第18話 裏切り

「何故だ!!河勝かわかつ!!何故我らが戦わねばならぬ!!」


「国を一つにするためだ…許せ、セオ…」



 __夢を見ていた…

 いや、見せられているのか…


 ハーフっぽい銀髪の男が、冠を被って袍を着た男と壮絶に争っている…

 銀髪の男の後ろには、巫女姿の女性が数人泣きながら座り込んでいた。

 冠男の後ろには、馬に乗った沢山の男達が武器を構えている。

 そうか…この銀髪の男が…__




「…ル様…ドウル様。このような所でいつまでも寝ていると、風邪をひかれますよ…」


「ん?!…んー…」


 …どこだ…ここ?…

 あっ…ソファーの上か…

 いつの間にか眠っちまったのか…


 上半身を起き上げた時、体に掛けて有った可愛いパステルカラーのタオルケットが床に落ちた。ハンディーがゆっくりとそれを拾いあげる。


 寝ぼけ眼で回りを見渡す…

 目の前の卓上には、クロワッサンや冷や奴などの朝食を並べてあった。

 その横の棚にはミョーミョー達の姿は無い。まだ帰って来てないのか…


 反対側の朝霧で白んだ窓からは、うっすらと朝の光が差し込み、野鳥達の歌声が僅かばかり漏れている。

 その窓の外のベンチに座って居たチャミさんの姿は消えていた。


「洗面道具です。どうぞお使い下さい」


 ハンディーがタオルや歯磨きセットを手渡してくれた。今何時だ?

 時計を見ると朝の八時を回っている。

 うわー…すげー寝てた!


「ハンディー!チャミさんは?」


「もう食事を済まされて、今は工房におられます」


「工房か…新しい人形作りかな…」


 そういえば裏の工房の中をまだ見てない。

 人形の制作現場はどうなってんだろ?

 見てみたいな…


「ハンディー。工房の中に入ってもいい?」


「駄目ですよ。ドウル様。工房は関係者以外立ち入り禁止です。環境省の人すら入れません」


「えぇー!?そうなの?ちょっとだけでも駄目?」


「止めた方がいいです。気の弱いドウル様だと、中を御覧に成っただけで気絶されるかも知れません」


 …………

 中に死体でも転がってるのか?んで、死体から心臓抜いて、人形の胸に心臓ごと入魂してたりして…ハハッ……


「立ち入り禁止なら仕方ない。諦めるか…チャミさんが鶴に成って飛んで行っても困るからな…ハハッ…」


「即興人形と違い、私達みたいな精巧な人形は、ご主人様も神経を使います。どうか自ら出て来られるまでお待ち下さい」


「分かった。それまでに朝食をいただくか…」


 俺は洗面所に向かい、顔を洗った。

 洗面所の鏡に映る自分の顔を眺め、さっき見た夢の中の秦河勝はたかわかつの顔と重ね合わせる…

 俺が秦河勝に成って、カガセオを倒せる訳ないのだが…


 応接室に戻ると、何処からか〝ヒューイ。ヒューイ〟という甲高い音が聞こえてきた。


「何だろ?ハンディー、これ何の音?」


「ハンゾウ…」


「ハンゾウ?」


 そう言ってハンディーが窓を開けた。

 開けた瞬間大きな鳥が入って来た。


「オワッ?!何だ?!」


 鳥はソファーの背もたれに留まった。

 黄色い目に、グレーの翼、白い胸の辺りが横斑模様に成っている。

 背もたれを掴んだ太い足には、鋭くて大きな爪が…

 鷹だ。オオタカだ。


足環あしわをしている…野生のオオタカじゃ無い…」


 黒革の足環には筒のような物が付いていた。何だろ?


「愛鷹様の霊鷹れいようです。ご主人様を呼んで参ります」


霊鷹れいよう…」


 神の使いの鷹か…猛禽類をこんな近くで見たの初めてだが…本当に神の使いのように凜々しくて格好いいな…ん?あぁあああ!!


