第2話 宝永の大噴火

「でっ!写真は?」


「………編集長。話聞いてましたか?」


「あん?」


「俺の立場になって考えて下さい。最初あの家で見た人形達がまさか動くとは、これっぽ~っちも頭の片隅に無かったのですよ」


「はん?…まあ、いいや。その時は撮らなかったんだな。んで、その後だ。外で会った時は勿論撮ったよな?」


「いいですか…その後、いきなりお化けと動く人形達に遭遇するんですよ。それは、それは、耐えがたい恐怖です。誰でも超パニックに成りますよね。俺の心理状態を分析して下さい。気が動転してるんですよ。写真撮る余裕なんて…とても、とても…」


「ゆ・と・りぃぃぃ……このっ、ゆとり野郎があぁぁあああああ!!」


 外は雨。しかもここは紫外線なんか全く届く事の無い薄暗い室内なのに、何故か真っ黒のサングラスを掛けている目の前のアナログ親父が、巻き舌で俺を怒鳴りつけた。

 ああ、そうですよ。すっかり俺は写真撮るの忘れてましたよ。

 そんなに写真が大事なら最初からフォトグラファーと同行させろよ。

 本当に…


「お前会社から給料貰ってるよな!それでもプロか?何年この仕事してんだ?あん!」


「まだこの世界2年目の新米ですよ。その辺りも加味して今回の失敗は許して下さい」


巫山戯ふざけんなッ!!デカいだけの木偶でくの坊がぁ!!もう一度アポ取って取材して来い!!」


「そう言うと思って来週の日曜日に会う約束をすでに取り付けてます。安心して下さい編集長!」


「ん、とに…この、ゆとり野郎が…で、どうなんだ?その人形は本当に機械仕掛けのロボットでは無いのか?」


「分かりません。けどロボットだとしても、あんなに小さいのに空飛んだり、ビーム放ったり、かかと落とししたりするなんて奇天烈すぎます」


 そう…確かに奇天烈すぎる。

 あの後、俺はチャミさんと少し会話をした。


 人形達は『這子ほうこ』と呼ばれる物らしい。昔は『はら』って言われてたのが、うように動いたので『う子』、訛って『這子ほうこ』に成ったと聞いた。


 人形達の中がどうなってるのかは、企業秘密だった。

 まぁ、どちらにしても動くエネルギーは霊的な物なので説明は不可能らしい。

 だから現代科学で作ったロボットや、AI搭載のアンドロイドとかとは完全に別物だと言う。


 だが彼女の言っている事は全くのデタラメで、実は電池で動いている精密ロボットの可能性が無いわけではない。

 あのお化けもホログラムを使ったもので、俺は彼女の悪戯いたずらにまんまと引っかかったのかも知れない。

 手の込んだ事をするのは宗教勧誘か、若しくは人形を高値で売りつける為のブラフなら、有りうるかも知れないしな…

 いやいや、それなら俺一人にあんな大掛かりな事をしなくても、あんな凄いロボットなら三億円でも誰かが買うか…


 チャミさんの話では棚に有った全ての人形が動くわけではないらしい。

 動いても一日で動かなくなったり、そうかと思えば何百年も動きっぱなしのが有ったりと、人形にも個性が有るらしい。

 寿命もピンキリで、千年以上生きてる人形も有るらしいのだ。

 チャミさんを含め、チャミさんの先祖や親戚が作った動く人形達は、全国に千体以上有り(そんなに有るのかよ!)、それぞれ神域と言われる場所で悪い霊的な物を祓っているという話だが…


「でも何で人形が霊を追っ払ってんでしょうね?昔の人が土偶を祈りの儀式に使う話は耳にした事有りますが…」


「お前、天児あまがつって聞いた事有るか?」


「アマガツ?」


「平安時代の貴族が行っていた魔除けのお禁厭まじないだ。小さい子供が寝る時に、病気などの厄災の身代わりに成るようにと、枕元に十字型の木の人形を置いたらしい。その人形を天児あまがつもしくは伽這子とぎぼうこと言った。このならわしは何時いつから有ったか、誰が始めたのかは定かじゃない。江戸時代には雛飾りと相まって庶民にも広まっている」


「そう言えば雛飾りも歴史がハッキリしないんですよね。最初は厄除けの意味も有ったとか…」


「一部の言い伝えでは枕元に置いた天児あまがつが、寝ている間に悪霊と戦ってるらしいぞ。まぁ、縄文時代から人形が霊的な物と闘ってくれるという考えが有っても別段不思議ではない。でも迷信じゃ無くて実際に動いて闘うとなると話は別だ。今昔物語にカラクリ人形の話は出てくるが、平安時代じゃ無いぞ!縄文時代だ!縄文時代!お前の話が事実なら、自動人形オートマタが紀元前三千年の日本に有った事になる」


 編集長は少し興奮しながら一気に捲し立てた。

 無理もない。これが本当なら日本中を揺るがす大スクープだ。

 俺も早くこの事を発表したくて仕方ない。

 だが色々気になる点も有るので、しっかり調べてからだ。


「ドウル!富士山が最後に噴火したのは何時いつだ?」


「1707年。宝永の大噴火から現在までは噴火は無いはずです」


「そうだな。宝永地震の49日後。その前の元禄地震が引きがねになったと言われている。当時、庶民は富士の噴火は赤穂浪士の呪いだとか、徳川綱吉の悪政の天罰だとか、色々怪しげな噂を流布したらしい」


