第5話 剣持つ妖精

「リスさん、おはよう!ヒヨドリさん、元気?ヒノキさん、お邪魔しまーす!キャッ!クジャクゴケさん、踏んじゃって御免なさい…」


 まるで子供番組に出て来る体操のお姉さんのようなハイテンションで、樹海の動植物達に挨拶しまくるモモメさん。ものすごく楽しそうだ。


「玄武岩さん、ご苦労様です!酸素さん、いつも有難う!二酸化炭素さん、サヨウナラー元気でねー!」


 無機物達にも挨拶してる…

 前から沢山の人が来てるので、それは止めて下さい。


 俺達は現在バス停から遊歩道に入り、チャミさん家に向かっている。

 待ち合わせ場所でモモメさんと顔を合わせた俺は、開口一番に昨日の消火騒ぎの事を伝えた。


 出火の原因は燃え尽きた垣根の近くに煙草の吸い殻が見つかった事から、業者の二人組の火の不始末だという事に成っている。

 その後も隈無く調べたそうだが、結局建物には被害らしい被害は無かったそうで、病院に送られた住人や二人組も火傷一つ負わずに無事だったらしい。ただ炎の中に暫く包まれて、かなり精神的に参ったらしく、そのまま入院しているらしいのだが。

 モモメさんは話を聞くと、「垣根さんが身代わりに成って助けてくれたのよ」と、だけ言って、その話には然程さほど興味を示さなかった。

 俺もそれ以上話さず、バス停近くの自動販売機で飲み物を買ってからすぐに遊歩道を歩き出したのだ。


「何か先週と違って人が多いと思ったら山開きか…登山客も居るんでしょうね」


「そうね。これだけ人が多いとお人形さんも、お化けさんも隠れて出て来ないかも」


「お化けさんの方は永久に隠れてていいです」


「フフッ…」


 今も前方にはハイキング姿の集団がチラホラ見える。

 海外から来た人も多いみたいだ。

 外国の人には珍しいのか、歩道脇に置いて有る自動販売機の前で何か騒いでいる。

 …ん?まてよ…前来た時、あんな所に自販機有ったけ?

 バス停付近にしか無かったはずだが…最近設置したのかな?正直あまり深く気にせず、何語か分からない言葉で騒いでいる人達に軽く会釈して、自販機の横を通り過ぎて先を急いだ。


「その枝道の細い方を行って下さい。足下悪いので気を付けて下さいよ」


「大丈夫よ。慣れてるから」


 何かあった時にすぐに写真が撮れるようにと、カメラ片手にモモメさんは先頭を行く。昨日と同じピンク色のキャスケット帽をかぶっているが、今日はTシャツに下はショートパンツとレギンスでコーディネートされている。

 洒落たバックパックを背負う姿は、山ガールのファッション雑誌から抜け出したモデルのようだ。


「あっちに何か有るわね…何かしら?」


「あまりルートから外れないで下さいよ!迷子に成りますよ!」


 流石は山に慣れてるだけ有って、向き出た根っ子だらけの難所をスイスイ歩いていく。大したもんだ。

 華麗さと可憐さに見取れながら後を付いて行ったが、その姿が急に立ち止まった。


「どうしました?何か見つけました?」


「酷い…グチャグチャだわ…」


 えっ?!

 何??

 グチャグチャ???


「かなり前のモノだわ…何で誰も見て見ぬ振りなんだろ…」


 何が?

 何が時間が経ってグチャグチャに成ってるんですか?

 樹海で時間が経ってグチャグチャになる物…

 ま、まさか…

 し・た・い?!


「あああぁぁぁあああぁぁぁ…ど、どうしましょう!きっと自殺者の人ですよね?け、警察に連絡を…」


「自殺者が残した物では無いと思うわ。だって近くにが無いもん…」


「へっ?」


 モモメさんが指差す方を恐る恐る見ると、そこにはゴミが散乱していた。

 なんだゴミがグチャグチャに放置されてただけか…焦った…


「観光客が捨てて帰ったのでしょうね。外国人はマナー悪いから…」


「外国人とは限らないし、国籍とか関係ないわぁ。自然環境に対するマナーの問題よ!」


「そ、そうですね…」


 モモメさんの意見はごもっともだ。

 少々お堅いが、俺と違ってしっかりしてるわ。同い年なのに…


 モモメさんはリュックからビニール袋を取り出すと、ゴミを一つ一つ拾い始めたので、俺も勿論手伝った。

 拾い集めたゴミは俺が持ち、再びチャミさん家の方角へと向かう。

 少し進んで又、モモメさんは何かを見つけたのか歩みを止めた。


「酷い…ホント、さっきから気分を害するわ…」


「またゴミが有りました?」


「違うわ…見て。分かる?」


 俺はモモメさんが指差す方を見た。

 だが…

 何も無い。

 ただ苔だらけの地面と木々が立ち並んでいるだけだ。


「何が有ります?苔だらけで気持ち悪いんですか?」


「違うわ。よく見て、木の枝を一本づつ…」


「木の枝?」


 言われて枝を一本づつよく見た。

 風で揺れてる枝が何本か有る位だが…

 あっ!