「コラッ!!それは俺のパンだぞ!!」


 霊鷹のハンゾウ君は机上のクロワッサンをついばみ、散らかしだした。

 食べてるんじゃ無くて、パリパリの皮部分をいで遊んでるだけだ。

 クソッ!!飼い主に似て何か腹立つ奴だ…


「ハンゾウ!どうしたっチャ?…おっ!ドウル君、おはぽよ!朝ごはん食べた?」


「おはようございます。朝食盗られました。鷹は飢えたらパンを摘むみたいです」


 俺のことわざジョークは通じなかったみたいで、チャミさんは真顔のままハンゾウの足に付いていた筒を外した。筒の中には小さな紙が入っていた。


「愛鷹からの手紙っチャ…」


「手紙?何でそんな、まどろっこしい事を?電話で済むだろうに…」


「恐らく敵に魔法使いが居るからっチャ。電話だと傍受される為っチャ。知られては困る、物凄く大事な内容だと思うっチャ」


 そうか…モモメさんも、会社の電話内容を傍受していた。上級の魔法使いなら電波を読み取れるんだ。


「何て書いてあります?」


「……裏切り者が居るらしいっチャ」


「裏切り者?まさか内部に犯人が?」


「そうっチャ。だからこちらの動きが筒抜けだったっチャ。今、愛鷹が犯人を追求してるっチャ。どうやらスキを狙って早良親王や曽我兄弟って言った別のS級怨霊も復活させようとしてるみたいだから、阻止する為にこちらには来れないみたいっチャ」


 特殊監視課の人間なのか…

 肉体を鍛えている上に、特殊な能力も持ってるかも知れない。

 チャミさんと人形の能力や弱点も把握しているだろう。厄介だな…


「対策を考えましょう!人形達を一度戻して下さい」


「分かったっチャ。ハンドメイド!のろしを頼むっチャ」


「かしこまりました。ご主人様」


 ハンディーが勝手口から出て行った時、ハンゾウが身をかがめ、翼を広げながら大きく口を開いた。

 黄色い目の中の瞳が小さく縮んでいる。

 威嚇体勢だ!何か近くにいる!


「チャミさん!!」


「…この霊気はアブラオキメっチャ」


「クソッ!手薄の時を狙って来たな!」


「ご主人様!!工房の裏に、武器を持った人間様が複数潜んでいます!!」


 ハンディーが報告に戻ってきた。

 敵は人間も居るのか…大人数だと不利だぞ…


「ハンドメイド!烽は後でいいっチャ。怪しい人間を全員捕獲して欲しいっチャ。その後オキメの侵入を防ぐっチャ」


「かしこまりました」


 ハンディーは言われて、奥の裏口から外に出たみたいだ。

 さぁ、どう来る。アブラオキメ…


 クソッ…心臓がバクバク鳴る。

 こんなに緊張するのは、小学生の時の作文コンクールの発表会以来だ。

 大丈夫。落ち着け、俺…


「外の奴らが家に火を付けるとかしませんかね?」


「大丈夫っチャ。もう全員ハンドメイドに捕獲されてるっチャ」


 えっ?!もう?!今出て行ったばかりなのに?


「来たー!例の虫っチャ!!」


 開いてた窓から三日月虫ミツキムシの幼虫が数匹、這いずりながら侵入して来たが…


〝ザッザッザッ…〟


 芋虫共はいきなり外から飛んで来たカラフルな待ち針に串刺しにされ、動きを止める。


「えっ?えっ?今、誰が針を投げたんだ?」


「ハンドメイドっチャ。外から虫の侵入を防いでくれてるっチャ」


 窓の外を見ると、一面に芋虫の昆虫標本が出来ている。

 夏休みの子供達が見たら大喜びだ。

 でも、あのモサモサ動きのハンディーが、どうやって複数の人間を一瞬で捕まえたり、無数の虫を退治できるんだ?

 てかっ、ハンディーの姿見えないが…今どこにいる?


「ご主人様!家塚やつか様が!」


 どこからかハンディーの声がした。

 俺はハンディーを見つけようと、窓の外を探したが…

 見つけたのは血だらけの男だった。

 見覚えが有る。

 愛鷹と一緒に俺んちに来た角刈りの男だ。


「家塚!!オキメにやられたっチャか?!」


 チャミさんが窓から身を乗り出した。

 角刈りはこちらに向かって、覚束無い足取りで歩いていたが、途中で倒れ込んで動かなくなった。


「待ってるっチャ!!今、助けに行くっチャ!!」


「ストップ!!チャミさん!!」


 勝手口から外に出ようとしたチャミさんを俺は慌てて止めた。


「このタイミングで現れるなんて…明らかにおかしい。謀反人は奴かもしれません」


「大丈夫っチャ!家塚とは古い付き合いっチャ。裏切るはず無いっチャ」


 そう言って飛び出したので、俺も後を追って外に出たが…


「動かないで下さい。ドウル様」


 俺の前にハンディーが空から降り立ち、こちらに右腕を向けた。

 腕から十本以上の針が出ている…多分あの針がハンディーの武器だ。

 だが、なぜ針をこちらに向ける?