「あっ!噴火と悪霊結びつきそうですね」


「元禄から宝永はちょうど文化の花が開いた時だ。上方を中心に日本中に色んな事が広まっている。だから俺のお門違いの推量かも知れないんだが、お前の話を聞いてどうも気になる社会現象を二つ見つけた」


「何ですか?」


「一つは噴火前後に富士講を中心とした『富士信仰』が活発になっている事だ。幕府が信仰禁止令を出した程だ」


「『アサマ信仰』と言われる民間の山岳信仰ですね…」


「そう。そしてもう一つは、竹田カラクリを中心としたカラクリ人形ブームだ」


「カラクリ人形ブーム…」


「そうだ。日本が本格的にカラクリ人形を作り出しのはこの頃とされている。ちょうどブームになったのが富士信仰が盛んになるのと同時期、大噴火の少し前だ。戦国時代が終わって浮き世の文化が盛んになった時期だから只の偶然かも知れないが、一応調べてくれ」


「分かりました。チャミさんにも聞いてみます。関係有るなら面白いですね。三百年前、富士山の噴火を阻止する為に悪霊とカラクリ人形達が闘ってたのかも…富士信仰が活発になったのは、その事を知ってる人が居たのかもしれませんね」


「だろう。もし、その悪霊が赤穂浪士の怨霊だとしてみろ…歴史好きで無くても絶対に興味湧くぞ…」


 編集長は顎に生えた無精髭を擦りながらニヤついた。

 スーツ着てなかったら、ただのゴロツキに見える。

 正直見た目はとてもウェブマガジンの編集長には見えない。


 魔法使いみたいなオカルトだけじゃない。政治や社会現象にグルメや旅行、更にはアニメやゲームにサブカルチャーまで、我がウェブマガジン『ビックトピック』は、話題に成るネタなら何でも扱う。

 ネタは主に読者からのリクエストメールで、俺達記者が面白そうなのを選んで取材に行くシステムと成っている。正社員だけでは行動範囲が限られるので、世界各地に日雇いアルバイト記者何かも居たりするのだ。

 メインの記事には動画も付け、各地からリアルタイム映像を流す事も有る。今回のネタはまさにうってつけ。しっかり動く人形の姿を掲載し、過去最大のスクープに持っていく。

 正直俺も編集長もワクワクが止まらないのだ。


 だが…

 どうも引っかかる事が有る。

 それは…


「編集長。一つ聞いていいですか?」


「何だ?」


「チャミさんが魔法使いだという情報…誰から仕入れたのですか?」


「前にも言ったが、読者から匿名でメールが有ったんだよ。俺も最初は信じて無かったがな。何回も何回も執拗に送って来るので、一度調べてみようと思って、お前を行かせたんだよ」


「メールの差出人に連絡とれますか?」


「どうだろうな…毎回メールアドレス変わるからな。文面から同じ人間が送って来てるのは間違いないが…リークした人間の方は俺もそれとなく探ってみるわ」


「お願いします」


「お前はしっかり粟島チャミから色々聞き出せ。取材費に糸目はつけんから安心しろ」


「本当ですか?じゃあ早速ですが三億円ほど用意して下さい」


「構わんが、生命保険に入ってくれるか?受取人は俺で…」


「………」


「何考えてる?」


「編集長が差し向けるヒットマンと、チャミさんが作った人形…戦えばどっちが強いか考えてました」


「くだんねえ事考えてねぇで、他の仕事もしてこい!このゆとり野郎が…」


「ハイハイ。三億円か…やっぱりあの人形一体欲しいな…」


「あっ!そうだ、ドウル!次に樹海に行くときは俺の知り合いのフリーカメラマンと一緒に行け。山の写真ばかり撮ってる奴だから頼りになるぜ!」


「分かりました…ん?!あれ?!なんだ?」


 いきなり編集長のデスク上のペン立てがカタカタと揺れ出した。と、思った刹那__

 自分の体が左右に揺れ動いた。


「うおっ!地震か?!」


「結構大きいですよ」


 編集長は慌ててデスクの下に隠れた。

 ロッカーや椅子が小刻みに動く。

 俺は本棚の書類が落ちないようしっかり押さえ、慌てず少しの間様子をうかがった。

 横揺れだから直下型では無い。すぐ静まると踏んだのだ。

 予想通り揺れは段々となだらかに成り、やがて収まる。


「怖ぇなあ…最近地震多くねえか?」


「そんないかつい風貌して、地震怖いんですか編集長?」


「お前怖く無いのか?ゆとり世代はいいな。地震が起こっても、ゆとり有るから…」


「俺はさとり世代ですよ。団塊世代の編集長」


「そんなジジィじゃねえよ!!」


 団塊世代は『地震、雷、火事、親父』と、怖い物に順番が有るらしく、地震が一番上だから編集長がビビるのも仕方ない。

 けど、さとり世代で関東育ちの俺でも、慣れているとはいえ最近やたらに多いから、確かに気には成っていた。何かの前触れか…


 俺はその時、かつて無い程のいや~な予感はしたのだが、人形達に対する期待で頭の中の不安を打ち消した。

 

 外は雨。長雨に成ると言ってたが、週末には梅雨も明けるという天気予報を俺は信じて唯々祈る。雨中の樹海ハイキングは流石に勘弁だ。


 「雨中の山歩きか…」


 俺は外の雨を見ながら、死んだ爺ちゃんの事を思い返していた…

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