第23話 玄武岩

「ここですか…」


「そう…ここが置女風穴おきめふうけつ…足下に気を付けてね、滑りやすいわよ」


 立入り禁止の札の掛かったロープを潜り、苔だらけの岩を踏み締めながら、ゆっくり下へと降りる。

 ニメートル位しか降りて無いのに、上と気温が全然違う。

 夏なのに真冬のように寒い。

 まだ洞窟の入り口だから、中はもっと寒いだろう。

 この奥に居るチャミさんは、大丈夫なんだろうか…

 洞窟の奥を覗いても何も見えない。

 ただ、漆黒の暗闇しか続いて無かった…



 一緒に行くと言った犬養さんを引き留め、捕まえた闇興会の見張り役を頼んだ。あの怪我だ、無理はさせられない。

 ハンディーには愛鷹達が心配だから見に行かせ、無事ならビー達と合流して悪霊退治の手助けをするよう頼んだ。怪我人が居るようなら敵味方関係なく、手当てをするようにも言っておいた。

 当初の予定通りに俺とモモメさんと茶坊爺、そして5人組から貰った色んな物と合体したミョーミョーで洞窟の前まで来た。

 狭くて崩れやすい洞窟の中だ。出来るだけ少人数で中に入る事にする。



「茶坊爺…中にチャミさん以外に何か居そうか?」


「洞窟の中には悪霊や他の人間は居ないと思われます。ただ、大きな気配が近くに…」


「ヤミオコシか……茶坊爺、ここで見張り役を頼む。奴が現れたら知らせに来てくれ」


「あい分かり申した」


 横穴の中を懐中電灯で照らしても、中はハッキリ見えない。


 何が出て来てもおかしく無いな…

 クソッ!寒さで震えて来た!

 決して怖いから震えてるんじゃ無いんだからね。


「アサマホノハナ、サクラビ」


 暗闇の中にピンクの炎の花が咲き、凄く明るくなった。ワーイ。


「有難う御座います、モモメさん。行きましょう」


 俺達は洞窟の中へと進んだ。

 入って間もなく、地面から伸びた沢山の逆さ氷柱つららが出迎えてくれた。

 氷筍ひょうじゅんだ。

 氷筍は、モモメさんが咲かせたピンクの炎の花の灯りを浴びて光輝き、洞窟の中を幻想的な世界へと変えている。

 コレがデートなら、この場所を選んだ男性は合格点を貰えるだろうが、残念ながらココはデートコースでは無い。下手したらこの道の先は、黄泉の入り口へと続く事に成る。


 周りを見渡すと中は思ったより広く、炎の灯りが有っても奥までは見えない。かなり奥行きが有りそうだ…


「この洞窟、どれ位の長さ何ですか?」


「三百メートルは有ると思うわ。チャミちゃんは多分一番奥に居るわね」


「そんなに長いんですか?」


「短い方よ。フフッ…」


「えー!三百って短いですか?この辺で三百メートル以上って…そういえば人穴洞窟は江ノ島まで続いているって、吾妻鏡にそんな迷信が有りましたね」


「迷信?フフッ…」


 何だよその笑いは……まさか本当に続いているのか?

 そういえばモモメさんは本当に東京からバスでここまで来たのか?

