第二章~正しいヒトヅマの乱れ方~
良い女はヒトヅマたれ。
キンダム人の女たちは、ほぼ例外なくそう教えられて育つ。
「……そう。今のあなたに一番足りていないのはヒトヅマっぽさなのよ」
そして、勇者ランもそのキンダム人の凡例に漏れること無く育った一人の女であった。
キンダム本土から南西に位置する「魔王島」の古城にて、ランは余裕のある笑みを浮かべていた。
「あなたはもっとヒトヅマにならなきゃいけないわ。そうしないと、レオンハルト様と結婚しても振り返ってもらえないもの」
「えー、別にあたしはそれでも構わないぞ。ドルジがうるさいからそういう流れになってしまったけど、あたしはそもそもレオンハルトなんて人間の男に興味はないからな」
「レオンハルト『様』、よ」
いつもならすぐさま魔剣を抜いて斬りかかるところだったが、ランは青筋を立てながらもひきつった笑みを浮かべるだけである。さすがにその様子に違和感を抱いたのか、アンリは訝しげな顔をした。
「とにかく、よ。私はあなたを立派な花嫁にするってレオンハルト様と約束したの。だから、あなたにはレオンハルト様に尽くす、最高のヒトヅマになってもらわなきゃ困るのよ!」
いつになくしつこいランに、アンリは露骨に嫌そうな顔をする。
完全に二人きりとなった、古城の玉座の間。
しかし、幾度となく彼女たちが刃と魔弾を交えてきた決戦の舞台には早くも緊迫感のない停滞感が漂い始めていた。
「……何やら面白そうな話でございますね」
その停滞感を打ち破るかのように、唐突にランの背後へ気配が闖入した。
すわ、不意打ちか。
そう思ってランがすかさず剣を抜き、腰を大きく捻ってその両手剣と共に振り返る。
「お待ち下さい、勇者様」
振り切った魔剣が空を切る。確かに捉えた、その間合いだったのに。
驚いたランは闖入者の姿を探り、そして、
「私に交戦の意志はございません」
見つけた。
玉座の間の入り口。
その大きな開き戸の前に佇む給仕姿の女を見つめたまま、ランは言葉を失った。
高級魔族に多い、淡く青味がかった白い素肌。
まるで糸で手繰られた人形のように華奢な四肢は、キンダム人では考えられないほどに長細い。スラリとした身体のラインに、ランにはない女性らしい身体のふくらみ。
そして、その均整の取れたプロポーションすらかすむ程に、彼女の顔は美しく整っていた。
「魔王様の花嫁修業でございますか」
艶やかな紅色の小さな唇が動く。ツンとした鼻筋の辺りを見つめたまま、ランは思わずコクコクと頷く。長い睫に彩られた、どこか冷たさを感じさせる瞳を一度閉じ、魔族の女は再びその艶やかな唇を開いた。
「では、早速風呂場へ移動しましょう。三人寄れば百合汁プシャー。キンダムにはそんな言葉があるのでしょう?」
「……え?」
唐突な闖入者に追撃をかけることも忘れ、ランは間抜けな声を漏らした。
……何か今、この綺麗な女の口から出てはいけない言葉が出た気がする。
あれこれ考えて、ようやくランは闖入者が現れるまでの話の流れを思い出した。
「そうね……。良いヒトヅマはお風呂掃除が完璧にできなくちゃ話にならないわ。お城のお風呂は広いもの」
「……? 風呂の準備であれば配下の者が全て済ませましたが」
だが、ランの言葉に闖入者の女は首を傾げるだけだった。
……どうにも会話がかみ合わない。
魔族の女は何の警戒心も敵意も見せず、さっさとランに近づいてきたかと思うと、そのままランの隣を通り過ぎてしまった。
「な、なんだアシュリー。あたしは勇者と闘ってるんだ。邪魔するんじゃない」
