episode 4

  「準備できたぞって、レイスの方はまだのようだな」


 俺は二階の自室から、一階に降り、レイスを探した。

 しかし、返答が返ってくる様子も無く、静かな時間が流れる。女の子は支度したくには時間がかかるというのは本当の事なんだなと改めて考える。

 それから、数分待ったところで玄関の扉が開くのを感じた。


 「こんな時に来客か?」


 突然の出来事にあわてる間もなく、人の姿が視界に入る。


 「うん・・・? レイス」


 客人の正体は、レイスだった。もちろんのことだが、彼女が客人でないことぐらいわかる。そんなことよりも、レイスが玄関の外にいることの方が理解できなかった。


 「キット、女の子を待てせるのは良くないと思うよって・・・・・・アシエル」

 「あ、もう準備で来てたのか」


 レイスは俺と部屋で分かれたあと、すぐに身支度みじたくを整え、玄関で待っていたらしい。それなら、何故なぜ外で待っていたのだろうか・・・?


 「今、何か言った?」

 「・・・ううん、何でもない。それじゃあ行こうか」

 「あぁ」


 俺とレイスは巨大な鉄格子の扉を開けると、道に出た。これでようやく本当の外出になるわけだ。


 「おぉ、凄いな!」


 レイスの言っていた通り、夜は人気ひとけが少ないが、朝になればたくさんの人が俺の横を過ぎてゆく。まるでぼう有名RPGのゲーム世界のような服装の待ち人が嫌でも視界に入る。街娘から商人、それに大きなリュックを背負ったあやしい商人といった定番キャラ?が朝のセレクトリアをにぎわせていた。


 「中心街に出るとこんなもんじゃないよ」

 「そうなのか?」

 「今の数の何十倍はいるはず」


 それもそのはずだ、昨夜見ただけでも家々は密集するように建てられ、少し息苦しさを覚える程だった。その理由は人が多すぎて、家を建てる場所が無くなってきていることを意味しているのかもしれない。マンションの様に高い建物が所々ところどころあるのではなく、それが普通と言わんばかりに街の景観けいかんはほとんど凹凸おうとつが目立たなかった。

 逆にレイスの豪邸が一番、高低差こうていさが低く、面積を無駄遣むだづかいしているように思えてきてしまう。まぁ、それも彼女のこれまでの功績できずき上げた一つのあかしなのだから誰も文句は言えないはずだ。


 「おっと!?」


 考え事をしていたせいで、俺の周りをける子供に気づくことができづ、つまずきそうになる。


 「兄ちゃん、そんなゆっくり歩いてると危ねぇよ」

 「そうだそうだ!」


 少年二人がそう言いながら、再び走り去っていった。


 「危ないのはどっちだよ・・・・・・」


 俺が理不尽りふじんな言いがかりに落胆らくたんしているとレイスが話し始めた。


 「元気そうだね。あの子たち」

 「どういうことだ?」

 「子供があんなにはしゃいでいるの見るの久々だから」

 「そうか、他にもいるじゃないか」


 俺はレイスの言葉の意味がよくわからなかった。久々に見たと言うのは今の様に仲良く走り回っている子供の事を指していたのか、それとも子供、自体を久々に見たのか?少なくとも後者はまずありえないだろう、だってこうして少し首の角度を変えるだけで視界には無邪気に遊んでいる子供がいるのだから。


 (はっ! もしかしてレイスも俺と同じ《こもり》のたぐいなのか?・・・・・・まさかな、それじゃあ仕事ができねぇし・・・)


 「・・・これでも少ない方なんだよ」

 「えっ?」

 「子供たちをよく見て」


 レイスにそくされるまま、俺は子供達の方に視線を向ける。

 しかし、子供達には変わった様子もなく、どちらかというと《多い方》だと思った。


 「見たけど、普通ぐらいじゃないか?俺のいた世界よりは少なくとも多いと思うけど」

 「人数の話じゃない・・・比率の話」

 「比率?」

 「何か気づかない?」

 「うーん・・・?いて言うなら__《女の子》がいないってことかな」

 「そう、それ」


 よく見ると分かることなのだが視界に入るのは走り回ったり、木の棒を剣に見立て剣士ごっこをする少年たちの姿だった。そして、どんなに辺りを見回しても、《少女》の姿は見当たらなかった。別に気にすることでもないはずなのだが、レイスの顔を見ると気にせざるを得なかった。