 まさか秘密の地下通路を通って…

 いや、例の都市伝説の地下鉄は存在し、俺達の知らない地下要塞が作られているんだ!この富士の下、そして関東一帯にアサマ一族の秘密のダンジョンが…


「何、考え事してるの?チャミちゃん居たわよ…」


「チャミさん!!」


「チャチャ!!」


 俺は阿呆な妄想を吹き飛ばし、チャミさんの元へ駆け寄った。

 チャミさんは糸で縛られて横たわっていたが…


「大丈夫!息が有ります!眠らされているだけです」


「チャチャ!ミョーミョーだよー!助けに来たよー!起きてー!」


「ミョーミョー、起こすのは後でもいい。茶坊爺はまだ来てないけど、ヤミオコシが必ず来ると思うから早く行こう」


 俺は持っていた小型ナイフで糸を切り、チャミさんを両腕に抱き上げ、入り口の方へ急ごうとしたが…

 モモメさんはしゃがみ込み、地面に片手を付いて下を眺めだした。


「どうしたんですか?モモメさん?」


「もう時間が無いわ。ここから赤蛇龗あかおかみを動かす」


「ここでッ!でも、ヤミオコシが洞窟を崩すかも知れませんよ!」


「大丈夫…ヤミオコシは私を殺したく無いんでしょ?フフッ…」


「モモメさん…」


「先に行ってて!後から追うわ…」


「分かりました。外で待ってます。よろしくお願いします」


 地面に集中しているモモメさんを残し、俺達は入り口の方へと戻った。

 だが…

 入り口付近に人影が立っていた…

 見覚えの有る口髭を生やした中年男性が…


「クソッ…すまない…茶坊爺。やられちまったかな…」


「若僧ぉぉ…後ろのアサマの女に用事が有るぅぅ…会わせろぉぉ…」


「あ、生憎と地下のドラゴンさんと商談中だ。アポ取って無いなら今度にしてくれる?」


「そうかぁぁ…今すぐお前達は常世に送ろうぅぅ…」


「ヤミオコシ…いや、カガセオ!お前が亡くなってから千五百年近いんだろ?どんな目に有ったが知らないが、いい加減に秦家や大和朝廷に対する怨みを抑えてもらえないだろうか…」


「我はもうぅぅ…河勝や大和に怨みは無いぃぃ…」


「えっ?」


「我が怨むのはこの星だぁぁ…」


「ど、どゆこと?」


「現世の人間に聞いたぁぁ…地球と言うのだなぁぁ…このわれらが住む星ぃぃ…」


「ああ…そうだ」


われが魂だけと成ったときぃぃ…見てきたぁぁ…月も太陽も夕星ゆうづつ(金星)もぉぉ…皆、生物はいないぃぃ…魂を持って動く物など無いのだぁぁ…」


「…」


「他の星が正しいぃぃ…あれが本来有るべきの姿ぁぁ…常世の世界だぁぁ…この星が間違っているぅぅ…」


「何で間違いなんだ?生き物がいるって奇跡は、素晴らしい事じゃ無いのか?」


「どこが素晴らしいぃぃ…生物が居るから殺し合うのだぁぁ…動くのに必要だから奪い合うのだぁぁ…悲しみ、怒り、痛み、憎しみ、絶望を繰り返すぅぅ…動くからだぁぁ…他の星のように魂が動かなければぁぁ…魂が石や砂など動かぬ物に宿っていれば、そんな感情は芽生えないぃぃ…魂は苦しむ事無く、永遠に生きられるぅぅ…生物を作り出したこの星を我は怨むぅぅ…すべての元凶はこの星ぃぃ…すべての生物を滅ぼし、動く魂の無い常世に我が戻してやろうぞぉぉ…」


「カガセオ…お前、生前は良い人だった気がする。多分、秦河勝とは友達だったけど、裏切られたのかな?…それで友達を恨むんじゃ無く、矛先を変えたように俺には思える…」


「お前も矛盾を感じるだろぉぉ…どんな善人でもぉぉ…生きるには何かを殺しているのだぞぉぉ…魂を奪い合ってるのだぞぉぉ…」


「確かにそうかもしんない。けど…んー俺達生物が生まれた理由って、ヤッパなんか有るんじゃ無いかな?奪い合ってでも動かないといけない理由が…それが何か分からないけど…動かないと手に出来ない物なのかもしれないし、未来にその答が有るのかも知れない。答が見つかるのは、何万年も先の事かも知れないけどさぁ…」


「お前は平和な常世を望まぬかぁぁ…」


「ごめん。俺は現世のままでいい」


「潰すぅぅ…」


「えー!自分と意見違ったら駄目?神なら寛大に成ってよー…まぁ俺が思う神は、自分を犠牲にしてでも未来を創ろうとする者だけどな…」


 カガセオの腕が硬化しだした。

 タメ口で喋りすぎたか、少々お顔が怖く成っている。

 俺にはどう足掻あがいても敵わない相手に失礼した。

 ミョーミョー、出番だ。カガセオ様に鎮んで戴こう。


「ミョーミョー!合体だー!」


「ミョー!」


 俺はチャミさんを地面にそっと置き、左腕で支えながら、まだ痛む右腕を前に突き出した。

 右腕は乾いた血で赤く成っている。

 実は俺はわざと直ぐに止血せず、血を拭わなかった。

 ミョーミョーが俺の腕に巻き付きやすくなる為だ。


「なるほどぉぉ…血は鉄の味ぃぃ…血は鉄かぁぁ…」


「そういう事。完全に融合は出来ないが、固定は出来る。狙いやすいだろ」


「だが、その震える体でぇぇ…当たるかなぁぁ…一発でぇぇ…」


「プレッシャー掛けないでくれる…」


 カガセオは又ホロスコープを宙に作って立ち止まっていた。


「やはりぃぃ…お前は小心者だぁぁ…強がっていても隠せないぃぃ…体が勝手に震えて来るだろうぅぅ…」


 うるせー!知ってるよ!

