【継承五千年】樹海の魔法少女は今日も雛神で富士を守る

押見五六三

第一章 輝宵王

第1話 樹海の魔法使い

「証拠?無いよ!この業界に資格や免許みたいな物が無いもん。国が認めるわけ無いっチャ!チャハハハ…」


 向いに座ったショートツインテールの少女が無邪気に笑いながら言った。

 少女と俺の間を挟む卓上には、『ライター・伊和佐いわさ道留どうる』と書かれた真新しい名刺が、目を通してくれた様子も無く雑に置かれている。


「では俺達素人は、貴方が本物なのかをどうやって判断すれば良いのですか?」


「そんな事言ってもチャミは5000年以上前の縄文時代から続いている鎮魂たましずめの家系だもん。本物っチャ!そうだ!いいもの見せるね。チャチャチャ…」


 そう言って少女はソファーから立ち上がり、部屋の奥に消えた。


 俺は今、わざわざここまで来たのは大間違いだったと後悔している。

 なんせここは、富士の裾の樹海だ。


 富士の樹海と聞いてまず思い浮かぶのは、『自殺の名所』という言葉だろう。後は『溶岩』や『洞窟』って、言ったところか…

 神秘的な場所では有るが、真っ先に『魔法使い』という答を出す人がいたら「幻想文学かファンタジーゲームにハマっている人なんだな…」と、俺は決め付けてしまうだろう。

 まぁ普通に考えたら『樹海』と『魔法使い』に関連性は無いはずだが…

 しかし俺、伊和佐いわさ道留どうるは、なぜか魔法使いを求めて樹海ここに来たのだ。


 俺が担当しているウェブマガジン『ビックトピック』の3周年特別企画、『実在する日本の魔法使い達』の取材に行って来いとアナログ編集長に言われ、眉唾物の僅かな情報リークしかないのにGPS様を頼りにここまで来たわけだ。


 普通に考えてネットと電話で事足りるでしょ。

 けどうちのアナログ編集長は「取材は紙とペンと足を使ってするもんだ」と、言うんだよ。何時代の人間だよ。


 だいたいあの子…粟嶋あわしま茶美チャミだっけ?

 こんな森の中の一軒家に一人で住んでていいのか?親は何してんだ?

 確かここは国定公園だよな…住んでて怒られないのか?

 本当に魔法使いだから大丈夫なのか?

 可愛いらしい容姿だけど、どう見ても普通の中・高校生にしか見えないんだけど…


 俺もほうきに乗ったばあさんみたいな一目瞭然を想像していた訳じゃ無いけど、この辺りには怪しげなのも含めた新興宗教が多数存在するから、説得力有りそうな眼光鋭い老人とか、恰幅のいい白装束のおばさんとかが出て来るもんだとばかり踏んでいたので、余りにも想像していた人物像キャラと懸け離れていて拍子抜けしたよ。

 魔法使える特別な人って、何かそれっぽいオーラみたいなのが漂ってるはずだと思ってたし…全く無いんだよね、あの少女。

 超無駄足じゃ無いのか…これ?


 んで、何だ?この棚一面の人形は…

 有名漫画のも有るけど…んー…動物のぬいぐるみや舞妓姿の京人形は、まぁ許せるわ。

 けどこの謎の兵器を持ったセーラー服姿の女の子とか、日本刀持った妖精や、変なトレイ持ったメイドとか…何なのこれ?なんかのアニメのフィギュア?見たこと無いけど…

 百個以上こんなの飾ってるあるんだが、ここ玩具おもちゃ屋さん?