 「何か心当たりでもあるのか?」

 「これでも剣士よ?街の状況ぐらいは把握してる」

 「それでどんな?」

 「ここ最近、《少女の誘拐》が頻発しているの」

 「少女の誘拐?」


 レイスは俺が昨夜、考えていた《殺人鬼》や《人さらい》といった候補の一つを口にした。 少なくとも、前者ではないことが一つの救いなのだが。


 「殺人鬼じゃなくてよかったって顔をしてるわね?」

 「えっ?」

 「図星か・・・ことはそんなに甘くない」

 「その言い方だと、殺人鬼もいるのか?」

 「区別できるなら苦労はしない」


 レイスの言っていることを今の段階で整理してみると、このセレクトリアの街には少女が誘拐される事件が起こっていて、殺人鬼でなくとも、少なからず人は何人か死んでいるように思える。そして、「区別できるなら苦労はしない」というレイスの口ぶりから、犯人は数名いるようでいないとも言える、曖昧あいまいな犯行手段を行っていることになる。

 このことが指す一つの推測


 それは__少女を誘拐した後に殺している


 と考えることができる。

 

 「そうなのか・・・それでも一つ分かることがある」

 「なに?」

 「夜の街はいつも昨日みたいに人ひとり出歩いてないと考えていいんだよな?」

 「そうだけど・・・・・・それがどうかしたの?」

 「ここで問題です_誘拐されるのは誰?」


 突然、クイズの司会者の様な口調になった俺にレイスはしどろもどろする。


 「え、えーと、少女?」

 「残念、不正解とまではいかないから半分正解で」

 「じゃあ、もう半分は?」

 「誘拐されるモノの個体名は?」

 「人?」

 「正解」

 「それがどうしたの?」


 いまいち、ピンときていないレイス。この反応は無理もないだろう、だってここで(ひらめいた!)という様な反応を見せることができるのなら、とっくに少女誘拐事件は解決しているはずだ。全く、レイスの所属している組織とやらは有能なのだろうか・・・・・・?


 「わからないか?じゃあヒントをあげよう」

 「うん」

 「誘拐というのは主に外で行われる。室内からさらえば家族に気づかれる危険性もあるしな」

 「主に外・・・・・・はっ!」


 レイスの瞳が大きく開く。


 「気づいたか?」

 「誘拐は外で行われる、そして室内に入っての犯行はあり得ない」


 そう、つまりは________



 =この人の多い、午前中から昼下がりにかけての白昼堂々はくちゅうどうどうの中で行われている=


 「で、でもそれだったらどうして、今まで気づけなかったの!?」

 「そこだよ、こんな時間帯に犯行に及ばないだろうという人の心理を逆に利用したからこそ今までやってこれたんだろう」

 「なるほど・・・」


 「そこは納得するところじゃないだろ」っと突っ込むのはやめておこう。

 だが、俺の推理が正しければ今こうして話している間にも次の被害者が出ているかもしれない。そんな不確かな憶測おくそくではあったが今の俺にはこの考えが間違っているようにも思えなかった。


 「でも一つに落ちないことがあると思うの」

 「ん?」

 「この時間帯に誘拐されているのだとしたら、少女たちの両親は何故、私たちの様な街の機関に相談しなかったんだろう?」


 レイスの疑問は最もだった。確かに送り出した娘が夕刻の時間帯になっても帰って来なかったら心配して捜索そうさく願いなどの措置そちを取るだろう。それなのにレイスの言い回しはあたかも、通報が無かったと言いたげな口ぶりだ。


