第17話 赤蛇龗

「こんばんは。こんな夜分に失礼します。起きてるのが分かったから来ちゃった。フフッ…久しぶりねチャミちゃん。覚えてる?」


「あー!!確かずーっと昔に会ってるっチャね!アサマのお姉ちゃん!」


「覚えてくれてたんだ。あれはまだチャミちゃんが三歳位だったかな…私も小学生だったわ。フフッ…」


「そうっチャ。確かお姉ちゃんから貰ったジュースがすっごく美味しく無くって、おかーにあげたの覚えてるっチャ。チャハッハッハ…」


「そ、そうね…あ、あれは無添加のジュースじゃ無かったから、不味いの当たり前だわ。今ならあんなジュースあげないわよ…」


 チャミさん…気を付けて…

 世界トップクラスの魔法使いですよ。

 笑ってるけど、こめかみに青筋浮いてます。


「おいテメェ!こんな時間に何しに来た!!懲りずに写真撮りに来たんじゃ無いよな…」


「フフッ…残念ながらカメラは趣味だけど、本当はフォトグラファーじゃ無いの。騙してゴメンね…ドウル君」


「い、いいえ…でも、どうしてチャミさんの事を知らせて、自社うちに近づいたんですか…アサマさん」


「モモメでいいわよ。フフッ…」



『アサマ』

 富士を中心とした日本各地の山岳信仰…アサマはその信仰対象である。

 アサマの語源はアイヌ語ともマレー語とも言われ、〝火山〟を意味しているらしいが、確かな確証は無い。九州の〝阿蘇山あそざん〟の〝アソヤマ〟から来てるという説も有り、どちらにしても噴火の驚異を持った山の意味では有るのだろう。

〝アサマ大神〟の正体も、古事記に出てくるニニギノミコトの后、〝コノハナサクヤビメ〟や、姉の〝イワナガヒメ〟、父の〝オオヤマツミノカミ〟と諸説有るが、これは火の神、山の神なので後付けされたとも言われる。

 平安時代の富士山記ふじさんのきに〝美女が二人、山頂に舞う〟と書かれている事から、アサマ大神は女神とされ、その事からコノハナサクヤビメに充てられた説が根強い。

 だが実はこのアサマ信仰、元はかなり古いとされる。富士周辺には縄文時代に造られたストーンサークルが有り、少なくとも有史以前から山岳信仰は有ったとされる。

 そして火焔型土器は、アサマ信仰の呪具だった可能性が高い。

 山の神、火山の神の〝アサマ〟は、ひょっとしたら日本で一番古い信仰対象だったのかも知れない。

 そして、その山の神の存在を伝えた巫女シャーマンもその時代に居たはず…

 そう、山の神を守る魔法使いが、縄文時代から存在した…



「察しの通りよ、ドウル君。人の心がすさみ、自然に対する畏怖、畏敬を無くしてるから霊峰富士が怒り、爆発しそうだと広く伝えて欲しかったの。『ビックトピック』は若い子に人気有るから、噂が伝わりやすいと思ってね」


「どうして俺?」


「少しだけ霊感有ったからよ。霊の存在を信じ無いと話しにならないから…フフッ…」


 うむっ。やはり俺に地球を救える秘めた能力が有るとか、男前だったからとか、特別な理由は無かったのね。残念。


「江戸時代の時もそうだったの。戦国時代で人の心は荒み、その後開発が進んで自然に対する畏怖、畏敬を見失ったから噴火した。一部の人達や幕府が頑張ったんだけどね。〝生類憐れみの令〟も自然動物の保護で、対策の一つだったのよ」


 将軍様も一応考えてたのね。

 何かやり方が明後日の方向だけど…


「でも将軍様は、私達魔法使いを嫌ってたみたい。信仰を禁じた位だから。フフッ…江戸時代のお人形さんは何か言ってた?」


「あっ!その事で将軍派と副将軍派が対立してたのかも知れませんね…」


「今もそう…自分の利権で私達の事を邪魔に思う政治家は沢山居る。だから私達の事は絶対公表しない。私達も表舞台に立つ気は無いけど、大事な部分は守って欲しいわ…」


「噴火はどうなんですか?モモメさん?」


「三十年ほど前から地殻活動の影響で、富士の噴火の兆しは有ったらしいわ。地球全体をなだめるようにと、私達一族は国に知らせて色々対策はした。様々な自然環境対策、昨今の自然食ブームや山登りブームもそう…けど、一番肝心な地球に対する労りの心は人々に現れない。それどころか人間が大自然のピラミッドの頂点だとか、地球環境を左右するのは自分達だと増長する有様…地球が怒るのも無理ないわ」