「そう思って控えておりましたが、魔王様とて今日はあまり気乗りされないご様子。それに、当の勇者様があのご様子では、もう今日は打ち止めでございましょう」
「わ、分かった。分かったから離せ」
「人間のお客様の前でおイタはいけませんよ。はい、ドレスの背中を外しますからね」
「なっ、やめろ! 勇者の前でこっちの方がまずいだろうが!」
呆然と立ち尽くすランの前で、「アシュリー」と呼ばれた女はアンリを羽交い絞めにして、ドレスを脱がしてしまった。もともと開いていた丸い胸元がポロリとまろび出て、ランは思わず顔を赤くする。同性とはいえ、突然こうも惜しげもなく下着姿を披露されると、どうしていいか分からなくなる。
「ちょ、ちょっと待てアシュリー! これ以上はダメだ!」
「大丈夫ですよ、私も勇者様も、一緒に裸になりますから」
だけど、ほんのりと頬を上気させたアシュリーは細い指先を止めない。
幼さを感じさせる上下揃いの縞模様の下着。
それをあっという間にはぎ取られて生まれたままの姿となったアンリは、膝で股を隠すかのように、その場で崩れ落ちてしまった。
「おお、魔王様。恥ずかしがるとは情けない」
アシュリーがアンリの腕を抱えたままわざとらしく嘆くが、アンリは膝をついたままうなだれている。よく見るとその小さな身体が小刻みに震えているのだが、ランの立つ位置は絶妙にアンリの大切な部分が見えない角度となっており、ランは内心でホッとしていた。
「さて、せっかくですから勇者様もお手伝いいたしましょう」
「え? お手伝い? な、何よ」
だがそれも束の間。
あまりに敵意なく自然と近づいてくるため、剣を構える暇もなかった。
ランの背後に回り込んだアシュリーは、アンリのドレスを抱えたままランの耳元に唇を寄せた。
「……さぁ、勇者様。楽にしてバンザイしてください」
「ひ、ひぁっ……?」
これは……何か、魔法を使われたのだろうか。
そう感じるほど、一瞬にしてランの全身から力が抜け、彼女は握っていた魔剣を床に落としてしまう。
「勇者様の身体……。よく鍛えられた、しなやかな身体ですね」
立っているのがやっとのランの身体から、アシュリーは慣れた手つきでランの鋼の装具(アイアン・ドレス)を剥ぎ、そのまま黒いインナーまで脱がせてしまう。「お美しい。装具の締め付けがあるにも関わらず、全くお乳の型が崩れておりません」
「ど、どこ見てるのよ!」
インナーから顔を出した自らの控え目な乳房の前で両手を交差させ、ランはとっさに胸の突起を隠す。だけど、その動きを読んでいたかのようなタイミングで、アシュリーはすかさずランのお尻と腰巻の間に細い指先をこじ入れ、それを一気に引き下ろした。
「だ、だめぇ……!」
アンリがそうであったように、膝で股を隠すように崩れ落ちるラン。
同じ体勢で膝をつき、向かい合う種族の違う少女二人を見下ろし、アシュリーは自らの衣服も解き始めた。
「魔王様は相変わらず見事なお乳でございますね。勇者様もお乳こそ小さいですが、戦士らしい素晴らしいお尻でございます」
妖艶に微笑み、あっという間にアシュリーも、少女たちとは比べものにならないそのプロポーションを曝け出す。
「ふふっ、最近魔王様も私に構ってくれないので寂しかったところです」
型の崩れていない土踏まずと細長い指先が特徴的なアシュリーの足の裏の下を、最後の布地が通過する。
その様子を眺めながら、ランは自らの役割も忘れて、言いようもない恐れを感じるのであった。
◇◇◇
「……ねぇ。どうしてこうなったのかしら」
ザパリと湯船から立ち上がったランのしなやかな身体を、湯煙が隠している。