 「一件もなかったのか?」

 「そういうわけじゃないけど、大抵が私たちの事後通達じごつうたつになってしまっている・・・・・・」


 つまり、次に両親が娘と会うのは犯行後と言うわけだ。


 「次の日に事件が発覚することがほとんどなのか?」

 「いや、ほとんどがその日らしい」

 「らしいって、どういう意味だ?」

 「事件の被害にあった遺族の話を総合的にまとめると、遊びに行くって言って帰ってこないケースがほとんど、という話を仲間から聞いた」

 「わりとスピーディーな犯行だな・・・・・・」

 

 だがこれではっきりしたことがある、それは今こうしている間にも被害者が出るかもしれないという考えは正しいということだ。無論、この状況かで何も下準備をしていない俺が事件に介入かいにゅうしたところで口封じのために消されるのは確実だ。だから、こうして確固かっこたる推理と情報を整理し、レイスの所属する、組織に伝えるための準備を思考で行っている。軽い推理では取り合ってもらえないだろう。レイスの言葉になら耳ぐらいは貸してもらえるが・・・・・・。


 「この情報をレイスの仲間に伝えよう」

 「うん、でも、こうして伝えに行ってる間にも・・・」

 「悩む時間があるなら行こう____」


 この時の俺はただ、目の前の事を理由にして自分の心をいつわっていたのかもしれない。創作意欲がそうさせたからと言って、異世界に来たことに少しの不安がともり始めていることに俺は気づいていた。今とは別の世界に行けば、この心の矛盾むじゅんも生きづらさも、消えるのではないかと思っていた。

 しかし、どこの世界も同じだった。

 その世界に人という存在がいる限り、感情のコントロールや誤作動で自分自身を壊すことだってある。

 例に挙げると、仲間との人間関係がよくある例だ。

 二人なら、一緒にいるとき仲間外れはない。

 しかし、三人になればどうだろうか?仮にその内の一人を第三者と置いた場合、残りの二人が感情のすれ違いから喧嘩けんかになってしまう。

 そのとき、第三者の立場に置かれた人間はどちらに味方するのだろうか?

 そういった、どちらか片方を味方につければ、一人になった片方に罪悪感が生まれてしまう。

 どちらを選んでもそうなってしまうのなら、初めから三人にならなければよかったという結論に至ってしまう。そして、最後には何もかもを壊したくなる様な、自分の人生の後先を考えない行動に出ることもありえるかもしれない。