「地球に意思が有るんですか?」


「勿論。地球…いえ、宇宙全てに意思は有る。意思疎通は難しいけど…そうね。私達人間と地球の関係は、腸内細菌と人間の関係に似てるわ」


「腸内細菌?」


「腸内細菌と私達は意思疎通出来ないでしょ。細菌さんは自分が住んでる人間が、まさか意思を持って生きてるとは思って無いのよ」


「俺達人間が、地球が意思を持って生きてるとは思って無いように…ですか?」


「そう。私達人間がビフィズス菌や乳酸菌みたいな善玉菌なら問題無いけど、ウェルシュ菌やピロリ菌みたいな悪玉菌なら…悪玉菌が増えて病気に成ったらドウル君ならどうする?」


「病院に行って、薬貰って、悪玉菌を減らします」


「そうね。その治療法が地球にとっては火山の噴火…悪玉菌である人類を減らす事が治療なのよ…」


 ピロリ菌は腸じゃ無くて、胃に居る菌なのだが…細かい突っ込みは止めとこう…


「それで、どうなんですか?いつ噴火しそうですか?」


「残念だけどヤミオコシの復活でかなり早まったわ。二十四時間以内。ドウル君は記事を書いて広める間も無さそう…」


「に、に、二十四時間以内ぃぃぃ!!」


「噴火の規模は分からない。ヤミオコシ達が赤蛇龗あかおかみをどれだけ刺激するかによって変わるわね」


「アカオカミ?何ですか?それ?」


赤蛇龗あかおかみ赤龍せきりゅうとも言うっチャ。マグマに住む精霊で、海外ではサラマンダーとも言うっチャ」


 少し深刻な顔に成ってるチャミさんが答えてくれた。

 サラマンダー…幻想文学やゲームによく出て来る、火を吐くドラゴンだ。


「アサマの人達は赤蛇龗あかおかみを操る事が出来るっチャ」


「マ、マジですか?!だったらマグマを動かせるんですよね?!噴火を阻止出来るじゃないですか?!モモメさん!!」


「ゴメンなさい…それは出来ないわ」


「ええっ?!どうして?」


「私はここからは静観に入る。あなた達にも、ヤミオコシや闇興あんきょう会側にも付かない…」


「テメェ!!やっぱりヤミオコシ側と繋がってたな?!」


 ビーがモモメさんに向かって突進した。だが、モモメさんに近づくと回りに浮いてた火の玉が濃いピンク色に変色しながら膨張し、ビーの突進を妨げた。


「気を付けて、ビニール製の妖精さん。その炎花ほのはなは三千度まで温度を上げることが出来るの。熱さを感じないかも知れないけど、触れると消し炭まで残らないわよ。フフッ…」


 ビーは「グッ…」と唸り、空飛ぶ炎の前で静止せざるを得なかった。


「チャミちゃん。もっと環境に優しい素材でお人形さんを作って欲しいわ。貴女あなたなら簡単でしょ?」


「お姉ちゃんもカメラとか持ってるクセに…」


「ちゃ、ちゃんと壊れたら自分の力で自然に返すわよ…」


 炎の温度まで変えられるのか…

 俺の脳裏に喫茶店近くで起こった、例のぼや騒ぎの件がぎる…


「そうだ!モモメさん!あの喫茶店!『テオイ』の主人マスターがヤミオコシに取り憑かれたんです!」


「…ええ。知っるわ」


「モモメさんはあの主人マスター闇興あんきょう会のメンバーだと知ってたんですか?」


「私も闇興あんきょう会の存在を知ったのは最近なの。一ヶ月前、富士の湧き水を毎日汲みに来る人を見掛け、感心してその人のお店に行った…まさかその人がヤミオコシの復活を企む組織の一員とは知らず…」


「テメェが気付いた時に愛鷹に知らせてたら、今回の事件は防げたはずだよな!!」


「私はあの主人マスターが嫌いじゃ無かったわ。お店で色々話を聞いた…彼は自然に対する畏敬の念を持ち合わせていた。だけど、会社でその為に上司と対立したみたい。利益を重んじる会社に対し、環境破壊に成るような事業を止めるように抗議したのよ。彼は疎まれ、リストラされた…」


 そうだっのか…

 俺は主人マスターの言葉を思い返していた。


「私からすれば主人マスターの方が正常な行動に見えるわ。けど世間は違うみたいね。マスターは真面目で優しいが故に、会社を辞めた後、人間不信に成り、ヤミオコシや闇興あんきょう会に魅せられてしまった。私がドウル君とあの店で主人マスターに聞こえるように会話したのは、彼が愛鷹君達に捕まる前に闇興あんきょう会を抜けて欲しかったから。話しを聞いて、幼い少女と闘う羽目になるなら思い留るだろうと踏んだのよ。けど目論見は外れたわ…ごめんなさい…」