 そ、そっか……気付いてしまった。

 風なぞまったく吹いてない事を……

 揺れてるアレは枝じゃ無い。

 よく見ると、枝みたいに黒く細く枯れてしまった人間の手じゃないかよ…

 それが十本以上も木から生えて〝おいで、おいで〟をしている。

 ハハッ……

 そうか…モモメさんも体質なんだな…

 さぁ、では一緒にダッシュで逃げましょう!!


 俺が廻れ右をした時、モモメさんにシャツの襟首を掴まれたので転けそうに成った。


「現れたわよ…」


「えっ?!お化けの本体ですか?」


「正義のお人形さんが…」


 俺はすぐに木の方に顔を向けた。

 十本以上有ったお化けの手が、三本に減っている。

 いや…全部消えた。

 一瞬だったので何が有ったか分からない。


「あのお人形さんが全部切ったみたいね。シャッターを押す暇も無かったわ…とてもじゃないけど、ついていけないスピードよ…」


 モモメさんは頭を動かしながら上空を見てるが、俺は肉眼で捉えきれていない。

 携帯のカメラで辺りを適当に連続で撮ってみたが何も写ってはいなかった。


「モモメさんのカメラでも無理ですか?」


「ええ。すぐに逃げて隠れてしまう…撮られるのが嫌みたいね。ノーメイクで恥ずかしいのかも…フフッ。スッピンでも私の腕で可愛く撮ってあげるのに…」


「交渉してみます」


 そう言って俺は空に向かって叫んだ。


「この間の妖精さんだろ!!今日も助けてくれて有難う!!カメラは向けないから姿見せてくれないか!?」


 返事は無かったが、モモメさんが場所を指してくれた。


 居た。

 一見では擬態のように辺りと同化して分からない。

 緑色に黒の横縞が入ったワンピースを着たソフビ人形が、大きなひのきの幹を背にして、枝の上で腕組みをしながら立っている。

 緑色の髪にも黒いメッシュが入っていて、森の色にすっかり溶け込んでいるから、高速で飛び回ると絶対見失う。

 背中には透明のつばさを生やし、腰には日本刀とサーベルのミニチュアを差している。

 首と肩口にジョイント部分の線が見えるから、腰に差した刀は別として、動かなければただの可愛らしい着せ替え人形みたいなのだが…


「テメェ、性懲りもなく又来たのかよ!ヘボ記者!そんなに悪霊に取り殺されたいのか?」


 しかめっ面をしながら悪態をつく。とてもじゃないが着せ替えなんかさせて貰えないだろう。そんな事をすれば、あの刀で指の二、三本は落とされそうだ。


「ちゃんと君のご主人様には会う約束を取ってあるよ!え~と…君、名前有るのかな?何て呼べばいい?」


「…ビー。【剣持けんもつ妖精】ピクシーBだ!」


「そうか…ビー!悪いけど君達の活躍を記事にしたい!出来たら君の写真を掲載させて貰えないだろうか?このお姉さんが可愛く撮ってあげるってさぁ!」


「お断りだね!私らは見世物じゃ無いんだ!そんなに人形の写真が欲しいなら人形館でも行って来いよ!このオカマ野郎!」


 参ったな…

 人形にも個性が有るとチャミさんは言ってた。

 このビーって人形は気難しそうだ。

 写真は他の人形に頼むか…


「分かった!君の写真は撮らない!これから君の家に行くから、よかったら一緒に行かないか?」


「待ちな…」


 そう一言告げると、ビーは一瞬で消えた。

 どこ行ったか分からず、辺りを見回すと…


 居た。

 えっ?!

 ビーは空中に浮きながら、刀を抜いている…

 その剣先をモモメさんの顔に向けて…


「テメェ何者だ?」


「そ、その人はカメラマンで、取材の同行者なんだ。怪しい人じゃ無い」


「フフッ…モモメです。初めまして妖精さん。よろしくね」


 目の前に剣先を向けられても、笑顔で対応するモモメさん。肝が据わっている。


「コイツはマスターチャミに会わせる訳にはいかない。女!お前は帰れ!」


「だからその人は怪しい人じゃ無く…」


「どう見ても怪しいだろうが!コイツ、私のスピードに目がついて来れていた…今も私を見て全く動揺しない」


「妖精さんの事はあらかじめドウル君から聞いてたわ。だから驚かないの。フフッ…」


「そうか…なら何で私のスピードと剣の切れ味を分かっていながら、こうしてやいばを突き付けられても微動だにしない?余裕綽々なのは、この距離からでも私の剣から逃れるすべをオマエは持ってるからだろ…」


 いや…カメラマンにそんなすべは無いと思うが…

 でもビーが言ってる事が本当なら、モモメさんはかなりの動体視力の持ち主だ。さすがはプロのカメラマンだ。


「その剣は本物?お化けさん用じゃ無いの?」


「しらばっくれるな。あの悪霊の手と一緒に本物の小枝も何本か切ったのをお前は確認してただろ。小枝が地面に落ちる所を目で追ってたからな」


 ヤバいな…

 あの剣は小さいが本物みたいだ。

 人間の頸動脈位は切れるだろう。

 確かにモモメさん落ち着き過ぎだよ。気が強くて負けず嫌いな所が悪い方に出てる。

 少しは怖じ気付かないと、ビーは益々怪しむぞ。


「怖がらないのは貴方が人間は傷付け無いって信用してるからよ。富士山を悪霊から守る正義の味方なんでしょ?」


「見くびるな!ヤミオコシの手先なら、人間だろうと容赦しない。嘘だと思うなら先ずはその怪しい目玉に剣を突き刺して、タコ焼きみたいに穿ほじくり出してやろうか?正体をあらわすかもしれないしな…」


 ヤミオコシ?

