第25話 不死雛

「アサマの女ぁぁ…何処に行ったぁぁ…富士に炎を、炎を吐かせろぉぉ…!!!!!!」


 岩の巨人は広い樹海の隅々まで響き渡るような怒号を上げ、震動で大気まで揺れた。


〝ヒューイ、ヒューイ〟


 愛鷹が上半身を回転させながら右腕を振り、ハンゾウを空に飛ばす。


「援護を呼びに行かせました。それまで持ち堪えましょう」


 デ、デカい…半端なくデカい!!

 飛び立ったハンゾウと比べたら、そのデカさが更に際立つ。30メートルは有るんじゃないのか…

 ア、アレがヤミオコシの本来の姿?

 巨大化するとは聞いてたけど、想像の遙か彼方を超えてるんですが…

 だ、だいたい光線当たったよね?

 どうなってるん?真面に食らったのに全然ダメージ受けて無いやん。


「ミョーミョーの光線で大分弱ってるっチャ。鎮めるなら今っチャ」


「はっ!?へっ?あんな巨大化してるのに弱ってるんですか?」


「本来なら富士山と同じ位の高さに成るらしいっチャ」


 …………すいません。S級の神様を完全に侮ってました。

 やっぱり俺なんかが何とかするなんて烏滸がましかったです。

 てかっ、ソレッ!富士の伝説の妖怪やん!ダイダラボッチやん!

 そんなんアカンアカン!絶対アカンやつや!!

 聞いてへん、聞いてへん!


 思わず取り乱して関西弁に成るぐらいにパニッくった。

 ア、ア、ア、アレをどうやって倒す?

 そ、そうだ!


「ミョーミョー!!近くの玄武岩と合体しまくるんだ!ヤミオコシと同じサイズに…」


 って…んな?………ミョーミョーが居ない…

 アイツ何処行った?


「テメェ!ヤミオコシ!!茶坊爺の仇討ちだぁ!!」


「ビー!!辞めるっチャ!!お前じゃ無理っチャ!!」


 ヤミオコシに向かって行くビーに、玄武岩の噴石群が襲ってきた。


「危ない!!ビー!!」


 噴石に当たりそうに成った所を、マイコが飛び上がってビーを抱き止めながら救出した。

 マイコは地上に降りると噴石群を連続蹴りで砕き散らしていく。


「ビー!向かって行くんじゃ無いっチャ!マイコ!降ってくる石から皆を守るっチャ」


「ドスッ!了解しました」


「えー…では、加勢します」


 愛鷹が懐から1メートル位の玩具おもちゃの竹蛇みたいな物を出した。

 7節有る竹で出来た多節棍だ。

 何か複雑な動きをするその武器を、器用に振り回して降り注ぐ噴石を弾き飛ばしていく。

 俺とビーと犬養さんは、マイコと愛鷹の後ろに隠れて噴石の攻撃をしのいだ。

 そしてチャミさんは…


「周りの玄武岩を念動力で持ち上げて、投げ付けてきてるっチャね…」


 そして眼前に迫り来るヤミオコシにひるむ様子も無く、両手を翳すように上げた。


岩雛イワビイナ!!」


 ヤミオコシの前に噴石が積み上げられていく。

 ドンドン大きく成り、両足の形になっていった。


「ヤミオコシと同じサイズにして、押さえ込むっチャ…」


「頼みました、チャミ姫。自分達ではあの巨人の進撃を止めるのはペケです」


 岩人形は胴体まで出来たところでヤミオコシの一振りで砕け散った。だがすぐに元の胴体部分に戻り、人型になろうとする。しかし又ヤミオコシが砕き潰す…

 同じ事が何度も何度も繰り返された。

 その間に噴石の嵐は止んだが…


「岩が足りないっチャ!もっと岩を投げて来てくれないと、ヤミオコシより大きく成らないっチャ」


 さっきからずっと胴体まで出来た岩人形を、ヤミオコシが壊すというパターンが続いている。

 チャミさんとヤミオコシの根比べだ。

 チャミさんが負けた時点で、俺達は間違いなくヤミオコシに踏み潰ぶされる。

 けどこのままじゃ…


 チャミさんの額に汗が滲んできた。

 明らかに疲労してきている。

 クソッ、ハンディーはまだか?ミョーミョーは何処行った?