ランが幼い頃に掃除していた、キンダム城の風呂を思い起こさせる広々とした浴場。
湯船の外のタイルの上で、あぐらを掻いて身体を洗っていたアンリが、浮かない顔のまま振り返った。「……勇者。お前、意外と毛深いんだな」
「ど、どこを見ているの! 最近ちょっと処理ができてなかっただけよ! ってそうじゃないわよ!」
「落ち着けよ勇者。ここは声が響いてうるさいんだ」
浴室内で反響する自らの大音声に、ランはさらに顔を赤く染めた。
……こんなことではアンリがいなくても、レオンハルトに選んでもらえない。
ムダ毛の処理も満足にできないヒステリックな女など、どう考えても国王の妻に相応しいとは言えないだろう。そんなことを考えて、ランは再び身を湯船に沈めた。
それにしても、アシュリーは何を考えているのだろうか。
熱い湯気を吸いながら、ぼんやりと考える。
彼女は玉座の間でランとアンリの服を剥いだ後、自らも全裸となり、転移魔法でこの浴場に移動した。
その行動自体も謎だが、さっきから敵であるはずのランを前に当然のようにアンリの身体を洗い、自らも呑気に湯船に浸っている理由がよく分からない。
「……ねぇ、いい加減説明しなさいよ」
ランの視線の先で、水音もなく立ち上がったアシュリーが、水滴の滴るつま先で、湯船を跨いだ。湯煙の向こうに見えるスラリとした体躯。その張りのある肌は湯浴みをしてなお、青みがかっている。
「さて」
ランの言葉が聞こえなかったかのように、アシュリーは視線をアンリに転じた。「魔王様も身体を洗われたようですし、そろそろ開始いたしましょう」
「開始? なんかするのか?」
アシュリーの言葉に、ランだけでなくアシュリーまで訝しげな顔をする。そんな二人の様子に構うことなく、アシュリーは広い浴場の壁に立てかけられてあった青いマットを手早く床に広げ、何やら怪しげな瓶の中身を湯と共に桶へ注いだ。
「……準備完了です」
アシュリーが、湯船から上がるよう手振りでランを促す。
彼女の意図に首を傾げながらも、人に流されやすいランは湯舟を跨いだ。
「ふむ。確かにいい毛並でございますね」
「ど、どこ見てるの変態!」
「種族が違うとはいえ、女同士なのでセーフでございます」
「種族に関係なくアウトよ!」
慌ててその部分を両手で隠すランは、逆にアシュリーの裸体を見てしまい、ますます赤面した。同性のランですら胸が高鳴りそうになる、均整の取れた身体のライン。頭からつま先に至るまで、全ての部位が「見られること」を想定したかのように艶やかで、思わずランは視線をアンリへと転じた。
「なんだ、勇者、顔が赤いぞ?」
すると、身体を洗い終えたらしいアンリが顔を覗き込んでくる。
愛嬌のある幼い顔立ちや短い手足に似合わない、自己主張の激しい胸の膨らみ。その肉感溢れる膨らみは、比べるまでもなくランの引き締まったそれよりも大きい。
そして、触ればモチモチしていそうな瑞々しい肌には仄かな石鹸の香りが残っている。イイニオイ。
ランは再び視線を虚空にさまよわせ、やがて天井を向いたまま動かなくなってしまった。
◇◇◇
「……ん、おい、アシュリー。勇者が動かなくなったぞ」
天井を見上げて仁王立ちしたまま動かなくなったランの様子に、アンリが戸惑いの声を上げた。「やっぱ、あの剣取り上げたのがまずかったんじゃないか?」
「大丈夫ですよ、魔王様。キンダム人は行為を迎えるにあたって『天井のシミを数えている内に終わる』と教えられて育つそうですからね。きっと、これは『いつでも〝行為〟を迎えられる』という、勇者様の意志表示なのでしょう」
「なるほど、よくわからんがさすがは勇者だ。相変わらず潔いな!」
