第22話 針供養

「待て!ハンディー!家塚は強い!茶坊爺と一緒に…」


 不用意に近づき過ぎだ!ハンディー!危ない!

 体から出す複数の針糸攻撃が有るとはいえ、特殊監視課の陣形部隊を無傷で倒す奴だぞ!いくらハンディーでも…


「ドウル殿…ハンドメイド一人で大丈夫と思われます。それより『全力で…』と、ハンドメイドに言ってましたな…」


 隣で待機している茶坊爺が、首を傾げて少し困った様子でいる。

 どうしたんだ?


「ああ、全力で無いと家塚は強いだろ!」


「いえ、実は茶美様ひめぎみは常々、ハンドメイドに『本気で闘うな』と、言っておられました…その事が少々気になります…」


「ど、どゆこと?」


「某もハンドメイドが闘ったのを見たこと無いので分かりませんが…」


〝ガシャーン〟


 家塚は火は効かない事が分かると、持っていた火炎放射器を投げ捨てた。

 ミョーミョーに見られそうに成ったので、手下は慌ててシートで火炎放射器を隠す。

 間違ってもソレと合体させんなよ。

 山火事に成ったら敵も味方も関係なく、あの世行きだぞ。


「ふん!まぁいいや!中から出てくる糸は普通の糸だ…所詮は布人形…」


 家塚は棍棒を取り出し、柄に付いたスイッチを入れた。

 棍棒の先からは鋭利な刃物が出て来て、槍みたいに変形しやがった。

 仕込み棍棒だったのか。


「糸を全部ぶった切ってから、羅婆々みたいに体をズタズタに切り裂いてやる!」


「羅婆々は私の家事の先生でした。家事だけで無く、色んな事を教えて貰いました。因みに私は闘いが嫌いなので無く、羅婆々の言い付けで闘いたく無いのです…」


「はぁ?どうでもいいぞ!お涙頂戴の人形劇を見にコイツらも来たんじゃねえよ。人間も人形もフルボッコに壊される…そんな楽しい虐待ショーを見に来たんだからな」


 五人組はクスクス笑ってる。コイツらも、どうしようも無い奴等だな…


「そうですか、分かりました。家塚様。良ければ私の心を読んで下さい。今まで読めなかったと思いますので、解き放ちます」


「ほう…そうかよ…じゃ、遠慮無く…はぁ?何だ、これ?な、な、な、ち、違う!こ、これは…」


 ん?急に家塚の顔が青ざめた。あれだけ余裕綽々だったのに…

 何が有った?


「お分かりに成りましたか?羅婆々は私が闘えば残酷な結果に成るから止めていたのです…」


 ハンディーは裁縫箱からばさみを取り出した。アレで闘うのか?


「家塚様。あの世に行ったら閻魔様にお伝え下さい。『現世の方が地獄だった』と…」


 ハンディーははさみを開き、自分の首に刃先を持っていった。そして…


〝シャキィーン〟


 えっ!?えっ!?

 ええぇぇぇえええええぇぇえええ???????

 じ、自分の首を切ったあぁぁぁあああ??


手作ハンドメイド血祭パーティー!」


 クラッカーのようにハンディーの開かれた首の穴から、大量の糸付き針が飛び出した。


 な、何だありゃ?じ、尋常じゃ無い数だ…

 百や千じゃない。万単位だろう。

 長い針や短い針、折れた針や錆びた針に釣り針まで混ざっている。

 糸もカラフルで色んな色と素材だ。


 針達は糸をクネらせながら家塚に襲いかかる。


「クソが!」


 家塚は棍棒の先の刃で糸を切っていくが、糸は切られても結び目を作って、すぐ元通りになる。数も多いから追い付いていない。


「グワッ!」


 大きな布団針が、家塚の体中に突き刺さって血が噴き出た。


「うわっー!」


 見ていた五人組が慌てて森の奥に逃げようとしたが、森の奥や地面から糸付き針がクネクネ伸びて来て、五人組を取り囲んだ。

 瞬間…

 晴れてたのに辺りが黒い霞が掛かったように薄暗くなった。

 そして、何処からか女の声が聞こえてきた。


 モモメさんや犬養さんのじゃ無い。


 ミョーミョーや闇興会の子でも無い。


 ハンディー?いや、ハンディーでも無いはずだ。


 だって、これ…

 一人の声じゃ無いもん…


「キャアアアァァー!」

「いやぁぁああぁー!」


 堪らず闇興会の女の子達が抱き合ったまま蹲った。


 そら怖い。俺も怖い…だって…


 幼女の笑い声…


 若い女性のすすり泣き…


 年配女性の呟き…


 ろ、老婆が民謡歌っている…


 辺りに色んな女性の声が、うっすらと響き渡っている。

 耳を塞いでも聞こえてくるし…

 これ何?トラウマに成るんですが!


「グワアアッ!グゲッ!ガッ!ガッ!」


 その間にも家塚は攻撃を一方的に食らっていた。

 もう棍棒も持てない状態だ。

 なんせ手がグーの形のまま指と指が縫い付けられている。


 糸切りばさみが動き、耳を半分切り裂いた。

 真ん中まで切れた耳を、すぐに針が糸を縫い付ける。


 唇を切る。すぐに縫い付ける。


 頭皮を切り裂く。すぐに縫い付ける。


 鋏が全身切り裂いては、血が大量に出ないように皮膚を糸が縫い付ける。


 家塚はどんどんぎだらけのフランケンシュタインみたいに成っていった。


 それだけじゃ無い…


 待ち針が何本も爪と肉の間に刺さっている…

 釣り針が瞼や鼻の皮に刺さって引っ張ている…


 もう見ているだけでコッチが痛い。

 勝負有った。

 止めたいけど肝心のハンディーがいない。

 俺の前には抜け殻に成ったハンディーの皮…と、言うか…

 中身の無い布切れしかない。

 ハンディーの本体って何?糸?


