あるおばあさんの話1
翌日、美夏さんとともに鴨川デルタのところにあるベンチに行くと、その女の子はすでに来ていた。当然と言えば当然である。近いからすぐ行けると、美夏さんが直前まで漫画を読んでいて集合時間に家を出ることになったからである。
今日は、この子のおばあさんの家に行って、何か手掛かりになる話がないか聞きに行くことになっている。
「おはよう。遅れてごめんな。そして突然こんなこと頼んでしまって」
「ええで。おばあちゃんも嬉しそうにしてたし」
「ほんま? ならええけど……。あ、それでこっちがこの前言った笠井くん」
「笠井です。すみません。今日はお願いします」
「こっちは、高山佳奈ちゃん。かなたんやで。うちと幼馴染やねん」
「高山です。なんか大変そうやね。まぁきっとなんとかなるで」
かなたんの頭の上にある大きな耳は、裏側が黒く、内側はもふもふとした白い毛で覆われている。後ろには、大きな太いしっぽがあり、キツネ色をしているが黒の毛もあり、全体的に暗い感じで、尾の先は白い。もちろんこちらももふもふとして気持ちよさそうだ。なんとかして触らせてもらえないだろうか。ちなみに、左頬の下あたりに、ホクロが1つある。髪は、暗い茶色で外はねのショートカットである。そして、大事なことを付け加えておくと、ショートパンツにタイツを履いていた。この世界には、タイツを履いた女神しかいないのだろうか。半分冗談だが、半分本気で、できればこの世界に残りたくなってきた。
じゃあいこうかとかなたんが号令をかけると、我々3人は、かなたんのおばあさんのお宅へ向かった。かなたんのおばあさんの家は、出町商店街を西へ抜けたところの近くにあるらしい。途中、手ぶらで行くのも悪いと思ったので、出町三つ葉の豆大福を購入して、お土産とした。
おばあさんの家に着くと、かなたんがずんずんと家に入っていき、おばあさんを呼び出した。玄関で、挨拶を済ませ、家に上がって居間に通してもらった。
お茶とお菓子を出してもらったが、僕はそれを食べるわけにもいかず、それを拒むと、その理由を問われたので、美夏さんのおばあさんから聞いた話を伝えた。そして僕から本題を切り出した。
「それで、この世界と別の世界のことなんですが、何かそういうことに関する神話とか昔話は、ご存知ですか」
「う~ん、昔話は、いろいろ聞いて知ってるんやけど、どうも別の世界に関するということやと……」
「なにかそういうものを匂わせるものでもいいんですが……」
「せやな。じゃあ、こんな話はどうや。うぐいすの里という話や」
「どうや、何か参考になりそうかね」
話が終わると、おばあさんは、僕に、少し不安げに尋ねてきた。
「約束を破ったら元の世界に戻っていく、ということなんでしょうか。いつの間にか立派な館があるところへ迷いこんでいるあたりが、僕の状況に近いような気がします」
「でも誰かと約束してここにおるわけやないやろ」
そう突っこんできたのは、美夏さんだった。
「次の座敷を見ていったら、小鳥が飛ぶように姿を隠したり、宝があったりするのってなんなんやろな。木こりがなんで卵をとろうとしたかも謎やし」
かなたんは、手を顎のあたりに当てて一生懸命考えているようだった。
「卵をとろうとしたのは、酔ってたからやろ。知らんけど。でもこういう話ってよくある気ぃするわ。つるの恩返しとか。この前読んだ古事記だと、イザナギが黄泉の国から帰ることになったのも、イザナミが見ないでって言ったのに見ちゃったからやし」
「ちなみに笠井くんは、約束を破った罰っぽいっていうてたけど、元の世界に戻りたかったら罰にならんくない?」
「罰というよりかは、排除したりすることに意味があるんかもしれへんな。こういう話は、自分から積極的に約束を破りにいってるけど、もし、たまたまふすまが開いててたまたま見えちゃっても、見られたくないところを見られたんだから、つるもどこかへ行っちゃうやろ。見られたくないところを覗かれたらもうやっていかれへん! みたいな。そうすると、この話も、約束破りというより、人の中身をどんどん見ていった結果なんかもしれへんな」
「自分の過失で見られといて? それに、受け入れてもらえる可能性もあるのに、さすがに一方的過ぎやろ」
「見られるのが相当しんどかったんやろな」
「ほんまか? 浦島太郎はどうなんやろ」
「あれは……」
美夏さんとかなたんの議論が思わぬ方向に進展し、複雑になってしまって、僕は付いていけなくなってしまった。そもそもこの3つほどの話だけでそこまで考えることはできるのか。
「そういえば、火男の話も似ているかもしれんな」
と言っておばあさんは、彼女らの話についていけていない様子の僕に話し始めた。
「こっちはふつうに帰ってきて、ふつうに富貴長者になってるんですね。でも入り方は、招かれてて、少し違うところもあるのか」
「あかんかったか?」
「あ、いえ、参考になります。さっきの美夏さんの話に引き付けて考えると、人の中身をみることになったときに、それを受け入れるといいということなのかもしれません。帰ることができてハッピーエンドになる話もあると分かってなんだか安心しました」
「今日はありがとうございました」
「ええで。うちもいろんな話ができて楽しかった。がんばって帰れる方法見つけるんやで。また来てな」
あの話をうかがった後、2,3時間ほど、また世間話をして我々は帰宅したのだった。結局、参考になったとは言ったものの、まだよく分からない感じがある。というか、こんなことで本当に分かるのだろうか。漠然とした不安は少し大きくなった気がした。
そして、その日の夜も、僕は風呂に最後に入って癒しの湯に浸かった。これしか不安を和らげる方法はないように思われた。
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