 初めから、その結論を作り出した俺にとっては何の痛みも心に感じることはなかった。いや、感じることができなかったと言った方が適切だろう。

 この事件の犯人も同じと言いたいわけではないが、感情が犯人にそうさせていることだけは断言できた。

 だから、感情の引き起こす結果もそれにともなう代償も全てを理解した俺には見過ごせない_ただそれだけだった。

 たとえ、それが《個人のための犯行》でなくとも、立派な犯罪なのだから。


 「レイスの言った通り、この通りは人が多いな」

 「街の中心街だから当たり前」


 しばらく歩いた俺達は昨夜、通った大通りまで出ていた。

 馬車や重そうな荷車を引く旅商人、買い物をする街人が無数に姿を現していた。


 「・・・凄いな・・・これならコミケの方がまだましだろうな・・・・・・」

 「コミケ・・・?」

 「あーえっと・・・賑わってる場所のことかな?俺のいた世界もこんな感じに人が密集する時があるんだよ・・・・・・」

 「時って、この街は毎日だよ?」

 「だろうな・・・」


 道に横断歩道の様なものは無く、道を横切ろうにも車と同じくらいのスピードで走り去っていく、馬車を前にしては足が引けた。


 「とりあえず、道の端を歩かないか?」

 「別にいいけど、向こう側に渡ればいいのに。あっち側の方が人が少ないし」

 「それができたら苦労しない」

 「馬車もれたら案外遅く感じるよ」

 「う、うん。そのうちな・・・・・・」


 俺とレイスは城が見える中心まで片道だけを歩くことにした。

 それはそれで困ることもあり、例えば店の客引きに何度も会い少し気疲《づか。れしてしまったことだ。

 そんなやり取りを数十回繰り返しているうちに、静かな通りに出た。


 「ここは大通りの端に当たる場所で比較的、人も少なくて、落ち着ける場所だよ」

 「それは助かる」

 「キットは人に慣れてないの?」

 「そうじゃないけど、久々だったから」

 「そうなんだ、また疲れたら言ってね?《私のそば付き剣士さん》」

 「あぁ、うん・・・・・・うん?」


 俺は疲れのせいか今までレイスに適当に返事をしていたが、どうやらそれを見抜かれていてしまったらしい。レイスの他人を気遣きづかう言葉の言い回しから、徐々に本題に入り、《イエス》をもらうというたくみな話術わじゅつに俺はまんまとはめられた。


 「傍付き剣士って?」


 俺は事を一旦いったん整理しようと、話術にはまったことを追求するのではなく、話の本題を問うことにした。


 「文字通りのそば付きだけど?」

 「ちなみにどんな役割をするのか具体的には?」

 「私も剣士だけど、一人じゃ間に合わない仕事とかもあるの、その仕事の補佐ほさかな」

 「要するに秘書ってわけか」

 「秘書って言うのは王室や貴族に従事じゅうじする者の事を指すけど、まぁそういうこと」


 唐突にセレクトリアでの立ち位置を決められ、反論を述べたいとは思ったがそれは違うな、という思いの方が強かった。それは、あの夜の日の約束の事だ。

 俺はレイスを描きたいと願った。

 レイスは何があっても、私をえがき続けてと願った。

 普通に考えれば、互いの願いはしっかり約束されていると思うのだが、一つ絶対的な誓約せいやくがこの約束の中に隠されていた。

 それは、レイスの願いの一文 《何があっても》だ。

 これは彼女に対して、何かしらの外的要因がいてきよういんくわわり、レイスが負傷したとする。その時、俺は助けることよりもえがえがく事を選ばなければならないのだと、約束上、そう思っていた。しかし、それは当たっているようで当たっていないのかもしれない、理由を挙げるとすればレイスの願いは彼女に何のメリット《利益》をもたらさないからだ。俺は彼女を描くことで自分が理想とする、《頂き》に至れるのではないかと思った。

 それとは反対にレイスの願いはどちらかと言うと俺の願いを後押しする形になっている。それは、もし、彼女と共に剣士をすれば、敵との戦闘の際に傷を負ってしまうかもしれない。そして、最悪、利き手に致命傷ちめいしょううことになるかもしれない。そんなことになれば、この約束という名の誓約は片割れの消失で無かったことになる。それを考えた上でレイスは《何があっても、私を描き続けて》と言ったのだろう。

 だがしかし、その考えも先ほどの《傍付き剣士》という魅力的でどこかあざとい単語にかき消されたのだが・・・・・・。


「ちなみに聞くけど、これからの行き先は決まってたり・・・?」

「もちろん」

「それってつまり____」

「私が所属する組織_純白の剣姫リリィ・ソードダンス

「純白の剣姫リリィ・ソードダンスか聞くからに白髪の少女が多そうな名前だな」

「そうでもないよ?黒髪とか金髪のもいるし」

「少女が多いのは確定なんだな・・・まぁ、その方が俺としてはやる気が出るけど・・・・・・」

「あっでも、気難しいもいるから気安く話しかけない方がいいかも」

「わかった」


(ツンデレキャラか他にもクーデレやらヤンデレ、他にもいろいろな性格がいるかもしれないな)


 レイスの所属する純白の剣姫リリィ・ソードダンスという組織は少女が多く、俺の様な少年がいる様な感じがしない。もしかしたら、俺は場違いな場所に場違いな存在として行かなければならないのかと不安を覚える。