 ま、まさか裏切り者は…ハンディー…


手作ハンドメイド針山地獄ソーイング!」


「うわぁぁああああ…!!」


 腕から飛び出た針は、糸を伸ばしながら俺に向かって来て…

 全部後方へ…???


「ドウル様から離れて下さい。アブラオキメ様」


「ケッシッシッ…お前も糸使いか?どれ、競わないかい?お前がワシを縛るのが早いかぁ、ワシがこの男を絞め殺すのが早いかぁ…」


「興味がありません。アブラオキメ様。それよりもどうか、その魂をご主人様に鎮めてもらって下さい」


「ケッシッシッ…」


 う、後ろ振り向けないが、俺はアブラオキメに背後を取られていたのか。

 一瞬でも疑ってゴメン、ハンディー…


「何するっチャ?!家塚!!」


「ご主人様!!」


「動くな!!ハンドメイド!!」


 角刈りが起き上がってチャミさんを羽交い締めしている。

 クソッ!やはり謀反人はアイツか!!

 怪我した振りだったな…下手な芝居しやがって…


「おう、そうだよ。間抜けな三流記者!下手な芝居で悪かったな!!」


 えっ?何で?俺、口に出して無いのに…

 まさかアイツ…


「どうしてっチャ…家塚…」


「悪く思うなよチャミ…俺はどうしても愛鷹にひと泡吹かせたかったんだよ…」


 いつの間にかハンディーの左肩から出た数十本の縫い針が、角刈り男を一瞬で取り囲んでいた。

 縫い針に付いた糸は、生き物のようにクネクネ動いている。

 右腕から出た糸付き針も伸びたままだし、ハンディーの体の中にはいったい何本の糸付き針が入ってるんだ?


「なるほどな…この針が一瞬で仲間の手足を縫い付けたのか…他心通たしんつうを使える俺でも、お前の攻撃方法が読めなかったよ、ハンドメイド。これですべての雛神の特徴が分かった…」


「家塚様。まさか貴方様が羅婆々を…」


「そうだよ。俺が油断した羅婆々を…おっとっ!!」


 角刈り男は、いきなりチャミさんを羽交い締めにしながら大きく後方に飛んだ。

 奴が元々立っていた場所の地面から、糸付き針が数本飛び出てきている。

 恐らくハンディーが足から針を出して、地中に巡らせていたんだ。


「動くな言ったろハンドメイド!!こっちは二人も人質取ってるんだぜ!!同時に攻撃してきても、最低一人は殺す!!」


 アイツ…羅婆々を殺した後、ヌケヌケと俺達を追ってきて、何食わぬ顔で会ってたんだな。

 信じてる者に不意打ちを食らわすなんて、やり方が汚い…

 クソッ!巫山戯んなよ!


「ハンディー!俺の方は構わない!チャミさんを助けろ!!」


「ダメっチャ!ハンドメイド!ドウル君を助けるっチャ!!」


「かしこまりました。ご主人様」


〝バシッ〟


 俺の首に巻かれていたと思われる、見えない糸が切られた。


「ウッ!」


「チャミさん!!」「ご主人様!!」


 チャミさんは口にハンカチをあてがわれ、ぐったりと首を垂らした。


「心配すんな、大事な人質だ。まだ殺してねえよ、眠っただけだ。だが動いたら今度こそチャミを絞め殺すぞ、ハンドメイド」


 俺の目の前でチャミさんは、角刈りに羽交い締めされたまま、アブラオキメに空高く連れ去られていく…


「あばよ!悔しかったら取り返しに来い!」


 遠く離れて行くチャミさんを眺める事しか出来ない…何て無力なんだ…


〝ヒューイ、ヒューイ〟


 窓からハンゾウが出て来た。

 そして羽ばたき、離れて行くチャミさんを追跡しだす。

 頼む、ハンゾウ…奴らの隠れ家を見つけてくれ。


 ゴメン…チャミさん。待っててくれ、必ず救い出す!!

 必ず…絶対だッ!!



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