第3話 小さな神様

「このワン公が、いきなり動きだしたらココに居る人達はどんな反応するかな…」


 まぁ間違いなく『ハチ公逃走中なう』が、ツイッタートレンドのナンバーワンには成るだろう。


 現在俺は都会の喧騒が響きわたる中で、人知れず人形達の事を考えながら、ドリンク片手に時間を潰している。

 辺りは土曜日の昼過ぎという事も有り、観光客や家族連れも多くてとても賑やかだ。


 チャミさんに会うのは明日だが、前日に少しだけ打ち合わせがしたいという事で、カメラマンさんから『三時にハチ公前に来て欲しい』と、編集長に連絡が有ったらしい。

 それで俺は仕事を早く切り上げて、待ち合わせ場所のココに来たのだが、まだ時間までには一時間近く有り、正直早く着すぎたのである。


 ハチ公像を見つめながら思った。

 そういえばチャミさんは、全国に千体以上動く人形が有ると言った。

 神域と言ってたから、有名な神社やお寺に有る石像や銅像の中にも、チャミさんの先祖が作った物が有って、いざという時は動きだすのではないかと考えていた。仁王像や狛犬なんか如何いかにもソレっぽい。

 ロボットアニメのようなシチュエーションを思い浮かべて、童心に返る自分を鼻で笑う。

 いやいや…笑い事じゃ無い。

 ひょっとしたら学校の七不思議によく有る〝走る二宮金次郎像〟や〝動く理科室の人体模型〟も、チャミさんの親戚が作った人形だったのかも知れないぞ。

 なんかそう想像すると、ただの作り話の怪談では無いように思えてきた。

 そんな事を今まで考えた事も無かったが…


「実際あんな動く人形見たら人生観も変わるよな…」


「あの…ごめんなさい…」


「は、は、はいっ!!」


 独り言を呟いた時、後からいきなり声を掛けられたのでビックリしながら振り返った。


「あっ!驚かせてしまいました?ごめんなさい。もしかして待ち合わせの人かと思って…」


 振り向いた直後に色々疑ったが、まずは自分の目を疑った。

 俺に声を掛けたのは、艶かな長い髪に綺麗な瞳の凄い美人だったのだ。

 正直〝この人も人形か?〟と、疑う位の完璧な外見の美女だ。

 ジーンズ姿に薄いピンクのブラウス。そしてピンクのキャスケット帽というラフな格好だったが、とてもエレガントに見えた。

 こんな人が声を掛けて来るのは、何かの勧誘かと思って疑ったが…

 肩に大きなカメラを掛けている。

 ま、まさかこの綺麗な人が…


「す、すいません。貴女あなたはひょっとしてフリーカメラマンの方ですか?編集長からの紹介の…」


「あー良かった。やっぱり『ビックトピック』の方ですね。私、フリーフォトグラファーの吾田あがた桃梅ももめです」


 何だって!カメラマンってこんな若くて綺麗な女性だったの?

 山のスペシャリストとは何だったのだ?

 まさかこんなに華奢なのに山に強いのか?

 てっきり男性だと思ってたので予想外だ。

 編集長も先に言っとけよ…名前も聞いて無かった俺もアレだが…


「は、はじめまして。『ビックトピック』のライター、伊和佐いわさ道留どうるです。まさかもう来ておられたなんて…全く気付きませんでした」


「私もたった今、ほんの二時間前に来た所なの。フフッ…」


 うむ。負けず嫌いなのだろうか…


「独り言で『動く人形…』って、呟かれたから多分そうだと思ったわ」


「き、聞こえてましたか?変な奴ですいません」


「いいえ。私も独り言多いですから気にしないで。それよりココでは話しにくいので、カフェにでも行きません。ドウル君」


「は、はい。吾田さん」


「モモメでいいですよ。フフッ…」


 良かった。美人だが打ち解けやすそうな人だ。


 近くに美味しいコーヒーのお店が有るって事で、俺達は喋りながら移動した。

 今までの経由や編集長の意見などの情報…あと、モモメさんが俺と同い年で、子供の頃から山に登って写真を撮っていた話や、モモメさんが好きな音楽やファッションの話も…

 時折笑いながらキャスケットを両手で引っ張る仕草が可愛いらしい。

 んで、楽しい会話が弾んで、弾んで気が付いたら一時間位経っており、住宅街を歩いていた。


「あっ…お店とっくに通り過ぎたんじゃ?」


「ううん。大丈夫。まだこの先だから」


 ……全然近くじゃ無いですよね。

 この辺りで待ち合わせした方が良かったのでは?


 それから三十分位歩き、やっとお目当てのお店に着いたみたいだ。

 今日は曇り空でまだ涼しいとはいえ、夏の日中にこれ程歩き回されるとは思わなかった。

 俺は少し疲れたが、モモメさんは全然平気みたいだ。やっぱり山でウォーキングは慣れてるのかな?