 俺が以前見ていたアニメにこのような物があった。とある主人公の少年が一人の少女と出会い行動を共にすることになる。そして、同じ魔法学校に通うことになるのだが、そこは男子禁制の女学校とでも言っておこう。初めは他の女子生徒に嫌がられ距離を置かれる立場だったがとある事件で少年が少女たちの学び舎を守ることになる。それを境に女子生徒たちも少年を受け入れ、共に魔法を学び、敵と戦っていくというアニメを見たのは記憶に新しい。

 あれは、物語を進める上で男性のファンを多く獲得したいがゆえの設定に過ぎない。確かに話自体は面白かったし、作画も綺麗だった。むしろ、それ以前にライトノベルの原作絵の時点で俺は引かれていた。要するに、先ほど述べた男性ファンの獲得と言う狙いをらから生まれた物語の主人公が今の俺にあたるわけだ。

 話はそれてしまったが要はいくら異世界に来たといっても、これはアニメや漫画、小説の中の話ではなく今自身に起こっている《現実》なのだ。つまりはそう上手うまく、事件も起こらないし、解決するすべを俺は持っていないのだ。そんな俺が少女たちが集まる場に出向いたところで魔法学校の生徒になった少年の物語の序盤じょばんの序盤でおしまいだ。


 (せめて何か特技があればいいんだけど・・・・・・)


 「そろそろ時間だし、少し急ごう」

 「うん」


 (時間が分かってる時点で最初から連れて行くのが前提で外出をしたのか・・・・・・)


 俺はしばらく朝の街というものを観光客気分でながめながら歩いていた。


 「あ!レイスお姉ちゃんだ!」


 突然耳に届く、高い声。


 「きゃっ!」


 次にレイスの驚いた声が耳に届く。


 「どうした レイス!」


 俺はとりあえずレイスの名を呼んだ。

 そして、彼女の右腕に抱き着くように両手をからめている、肩につくかつかないか位の長さの赤髪の少女がいた。


 「ウィック・・・おはよう。・・・・・・びっくりしたな」

 「おはよう レイスお姉ちゃん!」


 状況からさっするにウィックという少女はレイスの知り合いなのだろう。


 「このぐらいの時間帯にいつも、レイスお姉ちゃんがここを通るから今日も同じ時間だね」

 「う、うん。それはそうなんだけどね・・・・・・その・・・不意を突くように出てくるのだけはやめてほしいかな?」

 「ごめんなさい・・・」

 「あっ!べ、別に怒ってないからね・・・!?その・・・えーと・・・・・・」

 「レイスも自分より年下の子には弱いんだな・・・弱点見つけた、と」


 独り言のようにつぶやいたつもりだったがどうやら、白髪の少女の耳にも届いてしまったらしい。するど眼光がんこうと殺気立ったオーラが俺を硬直こうちょく状態にする。


 「な、何でもないって、だからその視線をこっちに向けるのはやめてくれないかな・・・?」

 「次、変なこと言ったら____」


 レイスが恐ろしい何かを言おうとした時、それをさえぎる新たな声が聞こえた。


 「こらっ!ウィック、あれだけ走るなと言ったろ?」

 「ごめんなさい・・・お父さん」

 「まったく・・・お前に何かあったらお父さんはどうしたらいいんだ」

 「・・・」


ウィックを追うように突然姿を現した中肉中背の男はどうやら、少女の父親らしい。息を切らしているのは走って来たせいなのか、ウィックの行動を心配する事で生じたものなのかは分からないがどちらにせよ、ウィックという少女に気を使っているのは言動で読み取れた。


 「ウィックがなにかしませんでしたか?・・・って、レイスちゃんじゃないか、ごめんね いつもうちの娘が・・・迷惑じゃないかい?」

 「いえ、そんなことはありませんよ?ウィックを見てると元気が出てきますし」 「そ、そうなのかい?」

 「はい」

 「ところで君は?」


 レイスとウィックの父親が一通りの会話をした後、俺に気づき声をかけてきた。


 「俺はキットって言います」

 「キット君か 僕はリフだ よろしく」


 とても穏やかな表情で名を名乗ったリフは俺に親しみの意味を込めてか、右手を差し出した。俺はそれにこたえようと、右手を差し出したその時____


 「おっと!こっちは薬品を触った手のままだった。すまない左手で頼めるかな?」

 「あ、はい!構いませんよ」


 リフは何かを突然思い出したかの様な反応を見せ、差し出していた右手を下げ、代わりに左手を俺の前へ差し出した。俺は利き手の逆ををリフは左手を共につなぎ、そして離した。


 (握手とか久々だな、何年ぶりだろ?)


