第6話 ハンドクラフテッドウェポン

「おー!すっごくミステリアスっチャ…逆にどんな人か会いたかったっチャ。ん、もう…ビー!何で追い返したっチャ!」


「だからマスターチャミ、ヤミオコシの信者の可能性が有るんだって…」


 少しウェーブのかかったアッシュブラウンの髪を、赤と紫のリボンで可愛くむすんだ小柄な少女が、アヒルのような口をしながら自作の宙に浮いている人形を叱りつけている。

 少女は樹海の一軒家の主人。伝承五千年の傀儡子くぐつし、チャミさんだ。


 アンタの方がミステリアスだと言うツッコミはさておき、俺はこの家に着くなり、チャミさんに先ずはモモメさんに心当たりが無いか聞いてみた。

 他に聞きたい事が山程有ったんだが、頭パニック状態なので、とりあえずモモメさんの正体解明からだ。

 ビーの言う通りの人なら大変な事に成る…

 目的によっては俺もチャミさんも危険だ。


「そのビーが言ってる『ヤミオコシ』って何なんです?何か名前が妖怪ぽくって、正体知るのも嫌なんですが…」


「……………」


 うわー…あからさまに困った顔して黙り込んじゃったよ。

 これは完全に俺に教えて良いのか悩んでいるね。うん。

 俺、一人暮らしだから背筋凍る系は止めてね。

 知ったらシャンプー中に目も瞑れない位に恐ろしい事なら、無理して言わ無くても良いですよ。ハハッ…


「仕方ないっチャ…ジャーナリストって好奇心のかたまりっチャからね…知るからにはソレだけのリスクは覚悟して欲しいっチャ…実はヤミオコシとは…」


「ちょっと待った!!俺、三流記者ですから、そんな覚悟無いでーす!だいたい想像で分かります。その『ヤミオコシ』って悪い奴でオッケーですね?」


「ヘタレかテメェ!ヤミオコシはS級の怨霊だよ!」


 うわー…やっぱり。

 しかも何かランク付けされてるし…最上級の…


「さっきの手だけのがD級。テメェがこの前見たのがC級位だから、遥かに厄介でヤバイ悪霊なのが分かるよな!」


「お化けは皆怖いから何かピンと来ないです。正直S級ってどれ位のおそろしさ何ですか?」


「平将門や菅原道真と同じクラスっチャ」


 超有名処ジャン!

 絶対関わり合いたく無ーい!


「ヤミオコシは生前、関東周辺を拠点にして新興宗教を立ち上げた教祖だったらしいっチャ。人を惑わす力が有ったので、術が使える魔法使いだったのは間違いないらしいっチャ」


「チャミさんはその怨霊には有ったこと無いんですか?」


「有ったこと無いっチャ。前回の『宝永の死闘』で、当時の御先祖様がかなりの犠牲を出しながらも封じ込めたっチャ。でも復活を企む者が最近動いていると報告を受けてるっチャ」


「『宝永の死闘』…ヤミオコシが宝永の噴火を呼び起こしたのですか?」


「そうっチャ。かなり古い怨霊っチャ。宝永大噴火もそうっチャが、その前の延暦大噴火に貞観大噴火もヤミオコシが関わっているらしいっチャ」


「えええぇぇぇ!!富士の三大噴火全部に関わってるんですか?ヤバ過ぎでしょ!」


「ヤミオコシを崇める信者は、生きてる方も死んでる方も現代に居るっチャ。その者達がいつ封印を解いてもおかしく無いっチャ」


 モモメさんがそのヤバイ奴、ヤミオコシをあがめて信仰してるのか?

 確かに垣根の件も含めて、何かの宗教心は持っていると感じた。けど、富士の噴火を促すような奴を讃え祀るような破滅主義者には見えなかったし…


「仮にモモメさんが、そのヤミオコシを崇める信者だとしても、俺に近づいた理由は何だと思います?」


「マスターチャミに警戒されずに近づく為だろ」


 なる程…

 樹海の魔法使いの情報をメールで流してたのは、モモメさんの可能性が高い。動く人形の事を知ってたからな。

 そして富士を守り、ヤミオコシの敵に成るチャミさんの存在も知っていた筈だ。

 今思えばアワシマに詳しかったのも、チャミさんの事を最初から知ってたからだ。

 チャミさんはヤミオコシにとっては邪魔でしかない。だから消したい…

 だが無闇に近づけば護衛の人形達が邪魔をする。

 そこで第三者の俺を利用して、油断したチャミさんを…


「待ち合わせ場所を知ってたり、電波を受信しなかったり…テメェの携帯はハッキングされてるんだろうな。いいようにテメェを操り、写真を撮る振りをしてマスターチャミの命を奪うつもりだったのさ…」


