第24話 これからも…

「イテテテテ…クッソッ…あばら折れたかな?」


 俺はうつ伏せ状態に成りながら、周りを確認した。

 洞窟の天井が崩れて来たが、ヘルメットしてたから頭は何とか無事だった。

 けど、崩れた瓦礫に体中をうちつけられた…よく生きてたな、俺。

 前方に僅かな光が見える。何とか50センチ位の隙間が有るので匍匐前進ほふくぜんしんで光の方へと向かう。


「ドウル殿!!ささ、早く!!」


 茶坊爺の声だ。


「茶坊爺!良かった、無事だったか!」


 光を背に茶坊爺のシルエットが見えた。

 そうか!茶坊爺が崩れてきた天井を支えてくれたから、この隙間が出来たんだ。

 ありがとう茶坊爺。


 俺は急いで這いつくばりながら外に出た。


「ドウル君!良かった無事だったっチャ!」


「もう…心配させないでよ。今、蒼蛇龗あおおかみを動かす所だったわ」


「ドルドル!ミョーミョーね、いっぱいビックリしたよー」


「すいません心配かけて…茶坊爺が助けてくれて…あっ、茶坊爺!もういいぞ、出て来て……茶坊爺!!」


 さっきは逆光で分からなかった…

 外に出て気付いた。

 茶坊爺は片手で洞窟の天井を支えていた事を…

 片手しか無いからだ…

 片足も無い。

 そして頭もげかけており、ダラーンと垂れていた。


 ヤミオコシにやられていたんだ…


「カッカッカッ…。お気になさるなドウル殿。某、どちらにせよもう寿命。ここまででござる」


「だめだ、茶坊爺!!全員死ぬなと命令したはずだ!!」


「カッカッカッ…ドウル殿、申し訳ないが某の主君は今も忠順公。そして忠順公なら必ずこう言うはず、『ドウル殿のような若者は死なせてはいけない。守りぬきなさい』と…」


「茶坊爺…」


「ドウル殿…電子瓦版屋の貴殿にお願いがござる」


「何でしょうか?…」


「科学が進み、人形達もどんどん人間に近づいております。そのうち人間を滅亡させ、地球を支配するのではないかと囁かれておりますが、ご心配なさるなと世にお伝え下さい。人形達は5000年前…いえ、もっと昔から、人間の一番の友で有ります。そして、これからもずっと…」


「分かりました。必ず約束します」


「ミョーミョーよ、皆によろしくな。茶美様ひめぎみ、そしてアサマ様…富士をお頼み申します…」


「分かったっチャ。長い間本当にご苦労様だったっチャ。茶坊爺…」


「立派なお侍人形さん。ゆっくり休んでね…」


 茶坊爺は歯を出して〝ニカッ〟と笑った。

 そして力尽き、支えていた洞窟の天井と一緒に音を立てながら崩れ落ちる…

【絡繰番頭】茶坊助の長い生涯は、置女風穴と共に完全に閉ざされた。永久に…


「ジィージィー!!」


 泣きながら埋まった洞穴と合体して助けようとするミョーミョーを、抱き寄せて宥めた。

 ふと見ると、足元に茶坊爺の小さな茶碗が転がっている。

 俺はそれを拾い、チャミさんにお願いした。


「チャミさん…この茶碗、俺が預かっていいですか?忠順公の側に運んであげたいんで…」


「…そうっチャね。それが一番いいっチャ。…それと後、ドウル君に渡したい物か有るっチャ」


「何ですか?」


 チャミさんは十センチほどの人型の紙を、俺に申し訳なさそうに差し出した。


「洞窟から出て気付いたっチャ。この形代かたしろに鎮魂させてもらったっチャ」


「えっ?何をです?」


「ドウル君の守護霊さん…ドウル君のご先祖様っチャ…」


「守護霊?俺に守護霊付いてたんですか?」


 チャミさんは黙って頷いた。


 あっ!ああああああああああ…!

 そうだ!思い出した!

 初めて会った時、ビーがミョーミョーに言ってた!

 俺が首無しお化けから離れてからビームを撃つようにと…

 霊的な物に効果有っても、人的には余り影響無いビームだ!別に俺が離れなくても良かったはずだ…

 離れる理由は俺に守護霊が付いてたからなんだ…


「爺ちゃん!爺ちゃん何ですね?!」


「そうっチャ。ドウル君が言ってた鹿討名人のお爺ちゃんっチャ。光線を浴びてしまって、もうすぐ魂は浄化するっチャ」


「爺ちゃん…巻き添えくらわしてしまったんだ…ゴメン…」


「ドウル君…この形代に鎮んでもらう時、お爺ちゃんはドウル君が頼もしく成ったと喜んでたっチャ。もう心配もいらないだろうと言ってたっチャ」


「爺ちゃん…」


 あの時、本当に力貸してくれたんだな…

 ありがとう…爺ちゃん…

 馬鹿な孫で、本当にゴメン…


「昔は形代を川に流して清めながら魂を浄化させたっチャが、今は諸々の事情で川に流せ無いっチャ。このまま自然浄化を待つっチャ…」


「魂って浄化されたら生まれ変わるんですか?」


おもいを無くした魂は、別の物に再び産霊むすびをおこすっチャ。つまり生前の記憶は無くしても、魂は必ず生まれ変わるっチャ。次も人間に生まれ変わるかは分からないけど、お爺ちゃんみたいな人は生まれ変わって幸せに成るべきっチャ」


