ。ただ、レイスのその感情が掴めない喋り方で言われると心に刺さるっていうか____」

 「分かった。なら____キットは絵が上手くて凄いね!でも、この一番軽い剣も持てないくらい筋力は無くて今後戦力になりそうにないからないから、私がしっかりサポートしてあげるね!・・・・・・どうかな?」

 「・・・・・・どうかな? じゃないっ! そんなしゃべり方ができるなら今まで何でそれで喋らなかったんだ!?」

 「だって、この喋りかたなんか嫌なんだもん」

 「嫌とかそういうのじゃなくて、普通に役者になれるレベルの変わりようだったぞ・・・それ」

 「そうかなー?ま、でもそれなら今のは演技だから、普段通りに戻すね」

 「え?」

 「こっちの方がしっくりくる」

 

 いつものレイスに戻ったことを確認した俺は謎の安心感を抱いた。


 「それより、この剣より軽い物は本当に無いのか?」

 「ない」


 なら、もう探しようがないなと俺とレイスは心で思った。


 「銃とか使う気ないの?」

 「銃?今のところないか____」


 俺はレイスに話かかけられたのだと思い、いつもの感じで返事をしたのだが振り向いた先にいたのがレイスでないことに気づき声を止めた。


 「君は、もしかして____ディセル?」

 「初対面の人にそう呼ばれるのはあまり良い気はしないわね」


 突然の出来事に俺は未だ驚きを隠せなかった。


 「・・・ディーセルシ=ラニだっけ?」

 「その様子だと、レイスから聞いた様ね。私たちの過去の事」

 「・・・・・・聞いたけど」

 「それで、あなたは私の過去を知ってどう思ったの?」

 「・・・」


 何をどう言えば彼女ディセルとの心の距離感を縮めることが出来るのだろう?少しでも言葉を見誤れば確実にディセルとの関係は良くないものになるだろう。しかし、ここで安易で簡易的な綺麗きれいごとを言ってしまえばそれはそれで相手を不快な思いにさせてしまうことが目に見えた。だからこそ、俺は自分が感じ思ったことをそのまま黒髪にぶつけることにした。


 「どうも思わない」

 「・・・それはどういう意味?」

 「君とレイスの関係がどうあろうと、俺には関係ないってことさ。経験上、相手に意見を求めることは、分かってほしいって意味合いが込められていると俺は思うけどな」

 「そう」


 ディセルから感情のない返事が返ってくる。


 「キット、さすがに今のは言い過ぎだよ」


 レイスが小声で耳打ちする。この場でディセルと遭遇することはレイスも想定外だったらしく、ひどく慌てていた。


 「キットっていうんだ。なら、キット今度は私があなたに質問する。キット、あなたは何でレイスと一緒にいるの?」


 (聞こえてたのか・・・!?)


 いろいろな意味の解釈ができる質問に俺は言葉を詰まらせる。だけど、一つだけはっきり言えることがある。


 「約束だからな」


 そう、約束だ。それも、命が無くなるまでの契約の様な。


 「キットはレイスと何を約束したの?」


 不思議そうな顔でディセルが質問を返してきた。


 「それは言えない」


 これだけは言えない。いや、言いたくなかった。


 「言えないなら、別にいわなくていい」

 「あぁ」


 俺はこれ以上の会話は無意味だと思い。レイスから最初に渡された剣を片手に武器庫を後にすることにした。レイスはディセルと仲が悪いわけではないのだが今はそんな事よりもこの空気から逃げたかったようで気づけば武器庫にレイスの姿はなかった。俺は後を追うように歩みを進めた。

 そんな時、ディセルが天井を見たまま言葉を発した。


 「あの子といるといずれ後悔することになるわよ」

 「それは、レイスの寿命時間についてか?」

 「そこまで分かってるなら、別に」

 「俺は後悔なんてしないぞ、だって後悔ならもうとっくにしてるんだから」

 「今からでもその《約束》を破る事だってできるのにどうして?」

 「違う、後悔はそこじゃない。俺の後悔は彼女レイスを超える子にもう二度と出会えないことだ」

 「・・・は?」


 ディセルは先ほどまでの無感情で氷の様な表情から一気に拍子抜けした顔になった。次に胸に手を当て首をかしげ「どういうことなの?」と伝わってきそうな素振りを見せた。その顔は年頃の少女そのものだ。

