第13話 副将軍と関東代官

「じゃあ大生部多おおうべのおお香香背男カガセオは同一人物だったんですか?」


「そうっチャ。茶坊爺ちゃぼじぃの話では、同一人物か同一族らしいっチャ」


「芋虫を常世神とか言って信仰してたのは、何かアブラオキメの方みたいでしたけど…」


「そうっチャ。アブラオキメは生前、虫を操れる魔法使いだったらしいっチャ。カガセオの事を教祖として、常世神とこよがみ信仰を広めてたのはアブラオキメっチャ」


 厚い雲は月や星を隠してしまい、灯りといえば時折すれ違う対向車のヘッドライトと、忘れた頃に現れる申し訳程度の街灯だけだ。

 暗黒の視界の先は、デリネーターと静かに呼吸をしている草木達が延々と続く。

 時折草木達の間から、何かに見られている感覚に襲われては背筋に悪寒を感じているのだが…まぁ、気配だけで見えない方が心臓には良い…

 ここいらに住んでる鹿さん達の視線だと自分に言い聞かせ、怖さを紛らわせる。


 俺は現在チャミさん家に向かって、夜中の山道を車で飛ばしている所だ。


 後部座席には腕と翅を繋いだビー、繭から取り出したマイコ、元のデフォスタイルに戻ったミョーミョーが、元来それが正しい人形の姿なのだが、全く微動だにせずに座っている。

 エネルギーを溜める為に仮眠をしているらしいのだ。

 行きと違ってとても静かな車中で、俺は運転しながら助手席のチャミさんとずっと【闇興ヤミオコシ】カガセオの正体の話をしていた。


「そういえばビーが、あの芋虫は三日月虫ミツキムシの幼虫って言ってましたね。常世神って、ミカンに付くので揚羽アゲハ蝶の幼虫だと思ってました」


三日月虫あのムシも柑橘類に付く事が有るらしいっチャ。日本書紀には〝長さ4寸、黒い斑点が有って、蚕に似ている〟と、書いて有るから全部当てはまるっチャ」


「なるほど…山繭蛾の一種なら、繭から絹糸が取れる。秦氏はかいこから絹を、カガセオ達は三日月虫ミツキムシから絹を作っていたのかも…どちらも先祖は渡来人で、シルクロードを通って西から日本に渡って来た。そして絹の製法を当時の日本人に伝えた…」


「秦氏には、それも気に食わない材料だったのかも知れないっチャ。ライバル関係だったのかも知れないっチャ」


倭文神しとりがみが秦氏か…」



 カガセオ…天津甕星アマツミカボシは、神話時代に今の茨城県当たりを中心に関東を支配していた人物、もしくは一帯を牛耳っていた部族ではないかと言われている。

 名前からも星を信仰対象にしていた星辰崇拝せいしんすうはい者だったとも…

 そして倭文神しとりがみこと健葉槌命タケハズチノミコトに、まつろわぬ者として、鉄の靴で蹴られて成敗されたとされる。

 チャミさんに聞いた所、宿魂石しゅくこんせきとは巨大化して岩の巨人に成ったカガセオが、鉄靴の蹴りで粉砕された時に出来た体の一部の岩石らしく、そこに魂を鎮めて祀っていたらしいのだ。


 一方、大生部多おおうべのおおは飛鳥時代に富士川周辺に住んでいた新興宗教の教祖で、たちばなに付いた芋虫を〝常世神〟と称して人々を惑わせたことから秦氏の秦河勝はたかわかつに討伐されたとされる。


 茶坊爺ちゃぼじぃという人形の話では、実はこの日本書記に書かれた二つの話は、同じ事件を物語っているのだとか…


 天津甕星アマツミカボシの話は古事記に載っていないので、後から神話として創作されて付け足された可能性は確かに有る。

 ポイントは倭文神しとりがみだ。

 一般的に倭文神しとりがみは天照大神を天岩戸あまのいわとから誘い出す布を織った女神とされる。だが、この天津甕星アマツミカボシと闘った倭文神しとりがみは男の武神っぽいのだ。