 「そういえば薬品がどうとか言ってませんでしたか?」

 「あぁ、キット 君には言ってなかったね、今会ったばかりの初対面だから当たり前か」


 リフは軽く苦笑いをした後、レイスがウィックを相手しているのを確認し時間があると思ったのだろう、セレクトリアの青い空を見上げた後、昔の事を語る様に話始めた。


 「僕はこのセレクトリアの街で《医者》をしているんだよ。王国直属の医療集団の様に最先端医療はできないんだけどね?もちろん、技術もだけど・・・」

 「医者と言うだけで俺は凄いと思いますよ?俺の世界ではそうでしたから」

 「俺の世界?面白いことを言うんだね君は?」

 「あ、これは違う意味っていうか・・・その・・・・・・」

 「あはは、別にいいよ 深くは詮索せんさくしないさ」

 「・・・はい」

 「話は戻るけど、僕には家族がいるんだ」


 ウィックがいる時点で分かることなのだがリフの言い方を聞く限りではそうではない別の何かがあるような気がした。


 「いや、見ればわかるかな?でも、《いたんだ》の方がしっくりくるかもしれない」

 「それはどういう?」

 「家族って最低でも両親と子供一人のけい三人が最低条件と僕は思っているんだ。だから、妻を亡くした僕にとっては家族は《いたんだ》に入るんだ・・・」


 この時のリフの表情はどこかむなしさを秘めていた。「もう、過ぎ去ってしまった事なんだから悩んでも仕方ないのにな」と聞こえてきそうなその表情は理由は違えど、死を覚悟した時の俺の心情と重なる物を感じた。そんな、リフを見ていると、視野がせまくなり自分だけが不幸だと思っていた自分自身の考えを改めさせられるような感覚があった。


 「妻はウィックが今よりまだ幼かったころに他界したからウィックには《お母さん》というものがあまり分からないんだ。だから、せめて僕が《お父さん》という仕事をまっとうして、ウィックの記憶に残しておいてあげたいんだ」

 「リフさんは本当にウィックちゃんの事が好きなんですね」

 「それはもちろんさ。なんてたって僕の自慢の一人娘だからね!だから、ウィックのためなら、どんなことでもやりげるつもりさ」

 「俺が言うのもなんですけどそういう気持ちわかりますよ」

 「それは、レイスちゃんのことかな?」


 ニヤニヤと人の気持ちをかき乱すような声でリフは俺に質問してきた。リフは俺がレイスを彼女にした場合の話をしているつもりなんだろう。

 だが、俺の彼女にくすという意味では少し的を外していた。俺は、彼女をただえがきたいという意思で行動を共にしているわけであって・・・。途中から自分でも本当の気持ちが分からなくなる。

 仮にレイスに異性としての好意こうい芽生めばえたとすれば、俺のイラストもまた違ったものになるのだろうか?


