第15話 隠密

「薬品を掛けられたみたいですね…」


 伸びきった手足を無惨にもバラバラに切り刻まれた老婆姿のゴム人形が、広げた布の上に静かに置かれていた。

 ベンジンか何かを掛けられたのか、所々溶けている。


「ミョエ~ン!!バーバー!!起きてよー!!ミョー!ミョー!」


「誰がこんな酷い事しやがった?!表で寝てる奴らか?!」


 ミョーミョー達は目を覚ましており、全員が応接間にいる。茶坊爺とマイコは無言で棚に座っており、他の者は羅婆々を取り囲むように立っていた。


「ハンドメイド、犬養はどこ行ったっチャ?」


「先ほどまで此処におられましたが、近くに新手がいないか今しがた探しに行かれました」


 二時間ほど前に犬養氏がバラバラに成った羅婆々ラバーバを運んで来たらしい。

 その後すぐに外の者達に襲撃されたらしいが、敵は一瞬でハンディーに倒されたみたいだ。


「チャチャ!バーバーを元通りにしてー!ミョーミョーいい子にするよー」


「無理っチャ…もう魂が抜けているっチャ。例え体を繋げて魂を入れても、もう前の羅婆々ラバーバでは無いっチャ。別の人形っチャ」


「ミョエ~ン!」


「羅婆々は今までよく頑張ってくれたっチャ。このまま塚に埋めて弔ってあげるっチャ」


「クソっ!!弔い合戦だ!!羅婆々ラバーバかたき、絶対討つ!!」


「私も復讐させて下さい。ご主人様!一緒に闘います!!」


「お前ら何言ってるっチャ!!怨みで闘うのは、怨霊と同じっチャ!!チャミは呪いの人形を作った覚えは無いっチャ!!お前達はあくまで悪霊を鎮める為の祓子ほうこ!私怨は捨てるっチャ!!」


 チャミさんの激しい怒号に、室内は一瞬静まり返った。


「…ごめん…悪かった、マスターチャミ…」


「…申し訳ございません。ご主人様…」


「ハンドメイド…お前は闘いに参加しなくていいっチャ。引き続き家の警護を任せるっチャ」


「…かしこまりました。ご主人様」


「愛鷹に電話してくるっチャ。ビー!暫く辺りをパトロールして欲しいっチャ。何か居ても決して一体で闘うんじゃ無いっチャ」


 そう言って、険しい顔のチャミさんは応接間を後にした。


「ビー…」


 悔しそうに握りこぶしを握っているビーに声を掛けた。

 ビーはこちらを振り向かず、俯いたまま独り言のように呟きだす。


「…そうだよ…所詮私達は人間の身代わり…人間に代わり、忌むべきものを祓う…その為だけの祓子ほうこなんだ…仇討ちとかは私達に関係無い…」


 そう言い終えると、ビーは窓を開けて真夜中の森へと飛んで行った。

 ハンディーも台所へと消えて行く。

 残された俺は、泣きじゃくるミョーミョーを撫でながらソファーに座り、横で成り行きを見守っていたマイコに問い掛けた。


「随分慕われた人形だったんですね…羅婆々ラバーバさんは…」


「ドスッ!優しい人形でした。ハンドメイドが戦闘嫌いなのは、羅婆々の影響だと思います」


「しかし…もっと優しく言えないかな、チャミさん。ビー達に対する躾かも知れないけど、皆心が有るんだから傷付くだろうに…」


「ドスッ!一番心を痛めているのは、若女将です」


「えっ?!」


「ドスッ!自分は生前のご隠居を知っています。他の三体は、ご隠居が亡くなられてから作られた人形ですから、若女将がご隠居に大変愛されていた事を知りません。若女将の母親に当たる女将は、仕事で家を開ける事が多いので、若女将はご隠居に育てられたのも同然でした」