 つまりカガセオを倒したのは、前者とは別の倭文神って事になる。


 倭文神しとりがみは機織りの神様、布の神様である。

 織物と言えば、秦氏は歴史的に絹織物と関わりが深い。養蚕ようさん技術を伝えたのは秦氏とも言われ、一説でははたはたを表しているとも…

 そして秦氏は大陸から鉄の最新技術も伝えたとか。

 だからカガセオが鉄の靴で倒されたと言うのは、鉄の武器で秦氏に倒されたとも考えられる。

 そう、カガセオを倒した武神の倭文神しとりがみの正体が秦河勝だと言うのだ。


 そして意外な事を聞かされた。

 カガセオの先祖がシルクロードを渡って来た、西洋系の種族ではないかと言う事だ。

 秦氏の先祖がシルクロードを通って来たユダヤ系の人ではないかとは、ネットの噂で聞いた事は有るが…


 セオ(Theo)…外国の男性名だが、元はギリシャ語で〝神〟を意味するテオス(Theos)から来ている。

 占星術の元は紀元前三千年には西洋に既に有ったとも…

 三日月虫ミツキムシが新しい富を運んで来ると言ってたのは、元々は絹を作る為だったのかも知れない。そう、シルクロードを通って来たから絹の製法は知っていた…

 道教的要素もシルクロードを通ってきた渡来人っぽいし、星辰崇拝せいしんすうはいだから方位知識が有り、長距離の長旅や海を渡る航海術にも長けていたかも知れない…

 なるほど、所々だが辻褄が有っている。

 そういえば法隆寺とパルテノン神殿の建築方法が似てるとか、聞いた事が有るな…

 秦河勝は聖徳太子の側近だ。その建築方法を知ってたのはカガセオだった可能性も有る…


 茶坊爺ちゃぼじぃという人形の話がもし本当なら、カガセオの一族はヨーロッパからシルクロードを渡り、関東に住み着いた。

 そして当時の住民に独自の占星学や絹の製法を教えて暮らしていた事に成る。

 しかし大和朝廷とは折り合わず、朝廷側に付いた同じく渡来人の秦氏と争いに成り、そして敗れた…


「カガセオは何で大和朝廷と折り合え無かったのでしょうかね?」


「う~ん…やっぱり文化の違いと思うっチャ。当時の朝廷側は仏教が根付いた時だし、亀卜キボクとかが占いの主流だったっチャ。星占いは異端扱いで迫害されたのかも知れないっチャ」


「なるほどね…自分の星辰崇拝せいしんすうはいを否定されたくは無かった。自分の信じた道を貫き通したか…そして討たれて大和朝廷を怨み、日本に復讐する為に怨霊に成って富士を噴火させる訳か…」


 でも『この世界を常世に変える』って、どういう意味だろ?

 日本を地獄のようにするって意味かな?


茶坊爺ちゃぼじぃさんが江戸時代からの人形なんですよね。宝永の大噴火の時にはカガセオと戦ってるんですか?」


「そうっチャ。カガセオの話は全部、茶坊爺ちゃぼじぃから聞いたっチャ。当時の将軍様は頼り無い人で、水戸藩主の光圀さんや関東代官の忠順さんの言う事をちゃんと聞いてくれていたら、噴火は小規模に抑えられたのに…って、よくぼやくっチャ」


「光圀さん?それ、〝天下の副将軍〟水戸黄門様じゃないですか?!昔、その人が主人公のテレビドラマや映画が流行ったんですよ」


「へぇー、そうなんだっチャ。その光圀さんがカガセオを祀っていた山頂の神社を宿魂石近くに移動して再建したり、岩の巨人に成るカガセオを抑える為に力の神様の手力雄神タヂカラオノカミを近くの神社の祭神にしたり、色々と復活を阻止する為に協力をしてくれてたらしいっチャ。残念ながら光圀さんが亡くなって間もなく、カガセオは復活して噴火は起こってしまったらしいっチャ」