 何だろ?


「可愛い顔して凶暴なのね。分かったわ。そんなに疑うなら今回はチャミちゃんに会うのは諦めるわぁ」


「えっ?!い、いや…でも写真が…」


「写真は諦めな!私だけじゃ無い、他の人形達も動いている所の撮影はNGだ。まぁ、撮っても圧力が掛かって掲載は出来ないぜ」


 さっきからビーの謎の発言が気になる。

 圧力?どこから?


「ドウル君…例の件はよろしくね」


 例の件…

 江戸時代の人形から色々聞き出す事と、チャミさんを都会見学に誘う事ですね。やってみます。


「じゃあ悲しいけど私はここで帰るわ」


「あっ!次のバスまで結構時間有りますよ。とりあえず編集長に電話して、事の成り行きを報告します。近くに住んでるアルバイト記者が居るんで、迎えに寄越してくれるかも…」


「大丈夫。折角だからバスの時間まで森林浴でもして来るわぁ。フフッ…さようなら妖精さん。ドウル君またね…」


 笑顔で手を振って、モモメさんはバス停側へと歩いて行ってしまった。


「悪く思うなよ、ヘボ記者。テメェが変なの連れて来るからだぞ。あの女…本当に普通じゃ無い…」


 モモメさんが離れて行くのを確認したビーが、眉間に皺を寄せながら小声で喋り掛けてきた。いつの間にか刀は腰の鞘に戻っている。


「普通じゃ無い?何処が?いや、確かにちょっと変わった人だけど警戒するような人じゃ…」


「私は通常人前に姿を見せない。あの女が只者じゃ無いから出てきた。まぁ、はっきり言って、あの女は…」


〝ピィリリィ、ピィリリィ…〟


「ごめん、ビー。電話だ!ちょ、ちょっと待っててくれ…」


 ビーとの会話の最中に編集長から電話が鳴ったので、モモメさんの事を報告しようと、慌てて取った。


「おはようございます!編集長!今、ちょうど電話しようかと…」


「『おはようございます』じゃねえょ!このゆとり野郎がぁ!携帯の電源切って今まで何してたぁ!」


「電源切ってた?ああ、そうか!今、樹海の中ですから、きっと電波が届かなかったんですよ」


「お前は昨日から樹海の中に居たのか?昨日の昼から何回電話しても繋がらなかったぞ!!」


「昨日から?あれ?俺、携帯の電源ちゃんと入れて有りましたが…」


「嘘つきやがれ!待ち合わせもスッポカシやがって…何一人で樹海に行ってんだよ!」


「はぁ?何言ってんですか?ちゃんと俺、モモメさんと合流しましたよ。いまがた先に帰っちゃいましたが…」


「何だ?モモメさんって?人形の名前か?」


「何言ってんですか?編集長が紹介してくれた女カメラマンさんですよ。吾田あがたモモメさん!」


「誰だそれ?俺の知り合いのフリーカメラマンなら橋本って男だが…お前寝ぼけてんのか?」


 えっ?えっ?えっ?どういう事???


「えっ?俺、人違いで別のカメラマンさんとここに来たんですか?そんなわけ無いですよ!少し早かったですが昨日待ち合わせ場所に来てましたし、『ビックトピック』の名前出してましたよ。何よりも動く人形の事を知ってました!」


「まだ橋本には動く人形の事は喋ってねえよ。『樹海の魔法使いの写真を撮って欲しい』と、しか言って無いぞ。お前…さては誰かに担がれたな…」


「そ、そんな!じゃあ何で昨日、あのハチ公前で俺が待ち合わせしている事を、あの人は知ってたんですか?その橋本って人の知り合いでは?」


「違うと思うぞ…橋本は昨日ちゃんとハチ公前に三時に行ったらしいからな。何時いつまで待ってもお前が来ないから、俺に連絡が有ったんだ。まぁどっちにしろ橋本も都合が悪くなり、この仕事をキャンセルするむねを伝えるつもりだったらしいが…」


 ……どういうことだ?

 俺は編集長にからかわれているのか?

 そうじゃ無いとしたら……


 俺はとりあえず編集長にこのまま取材を続ける事を伝え、電話を切ってから隣で腕組みしながら浮いている人形に聞いてみた。


「ビー…モモメさんが普通の人間じゃ無いとしたら、いったい何なんだ?」

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