第14話 絡繰番頭

「うわっー…真っ暗だから駐車スペースがよく分かんないや…」


 車はチャミさん家に一番近い駐車場に着いた。

 辺りは予想以上に薄気味悪く、漆黒も漆黒、景色が全く分かんない黒一色で、昼間の緑一色が嘘のようだ。

 んで、車降りたら一瞬で全身に鳥肌が立ったぞ。マジ、やべぇだろ…

 霊感無い人でも流石に『何か居る!』って分かるんじゃないの?これっ?

 もし友達に胆試しを誘われても、誘った人を怒鳴りつけてもお断りするレベルだ。遊び半分で絶対入っちゃいけない。


「送ってくれて有難うっチャ!気を付けて帰るっチャよ」


「何言ってんですか!家まで送りますよ!」


「えっ?けど、帰りここまで戻れるっチャ?まだマイコ達は寝てるから、護衛付けられ無いっチャよ…」


「な、何とか帰ります。それよりチャミさんの方が心配じゃないですか…あっ!足手まといですか?やっぱり?」


「う、ううん!うれしいっチャ!そうだ!だったら朝まで家に泊まっていけばいいっチャ。おとーの部屋を使うといいっチャ」


「えっ?いいんですか?だったら御言葉に甘えますよ」


「いいっチャ。いいっチャ。その代わり夜中、人形達が騒いで寝れないかも知れないっチャよ。チャハッハッハ…」


 未成年の独り暮らしの女の子の家に泊まるのは気が引けるけど…まぁ人形達が居るから独り暮らしでは無いな、ウン!

 どの道近くに宿を取って、朝一でチャミさん家に行くつもりでいた。

 記者としても、一人の人間としても、このまま何もせず眺めている訳にはいかない。


 俺は後部座席の人形達をリュックに入れ、頭にヘッドランプを巻いた。

 歩き出そうとヘッドランプのスイッチを入れ、前方を照らした時…


「んぎゃあああぁぁああああああ!!」


「どうしたっチャ!?ドウル君!?」


「お、お、お、お化け…お化け!!」


 居た!!

 いきなり居た!!

 遊歩道の真ん中に、顔が半分焼き爛れた50センチ程のお化けが…

 ん?50センチ…?