「そうなんですか。じゃあ当時の富士信仰や淡島信仰のブームは、裏で黄門様が手引きしてたのかな?」


「分かんないけど、恐らく光圀さんと関東代官の伊奈家の人は関与してると思うっチャ。特に伊奈いな忠順ただのぶって人と茶坊爺は仲が良かったらしいっチャ」


〝伊奈〟…確か徳川家康の家臣で、関東の川を整備をしたのが伊奈いな忠次ただつぐだから、多分その子孫だ。当時どんな間柄だったんだろ?後で茶坊爺さんに聞いてみよう。


「『宝永の死闘』で生き残った人形は茶坊爺だけですか?」


「う~ん…実はもう一体居るっチャ…けど…」


「けど?」


「多分その人形は今も生きてる筈っチャ。千年以上前の超年代物の人形チャ。だけどチャミや愛鷹だけで無く、茶坊爺さえも姿を見た事が無いっチャ」


「えっ?茶坊爺は一緒に闘ったのでは?」


「そうっチャ。かなり謎の多い人形で、能力も多才な上に不死身らしいっチャ。富士の三大噴火の闘い全てに加勢してるんだけど、誰も姿を見た者は無いらしいっチャ。もしかしたら姿を何かに変えてたり、透明に成ってたりして実は近くにずっと潜んでいるのかも知れないっチャけど…」


「えっ?えっ?なんです、その人形?すごくミステリアスですね。名前は有るんですか?」


「【不死雛ふしびな】…愛鷹の話では、宇宙からやって来た、宇宙人形とか言ってるっチャ」


「宇宙人形?チャミさんのご先祖様は宇宙にも人形芝居に行ったんですかね?縄文時代に…」


「チャハッハッハ…ご先祖様が宇宙旅行した時に買った、お土産の人形かも知れないっチャね」


「宇宙温泉で買った宇宙コケシだったりして」


「チャハッハッハッハ…」


 話の合間合間に下らないジョークを挟んだ。少しでも場を和ませたかった…

 強がってはいるけど、内心緊張していると思う。なんせ相手は神の域に達している怨霊だ。

 さっき追い詰めたのは復活して間もなかったので、相手は本領を発揮していなかったと聞かされた。千載一遇のチャンスだったのかも知れない。

 天下の副将軍も恐れた怨霊に、果たしてこの若くて小さな少女が勝てるのか…


「チャミさん。現在闘える人形は何体ですか?」


「今言った不死雛ふしびなは、本当にまだ生きてるか分からないので数に入れられ無いっチャ。なので六体…後ろのマイコ、ビー、ミョーミョー。それと茶坊爺と羅婆々ラバーバ。後…闘ってくれたらハンドメイド…」


「闘ってくれたら?」


「ハンドメイドは闘いが嫌いっチャ。元々がお手伝い人形でも有るっチャ」


「棚の寝ている人形達は無理ですか?」


「無理やり起こしても戦力に成らないっチャ。それなら即興で作った雛で十分っチャ」


「敵の数は、カガセオとアブラオキメだけでは無いですよね?カガセオが、他の怨霊を呼び寄せるのでは?」


「D級以下のモブ怨霊なら、幾ら群がっても数に入ら無いっチャ。それよりも問題はカガセオを復活させた生きた人間の方っチャ。あの取り憑かれた店長さんの単独行動じゃ無いと思うっチャ…」


「カガセオを復活させたのは組織立った連中ですかね?」


「恐らく…霊能者、魔法使いの類いの者も居ると思うっチャ。早くヤミオコシを元の宿魂石に封じ込めないと、そいつらが他のS級やA級の怨霊までも復活させたら取り返しがつかないっチャ」


 富士山の噴火を願う奴なんて、どんな奴らだ。お化けじゃ無かったら怖くないぞ。ったらケチョンケチョンにとっちめてやる。

 但し、本当に対面して喧嘩に成っても、勝てるとは言ってない。


 しかし…其奴らの真の目的は何だろ?


 本当にカガセオを信心してるだけ?

 大怨霊を復活させて、日本が混乱するのを楽しむ愉快犯?


 それとも何か別の目的が有るのだろうか…

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