 ん?待てよ…

 ハンディーの抜け殻の横に髑髏マークの裁縫箱トレイが…

 そうか!あの裁縫箱が実はハンディーの本体だったんだ!

 アレに命令を…


手作ハンドメイド冥土土産ギフト!」


 裁縫箱が開いて、大量の煌びやかなビーズやボタンが飛び出てきた。

 うん。アレも本体じゃ無いね。


 飛び出したビーズやボタンを、糸付き針が器用に穴を潜って拾っていく。

 そして、もう殆ど気を失っている家塚の全身に縫い付け出した。

 針は体の中まで潜り込んでいる。

 おそらく内臓にもビーズやボタンを…


 ハンディー!本体どこ?もう堪忍してあげてー!


「縄文時代…女性は皆、魔法使いだった…」


「へっ?」


 闇興会も、犬養さんも、そして俺も腰を抜かして座り込んでるのに、ただ一人突っ立てるモモメさんが語り出した。


「大昔…男性は狩りや力仕事、女性は家事や子育てなど、今と同じような役割が有ったんだけど、女性には〝祈り〟の仕事も有ったの…」


「祈り…」


「そう。狩りが上手く行く、子供が無事に育つ、病気が良くなるなど…女性は呪術の祈祷儀式を行っていた。つまり呪力を身につけていたの。時が流れ、そんな風習が無くなっても、日本の女性にはその力が受け継がれているから、知らず知らずに呪力を使ってしまう。特に細かな針仕事は集中が必要な為、念がこもり、針先にたましい欠片かけらが呪力によって宿ってしまう。放っておくと荒ぶる付喪神つくもがみに成ってしまから、使い終わった針には供養が必要だったの」


「なるほど…それで針供養が有るんだ…」


「そうずら。確か二年前、チャミ姫に『日本中の古い針を集めて来て欲しい』って、言われて集たずら。針供養する家庭が減ったから、チャミ姫がまとめて供養するのかなと思って、三万本は集めて渡したずら。まさか…それが…」


 そうか!

 ハンディーは布人形じゃ無い!

 針人形だったんだ!

 あの三万本の針が本体なんだ!

 家塚がハンディーの心を読んだ時にパニクったのは、何万人もの心が同時に頭の中に入って来たからなんだ。


「何万という女性の魂の欠片がエネルギーの源…メイドさん強いはずよ。そして女性の怨みは怖いわよ…」


 味方で良かった。ハンディーが味方で良かった。てか、今まで出会ったどの悪霊より怖いぞハンディー!


 家塚はいつの間にか近くの木にぶら下がっていた。沢山のキラキラビーズにモコモコボタン。可愛いフリフリのリボンも巻かれている。もちろん瞼や唇をはじめ、全身継ぎだらけの血だらけだ。糸は縫い付けた後も動めいて締め付けている。体はいっさい動いていないのに…


「し、死んだの家塚…」


「いいえ。魂は体から抜け出さないように鎮めて有ります。長生きしたいそうなので、このまま五十年は、この状態で痛みを持続させながら生かします」


 針達は元のハンディーの体に戻り、切れた首は自分で縫って直している。辺りの女性の声と黒い霧は消えていた。


 しかし…家塚…自業自得とはいえ、スマン。何か責任感じるわ。

 俺、ハンディーがここまでするとは思って無かったし…

 これ、一生涯入院コースだよね…


「死んだも同然だわ。命を弄んではいけない…ドウル君!食べて!」


 おーい。モモメさーん…


「さて。残り五名様ですね。申し訳ございませんが、まとめて同じ目に合っていただきます」


 樹海に五人の悲鳴と謝罪の声が響いた。

 女の子の泣き叫ぶ声が悲痛だ。


「ちょ、ちょっと待ってハンディー。手加減してあげて。特に女の子に傷残すの可哀想だから許してあげて」


「そうですね。では、女性の方は許してさしあげます」


「キャアー!さすが女性の味方、アワシマ様!有難う御座います!私、改心して今日からアワシマ様の信者に成りまーす!」


「私もオカ研辞めて、手芸部に入って布教活動しまーす!だーい好き!アワシマ様ー!」


「アワシマ様!男女差別はいけませ~ん!どうか御慈悲を~!俺達、この超合金お雛様とメタルゴッコしてただけで~す。ねっ!ねっ!そうだよね~超合金ちゃ~ん!」


「俺、今日から女に成りまーす!今すぐ切りまーす!だから許して下さーいヨッ!」


「僕、許してもらえるなら、焼土下座でも、裸土下座でも、海老反り土下座でも、何だってします!」


 海老反ったら土下座になんねーだろうが…


「ハンディー!もう、面倒くさいから全員まとめて紐で括るだけにしといてやれ!」


「かしこまりました。小主人様」


「うお~!さすがアワシマ様!だいたいあの角刈り親父、負けフラグビンビン立てて、小物感丸出しだったもんな~。やられる思ったわ。ソレに比べてアワシマ様…ヤッパ大物は違うわ~。心も広いっスわ」


「俺、ヒップホップを取り入れた令和風ネット応援活動しまーす。いや、マジハンパなくカッケーやアワシーマ様ヨッ、チュチュチェケラ!」


「僕、CGアニメ得意何で、二次元的な何か創作活動します」


 完全に寝返った。

 うーむ…江戸時代の淡島願人って、実はこういう人達が成ったのでは?


 樹海に五人のアワシマコールが鳴り響く。

 お前ら後でこっぴどく愛鷹に叱られろ…


 んで、一緒になって踊るな!ミョーミョー!


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