第4話 淡島願人

少彦名スクナヒコナが縄文時代のアワシマさんが作った人形だとすると、大国主神は人形を連れて諸国を巡り、厄災や悪霊を祓って信頼を得ていったのかも…流し雛や天児は、その名残で後世に伝わった…」


 俺は机の上に置いたタブレットに、モモメさんの推理をメモしていた。

 ノートパソコンを置くには、この茶店の机では小さかったので仕方ない。


「因みに神話に出てくる何故か少彦名の名前を知っていた喋る案山子かかしのクエビコも、アワシマ様が作った人形かも知れないわね」


「そうだ。アレこそ人形だ。うっかりしてた」


 そういえば少彦名がモデルの一寸法師の話は、お椀の舟に乗るし、鬼を退治するしで、まさにぴったり当てはまるじゃないか。


「鳥取県のアワシマの地は現在『弓ヶ浜』となって陸続きに成っているけど、昔は島だった。おそらくアワシマの神とは、その辺りの島に住んでいた巫女達の事だったと思う。色んな魔法が使え、人形使いとしては勿論、病気などの厄災を祓う呪医としても慕われていた可能性が高い…」


「チャミさんのご先祖様ですね」


少彦名スクナヒコナは粟嶋から常世に行ったと神話に有るけど、この常世は海の向こうの楽園では無く、もっと古い自然信仰の考えでの常世…神や死者の魂が住む世界のことを指しているんだと思うわ」


「常世への入り口は海や山、鎮守ちんじゅの森や磐座いわくらなどですよね。神奈備かんなびとも言われ、あの世との結界が有る神聖な場所」


「そう、そして勿論霊峰富士も、常世と現世うつしよ端境はざかい神奈備かんなびの一つ…」


『常世に行った』は、富士に行ったと言うことか…日本一高い山の富士は、ある意味一番常世に近い神域なのかも…常世に近いから悪い霊が集まりやすいスポット…


「なるほど…チャミさんのご先祖様達は大国主神の国造りのお手伝いの後、出雲から富士山に移った可能性が有りますね。庶民が安心して暮らせる国造りの為に、日本一高い山に巣くう悪霊退治に乗り出したんだ…」


「多分富士山だけで無く、和歌山の友ヶ島をはじめ、土偶で有名な信州や東北など日本中の神奈備に渡ったんだと思う。まぁこれはあくまでも私の個人的見解。元が神話だし、想像でしか無いけどね」


 イザナギ、イザナミが子供として数えずに流したのは、人間の出来損ないの人形を意味してたのかも知れない。

 そして住吉明神の后の話は、チャミさんのご先祖様のエピソードが元に成ってる可能性が有る。これは古事記とかの神話に載ってない話だから、たぶん後から付け足されたんだ。婦人病とか如何にも人間っぽい。

 証拠の無い仮説だが十分辻褄は合う。


「いや!間違いないですよ。よくそれを直ぐ気付きましたね。天才じゃないですか」


「フフッ…あともう一つ。ドウル君は淡島願人あわしまがんにんって知ってる?」


「淡島願人?」


「江戸時代中期に淡島様の人形を箱に入れて背負い、淡島様の徳を説いて廻ったお坊さん達の事。信心すれば婦人病などに良いと告げ、日本中に淡島信仰を広めたの。花柳中心だからお金目当てだと言う話も有るけど、何で淡島の神様だったのかしらね…」