 それより、もっと近づけ!


 クソッ…駄目だ…

 緊張するし、痛いし、寒いし…

 ドローン置いて来たけど何か色々合体してるから、超重いし…


 どんどん手が震える…


 こんなに震えるのは中学卒業以来だ…

 あの時俺は、卒業後に好きな子にコクろうと思って携帯を手にした…

 結局緊張しすぎて電話掛けられ無かったんだよねぇ~…

 だが、今はあの時の俺とは違うはずだ!頑張れ俺!

 んな事思い返している場合じゃ無いけど…


「さあぁぁ…打てぇぇ…我はこのまま動かず、逃げないでおこうぅぅ…」


「馬鹿にすんなー!!見てろー!!」


 この作戦が失敗したら俺もチャミさんも死ぬ…

 失敗するわけにはいかない…

 爺ちゃん…俺に勇気を…


 俺は唇を噛み、意を決する。


「よしっ!今だあ!!打てっー!!ミョーミョー!!」


「行っくよー!!食らえ、〝タブタブビィィーム〟!!」


 妙な大音響と共に俺の腕が光った。

 大丈夫…狙い通りにいったはず…

 そう…俺の腕の先に居るカガセオは…


「ふははははぁぁ…やはり外したかぁぁ…何とも無いわぁぁ…」


 奴は笑いながら平然と近づいて来る…

 ハハッ…終わった…

 俺は尻もちをつき、その場に座り込んだ…


「まとめて常世に行くがいいぃぃ…」


「……主人マスター…俺が何で富士の湧き水が硬水だと勘違いしたと思います?…」


 俺は俯きながら聞いた。


「?…何を言っておるぅぅ…この体の男ならいないぃぃ…常世に渡ったぁぁ…」


「富士山がね、玄武岩で出来てるからですよ…山頂からの水は、玄武岩をフィルターにするから、てっきりミネラルたっぷりの硬水だと思ってました」


 その時、洞窟が揺れた。


「おおぉぉ…地震だぁぁ…噴火が近いなぁぁ…もうすぐだぁぁ…」


「溶岩はマグネシウム、鉄などを多く含むと黒く成る。この黒い溶岩を玄武岩という。富士山は世界でも珍しい玄武岩ばかり噴出する火山だ…」


「?…さっきから何を言っておるぅぅ…何が言いたいぃぃ…」


「そう…この樹海の大地も…この洞窟も…すべて玄武岩…金属が含まれている…」


「!!…ま、まさかぁぁ…」


 カガセオは俺の横を見た。

 地面に右腕をめり込まして笑っているミョーミョーを…


「やっと気付いたか!今のは地震じゃ無い!ミョーミョーがしたから振動したんだ!右腕の銃はこの洞窟と融合した。俺達は今、ミョーミョーの…銃砲の中だ!つまりお前が洞窟から出ない限り、光線を放てば絶対に当たる…いくら下手くそなミョーミョーでもなっ!!」


「馬鹿がぁぁ……銃は一発しか撃てないのだろぉぉ…聞いていたぞぉぉ…変化したとこらでぇぇ…」


「今の光と音はフェイクだよ!お前は意味分かんないと思うが、タブレットの録画再生の映像だよ!」


 そう、俺は昨日『テオス』に行った時、カウンター上に置いたリュックの中にビデオカメラを忍ばせて、隠し撮りをしていた。

 その時映っていた光線の発射シーンを、タブレットとも合体していたミョーミョーが再生しただけだ。

 カガセオは宝永の闘いの時に鉄砲は知っていたかも知れないが、レーザー銃は知らなかった。あの時もしゃがんで避けていたので、レーザー光線がどういう物か分かっていない。音と光だけで十分騙せた。


 俺がいくらガンシューが得意って言っても、初めての実戦なのに一発で命中させるなんて自信が無い。そこでミョーミョーが玄武岩と合体出来る事に気付いた俺は、玄武岩げんぶがん玄武銃ゲンブガンに変える作戦を思い付いた。