アシュリーの言葉に胸をなでおろしたアンリは、はて、と首を傾げた。「ところで……『行為』ってなんだ?」
「プレイでございます」
「なるほど、プレイか! それは手ごわいな!」
「えぇ。女の晴れ舞台でもあり一世一代の勝負所でもあります」
天井を向いたままのランを放って、魔族の主従はそんな会話を始める。アンリもアシュリーが何を言っているのかよく分かっていなかったが、きっとこれはキンダム人の覚悟の示し方なのだろう。そう考えると、理解できないのも致し方がないと納得できた。
「さて、ちょうど都合よく『マグロ』が出来上がりました。早速行為の実践をしてみましょう」
言うが早いか、アシュリーは鮮やかにランの膝の内側で手刀を切り、彼女を先ほど用意した青いマットの上に寝かしつける。
「ところでアシュリー。あたしたちは何故風呂でこんなことしてんだ? 確か勇者が『ヒトヅマ』になれとかなんとか言ってた気がするが」
宿敵の無防備な裸体を見下ろしながら、アンリが今さらのように首を傾げる。アシュリーによって強引にここまで連れてこられたアンリだが、流されやすいランと違って、誤魔化されない程度にはランの話をちゃんと聞いていた自覚があった。
「その通りでございます」
果たして、アシュリーはもっともらしく頷いた。
ほっそりとした青白い脚を折り畳み、彼女は自らの裸体を、横たわるランへと近づけていく。
湯で火照った身体にひんやりと染み渡る。その繊細な指先が桶の中の液体をすくい、茂みに覆われた彼女の股間を湿らせた。
「勇者様のご理解も得たところですし、本日は魔王様にヒトヅマの極意を覚えていただこうかと」
「おぉ、極意! なんか必殺技でもあるのか!」
「ええ、キンダム人の男を確実に射止める、必殺の奥義でございます。キンダムを代表して来られた勇者様のご好意とはいえ、いい機会です。しっかりと三人で気持ち良――ヒトヅマの極意を身に付けましょう」
「必殺の奥義ってか! それは楽しみだ。是非教えてくれ! どうすれば使えるようになるんだ!?」
極意に奥義。
その言葉はアンリの胸を否応なく昂ぶらせた。
アシュリーの本音が漏れかけたものの、そんなことを言われたら黙ってみているわけにはいかない。
「ヒトヅマの極意、それは――」
瓶の液体によってトロトロになった自らの股間を、ランの引き締まった太ももにこすり付け、アシュリーはうっとりと応える。クチュクチュと響く小さな水音に、続く言葉を待つアンリが生唾を呑む音が混じった。
「エロティックに乱れることでございます」
「……乱れる?」
細かい吐息を吐き出しながら、アシュリーはランの右ももの上で腰をグラインドし続ける。「言葉で説明するのは難しいので、魔王様も実際に感じてみるとよろしいかと」
「こ、これを塗ればいいんだな……」
普段は冷たいまでに整ったアシュリーの顔が、まるで浴場の熱気に当てられたかのように蕩けている。
見慣れた僕(しもべ)の見せるギャップに一抹の不安を抱いたアンリだが、結局好奇心と「奥義」という言葉の魅力には抗えなかった。
アシュリー同様、桶の中の液体を股間に塗り付け、その刺激にビクリと小さな身体を震わせる。アシュリーやランと違い、まだまばらな薄い茂み。そこから液体がトロリと垂れる様は、朝露が若葉から零れ落ちる様に似ていた。
「こ、これでいいのか……?」
空いているランの左ももを跨いだアンリは、おずおずと、その丸いお尻を下ろした。戦いの時に感じるものとは似て非なる高揚感と、不安が入り混じる。
好敵手を好きにできる征服感?
それとも、反応のない彼女を見下ろす罪悪感?