「江戸時代中期…」


「そう、カラクリ人形や山岳信仰が流行ったのと同時期、宝永噴火の少し前に淡島信仰もブームに成っている…」


「…誰かが日本中に、アワシマの事を広めたかったのでしょうか?」


「さあ?分かんないわ。明日チャミちゃん達に聞いてみましょう」


「チャミちゃん達?」


「もしかしたら江戸時代から生きてる人形もいるかも…」


「なるほど!江戸時代に造られた人形もあの棚に有るかもしれない!直接聞けるかも」


 俺はチャミさん宅の応接間に有った百体以上の人形を思い浮かべていた。

 棚の上段に明らかに年代物の日本人形や張り子が置いて有った。チャミさんが作った物じゃ無いと言ってたから、おそらくご先祖様が造った人形だ。まだ動く可能性が有る。


 俺は興奮してきて口の中が渇き、手元のお冷やを一気に喉に流し込んだ…

 そして無味無臭の筈の水に、舌が超絶反応して仰天する。


「なっ、なんだ!?この水?無茶苦茶美味しいですよ!」


「フフッ…当たり前よ。富士の天然濾過装置が生み出した湧き水だもん」


「これ富士山の湧き水なんですか?」


「そうよ。マスターが富士山から汲んできて木樽で保管しているの」


「木樽で…そうか、コーヒーが美味いのも、この水の効果が強いんだ。値は張るけど、この水一杯でも十分価値が有る。それ位美味しい」


「ポリタンクと違って木の風味も加わっているから美味しいのよ。太古から受け継いだDNAの中の記憶が、やっぱり天然の物が一番美味しいんだと脳に伝えてくれる…」


「勉強に成ります。この店に来て良かった。ありがとうございました」


「ドウル君…」


「はい」


「『ごちそう様でした』は?」




「ごちそう様」の後、明日の段取りの詳細に入る。

 モモメさんはそこで一つ、妙な提案をしてきた。




「チャミさんに都会見学をさせるんですか?」


「そう。話を聞く限り、その子は樹海から殆ど出た事無いわね。富士を守る樹海の魔法少女は現代社会を見て何を思うか…」


「そうか…カルチャーショックみたいなの感じるかも知れませんね。そういえばチャミさんはパソコン持ってるのかな?人形の中には現代風のも有ったけど…」


「明日じゃなくてもいいわ。たぶん本人も興味有ると思うし、一度連れ出しましょう」




 程なく打ち合わせは終わり、俺達は主人マスターに挨拶して店を後にする事にした。

 勘定はモモメさんが払うと言ったが、こっちの経費で落とすからと言うと、舌を出して「じゃあ、お願いします」と微笑んだ。その笑顔がまた可愛い。

 仕事の話の時は厳しい表情になるが、終わると可愛いらしい仕草を見せる。こういうタイプのツンデレさんなのかな?いや、コレも全部計算尽くのビジネス的愛嬌か?


 そんなどうでもいい勘ぐりはさて置き、明日は車で現地まで送ると言ったが、バスで行くから大丈夫との事で、現地近くのバス停で待ち合わせを決めてから外に出た。


 まだ夕方の五時前だから日も明るい。

 結局有り難い事に、今日も明日も曇り空だが雨は降らないそうだ。

 俺達は途中まで帰る方向が同じなので、再び会話をしながら店の前の路地を歩き出した。


 そして五分ほど住宅街路地を歩いていた時だ。

 俺のプライベートな話を聞きながら笑っていたモモメさんが、急に瞳孔が開いた猫のような表情に成り、前方に全速力で走り出した。

 突然だったので俺は呆気にとられて、ただ立ち尽くして眺めていたのだが…


「あなた達!!その木をどうするつもり?!」


 んんっ?!モモメさんは二十メートル程先の一軒家の前で、何かの作業をしている外装業者さんみたいな二人組を、いきなり怒鳴りつけたのだが…

 知り合い?違うよね…


「どうするって…切るんだが?」


 屈強そうな二人組は、顔を見合わせキョトンとしている。


「切るって…この垣根は三十年以上この家を守ってきたのよ!それが分からないの?何処かに移すとか出来ないの?ねぇ?!」


「いや…そんな手間賃入ってないし…あんた何なの?この家の人?」


「違うわよ!!あなた達こそ何なの?!本当にプロ?垣根を伐採する時はせめて御神酒と盛り塩を用意して供養の準備したら!」


「はぁ?何でそんな事を頼まれてもいないのに、やらなくちゃいけないんだ?」


ばちが当たるわよ!!ここの家の人は垣根さんにちゃんと別れの挨拶はしたの?」


「別れの挨拶?木に?あんたバッカじゃないの?」


 業者の二人組は大笑いしながら、蔑んだ態度でモモメさんに対応しだした。


「姉ちゃん…変な迷信を信用しすぎだよ。ばち?そんなの無い無い。ただの植物だぞ」


「植物切ってばちが当たるなら、花屋は毎日色んな花に呪われて大変だよなー…へへッ」


 二人組の嘲笑にもモモメさんは意に介さず、凛とした表情で諭すように続けた。


「植物にも魂は有ります。長年同じ家に暮らしたなら、それはもう家族…」


 通りすがりの明らかに年下の女性に説教されてる事が腹立たしく成ってきたのか、二人組はワザと大きな音を立てながら伐採道具を地面に置いた。顔も段々険しく成ってきている。