「…おばあちゃん子だったんですか?」


「ドスッ!大変慕っておられました。羅婆々ラバーバは、そんなご隠居が残した唯一の人形…若女将にはご隠居の形見…いや、ご隠居その物だったと思います」


「……そうだったのか」


『自分が一緒に泣いたりしては、士気が落ちる』…そう考えて強い態度をみせたんだ。自分の感情を抑え、人形達の教育、管理をちゃんと考えている。

 無闇に沢山人形を作ってるんじゃ無い。一体一体が凄い力を秘めてるからこそ、責任持ってしっかりコントロール出来るよう、常に強い態度を見せているんだ。造った親として…

 物凄いハードでリアルな人形遊ママゴトだ。

 まだ十五の少女なのに…本当に凄い精神力だ…


 程なくチャミさんが奥から戻ってきた。


「お風呂沸いてるから入るといいっチャ。今、ハンドメイドが奥の部屋に布団を敷いてるからお風呂上がったら、ゆっくり寝るといいっチャ」


「寝れませんよ…俺も何か手伝います」


「無理しなくていいっチャ。夜が明けたら念の為に出来るだけ富士山から離れるっチャ」


「何か、何か俺でも役に立つ事は有ると思います。例えば…」


「ドウル君、窓の外を見るっチャ」


「外?」


 俺は窓の外を眺めた。

 ……

 暗くてはっきり形は見えないが、絶対何かがいっぱい居る。


「あそこに木のベンチが有るっチャ。周りに何体居るっチャ?」


「ん…と、右側に一体…いや、二体かな?あと小さいのが左下に一体…」


「右側のはどんな形っチャ?」


「一体はしっかり人型で…もう一体ははっきりしません」


「服は?」


「まっ黒なもやみたいなんで、服は着てるか分かりません」


「霊視力1・2位っチャ。中の上。鍛えれば素質は有ると思うっチャ。けど、今のままではC級でも簡単に取り憑かれて呪い殺されるっチャ」


「…」


「因みに霊視力の強い人は、あの右側の二体は服を着てて、顔形まではっきり見えるっチャ。下のはイタチの低級霊とわかるっチャ」


「服…そういえば幽霊って服着てるんですか?」


「実際幽霊が服着てる訳じゃ無いっチャ。その幽霊が生きていた頃に着ていた服のイメージを、霊波れいはで送ってるいるのでそれを読み取るっチャ」


「霊波ですか…」


「そうっチャ。霊を感じる人は、霊波をキャッチするアンテナを持っているっチャ。強い霊能者は高性能アンテナとモニターを頭の中に持ってるので、はっきり見えるっチャ。見えるからと言って、霊を鎮められるって訳じゃ無いけど、見えないと一方的にやられるっチャ」


「けど、アブラオキメはしっかり見えてたし…」


「アレだけ強い怨霊なら普通は見えるっチャ。でも、受信の波長が合わなければ、多分ドウル君にはA級さえもしっかり見え無いっチャ」


「しかし…そうだ!何か武器無いですか?霊から身を守る為の護身用の…」


「相手が霊体なら霊能者や祓子この子達で無いと、物理的攻撃は効かないっチャ。例えチャミが作った護身用の簡易祓子を持っても、今のドウル君の霊力じゃ守護霊さんの力を借りてもC級以上の悪霊から身を守る事は…」


「チャミ姫殿、よいかな?」


 俺達の会話に茶坊爺が割り込んできた。


「この御仁、記者で有るから色々物知りだと思われます。先ほどの罠の事も見抜くし、機転も利く。作戦係の相談役を頼まれては如何でしょうか?それに、この御仁も狙われているならそばに居た方が安全かと」


「ウ~ン…けど…本当に危ないっチャよ?」


「この命、掛けてもいいです!微力でも、貴女あなたの力に成りたいんです!!」


 チャミさんは又キョトンとして、すぐに笑い出した。


「チャハッハッハ…そこまで言うなら分かったっチャ。じゃあ相談役に成って貰うっチャ。よろしくっチャ」


「こちらこそ!よろしくお願いします!!」


「でもドウル君、臆病過ぎっチャ。あんまり怖がると悪霊の思う壺っチャよ。普通は霊よりも、生きた人間の方が強いから…」


「分かりました。これからはもっとドッシリ構え…」

〝バアアアァーン!!〟

「どわあああぁぁぁああああ!!」


 行き成り扉が開く音がしたので、言ってる先からホッピングマシーンにでも乗ってるかのように飛び上がって絶叫してしまった。


「びぃやああああ~ん!チャミ姫~!!無事で良かったずら~」


 扉から黄緑と紫が基調の迷彩柄アウターレイヤーを着た、ショートカットの若い女性が飛び込んで来たかと思いきや、泣きながらチャミさんに抱きついた。誰?この人?


「酷いずら~!オラを騙して抜け出してぇ!夜中に成っても、けえって来ねえしぃ…オラ心配でぇ、心配でぇ…」


「わ、悪かったチャ…犬養!どうしても東京に行きたかったっチャ」


 えっ?犬養?あっ、昼間遠くで気づかなかったが、女の人だったのか…

 犬養さんは泣き止んだと思ったら、眉をひそめながらこちらを睨んできた。


「ま~だ性懲りもなく付きまとっていたのけぇ。護衛は一応付けるでぇ、早くけえれ!」


「今、チャミさんに相談役をうけたまわりました」


「はぁああああ?マジか?チャミ様?何でこんな素人に?」


「ガンシューの名人らしいっチャ」


「んひぁあ?いやいやいやいや…現実世界では何の役にもたたんずら。邪魔に成るだけじゃん」


「死んだ爺ちゃんは鹿撃ちの名人でした。血筋的には才能有ると思いますよ」


「うっ!血筋か…なるほど、そんなら馬鹿にできんずら…血筋は大事ずら」


 えっ?そうなの?