茶坊爺ちゃぼじぃ!帰ってたっチャ?」


 えっ?茶坊爺ちゃぼじぃ

 あっ!本当だ…着物姿の日本人形だ…


「おお!やはりチャミ姫で有りましたか!只ならぬ事態と悟り、それがしもたった今、この場に着いた所…はて?この御仁は?…」


「ドウル君っチャ。ヤミオコシと関わってしまったっチャ。チャミらの秘密は知ってるっチャ」


「おお…それはお気の毒に。それがしは【絡繰番頭からくりばんとう茶坊助ちゃぼすけ。皆からは茶坊爺ちゃぼじぃと言われております。お見知りおきを」


 二つ巴の紋柄が入った柿色のかみしもに玉虫色の派手な袴、お盆と茶碗は持ってないが剃髪された頭など見ても、まさに江戸時代に流行った茶運びカラクリ人形そのままだ。

 ただ顔の半分が黒く焦げている。

 最近出来たばかりの焼け跡では無さそうだ。

 恐らく宝永の噴火の時に…


伊和佐いわさ道留ドウルです。電子瓦版屋をやってます。色々お話しをお伺いしたくて、会うのを楽しみにしておりました。どうか宜しくお願い致します」


「パソコンを使った記者の方ですかな?電子瓦版屋は愉快ですな。カッカッカッ…」


「ドウル君。茶坊爺とのお話しは家に着いてからゆっくりするといいっチャ。それより急いで…」


「待つんだっ!!チャミさん!!迂闊に入っちゃ駄目だ!!」


 駆け込んで遊歩道に入ろうとしたチャミさんを、俺は大声で止めた。

 チャミさんは止まってキョトンとしている。


「えっ?!どうしたっチャ?そんなに強い霊気は感じ無いっチャよ?」


「敵は霊体だけじゃ無いですよね?罠が仕掛けて有る筈です」


「罠?」


「左様。某もここに来るまで、何度か罠に掛かりました。チャミ姫。少しお待ちを…」


 そう言うと茶坊爺は一旦暗黒の森に入り、すぐに自分の何十倍も有るツガの大木を運んで戻って来た。


「随分力持ちですね…」


「カッカッカッ…某は力自慢故、米俵四つ位なら持ち運び出来ますぞ」


 茶坊爺はその大木を地面に投げるように下ろした。

 よく見ると大木にはワイヤーが絡まっている。


「近づいたら木が倒れてくるように、細工がされて有ったんですね?」


「左様。某は小さいので当たりませんでしたが、人間の御仁なら…」


 樹海の木は根が浅いから倒れやすい。それを利用したトラップだ。

 チャミさんは攻撃物を人形にする魔法が使ええても、暗闇でいきなり大木が倒れて来たら、躱す術が無い。

 敵はチャミさんの術の事を知っていると考えてよさそうだ。


「ドウル君。何で罠が仕掛けて有るって気付いたっチャ?」


「いや、戦闘系のシューティングゲームをクソほどやってますからね。トラップなんて基本中の基本ですよ」


 しかし…どうする?

 相手は何人居るか分からない。

 拳銃とか持っているかも…

 やっぱりビー達が目覚めるまで、待つべきか…それとも愛鷹達が来るのを…


 俺が思案している間にチャミさんは枯れ木人形を数体作っていた。


「なるほど…先に行かせて身代わりに成って貰うんですね。けど、念には念を入れてビー達が起きるまで待ちませんか?」


「多分、犬養って犬を連れた警備員が、この辺りをパトロールしているっチャ。敵も犬養の目を掻い潜って罠を沢山作ったり、待ち伏せしたり出来無いっチャ」


「昼間会った環境省の人ですね。その犬養って人がすでに倒された可能性は無いですか?」


「犬養とカンスケを普通の人が倒すのは至難の業っチャ。ただ心配は心配だから早く戻りたいっチャ。近道で行くっチャ」


 遊歩道は危険なので、最短距離で森を突っ切る事に成った。方角は即興人形達が迷わずに進むらしいが…


 凸凹だらけの暗黒の道を突き進むのは、都会育ちの俺には不可能だった。

 てかっ、普通出来るわけ無いだろ!何で走れるんだ、チャミさん?!

 十回躓いて転んだところで、俺の体は宙に浮いた。

 有難う茶坊爺さん。

 そんな訳で俺は茶坊爺さんに担いで貰って、チャミさんの後を追った。


 流石にこんな道外れまで、罠は仕掛けられてはいなかったみたいだ。

 なんとか罠にも奇襲にも遭わずに、家の近くまでたどり着いたのだが…


「どうしました?!チャミさん?」


 チャミさんが家の前で立ち尽くながら肩を振るわしている。

 何事かと思い、茶坊爺に下ろしてもらって近づいた。


 近づいて分かった。

 チャミさんの前にはマウンテンパーカーを着た男が三人倒れていたのだ…

 その姿を見て「ウッ」と、俺は小さく唸った…


 それは本当に悲惨な姿だった。

 瞼と唇が開かないよう、それぞれ上下を縫い付けてあった…

 手が動かないよう右手と左手が縫い付けてあった…

 逃げられないように右足と左足が縫い付けてあった…

 直接皮膚を糸で…


 よっぽどの恐怖だったのか、三人は涙と涎を垂らしながら呻いている。


 糸の攻撃…

 アブラオキメのほくそ笑む顔が浮かんだ。

 こんな酷い事をしたのは奴か…

 これ以上被害者が出ないよう、早く倒さないと…


「ハンドメイド!!何て事をするっチャ!!人間には痛覚が有るっチャ!!こんな事したらもの凄く痛いっチャ!!」


 えっ?ハンドメイド???


 よく見たら三人は服や地肌に、大量の煌びやかなビーズやボタンが縫い付けて有った。あっ!このビーズ…昼間見たのと同じ物だ。

 ハンディーがやったの?

 環境省の人が敵にやられたと思ってたが、この三人はひょっとして…

 敵側?


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 扉が開き、ハンディーが中から現れた。

 ニコちゃんマークの顔のままだが、どこか寂しげだ。


「『お帰りなさいませ』じゃ無いっチャ。敵かも知れないっチャが、生きた人間にこんな痛いおもいをさせてはいけないっチャ!!」


「申し訳ございません。ご主人様。ですが私も、この方々に痛いおもいを受けました。この胸に…」


「どういう事っチャ?」


羅婆々ラバーバが殺されました…」



 羅婆々ラバーバ…人形が一体死んだ…

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