 カガセオを油断させながら奥に誘い込み、洞窟を丸ごと銃に変える…

 奴が洞窟から逃げられ無いようにしてから撃つ為に、今まで芝居をしてたのさ…


「ここなら合体する物が無いと思って洞窟に誘ったみたいだが、薮蛇だったな!!カガセオ!!狙い通り罠に掛かったのはお前だ!!」


「グウゥゥ…」


 奴は外に向かって逃げようとしたが…


「もう遅い!!今度は本物を撃てっ!!ミョーミョー!!」


「行っくよー!!食らえー、〝ミョーミョーもチャチャやみんなを守りたいんだビィィームゥゥ〟!!」


〝カッグクワワセワラーンーニュードフジコガーンセキュュュュュユユユムヨクカーーーン!!!!!!〟


 耳が割れそうな程の変な大響音と共に、洞窟内は万華鏡のように多彩な幾何学模様の光がグルグル回りだす。やがて光は固まって洞窟の外へと物凄い勢いで放出された。

 風圧で外に飛ばされそうに成り、慌ててチャミさんを抱き押さえながら耐える。

 氷筍は全て折れて洞窟の外に飛ばされた。


 …数秒後、光と音は消えて洞窟内は静粛した。


 カガセオは…

 カガセオ…『テオス』の主人マスターの体は洞窟の入り口前に倒れており、全身から煙を上げながら〝ピクリ〟とも動かなくなっていた…


 俺は大きな溜め息を一つ吐いた。

 作戦終了だ…


「ゴホッ!ゴホッ!…」


「チャミさん!!」


「チャチャ!!」


 抱えていたチャミさんがせながら目を覚ました。

 良かった…


「な、何っチャ?ここどこっチャ?」


「大丈夫ですか?ここは洞窟の中です。朝、家塚に拉致されて…」


「プッ!!チャハッハッハ…ドウル君何て格好っチャ…」


「えっ?」


 俺は言われて自分の格好を見た。

 服がボロボロだ。


「髪もチリチリっチャ!チャハッハッハ…」


 嘘っ!!

 そういえばチャミさんも髪が少し縮れているし、服も少し破けている。

 俺が庇ったからマシなんだ。


「えぇぇー!!チャミさんが人的には影響無いって言うから信じたのに…」


 俺は今までの経過と、洞窟をレーザー銃に変えて光線を放った事を説明した。


「そりゃ、いくら何でもそんな至近距離なら影響有るっチャ!チャハッハッハ…」


 まっ、そりゃそうか…光線を放出するエネルギーが有るもんな…


「…助けに来てくれたんだね。ありがとうっチャ」


「まだ三分の一を返しただけです…」


「ドウル君…これ、どういう事?」


 いつの間にかすぐ後ろにモモメさんが立っていた。

 服がボロボロで、ちょっぴりセクシーに成っている…


「人が集中している時に…やっぱり大噴火させてやろうと思ったわよ!」


「す、すいませんでしたー」


 とりあえず海老反りでは無く、ノーマルタイプの土下座をした。


「後でたっぷりお仕置きね」


 今度は何食わされるんだ…


「ま、いいわ。それより早くココを出ましょう。もうすぐ噴火するわよ」


「えっ?!本当ですか?赤蛇龗は?」


「一応鎮めたけど、噴火は免れない。急がないとロボ子さんの合体で、この洞窟は崩壊寸前…今、噴火の振動が起こったら生き埋めよ!」


「分かりました。急ぎましょう」


 入り口の方に向かっている時、横たわった主人マスターが目に入った。安らかそうに眠っているように見えるが、息は止まっている。


主人マスター…俺、大事な事言い忘れてました…」


 俺は立ち止まって声をかけた…


「お茶…ごちそう様でした。美味しかったです。心の籠もった最高のお茶でした。ありがとうございました…」


 俺は手を合わせ、心から冥福を祈った。


 主人マスターの体が突然炎に包まれ、茶昆たびされる。


「モモメさん…」


「可哀想だけど、運んであげれる余裕が無いわ。急いで!ドウル君!」


 チャミさんとミョーミョーが飛び出し、モモメさんが続いて抜け出た。そして最後に俺が洞窟から出ようとした瞬間__


〝ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォォ…〟


「「ドウル君!!」」


 地鳴りと共に、目の前が一瞬で暗闇に包まれた…


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