「そうですね…爺ちゃんも茶坊爺も人間に生まれ変わったら年下に成るのか…何か変な感じです…」


「チャハッハッハ…ドウル君の子供に生まれ変わるかも知れないっチャ」


 隣で聞いていたモモメさんも優しく微笑んでいた。

 俺は預かった紙人形をリュックに大事にしまう。


 爺ちゃん…最後に一緒に富士山を見よう。俺達が守った富士山を…

 いや!本当に富士山は守れたのか?


「チャミさん。モモメさん。行きましょう!皆と富士山が心配だ…」


 俺は塞がれた洞窟に今一度頭を下げ、失われた者達に別れを告げた。




「チャミ姫!!伊和佐さん!!無事だったずらかー!!」


 犬養さんだ。こちらに向かって来る。


「犬養さーん!!愛鷹さん達は無事でしたー?」


「皆無事ずらー!ハンゾウが地雷を先に見つけていて、空中で爆発させていたみたいずら!!」


 良かった。後は噴火の被害さえ…

 そうだ!!噴火だ!!


「犬養さん!!今の揺れは噴火ですか?富士は噴火したんですか?溶岩流や火砕流は?」


「噴火はしたずら!宝永噴火の時の火口付近から亀裂が入って火山礫を吹き上げ、火山性ガスを伴った噴煙が立ち上ってるずら。けど規模は小さく、周辺に今の所は被害報告は出て無いずら!」


「良かった…」


「でも予断は許さないずら。いつ状況は変わるか分からないずら」


「そうですね。とりあえず皆の元へ…」


 俺達は合流する為に、先ほど家塚と争った場所へと戻った。




「おー!!サクラナ姫!これは、これは…お久しぶりでございます!チャミ姫、ドウル王子もよくぞ御無事で…」


 広場には愛鷹一人が立っていた。

 愛鷹は昨日と違い、犬養さんと同じような迷彩服を着ている。手にはファルコングローブをつけていて、その上にはハンゾウが大人しく留まっていた。


「愛鷹さん!ビーやマイコ達は?」


「ここに居るぜ!」


 腕が一本折れたビーと、両袖が無くなったマイコが、近くの木の枝に並んで立っていた。


「ドスッ!袖が短いのでもうマイコでは無く芸妓ですな。ハッハッハッ…」


「ビー…マイコ…無事だったか…」


「当たり前だろ!約束通り、怨霊全部鎮めてやったぜ!」


「ドスッ!八割方私が倒しましたがな。ハッハッハッ…」


「アブラオキメにとどめを刺したのは私だからな!!」


 ビーが愛鷹の方を指さしたのでよく見ると、愛鷹は右手に水晶玉を持っていた。その中に小さくなって眠っているようなアブラオキメが見える…

 良かった…闘いは全て済んだんだ…


「ビー!マイコー!ご苦労だったっチャ!」


「マスターチャミ!元気そうで良かったぜ…あれ?茶坊爺は?」


「…すまない。俺を助けた後…そのまま岩の下敷きに…」


「死んだのか?」


「…重傷も負ってたし、助けられなかった」


「……そうかぁ…カッコいいじじぃだったろ?最後も…」


「ああ、最高にカッコ良かった。俺は本物の侍魂を茶坊爺に見せてもらった。今回の富士の噴火で被害が出なかったのは、忠順公と茶坊爺の高潔な志が成し遂げたものだと思っている」


「侍魂かぁ…しっかり受け継いでくれよな」


「ああ…」


 ビーは俺に気遣って微笑みを向けてくれたが、やはりどこか寂しそうだった。

 本当にごめん…俺があの時、茶坊爺に見張り役をさせなかったら…


 俺が俯いてたら、〝ポンッ〟と、チャミさんにお尻を叩かれた。

 チャミさんは優しく〝ニコッ〟と笑うと、何かを探すようにキョロキョロしだした。


「愛鷹!そういえばハンドメイドはどこっチャ?」


「えー、部下と一緒に護送車の中です」


 ハンディーは括り付けた数十人の闇興会メンバーの糸をほどくために、他の特殊監視課の人達と一緒に車の中に居るらしい。

 車の中では、カンスケや負傷した監視課の人達の手当ても行っており、全員命に別状は無いとのこと。良かった。

 一応家塚も糸は抜き、一命は取り留めたらしいが…まぁ、後は愛鷹達に任せよう。


「いやー、しかし、貴方、貴方、貴方!ドウル王子!まさかの大活躍で!雛達から聞きましたよ。雛神に好かれる才能も秘めておられる。どうです、特殊監視課に転職しませんか?ちょうど人員が一人、ペケったとこです。小隊長候補ですよ」


