第11話 占星術

「ワチャ!ワチャ!ワチャチャー!!虫!虫が居るっチャ!ずるいっチャ!聞いて無いっチャ!!」


 しまった!!チャミさんが芋虫の存在に気付いてしまった!!


八打エイトビー!!」


 ビーが8の字を描きながら、サーベルをリズミカルに振り回して芋虫達をガンガン切り刻んでいく。

 いいぞ!頑張って原型が無くなるまで切り刻め!

 邪魔くさかったら足さえ五本以下にすればいいんだからな!


「お、おのれ…常世神ぞ!罰が当たるぞ!」


ばちじゃ無くて私は蜂だよ!毛虫の次はテメェだからな!油ババア!」


 ビーは俺の手に巻き付いていた油が滴る糸を一瞬で切り刻んで、その剣先をカウンター下に向けた。


 どうでもいいが愛鷹から預かった携帯まで切り刻まれてるぞ。

 俺の手よく無事だったな。

 とりあえず俺は邪魔にならないように後方のチャミさんの元に下がる。

 後は頼んだぞ。


「ビー!全部退治した?もういいっチャ?」


 チャミさんは隠れんぼの鬼役みたいに手で目を覆い、後ろ向きになりながらビーに問い掛けた。

 あー、まだ目を開けない方が…


「駄目だマスターチャミ!また何処からか湧いてきた…」


 四方を見ると、天井や壁の隙間…椅子やテーブルの下…俺の後ろの扉からもウジャウジャウネウネと黄緑色の芋虫が、次から次へとうごめきながら大量に湧いてくる。

 見てるだけで鳥肌立って来た。


「本体退治しないと毛虫は尽きないみたいだな…出て来いババア!」


 ビーが怒鳴ると、カウンター下から薄茶色のボロ絹を纏う婆さんの幽霊…と、言うより妖怪みたいなのが出て来た。

 ボサボサの白髪は油を被ったみたいにギトギトしており、背中に三日月模様が入った蛾のような羽根が生えている。うん、完璧にモンスターだ。


きたねぇ蛾のころもを着やがって…」


ヒムシの皮は、常世と現世の行き来に必要じゃろがぁ。おめらの先祖もそうじゃたろぅ?」


「知るか!お喋りは常世に戻って毛虫と続けてろ!喋りやすいように口を切り裂いといてやるからよ!八裂エイトスプリット!!」


 ビーは左手に日本刀を持つと、上段に構えてからアブラオキメ目掛けて真っ直ぐに振り下ろした。

 だが…


〝ガキーン!!〟


 日本刀はアブラオキメを斬りつける手前で、カウンターから伸びて来た群青色の腕に阻まれた。


「チッ!」


 明らかにカガセオの腕が伸びた。

 石化した上に、巨大化も出来るのか?


 カガセオは石化してない左手の指で、空中に円を描きだす。

 指でなぞられた部分が宙で銀色に光りだした。

 円の中に何本かの線も見えるが…

 あれは何だ?…魔法陣?


「なるほどぉぉ…かなり実直者だなぁぁ…」


 カガセオは自分の書いた円を見ながら独り言を言いだした。

 魔法の呪文?


「何処見てんだ?!ヤミオコシ!テメェから切り刻んでやろうか!」


「待て!!ビー!!奴の体はココの店の主人マスターなんだ!!ヤミオコシに取り憑かれているんだよ!切り刻むと主人マスターまで死んでしまう…」


「ドウル君…もう手遅れっチャ…その人の魂は既にヤミオコシに取り殺されて、もうこの世に無いっチャ…」


「そ、そんな…」


「殺したぁぁ?違うぅ!常世に送ってやったのだぁぁ…新しい富と生を受け入れたのだよぉぉ…」


「巫山戯んなテメェ!一緒だろうが!テメェもババアとお手々つないで常世に帰りやがれ!」


「まだ帰れぬぅぅ…この国の人間を総てぇぇ…常世に送るまで、いや、この世界を常世に変えるまではぁぁ…」


「テメェらだけで、帰れって言ってんだよ!八百蜂エイトハンドレッドビー!!」


 ビーが視界から消えた!

 いや、俺の動体視力じゃ追い付けない位にスピードアップしたんだ。


「見えねぇだろ!この技は一秒間に八百回切り刻む!細切れに成りやがれ!ヤミオコシ!」


 どこ飛んでるか俺には見えないが、声だけは聞こえた。

 カガセオは目を動かしていない。奴もビーが見えて無いんだ。

 硬化しているのは右腕だけだから、右腕以外を攻撃すれば…


〝バシッ〟

「ウワッ!!クッ、クソッ!!テ、テメェ…離せ!!」


 ええええぇぇええ…!?

 あのスピードのビーが…

 つ、捕まった!?


「速いぃぃ…だが、単調ゆえ、次の行動が読めたぁぁ…」


 カガセオは捕まえたビーの両脚を持ち、カウンターに叩き付けた。

 そのひょうしにビーの両腕が刀ごと弾け飛んだ!

 ヤバイ!!ヤバイぞ!!


