あるおばあさんの話2

 また翌日、今日はまた別のところにお邪魔することになっている。今日は、下鴨神社入り口で待ち合わせていて、そこに行くとやはりすでに女の子は来ていた。昨日と同様、我々が集合時間に家を出発したからである。

「遅れてごめん」

「まぁいつものことやろ」

 昨日と同様、美夏さん主導で自己紹介をする。その女の子は、櫻井圭と言った。ナチュラルボブの茶色がかった髪であり、前髪をヘアピンで留めている。そして当然のことながらタイツを履いている。ここは天国か。ちなみに鼻の右側面あたりにホクロがある。頭に大きな耳が左右に広がっていて、そして大きな角があり、櫻井さんはお辞儀をするとき、一歩下がってからお辞儀をしていた。後ろにはかわいらしい小さなしっぽがついていた。

「この子はな、圭様って呼ばれてんねん。気分を害すると消されてしまうで」

「いや、そんなふうに呼んだことないやろ。消しもせんわ」

「そういうことや」


 圭様のおばあさんの家は、下鴨本通りを北に行き、東鞍馬口通りで西に入り、少し歩いたところにあった。お土産は、とりあえず僕が阿闍梨餅を用意していた。

 挨拶をして、家に上がらせてもらうと、やはりお菓子を出してくれたのだが、理由を説明して、それを断った。そして本題を切り出した。

「この世界と別の世界のことに関する神話とか昔話とか何かご存知ないですか」

「あんまりそういうのは、知らんけども……」

 圭様のおばあさんは、少し考えてこう言った。

「こういう話はどうや。飯食わぬ女という昔話なんやけど」



 飯食わぬ女の話が終わると、おばあさんは、続けて

「それと、鬼と言えば、一条戻橋の話もあったわ。渡辺綱の話なんやけどな。源頼光は知っておるやろ。金太郎の話にでてくる頼光のことなんやけど。金太郎はその源頼光の家臣で四天王の一人で、渡辺綱もその四天王の一人やった。あるとき、渡辺綱が1人で一条戻橋を歩いていると、馬に乗せて送ってほしいという女がおった。渡辺綱がその女を乗せてやると、その女は、愛宕山に行きたいんやいい始めて、いつのまにか顔が赤く、目はどんぐりのようにぎょろっとして、頭には一つの角が生え、手の爪はおそろしいほど長くなって、鬼になっていて、そして渡辺綱に襲いかかった。しかし、彼は持っていた刀でその鬼の片腕を切り落とした。鬼は空を飛んで逃げて行ったという感じの話や。この後、鬼は自分の腕を取り戻しにきたという話がくっつくこともあるんやけどな」

「最初の話だと、笠井くんが、飯食わぬ女房っぽいやんな」

 美夏さんが、ちょっと楽しそうに話しているが、僕は一瞬ドキッとした。この話では、飯食わぬ女房が鬼だったからである。

「そしたら、うちら食われてしまうやん。美夏ちゃんが男の人やろ、うちがその男の人の友人やろ」

「そんときは、よもぎとしょうぶでやっつけたらええやん。それか刀でしゅぱっと腕を切り落としたったらええねん」

「うちら刀持ってへんやん」

「そしたら圭様が消したったらええやん」

「何回いうねん」

 2人はとても楽しそうに話していて、それを見てなごんだ。美夏さんが、僕が不安を抱いていることに気づいているのかは知らないけれど、彼女が楽しそうに笑っているところを見ると、ついこちらも笑顔になってしまうのだった。


「なるほど……」

 一連のやりとりが終わり、僕がこれらの話について落ち着いて考えようとしたとき、すでに考えることを放棄したらしい美夏さんは、はしゃぐのが止まらない様子だった。

「さて、解説の三ヶ月さん、これは相当難解そうに見えますが、この話、どうお考えになりますか」

「そうですね。非常に難しいと思いますが、やはり鬼というのは、悪党とかそういうものを指しているのかもしれないですねぇ」

 などと声色を変えながら一人二役の一人芝居を始めた。僕はもうお手上げだったが、どうやら圭様もお手上げのようだった。ちなみにこの暴走列車のように止まらないかと思われた一人芝居は、おばあさんがお菓子を差し出してくれたことによって、あっけなく終わった。わーいと言って急に素に戻り、お菓子を食べ始める様子は、子供のようなかわいらしささえ感じられた。

 その日は、それでおいとますることにし、お礼を言って、帰宅した。

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