 俺はそんなディセルにさらに言葉を続けた。


 「そっちの顔の方が俺は好きだけどな」

 「なっ///」


 レイスの話を聞く感じだと、かた苦しく冷徹れいてつなイメージだったディセルは俺の発した言葉がイメージを一瞬でくずした。

 顔が赤面し、おどおどしているその様はラブコメに出てくる《ツンツンキャラ》キャラそのものだった。そこで俺は確信した。


 ____ここには絵にできる、少女がたくさんいる、と。


 「ちょ、ちょっと、キット!今言った言葉、訂正ていせいしなさい!さもなくばこの銃で・・・うぅ」


 ディセルは銃の口を俺へと向ける。だが、今まで俺みたいなことを言ったものがいなかったのだろう。ひどく動揺し、銃をしっかり構えられていない。そんな、弾が俺に当たるはずもなく、顔の横をかすめるだろうと思っていた。

 そして、俺は武器庫を後にする。

 これが俺の予想だった。

 しかし、その予想は大きくくつがえされた。


 カスッ!


 「えっ」


 ディセルは確実に引き金を引いた、そして照準も一応あっていた。しかし、そもそもの根底がなっていなかった。それは、弾が装填そうてんされていなかったことだ。


 「嘘っ!?私が弾を入れ忘れたというの!?」


 ディセルはかなり驚いていた。銃をメイン武器にしているだけあって、手入れはおこたらないはずだ。それなのに弾が入っていないということは何か別の要因が働いたせいなのではないかと思っているはずだ。もし仮にここが戦場だったとして、弾が入っていないというのは彼女ディセルにとってはまずない事だからだ。そして、その驚き様は恐らく初めての経験故の反応だろうと俺は思った。それは、ディセルが今まで一度も装填を忘れたことがないということも同時に物語っていた。


 「命拾いってとこかな?今日の所は見逃してくれないか?」

 「うるさいうるさい・・・うるさい・・・・・・わよ。で、でも、二日後は絶対に殺すから」

 「殺すのだけはやめてほしいかな・・・。まだやりたことがたくさんあるから・・・」


 俺は恥じらいとにらみを同時に向けるディセルにそう言った。こんな状況でも俺はディセルをイラストの案の一つとして脳内にファイリングしていた。少し、褒める(からかう)とすぐに反応に出るその様子は見ていて楽しく、何よりいつもの態度からの変わりようがギャップ萌えを誘う。


 「いいこと!二日後に私をからかったことを後悔させてあげるんだから!」


 赤面、そして目尻に浮かぶ涙の雫。それと、俺へ向けられた人差し指、そのさまはすでに一枚のイラストと言っても良いほど完璧な構図だった。しかし、今ここにカメラがないのは少しばかりもったいなかった。写真として飾っても資料として使っても____どちらの用途にもオールマイティーに使用できるディセルの写真を取れないのが凄く残念だった。だから俺は目に焼き付けることにした。


 「ディセル____俺は女の子が相手でも本気で行かせてもらう」


 俺はディセルに詰め寄り、少しづつ壁の方へと追いやった。


 「え、ちょっ!何を____」


 壁に背中が付いたディセルの右肩に俺は手を添え言葉を続けた。


 「だから、ディセル_君も本気で来てほしい」

 「それは・・・その・・・・・・当たり前じゃない」


 近距離のせいで視線を合わせようとしない、ディセルは胸に両手を置きうつむいたまままそう口にした。

 これは思わぬ、資料一面を入手できたと俺は心で思い、気づけば感情が笑みとして表へ出ていた。


 「だから・・・その、そろそろ・・・・・・ね?」


 俺はディセルが限界だということに気づき距離を取った。


 「ごめん、つい・・・」

 「つ、次やったら今度は ほっ本当に撃つからっ!」


 カチャッ、といましめるように音を立て俺へ銃口を向けるディセル。


 「わ、悪かったよ。次はしないから・・・・・・。俺はそろそろ行くよ」

 「逃げる気?」

 「逃げださないための特訓に行くんだよ」

 「何それ?」

 「まぁ、二日後に分かるさ。____多分」


 そう言い残し、俺はとっくの昔に武器庫を後にしたレイスを追うように駆けた。


 「あ、ちょっ待ちなさい!まだ話は終わってないわよー!」



 「・・・・・・何なのよアイツ」




 ____レイス 今度こそ巡り合えたのね____髪色はあの《白銀の勇者》と正反対だけど、そっくりね、だから_《黒銀の勇者》ってところかな?。

 気づいてないかもしれないけど、アイツといるときのあなたの顔、今までで見たことないくらい幸せそうだったわよ____


 武器庫に一人残されたディセルは懐かしいことを思い出す様に一人 つぶやいた。


 


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