「犬養さん…で、名前合ってますか?貴方は代々護衛の家系なんですか?」


「オラ?オラは特殊監視課、課長補佐の犬養いぬかい弓牙ゆみか。代々隠密の家系ずら」


「隠密?特殊監視課って忍者部隊なんですか?」


「戦国時代に活躍した忍者部隊とは、全然違うずら。特殊監視課は自衛隊やSATとは別物のレンジャー部隊ずら。主にのろい、魔術、超能力などの超自然現象から日本を守るサイキック処理班で、日本は昔からそういった霊的な物を調査、祓いをする隠密が居たのずら」


「確か南北朝時代には隠密は既に居たとか…その家系ですかね?」


「そうずら。実はもっと古いずら。オラや翼矢は、千年以上続く由緒有る隠密の血筋ずら。自衛隊の富士の訓練場有るじゃん。あそこ元は隠密の訓練場ずら…ん?!ひゃああああああ!全部秘密なのにベラベラ喋っちまったずら!!こ、言葉のマジック…さすが雑誌記者ずら。人から情報聞き出すの上手いずら…」


 普通に聞いただけですが…

 あなた隠密に向いてないと思います。


「うっ!もしや、自白の魔法を使える術者でねか?」


 そんな術有るなら欲しいわ。


〝グルルルルル…〟


 唸り声が聞こえて慌てて後ろを振り向くと、いつの間にか昼間のワンちゃんが近くに居た。

 珍しい赤虎毛の甲斐犬だ。スゲー筋肉隆々で胸板が分厚い。

 体中に傷が有って、中型犬だがメッチャ強そう…

 そして尖った眼差しで俺の事をガン見している。

 ハハーン…俺の事、敵だと思ってるな…

 ドッグフード買っとくべきだったか…


「コラッ!カンスケ!まだ噛むんじゃねぇぞ」


〝まだ〟じゃ無くて一生噛んじゃ駄目ですよ。カンスケ君…怖いから余り睨まないでね。俺は外で縛られている奴等の仲間じゃ無いからね…


「あっ!忘れてた!外で縛られている敵!奴等何者なんですか?犬養さんは知ってます?」


「外の敵?ああ、もう部下が運んだずら」


 えっ?いつの間に…物音一つしなかったぞ…


「アイツらは闇興会あんきょうかいのメンバーずら。闇興会あんきょうかい闇興ヤミオコシカガセオをはじめ、歴史的に著名な怨霊を復活させる為、ネットで呼びかけあって出来た新興宗教ずら」


「ネ、ネットで集まった新興宗教なんですか?」


「そうずら。ほとんどが興味本位のオカルト狂や中二病の大人ずら。けど中に本物の魔法使いや、強力な霊能者が居るみたいずら。でねぇと羅婆々が倒されるはずぇずら」


「ミョエ~ン!バーバー!!」


 大人しく俺の膝の上に抱かれていたミョーミョーが再び泣き出した。

 犬養さんはそれを見て慌てふためいたが、すぐに何かを思いだしたような仕草をした。


「そうだ!!ミョーミョー雛!!又、自販機を勝手に動かしたずら?!お店の自販機を動かしたら駄目って、いつも言ってるじゃん!!」


「自販機動かして無いよー。地面が動いたんだよ。ミョーミョー」


「同じずら!!」


 ああ…あの遊歩道の途中に有った自販機か。

 あれ、ミョーミョーが合体して駐車場からアソコに動かしたんだな…

 しかし…地面が動くって…んな、訳ない…

 ん?!いや、待てよ…そういう事か…


「近くに有ったらメイメイのお買い物が楽ちんだよ。ミョーミョー」


「あんな場所、コンセント差し込む所が無いずら!!電気無いと自販機は動かんずら!!だいたいドリンク位、オラ達が運んであげるずらー!!」


 そうか!あの外人さん達、お金入れても動かないから騒いでたのか。

 気の毒に…


「犬養…ミョーミョーが又悪戯したらいけないので自販機一台買うっチャ。手配しといて欲しいっチャ」


「分かりましたずら。ヤミオコシの一件が済んだら注文しときます。ミョーミョー雛!その代わりヤミオコシの怨霊しっかり鎮めて下さいよ!」


「うん!!ミョーミョーね、いっぱい頑張るよ!!ワーイ!ガチャガチャだー!!」


 あれはガチャガチャでは無い。

 ドリンクがランダムで出て来られたら困るぜ。

 ミョーミョーと合体したらガチャガチャにされるかも知れないが…


「チャミ姫、オラは周辺のパトロールに戻るずら。何か有ったら連絡を!」


「おけまるっチャ。夜が明けたらチャミ達も動き出すっチャ。それまでにヤミオコシ達の居場所を探り出して欲しいっチャ」


「かしこまずら!」


 そう言って犬養さんとカンスケは夜の樹海に消えた。

 隠密とは言ってたけど、こんな暗闇を探索出来るのか?

 しかも相手は幽霊なのに…


「カンスケがきっと見つけてくれるっチャ」


「あのワンちゃんが?」


「カンスケは訓練された狩霊犬シュリョウケンっチャ。鎌倉時代に妖怪を倒した霊犬れいけん悉平しっぺい太郎〟の子孫なんだっチャ。怨霊の場所を必ず探り当ててくれるっチャ」


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