「胡散臭い奴に肩入れしやがって…テメェ…どっちの味方だ?私達か?ヤミオコシや闇興あんきょう会か?」


「私は大自然の味方!この力は大自然から授かっている!自然を敬愛しない者の味方には決してならない!」


 モモメさんの回りの炎が、ピンク色から真っ赤に変色した。炎に照らされたその顔は、憤怒の不動明王のようにも見えた。


「チャミちゃん!!都会を見てどう思った?現代人が生み出した、悪霊や私怨が渦巻く今の都会を見て…今の人類は果たして私達が守るに値すると思う?」


 重い質問をされ、チャミさんの顔に迷いの色が見える。けど…


「分からないっチャ。けど…チャミの仕事は怨霊を鎮めること…それは5000年前から続くチャミ達の掟…」


「…そうね。貴女は怨霊を鎮める事が…私は霊峰を守る事が仕事…それが縄文時代からの定め…だから噴火が決定した以上、もうここからは警告もしない。噴火の規模は山の意思に任せる…どんな結果になろうと…」


「モモメさん…大きな噴火だと、近隣に住む人達が…」


「天地不仁。人間は自分達は特別な生き物だと思っているけど、自然は人間だけを特別扱いなどしない。…ドウル君、縄文時代がなぜ一万年も続いたと思う?」


「縄文時代の人に、大自然に対する畏敬の念が有ったから…ですか?」


「そうよ。土器や土偶が示す通り、彼らは自然の驚異を受け入れながらも、自然を愛して共存してきた。私の魔法にも及ばない現代科学に依存して生きている現代人には、馬鹿げた事に見えるらしけどね。噴火で今の時代が滅んでも、それは大自然の報いだと有り難く受け入れればいいわ……」


 無慈悲な発言…だが、俺は知っている。彼女の裏の顔…愛らしい女性の一面を。都合がいいかも知れないが、俺はこれが彼女の本音だと思っていない…


 モモメさんの回りの炎が急に薄いピンク色に戻った。少し悲しそうな笑みを浮かべている…


「ごめんなさい…ドウル君。勝手に巻き込んだ上に、偉そうな事ばかり言って…」


「い、いいえ…」


「出来ればお願いが有るわ…」


「何でしょう?」


「噴火の規模によっては、火山灰の影響で東京の機能もストップするかも知れない。そんな境地に立たされた時こそ、自然の大事さを思い出して欲しいと、世間に知らせてあげてくれたら嬉しいわ…」


「分かりました。でも、そうならないように今からチャミさんと、最後まで努力します」


「フフッ…お願いね。じゃあね、チャミちゃん。妖精さん。ヤミオコシ神を優しく鎮めてあげてね」


「お姉ちゃん…」


 哀しげな顔のチャミさんに、意味ありげな会釈を送ると、モモメさんは暗黒の樹海に消えて行った。


「勝手な奴だな…ひげオヤジを捕まえてたらヤミオコシの復活は防げてたのに…んで、自分は噴火を止めずに先に逃げるのか?」


「ビー、素人じゃ宿魂石の封印は解けないっチャ。喫茶店の店長さんじゃ絶対無理、あの店長さんは利用されただけっチャ。他の闇興あんきょう会メンバーにかなりの霊能者が居て、そいつが復活させたっチャ。だから、どっちにしろ復活は防げなかったと思うっチャ。それにアサマのお姉ちゃんは逃げたんじゃ無いっチャ」


「モモメさんはどこに向かったんですか?」


「…恐らく噴火口っチャ。黒蛇龗くらおかみを動かしに行ったっチャ」


「クラオカミ?」


「アサマの大神は〝火山〟と〝湧き水〟の神様っチャ。お姉ちゃんはマグマだけでは無く、地下水も動かせるっチャ…」


「水も操れるんですか?」


「そうっチャ。正確には、四大自然精霊の火の赤蛇龗あかおかみ、水の黒蛇龗くらおかみ、風の白蛇龗しらおかみ、地の蒼蛇龗あおおかみ、全て操れるっチャ」


「流石世界トップクラス…でも、どうして地下水を?……あっ!そうかっ!水蒸気爆発!!」


「そうっチャ。マグマと地下水がぶつかると、水蒸気爆発で噴火の被害は更に広がるっチャ。それを防ぐ為に地下水を逃がしに行ったっチャ」


「でもこれから噴火するのに火口付近にいたら、真っ先に死ぬじゃないですか!?」


「代々アサマの魔法使いは、そうやって人柱に成って身を捧げ、山の怒りを和らげて来たっチャ…」


「そんな…モモメさん……」


「お姉ちゃんが死なない為にも、噴火は最小限に抑えるっチャ。その為にも必ずヤミオコシは鎮めるっチャ!」


「ハイ!!」

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