下鴨神社!

 翌日、目が覚めて、自分が今どこにいるのかが分からなかった。そういえば美夏さんの家にお世話になっているんだったか。今着ているもののほかに服を持ってないので、そのままの格好で下に降りていくと、朝ごはんのいい匂いがしてきた。匂いのする部屋へ行くと、美夏さんらが、テーブルについて朝ごはんを食べていた。

「おはようございます」

「あら、おはようございます。私は美夏の姉の真紀です。昨日は妹がお世話になったみたいで……」

「あ、いえいえ、そんな。僕も泊めてもらってしまって……」

 テーブルの奥の方に座っていたお姉さんが立ってお辞儀をすると、彼女は胸のあたりまであるような黒い豊かな長い髪を一つにまとめていたが、その髪が右肩の前に現れ、とても清楚な感じがした。よく見ると、右目の目じりの少し下にほくろがある。

「こちらが妹の秋です」

 お姉さんがそういって、隣の椅子に座っている女の子を示すと、秋ちゃんは座ったまま、ご飯を食べながら、こちらを見て軽く会釈をした。黒いゆるふわボブの髪の上に見える耳がぴくぴくと動いたのが分かった。顔には右の頬の真ん中あたりにホクロがあった。

 それにしても、やはり猫耳はかわいい。カチューシャではなく、本物の猫耳というのがなんともいえない愛らしさを醸し出している。触りたい。しかし、ここで触ってしまうと、痴漢のような犯罪行為になってしまうのではないかと直感した。迷惑防止条例かなにかで規制されていそうではある。

 ちなみにお姉さんと妹さんは、グレーというより茶色を基調とした感じになっている。家族全員が猫耳のようであるところを見ると、どんな動物の耳・尾があるかは、親によって決まるんだろうか。しかし、かわいいことにかわりはないので、そのような些細なことはどうでもいいのだ。

「ご飯はそこにあるし、自分でよそってもらって……」

 とお姉さんが言いかけたが、

「ああ、ちょっと待ってな。笠井くんは、ご飯の前についてきてもらうところがあるから。どっかにじいさんのジャージがあるし、それに着替えてきたらええわ」

 台所にいたおばあさんはそう言って、何やらビニール袋の中に放り込むと、僕の前へ歩いてきて、それを僕に持たせて、こっちやでと言って、外へ僕を連れ出した。



 おばあさんが僕を連れて向かった先は、下鴨神社であった。その西参道から入って、中門をくぐると、目の前に言社が現れる。その東側にある、子の言社の前でおばあさんは立ち止った。そして、そこ言社の横にある木の棒を押し込むと、子の言社がスライドして動き、その下に階段が現れた。

「こんなところに階段なんてあったんや……」

 僕は思わず独りごちていたけど、おばあさんは僕を一瞥したのみで階段を下っていった。

 まっすぐ続く階段を下りていくと、その地下には明かりがなく、今降りてきた入口のところから少し明かりが入ってきているだけだった。階段を下りきったところでおばあさんが手に持っていた懐中電灯を点けていた。下は大きな平らな石がところどころにあって、砂利が敷き詰められていた。僕とおばあさんの歩くときの靴の音や砂利を踏む音があたりに響く。暗い中おそるおそる足を踏み出しながら歩いていると、急におばあさんは立ち止り、目の前に広がる水面を照らしてこう言った。

「ここに水が湧き出てるやろ。笠井くん、君は、ここで洗った物しか食べたらあかんで。煮たり、焼いたりした物でもダメや。それだけはくれぐれも気ぃつけてな。でないと帰れなくなってしまうから。ほんまは普通入れんことになってるんやけど、君は特別やし。果物とかをここに持ってきて、ここで洗って食べたらええ。ほれ、そのビニール袋の中に入ってるやろ。ほんまに気ぃつけるんやで」

「分かりました。でも、それはどういう……」

「それは、わしにもよう分からん。せやけど、わしのおばあさんから聞いた話やと、昔おばあさんが若かったころに、この世界に純粋族の人が迷い込んだことがあって、その人が、もとの世界に戻ろうとして一生懸命調べてそのことが分かったらしい。ただ、神話とかがどうたらこうたらゆうて、おばあさんは詳しいことはよう分からんいうとった。まぁどのみち、その人は、すでにこの世界の物をおばあさんらと一緒に食べてしまっとったから、手遅れだったそうやけどな」

「えっと、その、前提として、僕は異世界に迷いこんでしまったということですか」

「それはわしにも分からん。君はその人と同じかもしれへんし、君は最初からこの世界にいてたまたま記憶を失くしただけかもしれん。それこそ、耳と尾を鬼に取られてしまってな。君が純粋族かと思ったのは、昔この世界に迷い込んだ人に耳と尾がなくて、その人が純粋族だと言っていたと聞いていたからや。君が何者かはわしには分からん。ともかく、君にもとの世界があって、そこに戻りたいと思ったときに、戻れる状態にしておく方がええということや」

 僕は、おばあさんが何を言っているのか分からなくて黙り込んでしまった。そうしたら、おばあさんは、優しく僕の前に袋を開けて差し出してくれた。僕はそこから桃を3つ取り、そこの水で洗って食べた。

「不安でいっぱいやろうが、しっかりせなあかんで」

 おばあさんは、僕の頭に優しく手をおいてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る