「確かに可能性は有る。けど、もし俺が初日から社のカメラマンと同行してたらどうなっていた?それはそれで別の作戦が有ったのか?」


「そうだな…手を変えて又やって来るかもな!ヤッパさっき倒した方が良かったかな…」


「相手が人間や生き物なら勝手に傷つけたら駄目っチャ!それに相手が只者じゃ無いなら、戦闘に記者さんも巻き込んでしまうっチャ」


「分かってるよ。マスターチャミ…」


『只者じゃ無い…』

 ビーはモモメさんが剣から逃れるすべが有ると言ってた。

 剣を目の前に突き付けられて逃れるすべ

 それは、まさか…


「怖いですわね。怨霊も生きた人間も怖いですわぁ」


 いつの間にか俺の傍らに布人形が置いて有った。

 いや、違う。自ら動いて来たのだ。お茶を運びに…


「どうぞお召し上がり下さい。私の手作りの粗茶です」


「君はこの間も、お茶を持って来てくれた子だね」


「ハイ。普段からご主人様で有る、チャミ様の身の回りのお世話や家事のお手伝いをしております。お客様の接待もお仕事です」


 フリルとリボンが可愛い黒い服に、白いエプロンとブリムをしたその人形は、まさにメイドさんそのものの格好をしている。

 黄色い毛糸の髪は三つ編みにして、目は丸型ボタンを縫い付けてあるみたいだ。

 何か子育てが一段落して時間に余裕ができた主婦の方が、趣味で作った素朴な手芸品って感じだ。

 表情豊かなビーと違い、眉が少し動く程度で殆どニコちゃんマークみたいな顔のままだから、何とも穏やかでなごんでしまう。

 しかし、ただ一点気になるのは…


「この間置いていかれた名刺を拝見させていただきました。確かドウル様でしたね。ドウル様は本日の昼食はどうなされますか?良かったらお食事の用意を致しますが、如何なされます?」


「本当に?お言葉にあまえていただこうかな」


「かしこまりました。ドウル様」


 パンを持って来てたが、チャミさんがどんな食事をしてるか気に成るので、ここは遠慮せずに馳走にあずかろう。


「あっ!そうだ、君、名前は?」


「ハイ。【ハンドクラフテッドウェポン】ハンドメイド冥土メイドと申します」


 ……ちょっと待て?!二つ名がおかしい!?

〝小さなお手伝いさん〟とか〝ふんわり家政婦さん〟とかじゃ無いのか?

 何か変な単語が混じっているぞ。

〝ウェポン〟……

〝武器〟だよな…他に訳し方無いよな?


「えーと…長いからハンディーでいい?」


「ハイ。ドウル様」


「ハンディー…その手にしているお盆。何で厚みが有るの?」


 ハンディーが両手で抱えているソレは、一見正面から見るとアルミ製の丸型トレイに見える。だが、横から見るとまるでクッキーの入った缶みたいに、2センチ位の厚みがあるのだ。お茶乗せてたからトレイだよな?

 まぁ何より謎なのは、そのトレイに描かれた鮮やかな花柄の中の黄色い髑髏ドクロ模様なのだが…この癒し系人形には余りにも不釣り合いすぎる。


「このトレイは裁縫道具箱ソーイングセットも兼ねております」


裁縫道具箱ソーイングセット?」


「ハイ。ボタンが取れたりしたら遠慮せずにおっしゃって下さいね。ドウル様」


 この家政婦さんは裁縫道具を常に持ち合わせているのか?中に糸やハサミが入っているのかな?いつでも自分を修理できる為だったりして。


「ワチャチャチャチャアァアー!!」


 な、何だ?何だ?

 ハンディーと会話中に突然チャミさんが叫んだ。

 顔をしかめながら立ち上がり、壁を睨め付けている……ま、まさかヤミオコシが現れた?!

 壁を見たが其れらしき物は見えない。

 霊だから見えないのか…さっきのは見えたのに…


「チャ、チャ、チャミさん。ま、まさか例の奴が居るんですか?」


「そ、そうっチャ!ほ、ほら壁にへばり付いてるっチャ!」


 う、うそぉぉおおお?!

 ど、どこに?俺、どうすりぁいい?

 と、とりあえずおきょうでもあげとく?


「ビー!!何してるっチャ!早く倒すっチャ!!」


「さっき無闇に生き物を殺しちゃ駄目って、言われたとこだもん…」


「虫は蜜蜂以外は害虫っチャ!人類の敵っチャ!六本以上足の有る奴は、問答無用で倒していいっチャ!!」


 んんっ?虫?

 言われて壁をよく見ると、小さな蛾が止まっていた。まさか、あの蛾がヤミオコシ?違うよね?


「チャ、チャミさん?ひょっとして虫、苦手ですか?」


「悪霊の足はゼロか二本っチャ!でもアイツらは足が六本も有るっチャ!恐ろしいっチャ!!」


 理屈が分からん?

 お化けの方がよっぽど恐ろしいんですが…

 だいたいこんな沢山虫が出そうな森の中に住んでて虫が怖いって…それ、おかしく無い?