 これはマズいと思い、俺は遅ればせながら仲に入る事にした。


「すいませーん。お忙しいところ突然お邪魔しまして。俺、ウェブマガジンの記者でして、今調査をしているとこなんです」


「調査?」


「はい。実はこの辺りで不幸が相次ぐので、何かの祟りが有るのでは無いかと、原因を追求しているんです。この女性は有名な霊能者さんで、今回のオカルト特集のご協力いただいておりまして…」


 とりあえず適当な事を言って退散しようと思い、名刺を見せる。

 二人組は燻製くんせいいぶした時のような怪訝けげんそうな表情を浮かべた。


「何か知らないけど迷惑だからどっかに消えてくれよ。終いに警察呼ぶぞ」


「は、はい。分かりました…行きましょう。モモメさん」


「待って…家の人と話をさせて…」


「モモメさん!」


 俺が止めるのを振り切り、モモメさんはその家の玄関に向かって行った。

 呼び鈴を鳴らすと、家の人はすぐに出て来てモモメさんとしばらく喋りだす。

 少し離れていた俺には、会話ははっきりとは聞き取れなかったが、モモメさんのジェスチャーを見る限り、交渉はかんばしくは無さそうだ。

 家の人は野良犬を追い出すかのように戸を閉め、モモメさんは溜め息をつきながら戻って来る。

 その間に業者の二人組は、かん高いチェーン音を立てながら垣根の伐採に入っていた。

 それを哀しそうな横目で見つめながら、モモメさんは俺の側まで近づく。


「モモメさん…」


「…もう時間が無いのに…」


「え?」


 目線を合わせること無く、俺の前を通り過ぎたモモメさんが何やら呟いた。時間?帰る時間の事だろうか?


 モモメさんは上の空で、大通りに向かって早足で歩いて行く。

 何かすっかり俺の存在を忘れられたみたいで、もう一度大きな声で呼んだ。


「モモメさん!」


「あっ!ごめんなさいドウル君…私、この辺りで失礼するわね…明日は遅刻しないでよ。フフッ」


「分かりました。ではまた明日。宜しくお願いします」


 手を振って明るく去って行ったが、何か後ろ姿見るとショックを隠しきれない様子だ。垣根に深い思い入れが有るのだろうか?何か謎だ。


 別れた後、俺は少し早いが腹が減ったので、この辺りで晩飯にする事を決め、大通りに面した定食屋を見つけて食事に有りつく。

 モモメさんの言い付けを守って「いただきます」はちゃんと言ったぞ。

 タブレットと睨めっこしながら、大きなエビフライを咥えている最中に、〝ウーカンカンカン〟という音が耳に入ってきた。明らかに消防車だ。音の大きさからして、かなり近くに止まったようだ。

 俺は食事を速攻で平らげると、「ごちそう様」をしっかり言ってから勘定を払って定食屋を出る。出ると同時に見渡しながら人だかりを探す。人だかりの方角はすぐに分かった。俺がさっき通って来たばかりの道だ。


 そして向かっている最中に気付いた。

 消防車が止まっているのは、さっき垣根を伐採していた家の前、火事が有ったのはあの家か?


 現場に着いた時、ちょうど救急車が走り去った。

 近くに居た人に聞くと、中の住人と作業員が怯えた様子で救急車に乗っていくのを見たらしい。さっき会った人達だろう。

 家を見ると水を掛けられているが、建物には焼け跡は無い。

 だが近所の人の話では家は業火に包まれていたらしく、焼け落ちるような勢いだったそうだ。でも何故か消防車が水を掛けたら嘘のように忽ち鎮火したらしい。


 しばらく野次馬に混じって現場を見たり、目撃者に話を聞いてみたりしたが、何かよく分からない?

 誰に聞いてもかなりの火の手が上がってたらしいのだが、どう見ても家も辺りも何とも無い。消防士の人も不思議そうにしている。


 だが、火の気が有ったのは間違いなさそうだ。

 それは、あの垣根が教えてくれた…

 伐採された垣根の束だけが、なぜか綺麗に丸焦げに成っていた…


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