 何かこのままだと、少女のお人形遊びに付き合わされそうなので、おいとましようと立ち上がった時、自称魔法少女のチャミさんは何やら抱えて戻ってきた。


「見て見て!縄文時代の土偶っチャ!」


 チャミさんが抱えていたのは、五十センチ位の教科書でも見たこと有る遮光器しゃこうき土偶だった。


「これ、本物ですか?」


「そうっチャ。教科書とかに出てるのとは別物だけど、縄文時代にご先祖様が使ってたやつっチャ」


「えっ?」


「ご先祖様はね、この土偶を使って富士山に悪さをする悪霊あくりょうを祓って鎮めてたっチャ。今はこの土偶は使って無いけどね」


「なるほど…土偶を呪具じゅぐとした巫女シャーマンだったんですね」


「そうっチャ。富士が悪い魂の作用で噴火しないように、代々守ってきたっチャ。今はチャミが自分で人形を作って守ってるっチャ」


「自分で?」


「この裏に工房や窯が有るっチャ。上の棚の古いのは違うけど、真ん中から下に有る新しい人形やぬいぐるみは、全部チャミが作ったっチャ」


「これ全部自分で作ったんですか?!器用ですね…」


「それが縄文時代から続いているチャミの家系の役割っチャ」



 火焔型土器。縄文時代に作られた火が燃え上がるような複雑な形をしたその土器は、火山噴火を表していて、噴火を抑える為のお祈りに使われていた呪具ではないかと言われている。

 縄文時代の人達は、噴火は神の怒りや何かの祟りと考えていたのかも知れない。

 チャミさんのご先祖は、土偶や土器で神にお祈りを捧げる祈祷師だったのだろう。

 魔法とは少し違うかも知れないが、儀式を何千年も子孫に繋いで、土偶がフィギュアに代わるなんてのは何か面白い話だ。記事には成るだろう。


「記者さんは、人形を何体持ってるっチャ?」


「いや、俺は男ですから人形は…」


「持って無い?!それはいけないっチャ!人形はご先祖様の魂が入る依り代にも成るっチャ!!良かったら一体売ってあげるっチャ!」


「い、いや…い、今はいいです。そのうち買っときます」


 何かこのままだと変な説教と共に、人形を売り付けられそうなので取材はここまでにして、その家を後にした。




「バイバイー!悪霊には気を付けてね~」


「怖い事言わないで下さいよ。自殺の名所なのに…」


 表に出ると清々すがすがしい空気と木漏れ日が出迎えてくれた。

 微かに炭の焼けた匂いもする。

 裏の窯からだろうか…

 俺は大きく深呼吸をして、森の恵みをゆっくり肺に戴いた。


 この樹海の歴史は意外にも浅く、1200年位らしい。

 それまでは富士の活動が活発だったのかも知れないな…

 この日本一高い山の脅威は、先人達にどれ程恐怖を与えていたのだろう…

 そんな事を考えながら獣道みたいな細い道をGPS頼りに歩き出す。


 だが…


「あれ?こっちは道無いぞ?来た時は細いけど道有ったよな…」


 俺は来た道を戻ってるはずだ…

 けど、目の前に道が無い。

 いや、それどころか後を向くと、今通って来た道が無い。

 どういうことだ?


