見出された方法

 翌朝、あの地下のところでいつものように桃を食べていると、あることに気づいた。この水は、どこかへ流れていき、そこからいろいろなところを巡っていく。そしてこの水も、どこからか巡ってきた水なのだ。では、ここの水に与えられていると考えられている不思議な力は? あの獣化を防ぐとされる力は、いったいどこにあるのだろうか。むしろ僕はむなしい努力を続けていただけなのか。

 ここで彼が日記に書いていたことを思いだす。彼は、ここの世界の一員になった……。そうか、この水がここにあるということ、そして、僕がここで物を洗って食べるということが重要なのだ。水自体に意味があるわけではない。そうであるとすれば、僕に耳や尾がついたり消えたりしたこともなんとなく分かる。僕はこの世界に少しずつなじんできている。しかし……。

 僕は、この世界の住人ではないと感じた。耳などがついてなくて好奇の目で見られるからとかそういうことではない。みんないい人で、受け入れてくれる。ただ僕自身が納得できないのだ。この世界の一員であると考えることに。そこに理由はないけれど。このまま生活を続ければ、時間が助けてくれて、きっと違和感を覚えなくなっていくと思うけれど、それでは、そんなことではきっと充実できない。

 彼は、きっと乗り越えようとしたのだ。自分の意思で。ならば僕も自分の意思で選択していかなければならない。彼が後悔はないと言ったように。


 その日、僕は、日記を持って、一人であの私設図書館へ行った。受付けで潮見館長はいますかと尋ねると、あのおじいさんが僕を待っていたかのようににこにこして僕を出迎えてくれた。

「結論は出たかね」

「はい」

「君は一体何者なんだ」

「分かりません。ですが、向こうの世界に戻ろうと思います」

 潮見館長は、満足そうにうなずくと、

「そうか。それもいいでしょう。『僕は僕』というようなつまらない答えをしたらしばいたろうと思っていたけど、その必要はなさそうですね」

 そして、こっちへおいでと言って、また例の地下の部屋へ僕を案内した。


 地下の部屋で日記を館長に渡すと、館長は僕にこう言った。

「私も直接彼に会ったわけではないとは前に言ったけれど、私の母から聞いた話だとこういうことでした。彼は、ここの世界の住人になって、結婚して幸せに暮らしていました。ある日のこと、彼は突然姿を消したと言われているけど、その日、彼はこの私設図書館に来る予定でした。その来る途中に、いきなり後ろから刺された。後ろを見たら、見覚えのある男が刀を持って逃げて行くのが見えた。その男は、彼にお前はこの世界の住人じゃないといつもくってかかってきていた人だったそうです。彼は、この図書館に来て、この日記と帰る方法を私の父へ託して倒れ、そしてそのまま亡くなりました」

 館長は、机にある一冊のノートを手に取って続けた。

「それが、ここに書いてあります。それは、鴨川の三角州で日の出の時に全裸で踊ること。父も私も調べたけれど、これしか見つかりませんでした。一方で、正確には、これは帰っていく方法ではないということが分かりました。これは、君の見方を変えるための儀式のようなものです。君は、なんでも理解可能だと、なんでも見ることができると思っているかもしれない。けれど、実際には理解できる範囲でしか理解できていないし、見える範囲でしか、そして見ようと思ったものしか見えていない。そして、この世界にとっては、君の世界は見えないところであるし、君の世界にとっては、この世界は見えないところです。一方で、完全に分離されているわけではなくて、ほぼ同時に存在して、いつも影響を与え合っています。それこそ鬼のようにね。だからこそ、君は、見方を変えるだけでもとに戻っていくことができるんです」

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