 そのお店は、木造建築のお洒落な洋風喫茶だった。

 アンティークな看板には『テオス』と彫られている。

 入る前からコーヒーの良い香りが辺りに漂っており、香りは鼻腔をくすぐりながら俺の心を和ませてくれた。

 三日月や星が装飾された鉄の吊り看板に、店の前に並んだ沢山の植物が、ここが癒しの空間だと謙虚に伝えてくれているのが、とても微笑ましい。


 だけど…


「どうかした?ドウル君…」


「あっ…いえ!何でも無いです」


 中に入ると三つしかないテーブル席の一番奥に、俺達は向かい合わせになって座った。他に客は居ない。

 レトロな雰囲気の店内は、机も椅子も素朴な木造りで、メニュー立てやシュガーポットまで木造りというこだわりようだった。

 カウンター近くに観葉植物が幾つか置いて有るだけで、雑誌やテレビといった大衆的な物は一切無い。

 一見飾りっ気が無いように見えるが、上を見上げると大きな紺色の円形が、天井一面に広がっていた。

 円形の中には金色や銀色に輝く星粒ほしつぶに、十二星座のイラストが浮き彫りされていて、立体のプラネタリウムみたいな芸術作品に成っている。


「綺麗ですね…」


「そうね…でも富士の頂上から見る星空の方がもっと綺麗よ。フフッ…」


 天井に見取れていると、程なくカウンターから口髭を生やした四十代位の渋い主人マスターが、お冷やを持って注文を取りに来た。

 一人でやっているみたいだ。

 モモメさんは「コーヒーでいいわね」と、俺に聞くとメニューも見ず「一番高いのを二つ」と言った。


「この店…何か本格的そうですね。一番高いのって幾ら位するんですか?」


「一杯八千円よ」


「えええぇ~?!コーヒーが一杯八千円?!俺、チェーン店の安い奴しか飲んだ事無いから味分かるかな…」


「フフッ…本物のコーヒーを飲んだらビックリするわよ。安いコーヒーはもう飲めなく成るかも…」


「そんなに違うんですか…」


 俺はモモメさんのウンチクを聞きながら、その高級コーヒーを楽しみに待った。

 まさかそんな高いコーヒーを飲まされる羽目に成るとは思ってなかったが、経費に糸目を付けないと言ってたから、これはしっかり経費で落とすぞ。うん。

 まもなくコーヒーが運ばれて来て、俺は砂糖を入れようとしたのだが…


「ちょっと、ちょっと!何する気なの?砂糖やミルク入れちゃ駄目でしよ!」


「えっ?!そうなんですか?」


「当たり前でしょ。コーヒー豆本来の自然の味と香りを楽しまなきゃ。コーヒー豆さんに悪いわ」


「あっ…はい…」


 俺が何も入れず、コーヒーカップに指を掛けたら今度は…


「コラッ!『いただきます』は?ちゃんとコーヒーさんを戴ける事に感謝しなさい」


 子供のように怒られた。

 モモメさん…美人で気さくだけど、結構面倒くさいタイプかも知れない。


 俺は手を合わせて「いただきます」をしてから一口啜った。


「美味い!そして凄い良い香りですね!俺の知ってるコーヒーと全然違う!」


「フフッ…でしょ。このカペ・アラミドは豆がジャコウネコの体内を通過する事で、普通のコーヒーには無い独特の香りを持つの。まさに大自然がもたらした神秘ね…」


「へぇ…これがイタチコーヒーってやつか…確か採取するの大変なんですよね?この豆…」


「養殖のジャコウネコに無理やり豆を食べさせるコピ・ルアクと違って、カペ・アラミドは野生のジャコウネコの…ん、んっ!しか使わないから物凄く貴重なのよ。手間暇掛けても、やっぱり天然の物が一番だと思うわ」


「こだわりが有るんですね。でも何でこんな豊かな風味に成るんですかね?」


「豆が腸内で自然発酵されるからよ。そうよねぇ!マスター!」


「すいません。今日カペ・アラミド切らしてまして。それ、ブルーマウンテンです。ジャコウネコ関係無いです」


「!!……………」

「?!……………」


 三十秒ほど店内は静寂に包まれた。

 マスターの磁器皿を磨く〝キュキュッ〟という音だけが、どこか物悲しく鳴り響く。


 この空気に居たたまれなくなり、フォローを入れるべく俺はテーブル端に有ったメニュー表をチラ見した。

『ブルーマウンテン…1500円』

 うん。十分高いじゃないか。


「お、俺、ブルーマウンテン初めてなんですよ。いや~やっぱり高級コーヒーは違う!果実のような程よい酸味が、嗅覚と味覚に至高のメモリーを刻んでくれました。素晴らしい。本当に出会えて良かった。うん、うん」