「嘘…道に迷った?ヤバいじゃん。それ…」


 脳裏に『樹海は死者の呪いで磁場が狂っており、磁石が使えず、GPSまでも狂わされる』という都市伝説がぎった。


「イヤイヤ、んなわけ無いし。お化けもデジタルの狂わし方何か分からんだろ」


 木々の生い茂りが少ない所を探し、電波の届きやすそうな所に行ったが、今度は突然携帯が切れた。


「ゲッ!電池切れ?いや、殆ど満タンだったんだが…」


 焦るな、焦るな。まだ日没までには時間が有る。

 遊歩道まで行けばいいんだ。そんなに遠い距離じゃ無い。

 そう思って目線を携帯から前方の森の中に移した時…


 息を吞んだ…


 そして硬直した…


 目の前に人が立って居る。

 いや…人じゃ無いだろな…

 だって首から上が無いもん。

 でも悪戯かもしれないしな…


「こんにちは…」


 俺はかすかな願望を込めて、精一杯明るく、引きつりながらも声を掛けた。


 だが…


 願望は覆され、首無し男は両手を前に差し出してきた。

 その手はどす黒く、皺枯れている。

 粘液を垂れ流した鋭い爪だけは、生気を感じさせているのだが…


「あ…えーと、幽霊さんか妖怪さん…ですかね?何か気にさわったならスイマセン。俺、すぐココ出ますから…何もしないでもらえます…かね?…」


 許して貰え無かったみたいだ。

 首無し男は俺の方に猛スピードで向かって来て、その鋭い爪を振り下ろしてきた。

 俺の短い人生は詰んだ。

 そう思って目を瞑った時…


〝ガシッーン〟


「ん?」


 何か堅い物同士が、ぶつかり合うような音がした。

 目を開けると、俺の目の前に何かが浮いている。

 30センチ位の緑の何かが…


「テメェ!!何モタモタしてんだよ!とっとと逃げろやっ!!」


 ビニール製の翅を細かく羽ばたかした何かは、口悪く俺を罵った。

 表情も怒っている。

 そんなはずは無い。

 無いはずだ…

 だってこの緑の何かは…


「ミョー!ミョー!いっくよー!」


「待てっ!撃つなミョーミョー!この馬鹿がどっか行ってからだ。テメェ!サッサと、どっか行けって!!」


「は、はい!!」


 小さな刀で爪を抑えている妖精…いや、人形に急かされ、慌てて逃げる。

 逃げた所に何か分からない武器を持ったセーラー服姿の金属人形が、何か分からない構えで武器を放とうとしていた。


 フィギュアだ!玩具だ!人形だ!!

 その人形が動き、喋っている!!

 何か助けて貰って申し訳ないんですが、それはそれで恐怖です!!


「怖いですわねぇ、記者様。どうぞ、手作りの粗茶です。一息ついて落ち着いて下さい」


 いつの間にか俺の横に居たメイド服の布人形は、ペットボトルに入ったお茶を差し出してきた。

 お茶を乗せているトレイには、何か黄色い髑髏ドクロえがかれている。

 このお茶…まさか毒入って無いですよね?


「ハンドメイド!!テメェ!少しは手伝え!!」


 妖精は怒鳴りながら刀と爪を〝ガシッガシッ〟ぶつけ合う音を鳴らしながら凄い勢いで戦っている。


「ウワッ!!」


 善戦していた妖精が、はじき飛ばされた。


「ミョミョー!いっくよー!」


 青銀色に輝く、メタリックな少女人形が動き出した。

 何かとても複雑な形状の武器を前に出して。


「くらえっ!!ス…ス…何だっけ?ス…まぁいいや!!〝ス〟から始まる何チャラかんチャラビーム!!」


 ええっ!!必殺技でしょ?!

 いいのそれで?


〝ス〟何チャラビームは、不思議な音響と共に、何か分からない成分と色を放つと、首無し男の方角では無く、大空向かって消えていってしまった。


「ミョーミョー!大失敗!」


 コイツら大丈夫か?!


 心配になってきたその時、俺の後から声がした。


「ドスッ!任せなさい…」


 声の主は瞬く間に俺の横を駆け抜けた。

 赤い派手な着物を着た其れは、70センチ殆どの京人形だった…


「ドスッ!一見いちげんさんお断りキィッーク!!」


 舞妓姿の京人形は、おちょぼ口の無表情のまま飛び上がったと思ったら〝あ〟っと言う間に、ぽっくり下駄のかかと落としを首無し男の首元にくらわした。

 すげぇシュールだ。


 首無し男は京人形の一撃で霧となり、直ぐに跡形も無く消えていった。


「ドスッ!私は闘う京人形…マイコ」


 舞妓姿の京人形はファイティングポーズを決めながら、勝利に酔い痴れている様子だった。


 有難う舞妓さん。

 でも京都弁間違ってます。

『ドス』は語尾に付けて下さい。


「記者さーん!良かった…無事だったっチャ。悪霊の気配がして、この子達を向かわせたっチャ」


 向こうからチャミさんがやって来た。

 この人形達が動く原因はやはり…


「チャミさん!!魔法使いだと言う証拠、思いっ切り有るじゃないですか!人形動かすなんてすごい魔法ですよ!」


「この子達は勝手に動くから、チャミが動かしてる証拠に成らないっチャ!チャハハハ…」


「本当、何で動くんです?どんな魔法を?」


「簡単っチャ!魂を込めて造るっチャ!」


「魂を…」


「人形だけじゃない。どんな道具も、歌や絵も、魂込めて造ると心を持つっチャ!これは縄文時代から変わらないっチャ!」


 そ、そうなんだ…俺もちゃんと魂を込めて記事を書こう…


「あ、そうだ。さっき人形買わないって、言いましたが、ぜひチャミさんの人形売って下さい!い、今すぐ買います!」


「本当に!まいどあり!一体三億円っチャ!」


「……5000年ローンでいいすっか?」

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