 「ち、違いますよ・・・・・・少なくとも、今は・・・」

 「ははは、冗談だよ冗談、気にさわってしまったら、あやまるよ。でも、その頬の赤みは意味があるんじゃないかな?」

 「それ以上は言わないでください」

 「はは、わかったよ」


 リフとの会話を一通り、終えた後、俺はレイスの方を見た。するとそこには仲睦なかむつまじそうに会話をしている二人の少女の姿がそこにはあった。

 まるで姉妹の様に見えるそのさまを見ていると、心に温かい何かが現れるのを感じた。


 「私、そろそろ行かないといけないから。そろそろ行くね」

 「レイスお姉ちゃん、もう行っちゃうの?最近、友達もあんまり遊びに来てくれないから寂しいよ・・・・・・」

 「ごめんね・・・」

 「ウィック、レイスちゃんはいそがしいんだから、あまり迷惑かけちゃいけないよ」

 「うー・・・分かった。その代わり今度は遊びに来てね!」

 「うん、約束する」

 「ありがとう 約束だよ」


 そう言って可愛らしい笑顔を向けるウィックの頭をレイスはくしで髪を研ぐようにでた。その様子ははたから見たらまるで姉妹のようだった。アニメの終わりによく画風が鉛筆画になるような演出があるが今の光景はそれに近かった。


 「キット そろそろ行かないと」

 「分かった じゃあ俺はここで」

 「うん また」


 俺はリフに別れを告げると、レイスの方へ行った。

 振り返れば、赤髪の少女と白衣を着た医者の姿がそこにはあり、少女は俺達が見えなくなるまで手を振り続け、白衣の男は右手を軽く上げた後、会釈えしゃくをした。


 「あの二人とは知り合いなのか?」

 「見たらわかるでしょ?」

 「そうだけど、あのウィックって子の、レイスへのなつき方があまりに自然だったから」

 「それはウィックに母親がいないからじゃないかな?だから、私を母親とまではいかないけど、お姉ちゃんと思ってるんだと思う。みとか、そういうのじゃなくてね」

 「でも、俺から見たら姉妹に間違われてもおかしくないくらい、二人の言動や仕草は自然だと思ったけどな」

 「そう?」

 「うん、少なくとも俺の目からは」


 こういうことは案外、当事者には分からないものなのだ。

 俺が憧れている絵師イラストレーターさんのイラストは俺から見たら完璧の一言に尽きるのだが、当の本人は雑誌の取材で「まだまだ、至らないところが多くて」とか「ラフを描き終えて次の日に見たら、全然だめで描き直した」「こっちの路線でいくのかと思われるのが怖い」など、本人にしか分からない葛藤かっとう苦悩くのうがあることを俺は《モノ》を通して知ることができた。

 だから、レイスとウィックの関係も《俺の目》という《第三者の要因》が加わり、認識することができたのだ。先程、話した絵師さんの場合は記者が第三者の要因に当たるだろう。


 「あの城のちょうど下辺りが目的地だよ」


 レイスの指さす先には辺りの建物とは比べ物にならないほど大きく、神々こうごうしい建造物がそびえ立っていた。


 「RPG感がすごいな・・・赤い絨毯じゅうたんとかいてるんだろう」

 「何一人で言ってるの?早くいかないと本当に遅刻しちゃう」

 「それは俺のせいじゃないような・・・」


 すると、突然レイスは俺の手を取りなかば引っ張られる形で強引にけ出した。


 (女の子にエスコートされるのは初めてだ。これをエスコートと呼んでいいのか分からないけど)


 だけど、この状況を楽しんでいる俺がいた。

 風の様な速さで街を走り抜け、視界の端々はしばしに見える景色が早送りの様に過ぎ去っていく。

 どこか、切ない気持ちもあったけど、いまこうして異世界を生きているという実感が今やっとつかめてきたのかもしれない。どこに行ったとしても、自分と言う五感は切り離せない。そんな分かり切ったことを今更いまさら考えるのもどうかと思うが改めて再確認することで分かったこともあった。

 それは_この世界来てからの俺は確実に生き生きしていたことだ。


 (あぁ、こっちの世界の方が俺の生きる場所としてはあってる)


 過ぎていく壁は起動したスロットマシンの様に静止状態を視認することができなかった。だけど、その中で何故か少しだけ、認識できたものがあった。それは、今にも風に吹かれそうになっている貼り紙だった。


 『連日多発している、連続少女誘拐殺人事件は未だ犯人の痕跡は掴めず、捜査は難航。現時点で分かる情報はどの少女も心臓が欠損していることのみ。警備隊はより一層の捜査拡大を検討中』





 


 

 

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