第9話 格闘京人形

「パーキングが裏に有ります。俺はここで待ってますから」


「施錠して立て籠もるのはペケですよー」


「逃げませんよ…こっちも聞きたい事が山ほど有るのに。いいですね!約束通り三人迄ですよ!」


 チャミさん達と別れ、俺は一度自分の車に戻ってから家路に着いた。

 先に三台の黒い車が俺のワンルームマンションの前に止まっていたが、マンションに客人用の駐車スペースが無いので、近くのパーキングに停めてもらうように言った。

 その間俺はマンションの外で待つことに…

 八人いたけど中には三人しか居れないよ。


 程なく愛鷹と角刈りの奴、そして俺よりデカくてプロレスラーみたいなゴツいのがこちらに向かって来た。

 フムッ…俺がそんなに恐ろしいか。確かにガンシューでは無敵だがな。


「さっき会社の人らにはメールしました。俺に何か有ったら環境省の人が犯人だって伝えときましたよ」


「ハー…自分共はそんな愚かな行為はしないですよ。ここは平和な平和な日本ですよー」


「表向きだけの平和じゃ無いですよね…」


 俺は自室の前に立ち、ドアの鍵を開けようとした…が…


「んっ?」


「どうしました?ドウル王子?」


「鍵が開いてる…まさかあなたの部下が先に侵入してないですよね…」


「自分共は公務員ですよー。許可無く法に触れる事はペケです」


 鍵閉め忘れたか?そんなはずは無いが…

 泥棒?

 泥棒ならちょうどいい。プロレスラーさんに退治してもらおう。


「ちょっと待ってて下さい。中の様子見てきます」


 もしかしたらモモメさんの可能性が有る。

 俺んちに勝手に侵入する位は簡単に出来そうな人だから…


 俺は恐る恐る扉を開けた…


 そして中を覗いて絶句した。


 違った…モモメさんじゃ無かった…


 恐怖というか…信じられない光景が眼前に有った。


 部屋の真ん中に、有るはずの無い物が置いて有ったのだ。

 いや…置いて有るというか…


 それは後頭部を抑え、明らかにスクワットをしていた。

 そう…もう一度言うがスクワットをしていた。

 イヤイヤ…もう一度言うが何でスクワット?


「ドスッ!やあ、お帰りなさい。失礼だが先に上がらせてもらったよ」


「ど、ど、どうやって…???」


「ドスッ!この頭のかんざしで鍵を開けさせてもらった。蹴破ろうかと思ったが、京女がそんなハシタナイ真似は出来ないと、思い留まりましたよハッハッハッ…」


「いや…どうやってココが?んで、いつからココに?」


「ドスッ!ずっと車のトランクに潜んでました。つい今し方、この小汚い部屋に入ったばかりです。若女将に言われて密かにあなたの警護を頼まれてましたからね。ハッハッハッ…」


 細長の目に、おちょぼ口のすまし顔。

 昔ながらの衣装人形だ。

 結った髪にはつまみ細工が垂れ下がった花簪。

 長い振袖、だらりの帯、ぽっくり下駄…明らかに舞妓さんを模ってる。

 真っ赤な着物には、綺麗な孔雀の羽根が鮮やかに描かれていている。

 おそらく本物の西陣織りだろう。

 本当に見取れる位に豪華で素晴らしい日本人形だ。

 だからそのボディービルダーのようなポーズや、体育会系女子のようなしゃべり方はホントやめてほしい。


「ドスッ!いやー鍛えても、鍛えても、筋肉付きませんなー。プロテイン有りませんか?アレを浴びたら筋肉付くんでしょ?」


 浴びても筋肉付きません。

 てか、マッチョな舞妓さんは嫌です。


「たしか名前は、マイコさんだったけ?」


「ドスッ!【格闘京人形】マイコです」


「えー!マイコびな!なぜココに?」


 愛鷹が叫んだ。かなり予想外だったようだ。


「ドスッ!後ろの方々は知ってる顔ばかりだな。一見さんなら〝ぶぶ漬けボンバー〟を食らわして、叩き帰すつもりでしたよハッハッハッ…」


 愛鷹の奴、かなり困った顔をしている。

 チャミさんに命令されているなら、おいそれとは連れて帰れないだろ。ざまあみろ!