アンリにはこの胸の昂ぶりの正体が分からない。
「そう、そのまま腰を捻りましょう」
「こ、こうか……?」
マット上で絡み合う三つの裸体。「さすがは魔王様、素晴らしい。お乳の揺れ方が特に、ヒトヅマっぽくあります」
「そ、そうか……。は、ははっ勇者、どうだ。あ、あたしは……ヒトヅマの奥義をあっさり習得して、しまった、らしい、ぞ……」
得意げに腰を揺らしながらその豊かな胸を張るアンリもまた、息遣いを荒くする。「な、なぁ、アシュリー。な、なんか、おなかの奥が、あつくて……」
「ま、魔王様もヒトヅマの最終形態に近づきつつ、あるのでございますね……! わ、私もそろそろ……」
もはや、風呂場の静寂は彼女たちの奏でる吐息と水音に上塗りされていた。
アシュリーとアンリは目的を忘れたかのように、ひたすらランの太ももの上で腰を躍らせる。片手はランの力なく投げ出されたそれぞれの手と、もう片方の手は主従で繋ぎあい、二人は乱れていく。「と、共にイキましょう、魔王様!」
「あ、あぁ、これで、あたしたちもヒトヅマの最終奥義が使えるぅっ!」
裏返った叫びと共に、魔人の女たちが全身を激しく痙攣させ、股間から液体を噴出する。
その粘り気のある液体を顔面に受けたランが、「うぅん、あたし、寝取られちゃうぅ」と訳の分からない寝言を漏らし、目を見開いた。
◇◇◇
「……説明してもらうわよ、魔王」
全裸のまま、顔を洗い終えたランが眉を吊り上げる。「あと、さっさと服を返しなさい」
「勇者様の衣服は現在、配下の者が洗濯中でございます。もう少しゆっくりと湯船にお浸かりなさいませ」
それに悠々と応えたのは、主の髪を風力系の魔力で乾かしているアシュリーだ。「実はこの浴場、シャンプーの種類にはこだわりがございます」
「そうね……。確かに私たちの国ではない匂いのものが……って違うわよ!」
さすがに今度はランも流されてくれない。「どうしてあ、あんな、は、破廉恥なことをしたの、って訊いているの。ねぇ、どうして?」
「ハレンチ? 珍しい食材か何かか?」
「あなたはややこしいからとりあえず黙っていなさい」
「なんだと!?」
ピシャリと言い放つランに、その言葉にグルル、と噛みつかんばかりのアンリ。
「勇者様。先ほどのお話でございますが、私からご説明させていただきます」
サラサラとした主君の柔らかな髪の毛を撫でながらアシュリーが口を挟むと、ランは思い出したように「そうよそうよ」と無い胸を反らして偉そうに腕を組んだ。「最初から大人しく私の言うことを聞けば良かったのに」
脱線するのはランにも原因があるのだが、それを言うとまた話がややこしくなりそうだったので、アシュリーは聞かなかったことにした。
「それで、どうしてこ、こんなことを私にしたのよ……」
モジモジと膝をすり合わせるようにして股を内側に閉じ、ランは顔を赤くする。「こ、こんなこと……されたの初めて、なのよ……?」
「それは魔王様がヒトヅマの何たるかを理解できるよう、お力になりたかったからでございます」
「……は?」
まるでもともと答えを用意していたかのように、アシュリーはさらりと答えた。そのあっけない答えがよほど想定外だったらしく、ランはぽかんと口を開いたまま固まる。
「確かにあのヒトヅマの極意というのはすごかったぞ、勇者!」
「ヒトヅマ? 何の話をしているのかしら?」
髪を乾かし終えたアンリがパタパタと駆けよってきたところで、ようやくランは反論した。「そんな話じゃないわよ、私が言いたいのは!」
「とぼけられては困ります、勇者様。魔王様にヒトヅマっぽさが足りないとおっしゃったのは他ならぬ勇者様ではございませんか」
「それはそうだけど……。あなた、それじゃ説明になってないわ」
「ですから、勇者様は魔王様をヒトヅマに育て上げたい。そのために、『行為』を実践したという次第でございますが」
もっとも、女の身体同士なので完全な実践とはなりませんでしたが、とアシュリーが付け加えた頃になってようやく、ランは顔を真っ赤にした。