「ビー!!」


 ビーは容赦なくカウンターに何度も叩き付けられた後、思いっきり入り口側の壁に投げ付けられた。壁に当たった衝撃で背中の翅もげる。

 俺は慌てて壁の方へ、走り寄った。


「大丈夫かビー!!」


「クッソォー!!やりやがったな!!倍にして返してやる…テメェは腕だけじゃねぇ!首も足もぶった切って、達磨人形にしてやるからな!!」


 ビーはうつ伏せに成って倒れ込んだままだが、カガセオを睨め付けながら悪態を付いた。思ったよりダメージを受けて無いのか?両腕無いのに…


「痛く無いのか?お前?」


「人形達に痛覚は無いっチャ。けど、取れた腕や翅をすぐに繋げても、元のように動かすには少し時間が掛かるっチャ」


 暫く戦闘不能か…ヤバいな…マイコさんも縛られて、繭になったままだ。

 このままじゃ…


「ケッシッシ…撫物なでもの無しで、ワシらにゃ勝てまいて…」


「チャハハハ!試してみるといいっチャ」


「強がりを!ほれぇい!」


 ウワワワワワーッ!

 四方八方から糸が飛んで来た!

 チャミさん、武器も何も持って無いのに無理だろ!これは絶対躱せない!

 繭団子にされるチャミさんを脳裏に浮かべた次の瞬間、俺が見たものは…


糸雛イトビイナ!!」


 チャミさんが両手を前に翳すと、向かって来た糸が一斉に止まった。

 止まった糸はグルグル回転しながら一カ所に固まっていく…と、思ったら、人の形を成していく…ま、ま、まさか…

 あれは人形?


「な、何じゃそりゃ?!お、おんしゃ、そんなに早く撫物を…んぎゃあああぁぁ…」


 糸人形は逆にアブラオキメに抱きついて、雁字搦めにしてしまった。

 敵の攻撃を即興で人形にしたんだ。そして攻撃者に返してしまった。

 スゲェ!


「チャハハハ…その糸は、チャミの霊力が効いてる間はお化けでも抜け出せ無いっチャ!チャミは確かに人形が無いと勝て無いっチャ!けど人形はすぐに造れるっチャ!」


「見事だぁぁ…素晴らしいぃぃ…過去に何人もアワシマの巫女と闘ったがぁぁ…こんな強者は初めてだぁぁ…」


「さぁ、どうするっチャ!何でも人形にするっチャよ!」


「星が示す通りの強者よぉぉ…だが、オキメとは相性が悪いみたいだなぁぁ…」


 星が示す…?

 何の事だ?


「ワチャ!ワチャ!ワチャワチャチャ!!」


「チャミさん!!」


 チャミさんが頭を抱えてうずくまった。

 見ると頭の上に数匹の芋虫が乗っている。


「取ってーえっ!取ってーえっ!ドウル君!虫!取って欲しいっチャチャチャ!!」


 言われて手で払い除ける。

 プニュプニュした大きなタピオカみたいな触感で、何とも気味悪い触り心地が手に残った。


 って…

 俺の頭にも芋虫乗ってるしぃ!!

 振り払って慌てて天井を見ると、一面ぎっしり芋虫だらけに成っていた。

 あの綺麗な星空の彫刻は何処行ったんだよ!!返せー!!

 しかし…チャミさんこれ見たら卒倒するぞ。


「魂を宿した日…万物は、その時の星位置の運命を背負うぅぅ…そのアワシマの女は星位置からも千年に一度の強者だぁぁ…だが、相性が悪い相手も居るぅぅ…」


 カガセオはまた空中に光りの円と線を作り、眺めている。

 太陽や三日月のような形も有るが…

 そうか!あれは魔法陣じゃ無く、ホロスコープだ。

 占星術に使う星の位置を示す図だ。

 占星術って、確か空海らが平安時代に唐から請来しょうらいしたんじゃなかったけ?

 何であんな神話時代の化け物が知ってるんだよ?


「と、取れた?ドウル君…もう虫いないっチャ?目開けてもいいっチャ?」


 俺はまるで溺れているかの如く必死に成って両手を振り回し、天井からポタポタ落ちて来る虫を一生懸命払い除けているが、虫は雨漏りのように次から次へと絶え間なく降って来るから当然間に合わず、冷や汗ダラダラ垂らしながら焦りまくっていた。


「チャミさん!ちょ、ちょっと待って!まだ目を開けちゃ駄目ですよ!」


「まだ居るっチャ?!もう嫌っチャ!!」


「そうだ!虫を人形に変える事は出来ませんか?」


「そんなの死んでも嫌っチャ!!」


 クソッ!どうすりゃいい?

 んっ?

 おいっ!!

 カガセオの石化した右腕が又大きく成っていってるじゃないか!!

 あれで殴られたら一巻の終わりだそ…

 どうすれば…


「さぁ…二人まとめて常世に行けぇぇ…えがああああぁぁぁあああぁ…」


 おや?

 なんだ?

 カガセオの左手がコーヒーミルに突っ込まれている…

 しかもハンドルが勝手に回って〝ガリガリ〟言ってるし…

 指…挽かれてるんじゃないのか?!痛そう…


「テメェ!何処で遊んでたぁ!?来るの遅ぇんだよ!!」


 そういうことか…

 ビーで無くても怒りたくなるわ。

 ほんと、今まで何処ほっつき歩いてたんだ。

 アイツ…


「ミョッ!ミョッ!ミョーん!!出たな!髭髭ひげひげ怨霊ヤミヤミ!!悪悪あくあくは、これ以上させないミョー!」


 カガセオの手に噛みついていたアンティークなコーヒーミルから、遮光器のようなゴーグルを付けた少女の顔が出て来た。

 そして、手と足も出てきてカウンターに降り立つ…

 頼んだぞ!香り高き戦士、コーヒーミルロボミョーミョー!

 何か全然強そうじゃ無いけど、この場はお前に託した。

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