「ゴメン…ドウル君…今の間に皆と一緒に遠くに逃げるっチャ…」


「んなこと出来るわけ無いでしょうがぁ!!」


「チャハッハッハ…けど、もう手が限界っチャ…」


「んなろっ!!」


 俺はチャミさんの背後に立ち、下がってきた腕を支えた。


「ドウル君…」


「最後まで諦めずにやりましょう。ひょっとしたら俺の内なるパワーが目覚めて、チャミさんのマジカルパワーを上げるかも…」


「チャハッハッハ…こんな時までドウル君面白いっチャ。今ので確かにパワーアップしたっチャ!」


「そうでしょ!相手が大怨霊だろうが神だろうが、気持ちだけでも負けてたまるもんですかっ!てんだ…」


 さっきまで震えてたけど。


「ウオオオオオォォォォオオオオオオ…」


 俺は何の力も無いクセに、大声を張り上げてチャミさんを支えた。

 心の中でずっと「負けるもんか」「負けるもんか」「負けるもんか」と、思いながら…


「ドウル君…このまま二人とも一緒に踏み潰ぶされて死んだらどーする?」


「そん時は後世でお雛様とお内裏様に生まれ変わって、一緒に雛壇に並びましょう。ペッタンコだと収納に便利で重宝されますよ」


「チャハッハッハ…」


「ドスッ!ならば私は三人官女で!」


「えー!私、次は人間がいいんだけどなぁ…仕方ねぇな…」


 いつの間にか足元にマイコとビーが立っていた。

 そうだよな…主人を見捨てる訳にはいかないもんな…


「アワシマの力、見せてやろうぜ!!」


 マイコとビーも崩れ落ちそうなチャミさんの膝を支えた。


 俺達は体内の全てのエネルギーがチャミさんに移るように深く念じた…

 そう、マイコもビーも同じ事を念じたはずだ。それは何故か俺の心に伝わった…

 そしてこの念が通じたのか、奇跡は別の所からやって来る…


「チ、チャミ姫!!伊和佐さん!!あ、あれ!!」


 突然犬養さんが空を指しながら叫んだ。

 指された方角を見ると大きな満月が見える…

 ???

 えっ?アレ何だ?


 彗星ほうきぼしだ…

 いや、流星群か?

 キラキラ光る沢山の発光体が此方に向かってやって来る…

 虹の欠片みたいな尾を引きながら…

 そう、それは満月の方から真っ直ぐ此方に伸びて来てるのだ…


「つ、月から隕石が降って来てるずら!!」


「おおっ!!やっとお出ましですねー!!」


「チャハッ!伝説の助っ人が来たっチャ」


 伝説の助っ人?ソレって…例のあの人形か?


 月からやって来たキラキラ光る沢山の隕石は、胴体までの岩人形の新たな材料へと成る。

 見る見るうちにヤミオコシを遥かにしのぐ岩の巨人像が出来上がっていった。

 その岩の巨人像は、まるで遮光器土偶のような姿をしていた…


「おのれぇぇ…またお前かぁぁ…赫夜かぐやぁぁ!!なぜ邪魔をするぅぅ…!!」


 かぐや?…そうか!そうだよ!かぐや姫だ!物語で不老不死薬を持っていたのは、かぐや姫だ!

 家塚が探していたのは、かぐや姫だったんだ!


「おそらく現存する最年長の雛神です。名を【不死雛ふしびな】なよ竹の赫夜比奈かぐやびなと言います。竹取物語のモデルです。元は10センチほどの竹人形だったらしいですが、宇宙の彼方からやって来た魂が宿った為、奇抜な魔法をも使える不死身の人形に成ったそうです」