「ヒトヅマたる者エロティックに乱れるべし、でございます」
そんなランとは対照的に顔色一つ変えること無く、アシュリーはまじまじと主の生まれたままの姿を眺める。「心なしか、魔王様の身体もヒトヅマっぽくなったように感じます」
「ふふっ、どうだ、勇者。あたしはヒトヅマとやらの極意を得てまたパワーアップしてしまったぞ」
共に風呂に入っている間に気が大きくなってしまったのか、それとも本当に「ヒトヅマの極意」を得てしまったのか。
アンリも最初のように自らの裸体をランに対して恥じる様子もない。そんな宿敵の姿に気分を害したランは、目を吊り上げて叫んだ。「調子に乗るんじゃないわ! あなたはお尻がまだまだガキっぽいのよ!」
「確かに勇者様は、お乳の大きさの割に色っぽいお尻の形をなさっていますね」
「え、そ、そう? ま、まぁ私が本気出せば、大抵の男はその気にできるし、当然ね」
実は半分見下されていることに気付かないランが、またもその無い胸を反らした。薄紅色の突起がくるりと平面的な弧を描くのがかえって虚しい。
「って違うわよ!」
「わっ!? いきなり大声出すなよ勇者!」
「あなたたちがしょうもない茶々を入れてくるからでしょう?」
当然とばかりに言い捨てたランはビシリ、とアンリを指差す。「私にあんなことをしたところで、こいつが完璧なヒトヅマになれるわけないじゃない!」
「しかし勇者様。良きヒトヅマは床上手と伺いますが」
「それとこれとは別よ! そう思うならバナナでもしゃぶってなさい!」
「バナナ? どうしてバナナなんだ? あたしはバナナよりもパインアップルの方が好きだぞ」
「まったく、勇者様もとんだムッツリさんでございますね」
「あぁ、もう、どうして……」
まったく話が通じないアンリに、ランは苛立ちはじめる。こんなやつが本当に、レオンハルト様と結ばれてしまうのか。そう考えると、ランの胸は締め付けられるように苦しくなってきた。
「大体ね、あなたたちがやってたのはその……レイプみたいなものじゃない。まさか魔王、あなたレオンハルト様と結婚して毎晩、レオンハルト様をレイプするつもりじゃないわよね?」
「れ、れいぷ? キンダムの金融機関かなんかか?」
「惜しい。魔王様、一文字違いでございます」
相変わらずマイペースを貫く魔族の主従。
下品で、身勝手で、愛もない。
そんなアンリがレオンハルトの妻として迎えられようとしている。
ランはその事実に堪えられなくなった。
「返しなさいよ、ねぇ……」
今さらながら、この二人に自らの身体を穢された怒りが湧き上がってくる。
ランにとって大切なレオンハルトを奪うだけでも、腹立たしいというのに。
そんな彼との縁談を軽んじて、断腸の想いで縁談をまとめようというランの純潔まで奪ったのだ。許せるはずがない。
「レオンハルト様も、私の純潔も! あなたは、どれだけ私から奪えば気が済むのよぉ!」
ランは脱衣場に落ちていたタオルを広げ、アンリの喉元へと迫る。
「魔王、あなたはやっぱり私が殺してやる!」
「へへっ。やっぱお前はそうでないとなっ!」
飛びかかってくる好敵手を迎え撃つ魔王は、にぃっと笑みを浮かべる。
あぁ、まただ……。
心のどこかで自らの失敗を感じながらも、ランは怒りに任せて小さな宿敵へ、躍りかかるのだった。
そして――
「魔王、覚えていなさい!」
捨て台詞を残して脱衣所をランは去っていく。長い廊下を走って城の外へ出たが、自らが全裸であることに気付いて即Uターン。玉座の間に散らばった自らの衣服と魔剣を身に着ける。
「わ、私にこんな恥をかかせるなんて、絶対許さないわ……」
無人の玉座を忌々し気に睨みながら、ランは今度こそ大股で城を去るのだった。
九十九戦目、敗走。ゼロ勝九十九敗。
もはや、何度傷付き逃げ帰ったのか、ラン自身もずいぶん前から分からない。
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