 ビーはマイコさんが既に俺の護衛係に成っている事を知ってたから笑ってたんだな。


「ハァー…後日命令を解いてもらいましょう」


 とりあえず小汚い部屋に三人を上げた。

 座布団が足りないのでフローリングに直に座ってもらうことに…

 三人は剣道部みたいに板の間に正座した。

 俺は対面しながらクッションを背に胡坐をかいて座り、その横に長い振袖をたくし上げたマイコさんが優雅に立った。


「えーまず伺いたいのですが、貴方はチャミ姫の事を誰に聞きましたか?」


「会社に匿名でメールが有ったんですよ。その事ですが…吾田モモメさんて方をご存じないですか?たぶんその人がメールをくれた人です。偽名かも知れませんが…」


「アガタ…モモメ…まさか…貴方、その方に会われたんですか?」


 愛鷹が下唇を咬んだ。やはり心当たり有るんだ。


「向こうから接触して来ました。何者なんですか?知ってるんでしょ?」


「えー…自分から言えるのはその方と関わら無いようにとしか…あ、いや邪険にしてもペケです。取り返しのつかない事に成ります!」


 どっちなんだよ…


「もし次、その方が接触して来たら御一報下さい」


「あの人は味方なんですか?それとも敵ですか?」


「出来れば人類の味方でいて欲しいですねー」


 人類の敵に成るかも知れないのか…

 そうならない為に…


「愛鷹さん!単刀直入に聞きます!富士山は近いうちに噴火しそうなんでしょ?国は何か情報を掴んでるんじゃないんですか?」


「えー…噴火の予測は現代科学でも難しいです。特に火口が全て塞がっている富士は、傾斜計で観測は常におこなっていても、規模や日時など正確には掴めません。専門家は一ヶ月前には分かると言いますが、常識では測れない霊山れいざんなので…」


「噴火の兆候は有るんでしょ?!噴火すれば富士山近隣に沢山の犠牲者が出るかも知れないんですよ!今の間に避難勧告を…」


「規模や日時も分からないままですか?それはペケです。もし噴火しなかったら近隣住民の方々に何とお詫びするんですか?」


「それは…では、噴火が近々有るかも知れない事を記事にさせて下さい。現代科学では無く、チャミさんやモモメさん達みたいな本物の魔法使いが、その事実を掴んでいるので噴火は間違い無いと書かして下さい!」


「それもペケです。いたずらに恐怖を煽らないで下さい。世間に魔法使いの存在を公表してもいけません」


「なぜです?」


「貴方…貴方はココに居るマイコ雛や、雛神ひながみと呼ばれる他の雛さん達を見てどう思われましたか?」


「『どう』って…そりゃ最初はビックリしましたよ。そして是非一体欲しいと思いました」


「ですよね。雛神は祓子ほうこ(這子)とも言われ、悪霊を祓って近づけませんから御守りにも成る。世界中の人が欲しがります。何十億人と…」


「あっ!…」


「気付かれましたか?それに対して雛神は現在千体程。チャミ姫はあの歳で既に百体近く雛神を作りました。縄文時代から続くアワシマの血筋の中でも別格なんです。他のアワシマの方が一生涯かけて制作に励んでも、雛神は精々一体か二体しか作れないんですよ…」


 そうなんだ。チャミさんは大魔法使いだったんだ。


「そんなチャミ姫でも何十億と雛神を作るのはペケでしょう。すると人間の数と雛神の数が合わない…どうなります?」


「奪い合いの争いが…起こります…」


「ですよね。人によっては雛神を悪用しかねません。いや、チャミ姫を悪用して、チャミ姫を神と崇める団体も出て来るでしょう」


「それに関しても問題が?」


「歴史を見て下さい。問題を起こすのは神と崇めらる人では無く、祀り上げる側の人間です。利用して私腹を肥やす…」


「それは自己紹介ですか?闇でチャミさんの人形を売る仲介をしてるそうじゃないですか。三億とか言ってますが、マージンいっぱい懐に入ってるんでしょ?」


「あっ…いやいやいや、貴方、ユーモラスな方だ。そんな事はペケですよ。ペケ」


 図星だろうが。


「えー…とりあえず魔法使いの存在も、噴火の恐れが有る事も秘密にして下さい。お願い致します。魔法使いの存在を国が認めていると成れば、それを利用した欺瞞ぎまん行為や手品を使った詐欺が横行します。超自然能力者の存在は、何処の国でもトップシークレットなんです。いざという時、国策の切り札にも成りますから。知ってしまったからと言って、貴方に危害を加えるような事は致しませんが、この事を記事にされても無駄に成る事はお伝えしときます」