「いや、結構です。俺に人形遣いは向いて無いの身に染みましたから。家塚のやられた姿見て、完全に日和っちゃたし…それに、たまたま上手くヤミオコシは鎮めたけど、結局噴火はするし、茶坊爺亡くなるし、更に爺ちゃんまでも…で、責任感じて滅入ってます…」


「何言ってるっチャ!ドウル君居なかったらチャミ達死んでたし、噴火ももっと酷かったかもしれないっチャ!」


「フフッ…そうね。けど、ドウル君は私との約束が有るから、記者は暫く辞められ無いわよ」


「あっ…そ、そうですね…」


 そうだ。俺はちゃんとモモメさんに忖度した記事を書かないと、大変な事に成る。

 あの場は必死だったから大きい事言っちゃたけど、本気で魂込めて書かないと、下手したら俺だけでは無くて日本が危ない。


「ま、任せて下さい。か、必ずモモメさんが納得行く記事を書いて、世界中の人に大自然の重要性を改めて認識して貰えるように努力します」


「楽しみにしてるわ。お願いね。因みにもう聞いたかも知れないけど、私は炎だけで無く、風も水も大地も動かせるからねっ。フフッ…」


 えーと…それはどんな自然災害も思いのままに起こせるって事ですね…ハハッ…


「それじゃ、私はこれで失礼するわね…」


「ちょ、ちょっと待って下さい!モモメさん!富士は今からどうなります?」


「多分あと数分で噴煙も収まるわ。けど、ガスも出てるし、暫く噴火口には近づかない事ね…」


「収まるんですね…良かった…モモメさんは今から何処へ?まさか噴火口に行くんじゃ…」


「まさか。今から熊本に行ってくるわ」


「熊本?」


「阿蘇の方も心配なの…」


「阿蘇山もですか?でも、富士山よりは低いから、噴火規模は大したことなくて安心ですよね?」


「ドウル君…分かって無いわね…霊峰富士は背は高いけど、火山としてはまだまだ子供よ!大人の阿蘇が本気に成ったら日本が滅びるわよ!」


 すげー怖い顔で睨まれた。


「記事を書くなら、ちゃんと火山の勉強もしときなさい!」


「すいませんでした…」


 叱られる俺を見て、隣でチャミさんが笑ってた。


「日本の火山の数は、地球全体の数の七パーセントも占めているの…でも、その御陰で豊かな自然に恵まれている…その事を決して忘れないでね。フフッ…」


 そう言ってモモメさんはボロボロに成ったピンクのキャスケット帽を目深に被り、手を振って去って行った。

 有難う御座いました。又、記事が書けた時に会いましょう…


「さて、さて、我々も戻りましょうか。犬養とドウル王子は手当てが必要でしょうし…」


「あっ!愛鷹!ところでヤミオコシは何に鎮めたっチャ?」


「えっ?チャミ姫が鎮めたのでしょ?」


「ううん。チャミずっと寝てたっチャ。ミョーミョーの光線で目が覚めたっチャ。目が覚めた時には近くに居なかったし、愛鷹が鎮めたのかと…」


 チャミさんと愛鷹は暫く見つめ有ってた。

 そして二人とも眉をひそめて困った顔になっていく…


「ど、どういう事です?光線を真面に浴びたから浄化したんじゃ無いんですか?」


「S級クラスが容易たやすく浄化しないっチャ。自然浄化するまで何かに鎮めておかないと…」


 そうなんだ。ダメージを与えても浄化までは無理なのか…


「伊和佐さん。神クラスを倒すなんて無理って言ったずら…」


「だとしたらヤミオコシは今どこに…」


 その時だった…


〝バキッ…バキバキ…バキッ…〟


 木を薙ぎ倒す音が此方に近づいてくる。

 ビーとマイコが戦闘態勢を取った…

 その場に居た全員に緊張感が走る。


 バキバキ音を立てる方角から御影石の塊みたいな物が見えて来た…立ち並ぶ木々より遥かに大きな塊…人間の上半身の形のような塊…


「しまったチャ!…もうこんな時間っチャ…これはヤバミっチャ…」


 低い雲は黄金色こがねいろに染め上げられ、天空は徐々に群青色へと塗り替えられる。

 太陽は顔を沈め、夕星ゆうづつが闇夜をいざなう。

 黄昏時…闇興ヤミオコシの時間だ…






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る