「……本題に入りましょう。ドウル君。お人形さんの話」


「そ、そうですね…」


「だいたい私、コーヒーよりも日本茶の方が好きなのよ。やっぱり日本人なら日本茶よ。そう思うでしょ?ねぇ~ドウル君」


「そ、そうですね…」


 主人マスターはお客様を一人失ったみたいだ…


「モ、モモメさんはどう思います?やっぱり電池入りのロボットだと思います?それとも本物の魔法だと思いますか?」


「電池が入ってても、入って無くても魔法だわ」


「なるほど…そうですよね。いや、全体的に不思議なんですよね、樹海に一人で住んでるとか…でも本当に縄文時代から自動人形オートマタが有ったと思います?有ったとしたら昔話に出てきませんか?日本の神話にはゴーレムやターロスみたいな自動人形オートマタは出てきませんし…」


「意図的に隠してるのかも知れないわよ」


「えっ?」


「ドウル君は『アワシマ』は調べた?」


「淡島?静岡のですか?」


「神様の…」


「あっ!イザナギ、イザナミの確か二番目の子ですよね?ヒルコの後に生まれ、ヒルコと同じく出来損ないだから、舟に乗せられて流されるんですよね」


「そうね…それだけ?」


「あと、全国に神社やお寺が有りますよね。女性の守り神で、安産祈願に針供養や人形供養が有名で……人形…そうだ!人形だ!ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと調べてもいいですか?」


 俺は慌ててタブレットを取り出して検索した。

 何見落としてんだ、俺!

 チャミさんの名字じゃないか!『アワシマ』は…

 何か名前の方のインパクトが強くて、名字の方を完全に無視していた。


 調べて不思議に思った…この神様は男?女?


「モモメさん。アワシマの神様って、大国主オオクニヌシと国造りした小さな神様の『少名彦スクナヒコナ』って説に、『住吉明神すみよしみょうじんきさき』という説も有るみたいですね…〝彦〟が付くから男神だと思うんですが、『后は婦人病に苦しんだので、同じように苦しむ女性を守るように成った』って、書いて有るから女神っぽいし…どっちなんでしょ?」


「ドウル君は〝雛流し〟は知ってる?」


「源氏物語にも出てくる雛祭りの原型って言われる行事ですね。厄払いの為に形代かたしろって紙人形を舟に乗せて水に流す。編集長が言ってましたが、いつからか三月三日の上巳の節句や天児あまがつとも相まって、今の雛祭りに成ったとか…」


「そうね。雛流しは古くから行われていた民間行事。おそらく縄文時代からよ。その頃は紙人形では無く、藁や土の人形で行われていたと思う…」


「えっ?でも、流し雛は陰陽道の影響だからせいぜい六世紀ごろでは…」


「イザナミ、イザナギが舟に乗せて流した二番目の子。住吉明神の后は病気に成って舟に乗せられて流されている。そして、少彦名は舟に乗って流されて来たのを大国主神が見つけた。皆舟に乗って流されている。雛流しを連想させているとしたら?」


「あっ!」


ひな…古い言い方は〝ヒヒナ〟又は〝ヒイナ〟と言われていた。小鳥が〝ヒヒ〟と鳴く事が由来で、小さくて可愛い物を示す。『雛祭りは少彦名スクナヒコナの祭りで、本当は〝ヒコナ祭り〟だった』と言う説が有るんだけど、だとしたら逆にこうは考えられないかしら…縄文時代の人形の言い方が〝ヒコナ〟で有って、何時しか小さくて可愛いを意味する〝ヒヒナ〟に変わった…土偶を見たら分かるけど、縄文時代の人形の殆どが女性型だった。もし〝ヒコナ〟が人形を意味する言葉だとしたら〝少彦名スクナヒコナ〟は〝少ない(希少な)男人形〟って意味に成る…」


「ああぁぁああっ!ま、まさか!」


「私の仮説が正しいなら女性型人形は〝ヒメナ〟って、言われたかも知れないわね。正直、土偶が当時何て言われてたかは、現在では見当が付かないから…フフッ…」


 確かにそうだ…傀儡くぐつは木の人形を意味する。土人形の土偶が縄文時代に何て言われてたかは見当が付かない。

 そして何故〝少彦名スクナヒコナ〟の彦神だけ〝ナ〟で終わるのかも謎だ。他の男神は〝彦〟で終わる。〝少彦名〟の神様は他の神様とは全く異質の存在だった可能性が…つまりそれは…


少彦名スクナヒコナは医療の神、酒の神と色々な面を見せてるけど、禁厭まじないの神でも有るの…禁厭まじないは、魔法の事…」


「そうかっ!そうなんだ!!大国主神と国造りした小さな神様は、アワシマ…チャミさんのご先祖が作った自動人形オートマタだったんだ!!」

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