「言論統制して特をするのも、噴火から免れ助かるのも、一部のエライ方々だけですか?一般市民は見殺しですか?」


「そうは言って無いでしょー。国民に犠牲が出ないよう最大限に努力は致します…」


 どっかの国会議員みたいな事を言いやがる。

 どうせ自分の保身しか考えて無いんだろ。

 しかし…クソッ…思った通りだ。

 どうする?噴火の事実はSNSや動画で拡散するか…

 それも止められるかも知れないが…


「噴火の不安は分かります。ですが我々もチャミ姫や雛神達と協力して…」


〝ブーブーブーブー…〟


 突然携帯の着信ブザーらしき音が鳴った。


「し、失礼。緊急事態みたいです」


 愛鷹は慌てて携帯を取り出して、立ち上がりながら会話をしだした。


「何?!宿魂石しゅくこんせきが?!アブラオキメの祠も?羅婆々ラバーバビナは?……ふん、ふん…犬養!!貴方何やってたんですか?チャミ姫を樹海から脱走させたり!……言い訳はいいです!しっかりして下さい!ペケですよ!大ペケです!」


「ドスッ!羅婆々ラバーバがどうかしましたか?」


 マイコさんに問われて〝チラッ〟と俺の顔を見た愛鷹は、目を瞑りながら軽く首を振った。


「詳しくは戻ってから話します。マイコ雛…今日中にチャミ姫の命令は解きますから、明日の朝には迎えに来ます」


 羅婆々ラバーバ…確かチャミさんが出発時、口に出していた名前だ。動く人形の一体かな?何か有ったか?


「緊急事態ですか?ひょっとしてヤミオコシって怨霊が復活したとか?」


 俺が立ち上がるとプロレスラーみたいなゴツい奴も凄みながら立ち上がった。


「お前…これ以上は首を突っ込む…ウッ!!」


 ゴツい奴は言いかけのまま、お腹を押さえて前倒しに成りながら崩れかけたが、すかさず角刈り男が支えて突っ伏すのを防いだ。


「ドスッ!失礼。殺気を感じたものですから」


「マイコ雛の前で殺気を出すなんて修行が足りません。コイツはペケです。降格させましょう」


 ゴツい奴は白目を向いて気絶している。

 俺には何が有ったかサッパリ見えなかったが、おそらくマイコさんが正拳突きを腹に当てたのだろう。

 こんな大男を一瞬で気絶させるなんて、頼もしすぎるボディーガードだ。三億とか安すぎる。


「ドウル王子。我々は急用が出来ましたので帰ります。明日又、マイコ雛を迎えに来ますので、その時は一報を入れます。携帯を一つお貸ししときますから、何か有ったら遠慮せず御連絡下さい」


 そう言ってスマホを一台渡された。

 一応俺も記者なので朝から家に居るか分からない事は断りを入れといたが…てかっ、絶対どっかに行ってると思う。どうせコイツら居場所をすぐに突き止めるだろうが…


 愛鷹と角刈りは、ゴツいのを抱えながら足早に帰って行った。

 こっちよりも重要な大事件が起きたみたいだ。


「何が有ったんだろう?シュクコンセキとかアブラオキメとか何か分かる?」


「ドスッ!アブラオキメはA級の古い怨霊です。生前はヤミオコシの信者だった巫女だったのですが、まつろわぬ者として朝廷軍に討伐されています。有る地に祠を建てて魂を鎮めておりまして、そこは羅婆々ラバーバが警護を担当しておりました」


羅婆々ラバーバはチャミさんが作った人形?」


「ドスッ!違います。【全身ろくろ】羅婆々ラバーバは、三年前に亡くなった御隠居が作ったゴム人形です。御隠居は今の若女将のお婆さんにあたる方です」


「古い人形なんだな…大丈夫だろうか?心配だな…」


「ドスッ!羅婆々ラバーバは強いです。A級怨霊にも引けは取りません。ご心配無く」


「そうか…マイコさんが強いと言うなら相当強いんだろうな…」


「ドスッ!格闘技と芸事に於いては私の右に出る人形は居ませんがな。ハッハッハッ…」


 シュクコンセキもヤミオコシと関係有るのか?

 噴火の火種にならなければいいが…


「マイコさん!俺、これから向かいたい所が有るんだ。一緒に来てくれるか?」


「ドスッ!喜んで!あっ!ドウルはん…その前にお花を付けて貰えますかな?」


「お花?ああ、警護料ね。……ホイッ!一万円」


「ドスッ!ごっつぁんです!」


 そこは『おおきにぃ~』って、言ってよ…

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