「富士のかぐや姫伝説…」


「オラと翼矢の御先祖様は不死雛の護衛係をしていたずら。讃岐垂根王サヌキタリネノミキと言って、竹取の翁、嫗のモデルずら」


「なるほど…そうだったんですか…」


 愛鷹と犬養さんは月に向かってお辞儀をした。


「さぁ!形成逆転っチャ!!覚悟するっチャヤミオコシ!!」


赫夜かぐやぁぁ!!赫夜かぐやぁぁ!!お前が見せた、月と同じにしろぉぉ…!!常世に、常世にぃぃ…この星をぉぉぉぉぉぉ!!」


 群青色の御影石みたいな巨人は、満月に向かって吠えた。何度も何度も…

 しかし、その願いは届く事無く、更に大きな遮光器土偶のような巨像に、取り込まれるように飲まれていった。


 その時だ…


〝ドウル……〟


 頭の中で誰かが呼んだ…


「今っチャ!!封じ込めるっチャ…愛鷹!!犬養!!何か持って無い?」


「チャミ姫…形代かたしろは?」


「ドウル君のお爺ちゃんに使ったっチャ」


「今、手持ちに無いずら!取って来るずら!」


「早く!早く!又ヤミオコシが復活するっチャ!!」


「チャミさん…コレ、使って下さい…」


 俺はリュックから紙人形を取り出し、チャミさんに差し出した。


「えっ?!でもこの形代かたしろには鹿討のお爺ちゃんの…」


「今、爺ちゃんが心の中に語り掛けて来ました。『この紙を使え』と…」


「いいっチャか?この形代かたしろを使うとしろが無くなる事に成り、弱ったお爺ちゃんの魂は…」


「ハイ…頭の中で別れを告げました…今まで守ってくれて有難う…俺の永遠の英雄ヒーロー…爺ちゃん…って…」


 熱い目頭と込み上げる嗚咽を抑え、チャミさんに精一杯の笑顔を向ける。

 チャミさんは小さく頷くと、紙人形を挟む形で俺の手の平に自分の手の平を重ねて来た。


「ドウル君…一緒に投げるっチャ…」


「分かりました」


「「せーのっ!!」」

〝バッ!!〟


 俺達は紙人形を星が散らばりだした夜空に放った。

 ヒラヒラと舞った紙人形に向かって、チャミさんが両手を翳す。


神雛カミヒイナ!!」


 チャミさんの呪文と共に紙人形は踊るように上空を舞い、巨大な岩のかたまりに成っているヤミオコシの元に飛んで行く…


〝ググゴゴゴゴココココォォオオオ…〟


 紙人形が岩の塊に張り付いたとたん、爆音と強烈な光りが樹海を包んだ。

 光りの海と化した樹海は、盛大なイルミネーションをしてるかのように、真昼のように輝く。

 やがて音と光りは収まり、元の静かな樹海へと戻っていった…

 黄昏時は過ぎ、辺りは月明かりだけの暗黒へと変わる。


「後はお任せを…」


 唐突に〝パッ〟〝パッ〟〝パッ〟と、サーチライトが幾つも点いた。

 振り向くと、いつの間にか愛鷹の後ろに沢山の特殊監視課の人達が並んでいる。

 愛鷹が合図を送ると監視課の人達は足早に岩の塊の方に向かって行った。


形代かたしろに鎮んだヤミオコシの魂を、愛鷹達が元の宿魂石に戻してくれるっチャ」


「今度こそ…今度こそ本当に終わったんですね…」


 俺は精魂尽き果て、その場にへたり込んだ。

 いや~長い二日間だった…

 疲れた、マジ疲れた。体中痛いし…

 もう色んな事有りすぎて頭の中の整理がつかない…

 とりあえずだな…


「チャミさん!ビー!マイコ!今は居ないけどミョーミョー!ハンディー!そして監視課の皆さん!お疲れ様でした!」


 そして、モモメさん、不死雛、茶坊爺、忠順公、爺ちゃん…本当に有難う…


 座り込みながらお辞儀をした俺に、犬養さんや監視課の人達が拍手をくれた。最初は嫌な印象だったけど、けっこうい人達だ。


 ふと見ると、同じようにへたり込んでるチャミさんが、不思議そうな顔して俺の事をガン見している。


「どうしました?俺の顔に何か付いてます?」


「いや…違うっチャ。顔じゃ無く背中に…」


「背中に?」


「チャハッハッハ…タフなお爺ちゃん!」


「…えっ?!ま、まさか、さっき別れを告げたのに…又俺の守護霊に復活してるんですか?!」


 さっきの別れの挨拶は何だったんだよ!爺ちゃん!!

 何でミョーミョーの光線浴びてるのにまだ元気なんだ?

 このまま爺ちゃんがS級怨霊に成らないか心配に成ってきたぞ…


「ご苦労様です。皆様。お疲れの事だと思いますので、手作りのお茶をお持ちしました」


「ハンディー!」


 向こうからハンディーが、動く自販機の上にチョコンと座りながら此方に向かって来る。

 そして自販機を動かしているのは勿論…


「チャチャー!ガチャガチャ持って来たよー!ミョーミョー!」


 ミョーミョーは地面の玄武岩と合体して、自販機を地面ごと動かしていた。


「ミョーミョー雛!!…自販機は動かすなと…勝手に動かすなと…あれ程言ったずらぁああああ~!!」


「自販機を動かしたんじゃ無いよ。地面を動かしたんだよー。ミョーミョー」


 広大な樹海に皆の笑い声が響く。

 響いた笑い声は富士山まで届いて木霊こだましているかのように思えた。


 そして頭上の満月にも、俺達の笑い声はしっかり届いただろう…

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