手作ハンド冥土土産メイドギフト!!」

〝バシッ〟


 チャミさんと会話中にハンディーの声と、壁を叩くような音が、ほぼ同時にした。

 振り向いて壁の方を見たら、蛾は壁に張り付いておらず、その下の床上に粉々になって落ちていた。

 ハンディーはトレイを両手に持ったままで、その場を動いた様子も無いが…


「アレ、ハンディーが退治したの?」


「ハイ。お食事前に不快な思いをさせてしまって申し訳ございません。すぐに片付けてまいります」


 そう言って部屋の隅に有る小さな箒とチリトリをトコトコと取りに行った。

 歩き方も着ぐるみみたいで、モサモサして可愛いらしい。

 しかし不思議だ。ハンディーの場所から壁の虫までは、かなりの距離が有った。しかも間に俺が居た。どうやって虫を退治したのだろう?


「記者さんは〝ドウル〟って名前?じゃあ今度からドウル君って呼ぶっチャ」


 チャミさんがニコニコしながら、悪ぶれも無く言ってきた。

 俺は十歳近く年下の子に、〝さん〟付けの敬語で喋っているのに…あんたは〝君〟なのかよ!

 まぁ良いけどね。密着取材はフレンドリーになる方が本音で喋ってくれたり、気軽に本当の事を教えてくれたりするからね…うん。


「ドウル君、チャミの人形を一体貸してあげるっチャ」


「えっ?本当ですか?嬉しいけど何でですか?」


 おっ?!早速お友達の証かな?


「ヤミオコシの秘密聞いちゃったので、信者の霊がドウル君の家に現れるかも知れないからっチャ」


「えっ?何しに来られるのですか?俺んちは非生物の来訪者はお断りしてるんですが…」


「何しにって、勿論ドウル君を呪い殺す為っチャ。危ないからチャミの人形を護衛に付けてあげるっチャ」


 ああああああああああ…

 気軽に本当の事をストレートに教えないで下さい。

 知らないでしょうが、俺のハートは硝子細工のように壊れやすんですよ。気泡緩衝材きほうかんしょうざいで包まれた荷物が如く丁寧に取り扱って下さい…

 ん、とに!だから正体知りたく無かったんだよ!ビーのバカヤロー!


「心配しなくても万が一っチャ。霊は怖がる人に取り憑いちゃうから、余り過剰に怖がらなくていいっチャ。そして、人形のレンタル料は一日一万円でいいっチャ」


 金取るんかーい!

 経費で落とすから良いけど。


「ちゃんと領収書くださいね。しかし高いですよ。だいたい売り値三億円なんて誰が買うんですか?」


「海外の実業家や政界の偉い人っチャ。もう八体売れたっチャ」


「何でそんなツテ有るんですか?チャミさんまだ15歳でしょ?」


「環境省の人が仲介役になって売ってくれてるっチャ」


「環境省の人?環境省の人に知り合い居るんですか?」


「ずっと古い付き合いっチャ。環境省の人が気を利かして、ココに生活用品を運んでくれたりしてるっチャ。江戸時代は関東代官が世話係だったらしいチャ」


 …国は知ってるんだ。

 よく考えたらココは国定公園だ。知ってて当たり前じゃないか…

 知ってて世間にはずっと隠している。

 魔法使いの存在を…

 

 そうだ。天児あまがつは元々平安時代の貴族だけの習わし…

 当時の一部の貴族だけが動く人形の存在を知っていたのかも…


「環境省の人には、部外者に動く人形の事を話すのは口止めされてるんじゃないんですか?」


「そうっチャ。けど、バレたからもういいっチャ。国はあくまで魔法使いの存在を公にしたく無いだけ。正直他にも内緒で魔法使いを囲っているっチャ」


 なるほど…チャミさんはあくまで神主や僧侶と扱いは同じ。お祓いをする人で有って、魔術を使う人では無いって事だ。

 現代版安倍晴明みたいな立ち位置と考えるべきか。

 他にも国専属の魔法使いや占い師とかが居るのだろうが、政教分離原則の論議にも成るから国家機密なんだろう。

 待てよ!だとしたら…

 国が囲う富士を守る魔法使いは、他にも居るのでは…


「チャミさん…他にどんな魔法使いが富士山に関係していますか?」


 聞きながら俺はハンディーの運んで来てくれたぬるいお茶を口に流し込んだ。さっき自販機で買ったのと同じ味がする。絶対手作りじゃ無いだろ。


「ん?何だこれ?」


 お茶を啜ってる時、唇に何かが触れた。

 見るとなぜか湯呑みの中にキラキラ光る数個のプラスチックビーズが浮いていた。さっきまで浮いて無かったのだが…


 虫の死骸を片付けるハンディーに目を向けて気付いた。ハンディーの足元にも同じような小さなビーズが、床一面に散らばっている事を…

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